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2010年07月01日

『生きる意味 ― 「システム」「責任」「生命」への批判』イヴァン・イリッチ(藤原書店)

生きる意味 ― 「システム」「責任」「生命」への批判 →bookwebで購入

「ラジカルな思考の秘密」

 ずっとインタビューを断っていたイリッチが引き受けた連続インタビューを原稿に起こした書物で、イリッチの著作の背景にある事情がよく分かる。たとえば脱学校という概念でイリッチが要求したのは、学校を廃止することではなく、学校にたいする援助を廃止して、「学校教育を奢侈の対象」(p.96)とすることだった。それによって学校教育と資格による差別は、「人種や性別を理由とする差別が違法とされたのと同じように、すくなくとも法律上は存続しえなくなる」(p.96-97)と考えたのだった。これは特定の宗教への援助を否定するのと同じことだという。

 また「道具」という概念のきわめてユニークな使い方をするようになったのは、サン・ヴィクトールのフーゴーの秘蹟論を読んで、秘蹟と道具のある共通性に気づいたからだという。フーゴーは、聖職者がそれまでキリスト教の教会のうちで発展させてきた無数の「入念に形式化された祈りの儀式や、悪魔を退散させる司祭の儀式などから、七つのものを選び出し」て、「それらは他の祈りの儀式とはまったく異なる役割をもつ」ことを指摘したという(p.158)という。

 これらの秘蹟は神が欲することをなす手段であり、道具は人間が欲することをする手段であるという共通性にイリッチは注目する。この秘蹟の概念が一二一五年の第四回ラテラノ公会議で教会の教義となるのである(ちなみにイリッチにとって、この会議は司牧者の権利の構築において、きわめて重要な意味をもつ会議である)。

 秘蹟と同じように道具という概念には、「逆生産性」という逆説がまとわりつく。たとえばある輸送システムが道具として開発されたとする。それが「一定の強度を上回って成長するとき、不可避的に、その利点を享受しうる人々よりも多数の人々を、その道具が作られた目的から遠ざけてしまう」(p.163-164)のである。交通機関を通勤に利用することが強制されると、「社会の大多数の人間が日々移動に費やさねばならない時間を増大させる」(p.164)のである。通勤列車の毎朝の地獄的な状況は、電車の便利さが生んだ不便さなのである。

 また、医療という道具が発展すると、「医療はそれが癒しうる以上の不幸や苦痛や無力を生み出さざるをえなくなり、同時に、苦しむ技術や死ぬ技術を用いる人びとの力を衰えさせる」(同)。医原病の誕生であり、自宅で、自分の死ぬ時間を選んで死ぬ自由の剥奪であり、意図せずに呼吸をつづけさせられる強制の登場である。

 イリッチのユニークなところは、ぼくたちがある事柄を思考するという営みそのものが、ぼくたちに及ぼす影響をつねに考えつづけていることにある。抽象的な思考の可能性を認めると同時に、それが無意識のうちに思考する主体に及ぼす影響に、きわめて敏感なのだ。たとえば核爆弾について、地球の破壊について、遺伝子工学について考えることそのものを、イリッチは自分に禁じる。そのような事柄について考えるのは、「自己を破壊すること、もしくはみずからの心を焼き尽くすことに同意すること」(p.190)だからだ。「ジェノサイドについて語ること、議論することを通じて、ジェノサイドは結局一つの論点となってしまう」(p.193)ことを彼は恐れる。

 イリッチが一二世紀、フーゴーの時代に発生したと指摘する三つの重要な新奇な出来事は、西洋の歴史を大きく変え、今の西洋を作りだすために貢献した出来事だっただろう。それは、テクストがそれまでのように文字をつづけて書くのではなく、分かち書きされるようになったこと(これは黙読を可能とする)、身体についてまったく新しい感受性が登場したこと、「社会は互いに交わし合う約束や契約にもとづいて築かれるという固定観念」(p.202)が登場したことである

 とくに第三の特徴は重要である。社会契約説の淵源がこの新奇な考え方に存在するのであり、結婚の秘蹟というものも、これに基づいている。これによって結婚が家族同士の結びつきではなく、一人の男性と一人の女性の契約とみなされるようになる。ここで神父は新郎新婦にイエスが禁じていた「誓い」を求める(「誓います」)。そしてこの秘蹟によってのみ、結婚が合法的なものとして認められるようになるのである。

 まだまだ書きたいことはあるが、イリッチの生涯の著作のそれぞれについて、そのアイデアと背景が詳しく説明されて、著書を読んでいただけではしっくりしなかったことが見えてくる貴重なインタビューの記録だと思う。最後まで聖職者であったイリッチ(「猊下」というのが正式なタイトルなのだ)が、きわめてラジカルな思考をなしえた秘密の一端をうかがうことができる。

【書誌情報】
■生きる意味 ― 「システム」「責任」「生命」への批判
■イヴァン・イリッチ、デイヴィッド・ケイリ-
■高島和哉訳
■藤原書店
■2005/09
■461p / 20cm / B6判
■ISBN 9784894344716
■定価 3465円


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