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2010年07月28日

『アテネ 最期の輝き』澤田典子(岩波書店)

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「アリストテレスの描いたアテナイ」

 よくアテナイの民主政は前三三八年のカイロネアの戦いでテーベと同盟してマケドニアと戦って敗北した後は、輝きを失ったとされる。多くの概説書は、アテナイの歴史の記述をこの敗戦でやめてしまうのである。しかしアテナイはマケドニアから寛大な扱いを受けて、前三二三年のラミア戦争が勃発するまでは、以前と同じような民主政治を営んでいたのであり、アリストテレスが『アテナイ人の国制』で描いた民主制の様子は、この時期のものなのである。

 本書では、この一五年間の「黄昏」のアテナイの様子を生き生きと描き出す。この時期はデモステネスが活躍した時代であり、デモステネスとアイスキネスの長年の法廷闘争が続けられた時期でもあった。日本では京都大学出版会刊行のデモステネスの演説集の邦訳を除くと、ほとんどデモステネスの活躍を知る術がないので、「デモステネスを主人公とする」(p.5)本書は、多くのことを教えてくれる。

 この時代は、アレクサンドロス大王という無敵な英雄が支配した時代であり、マケドニアに逆らうことの恐ろしさを、ギリシアの各ポリスが実感していた時代でもある。そのため外交政策はきわめて大きな制約をうけていた。アテナイがラミア戦争に走るのは、大王が急死したためである。それでも外交や内政で、デモステネス。アイスキネス、リュクルゴス、ヒュパレイデス、デマデス、フォキオンなどの著名な政治家たちが活躍したのだった。

 デモステネスとアイスキネスは生涯の論敵である。特に有名なのは「冠の裁判」であり、デモステネスにディオニソス祭のときに冠を授けるという提案が違法であるとして、アイスリキネスが訴えた裁判だった。しかしマケドニア王のフィリポスが暗殺され、その後の戦争でテーベが壊滅するにいたる動乱の時期には、この裁判が停止されていた。

 それが三三〇年になって急に再開されたのである。著者はこれはデモステネスがアイスキネスの追い落としを計ったものと考えているが、この議論には説得力がある。アイスキネスは「一〇〇〇ドラクマの罰金と市民権喪失に処された」(p.127)ためにアテナイを去ることになるからである。本書ではこの裁判の模様が詳しく描かれ、当時のギリシアの裁判がどのようなものだったかを理解するにはとても役立つ。

 前三二三年に、有力な政治家だったフォキオンは、かつて命を救った人物から告発されて、祖国への裏切りの罪で死刑を宣告される。プルタルコスが「フォキオンに起こった事柄はギリシアの人々に再びソクラテスのことを想い出させ、今度アテネに起こったこのと悪徳と不運があのときのことによく似ていると感じさせる」(p.224)と語っているが、アテナイの民主制が「衆愚制」と紙一重になっていたことをよくうかがわせる。

 それはともあれ、「〈黄昏のアテネ〉は、民主政が老衰した〈衰退〉の時代ではなく、民主政が最期の輝きを放った時代、最期の花を咲かせた時代だった、という見方もできるのではないか」(p.243)という著者のまとめの言葉に同意したい。

【書誌情報】
■アテネ 最期の輝き
■澤田 典子著
■岩波書店
■2008/03/19
■269p / 19cm / B6判
■ISBN 9784000220415
■定価 2940円

●目次
序章 「黄昏のアテネ」に迫る
第1章 決戦へ
第2章 敗戦―マケドニアの覇権
第3章 対決―「冠の裁判」
第4章 平穏― 嵐の前の静けさ
第5章 擾乱―ハルパロス事件
第6章 終幕―デモステネスとアテネ民主政の最期
終章


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2010年07月19日

『生きる希望―イバン・イリイチの遺言』イリイチ,イバン(藤原書店)

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「異様な思想家の「遺言」」

 イリイチの晩年に行われたインタビューで、前の『生きる意味』と同じように、イリイチが胸襟を開いたディヴィッド・ケイリーが対話の相手。特に後期の著作についての説明が興味深い。晩年のフーコーは、ニーチェの道徳の系譜学に依拠しながら、司牧社会がいかに現代の福祉社会に転換されていったか、そこにどのような倒錯が含まれていたかを追求した。

 そして聖職者としての心構えを死にいたるまで失うことがなかったイリイチも、まさに同じテーマを追いかける。イリイチはフーコーと話し合ったことがあると語っているが、おそらくこの問題も話し合われたに違いない。この時期のイリイチは、あるときはフーコーを、あるときはアレントを、あるときはレヴィナスを彷彿とさせる。

 隣人愛のテーマについて、イリイチは面白い物語を語る。中国のある改宗者が第二次世界大戦の直前に、ローマまで徒歩で巡礼することを決心した。そのときにどのようにして宿を確保したかという話である。「中国では、自分が聖地に向かって歩く巡礼者であることさえ分からせれば、食物を貰え、施しを受け、寝る場所を与えられた」(p.108)という。人々の道義心と習慣だけで通用するのである。

 ところがギリシア正教の地域に入ると、少し事情が変わる。「教区の運営する家にベッドが一つ空いているから行くようにとか、あるいは牧師の家に行くように」(同)とか言われる。制度化が始まるのである。カトリックの国であるポーランドに入ると、「彼を安ホテルに押し込めるために気前よくお金をくれる」(同)ようになる。寝る場所のない人々には、「特殊な簡易宿泊所があるべきだといるのは、栄光に満ちたキリスト教西欧の観念」なのである。制度がシステムに成長しているのである。

 イリイチはこのことについて「困っている人々すべてに開かれた試みが、客人に厚誼を与える気持ちの低下とケアを与える制度によって置き換えられる」(同)と指摘する。ケアの制度にはもちろん好ましい要素がある。「栄光」の現れでもある。しかしそこで失われるものがあるのだ。「現代の福祉社会が、客をもてなすキリスト教徒の習慣を堅固なものとして拡張する試みであることには、何ら疑いの余地はありません。他方、それはたちまち倒錯しました。誰がわたしの他者であるのかを選ぶ個人の自由は、サービスを提供するための権力と金の行使に形を変えました」(p.109)。まさにその通りである。

 イリイチは、現代とは罪というものを理解できなくなった時代だと考える。それは善と悪が認識できなくなったからである。「善は絶対的なものです。光と目はただ単にお互いのために作られ、その疑問のない善は深々と経験されます。いかし一旦、目はわたしにとって価値がある、なぜならそれはわたしに見ることを可能にし、世界の中で方向を選んで位置を決めるのを可能にするから」(p.122) と言った瞬間に、善と悪の次元から、価値の大小の次元へと移行してしまう。これは道徳の次元から哲学の次元に入ることだとイリイチは指摘する。そして経済の次元に入ると、「わたしはもはや誰かある別の人間になってしまいます」(同)。「善悪の観念を価値と非価値で置換することが、それまで罪を根拠付けていた基盤を破壊した」(同)のである。

 善悪の観念が喪失されるとともに、罪は外部の法廷で裁かれようになる。イエスは誓約することを禁じた。ファリサイ派の規律と法を否定した。しかし教会はふたたびこの法を導入する。「教会法は規範となり、これを冒涜すれば地獄落ちです。……福音の示唆しているあの法からの解放という行為のもっとも興味ある倒錯形態の一つです」(p.166) 。もっともイリイチは告解の実践は高く評価する。「もっとも慈悲深い魂のカウンセリングの模範、牧師のケア」(同)である。しかしその「ケア」は両義的なのである。

 イリイチはときどきすぐには理解しがたい概念をもちだすことがある。「罪の犯罪化から避けがたく生じた帰結」(p.171)を「UFO」と名付けたりするからである。しかしきちんと説明を聞けば、納得することができるものばかりだ。異様な立ち位置から、異様な深さまで、錐のように思想を掘り下げた異様な思想家の「遺言」である。


【書誌情報】
■生きる希望―イバン・イリイチの遺言
■イリイチ,イバン【著】ケイリー,デイヴィッド【編】
■臼井 隆一郎【訳】
■藤原書店
■2006/12/30
■409p / 19cm / B6判
■ISBN 9784894345492
■定価 3780円


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2010年07月12日

『トマス・ペイン―国際派革命知識人の生涯』フィルプ,マーク(未来社)

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「アジテーター、ペイン」

 トマス・ペインはアジテーターとしては一流の人物だが、政治思想はあまり高く評価されていない。日本だけでなく、アメリカ本国でもそうらしい。本書は、ペインの疾風怒濤のような生涯についてはそれほど詳しくないものの、彼の政治思想をどう評価できるかについて、鋭い視点を示している。

 ペインは国家というものは必要悪にすぎず、市民は自由で平等な社会を望むものだという共和主義的な見解を強く抱いていた。個人はみずからの善を望むだけでなく、公共善も望むというのが、彼の理論の背景にある確信である。人々が社会の善を望むようになるためには、理性を働かせるだけでよいと考えるのだ。だからふつうの共和主義者であれば警戒するはずの商業についても、富や財産についても、共和主義と対立するものだとは考えない。

 ペインは「商業は文明化および社会化を進める主要な力である」(p.80)と考える。みずからの欲望を満たすことができるだけでなく、みずからの労働で他者の欲望を満たすために貢献することができると考えるからであり、「各人の善行はこのシステム全体を維持することによって、もっともよく助長されるということを理解することができる」(p.81)はずだと考えるからである。

 アメリカは独立して商業国となることで、自らの徳を高めることができるだけでなく、世界に貢献することができるだろう。「武装した共和国は勤勉と商業が支配する能力主義的な市民文化によって」(p.82)成功し、世界に寄与することができるはずなのである。

 この半ば素朴な理性信仰は、フランス革命についてのバークの批判に反論するためにも役立てられる。バークはこれまでは世論によって、イギリスの統治方式が是認されてきたことを指摘するが、ペインもまたこの世論の力に訴えかけようとする。「信仰のための唯一有効な基準である理性と証拠に訴える」(p.107)のである。そのためにはバーくを上回る特別な文体が必要とされる。

 『人間の権利』は、読者に訴えかけるために、特別な工夫をしている。「改革やフランスの大義を支持していた職人層や中産層の心をかきたてるように書かれている」(p.107)のである。著者は、ペインの政治思想がこれまで高く評価されなかったことには、この文体に責任があると考えている。学者好みの文体ではなく、アジテーターの文体だからだ。

 しかしペインのパンフレットは大成功を収める。読者の心を捉えたのであり、それは実際の力を生み出すからだ。この文体は「バークにたいするペインの戦略の中心部分になっている」(p.107-8)のである。そして著者は、この文体が「読者たちを共和国市民として政治の議論に参加でき、理性の法廷において不正を裁く権利を有する市民として遇する」(p.110)ものであり、それが新たな読者を作りだしたと考える。

 ペインは時代の一歩だけ先を進んでいた。誰もが言いたいが言えないでいることを語るという優れた才能をそなえていた。先見の明があるというよりも、言葉にならない思考、時代の雰囲気の中で姿を取りかけていた思想を具体的なものとして示すという力があった。その文体がそれを可能にしたのであり、ペインは図らずも、一般の市民たちに語りかける言葉をもっていたということだろう。わかりやすい言葉で語るというのは、たやすそうでありながら、なかなか難しいものなのだ。

 ペインの理神論を表現した『理性の時代』についても同じことが指摘される。ペインはこの書物の第一部を聖書が手元にない状況で書き下ろしている。だからいい加減な表現が多くて、批判されがちだ。しかしペインはすべての読者が知っていて、しかもよく考えつめていない事柄だけを取り出して、聖書の矛盾を指摘してみせる。そして是非を決定するのを読者の理性に任せるのだ。ペインは「読者を、個人の私的判断こそが、政治問題と同様に神学問題においても訴えることのできるただ一つの法廷であるということを理解できる、合理的かつ思慮深い人間としてとりあつかっている」(P.161)のである。著者はペインの文体に、彼の思想のもっとも根本的な特徴をみいだすのである。

【書誌情報】
■トマス・ペイン―国際派革命知識人の生涯
■フィルプ,マーク【著】
■田中浩、梅田百合香【訳】
■未来社
■2007/07/10
■237,3p / 19cm / B6判
■ISBN 9784624111977
■定価 2625円

●目次
第1章 生涯と人物(旧世界における忘れ去りたい過去―一七三七年‐一七七四年;アメリカとペイン―一七七四年‐一七八七年;ヨーロッパとペイン;新しいアメリカ;その人物像について)
第2章 アメリカ(旧体制;新しい共和国;自由と公共善;コモン・センス;商業、冨および財産;理性の力)
第3章 ヨーロッパ(『人間の権利』第一部;諸原理;主張の威力;市民権への招待;『人間の権利』第二部;代議制民主主義;革命の大儀;革命的暴力;人民の福祉)
第4章 神の王国(信仰の根拠;真の啓示;続『理性の時代』について;理神論と道徳)
第5章 結論(自然権の根拠;人間像について;貢献度)



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2010年07月09日

『フロイトのイタリア―旅・芸術・精神分析』岡田 温司(平凡社)

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「イタリアン・コンプレックス」

 フロイトはイタリアに憧れていた。ゲーテと同じように、そしてイタリアを訪問するまでには長い時間がかかったのだった。一八九五年になってやっと弟のアクレサンダーとともにヴェネティアを訪問する。それ以来というもの、一九二三年にいたるまで、一八回もイタリアを訪問している。

 そしてそれはたんなる観光旅行ではなかった。著者が指摘するように、「一八九五年の『ヒステリー研究』のフロイトから、一九〇〇年の『夢判断』のフロイトへと変貌を遂げるうえで、イタリア旅行がある内的な必然性をもって強く要請されていた」(p.14)のである。この書物は、フロイトのイタリア訪問の記録を丹念に追いながら、その内的な必然性を明らかにしようとするスリリングな試みである。

 イタリアには何があったか。古代のローマとギリシアの遺跡と絵画、風物である。ミケンジェロのモーセも、レオナルドの「聖アンナのいる聖母子」も、グラディーヴァもある。フロイトの机の上を飾ったエジプトの神々の小さな彫像もある。フロイトの芸術論と文学論の中心を占めるものがすべてイタリアにある。フロイトはイタリアでコレクターになるのだ。

 著者は、とくにフロイトにとってローマが、「幼年期におけるエディプス的な母の身体の象徴でもある。〈ローマ〉とは禁止された〈愛〉のことであり、それゆえ、近親相姦への恐れや、知へのエディプス的な嫌悪感とも、深いところで結びついていたのだ」(p.140)と指摘する。「そこにはエロスとタナトス、生の本能と死の本能とのあいだの葛藤も刻印されている」(同)のもたしかなことだろう。

 ただし著者の考察は、ここにたどりついたところで終わる。フロイトのイタリア旅行の考察であるから、ここまでで十分なのかもしれない。しかしフロイト論としては、これは終点ではなく、出発点だと思う。この母の身体の問題については、サラ・コフマンの『女の謎―フロイトの女性論』が詳細な分析を展開していて、とても面白い。ローマという視点から、コフマンを読み直すのも、一興だろう。あるいはドイツ人のイタリアン・コンプレックスの歴史を調べてみるのも、面白いかもしれない。

 それでもミケランジェロとレオナルド論の構造の対比は、言われてみればもっともで、とても興味深い(p.259)。
          レオナルド論       ミケランジェロ論
アプローチ:    作り手から        受け手から
原動力:      母親           父親
心的メカニズム:  ナルシシズム的      エディプス的
          近親相姦的        親殺し的
          偶像崇拝的        偶像破壊的
病理学       強迫神経症的       妄想分裂症的
主体        享楽           葛藤

 あと、鼠男の診断で、フロイトがポンペイの出土品を示しながら患者に語った言葉、「あれはもともと墓からの発掘品です。埋もれていたおかげて保存されていたのですね。むしろポンペイの滅亡は発掘されたときから始まってくいのです」(p.205)は、何とも示唆的である。発掘が破壊の始まりであり、考古学がこの倒錯からどうしても逃れることができないとすると、精神の考古学である精神分析もまたこの倒錯に追いつかれる。精神分析もまた、破壊の始まり、あるいは破壊の完遂ではないだろうか。そのことは「精神分析そのものの存続を危うくすることにほかならないのではないか」(p.206)と、ぼくも著者とともに思わざるをえないのである。


追記
本書は平成21年「読売文学賞(評論・伝記賞)」を受賞したのだそうである。恐れ入りました。


【書誌情報】
■フロイトのイタリア―旅・芸術・精神分析
■岡田 温司【著】
■平凡社
■2008/07/25
■316p / 22×16cm
■ISBN 9784582702798
■定価 3990円

●目次
はじめに
一章 イタリアからの便り、前篇
二章 イタリアからの便り、後篇
三章 「イタリアへ向かって」/「生殖器」
四章 「石は語る」
五章 レオナルドとミケランジェロへの挑戦
六章 イタリアのフロイト―カトリシズムとファシズムの狭間で
おわりに


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2010年07月05日

『アリストテレスの現象学的解釈―『存在と時間』への道』ハイデガー,マルティン(平凡社)

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「初期ハイデガーの注目論文「ナトルプ報告」」

 ハイデガーが教授職に就職するために、書きかけの著作の一部をタイプうちして、提出した論文で、ナトルプ報告として有名である。『存在と時間』の前段階のハイデガーの思考を示したものとして重要な文書である。全集版とは別に読みやすい冊子として邦訳が刊行された。解説も充実して読みやすい。

 この報告で興味深いのは、ハイデガーのアリストテレスの解読が、当時の学生や学者たちに強くアピールした様子が分かることにある。当時のドイツではハイデガーの名前は「秘密の王の噂のように」(アレント、p.123)密かに伝えられていたという。この論文を読んだガダマーの証言を聞いてみよう。


  このテクストは、私にとってそれこそ霊感を含む啓示となった。それが機縁となって私はフライブルクに向かったのである。この草稿の中で私が見いした数々の示唆は、その後、ハイデガーの哲学生成の過程の中でも決定的な歳月となる彼のマールブルク時代にも、私の心を離れることがなかった。……当時の読者にとって、このテクストの一文一文がどれほど新奇なものであったか、今日ではほとんど書き尽くせそうにない(p.111)。

 この書物は読んでみるときわめて難解な文章であり、つい、『存在と時間』は分かりやすかったと考えてしまうほどだが、ガダマーがこれほど強い印象をうけたということは、当時のドイツの哲学界がいかにハイデガーの新しい思考を求めていたか、現象学の登場によって書き立てられた興奮の渦の中で新奇な考え方を模索していたかを示すものだろう。

 この論文の特徴は、ハイデガーがアリストテレスの哲学のうちに真理の新しいありかたをみいだしていったことにある。しばらく前まではハイデガーはギリシアの哲学に批判的であったが、この発見の後からは、ギリシア哲学の考察に力を注ぐようになる。ハイデガーが発見したのは、アリストテレスは真理が命題において定められるという通説が、そのままでは正しくないということだった。

 もちろんアリストテレスは命題において真偽が決定されると明言しているので、この通説は正しいのだが、それだけではなく、真理アレーテイアとは「隔離ないものとして現にそこにある」(p.60)こと、すなわち現象学における直観のありかたにおいて、別の次元の真理が明らかになるということだった。ハイデガーはこう語る。


  感覚、感覚的な様態での直覚とは、ロゴスの「真理概念」が転用されることによって初めてこれ「も」真実だと称されるのではなく、その本来の志向的な性格からして、それ自身において根源的に、それが志向的に向かう先を「原初的に」与えるものである(p.60)。

 ハイデガーはここにギリシア哲学と現象学の共通の場を発見したのであり、それがハイデガーの存在論にとって大きな道を開くことになったのである。またガダマーが「彼が探し求めていたのは、キリスト教的な意識についての適切な解釈、またこの意識についての人間学的な理解であった」(p.110)と語っているが、ハイデガーはこの論文で「無神論」という語を使っているのも特徴的である。

 この無神論は普通の意味での無神論ではなく、神学の留保という程度の意味である。ハイデガーは注で「無神論といのは、ここでは宗教をもっぱら論評するだけの安易な配慮には手を染めない」(p.39)というこだと説明している。これは「宗教的という発想自体、とりわけそれが人間の事実性を度外視するならば、まったくの不条理である」(同)と考えるからでもあり、この時期のハイデガーの宗教に向かう姿勢を示して興味深い。

【書誌情報】
■アリストテレスの現象学的解釈―『存在と時間』への道
■ハイデガー,マルティン【著】
■高田珠樹【訳】
■平凡社
■2008/02/21
■224p / 19cm / B6判
■ISBN 9784582702774
■定価 2940円



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2010年07月01日

『生きる意味 ― 「システム」「責任」「生命」への批判』イヴァン・イリッチ(藤原書店)

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「ラジカルな思考の秘密」

 ずっとインタビューを断っていたイリッチが引き受けた連続インタビューを原稿に起こした書物で、イリッチの著作の背景にある事情がよく分かる。たとえば脱学校という概念でイリッチが要求したのは、学校を廃止することではなく、学校にたいする援助を廃止して、「学校教育を奢侈の対象」(p.96)とすることだった。それによって学校教育と資格による差別は、「人種や性別を理由とする差別が違法とされたのと同じように、すくなくとも法律上は存続しえなくなる」(p.96-97)と考えたのだった。これは特定の宗教への援助を否定するのと同じことだという。

 また「道具」という概念のきわめてユニークな使い方をするようになったのは、サン・ヴィクトールのフーゴーの秘蹟論を読んで、秘蹟と道具のある共通性に気づいたからだという。フーゴーは、聖職者がそれまでキリスト教の教会のうちで発展させてきた無数の「入念に形式化された祈りの儀式や、悪魔を退散させる司祭の儀式などから、七つのものを選び出し」て、「それらは他の祈りの儀式とはまったく異なる役割をもつ」ことを指摘したという(p.158)という。

 これらの秘蹟は神が欲することをなす手段であり、道具は人間が欲することをする手段であるという共通性にイリッチは注目する。この秘蹟の概念が一二一五年の第四回ラテラノ公会議で教会の教義となるのである(ちなみにイリッチにとって、この会議は司牧者の権利の構築において、きわめて重要な意味をもつ会議である)。

 秘蹟と同じように道具という概念には、「逆生産性」という逆説がまとわりつく。たとえばある輸送システムが道具として開発されたとする。それが「一定の強度を上回って成長するとき、不可避的に、その利点を享受しうる人々よりも多数の人々を、その道具が作られた目的から遠ざけてしまう」(p.163-164)のである。交通機関を通勤に利用することが強制されると、「社会の大多数の人間が日々移動に費やさねばならない時間を増大させる」(p.164)のである。通勤列車の毎朝の地獄的な状況は、電車の便利さが生んだ不便さなのである。

 また、医療という道具が発展すると、「医療はそれが癒しうる以上の不幸や苦痛や無力を生み出さざるをえなくなり、同時に、苦しむ技術や死ぬ技術を用いる人びとの力を衰えさせる」(同)。医原病の誕生であり、自宅で、自分の死ぬ時間を選んで死ぬ自由の剥奪であり、意図せずに呼吸をつづけさせられる強制の登場である。

 イリッチのユニークなところは、ぼくたちがある事柄を思考するという営みそのものが、ぼくたちに及ぼす影響をつねに考えつづけていることにある。抽象的な思考の可能性を認めると同時に、それが無意識のうちに思考する主体に及ぼす影響に、きわめて敏感なのだ。たとえば核爆弾について、地球の破壊について、遺伝子工学について考えることそのものを、イリッチは自分に禁じる。そのような事柄について考えるのは、「自己を破壊すること、もしくはみずからの心を焼き尽くすことに同意すること」(p.190)だからだ。「ジェノサイドについて語ること、議論することを通じて、ジェノサイドは結局一つの論点となってしまう」(p.193)ことを彼は恐れる。

 イリッチが一二世紀、フーゴーの時代に発生したと指摘する三つの重要な新奇な出来事は、西洋の歴史を大きく変え、今の西洋を作りだすために貢献した出来事だっただろう。それは、テクストがそれまでのように文字をつづけて書くのではなく、分かち書きされるようになったこと(これは黙読を可能とする)、身体についてまったく新しい感受性が登場したこと、「社会は互いに交わし合う約束や契約にもとづいて築かれるという固定観念」(p.202)が登場したことである

 とくに第三の特徴は重要である。社会契約説の淵源がこの新奇な考え方に存在するのであり、結婚の秘蹟というものも、これに基づいている。これによって結婚が家族同士の結びつきではなく、一人の男性と一人の女性の契約とみなされるようになる。ここで神父は新郎新婦にイエスが禁じていた「誓い」を求める(「誓います」)。そしてこの秘蹟によってのみ、結婚が合法的なものとして認められるようになるのである。

 まだまだ書きたいことはあるが、イリッチの生涯の著作のそれぞれについて、そのアイデアと背景が詳しく説明されて、著書を読んでいただけではしっくりしなかったことが見えてくる貴重なインタビューの記録だと思う。最後まで聖職者であったイリッチ(「猊下」というのが正式なタイトルなのだ)が、きわめてラジカルな思考をなしえた秘密の一端をうかがうことができる。

【書誌情報】
■生きる意味 ― 「システム」「責任」「生命」への批判
■イヴァン・イリッチ、デイヴィッド・ケイリ-
■高島和哉訳
■藤原書店
■2005/09
■461p / 20cm / B6判
■ISBN 9784894344716
■定価 3465円


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