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2010年06月21日

『正義の他者―実践哲学論集』ホネット,アクセル【著】(法政大学出版局)

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「ホネットのポストモダン論」

 フランクフルト学派の第三世代のホネットの粘り強い思考が記録された一冊である。時事的な論文も含まれるが、注目は前著の『承認をめぐる闘争』での考察を展開した「正義の他者」と、文明がもたらす害悪に注目した社会学的な思想系列をていねいにたどった「社会的なものの病理」だろう。

 「正義の他者」では、ポストモダンの哲学運動が最初は理性批判を中心とするものであったのにたいして、「今日では倫理学的転回と言われるほどに、倫理学と正義の問題に力を注ぐようになった」(p.145)ことに注目する。それはポストモダンの倫理学が、「非同一的なもの(すなわち他者)と適切にかかわりあうことによって初めて人間の正義の要求が満たされる」(p.146)と考えるようになったからである。

 たとえばリオタールの『文の抗争』の中心的なテーマは、「後続の文が先行する文にたいして〈不正〉を行っている」(p.151)ことを指摘することにある。というのは、両立することができない言説が存在するからである。たとえば「労働者たちの想像を絶する労働条件への抗議」も、市場社会における「経済効率性の言語」の中では場をもつことができず、沈黙せざるをえないのである。こうした断絶はナチスの強制収容所で収容された人々と看守の間でも発生したのだった。

 ただしホネットはこの断絶は指摘されたままであることはできず、ある「規範的な性格をもった道徳理論の展開」(p.153)を要請するが、この道徳理論の展開は、ハーバーマスの討議倫理学の枠組みにおいて実現可能であると考える。リオタールはハーバーマス激しく批判しているが、リオタールがこうした道徳理論を展開しようとすると、ハーバーマスの倫理学を援用しなければならなくなるというわけである。

 ハーバーマスの倫理学が示したのは、「道徳的な行為コンフリクトを了解志向的に解決することに役立つべき実践的討議において、すべての主体が強制されることなく自分の利害関心と要求とをはっきりと表明てき平等なチャンスを持たなければならない」(p.167)ということであり、この場が存在しなければ、言説の対立は片方の沈黙で終わるしかないからである。

 これにたいしてレヴィナスの影響のもとで正義の問題を考察し始めたデリダでは状況が異なる。デリダが友愛の概念を考察しながら明らかにしたのは、他者との関係が非対称な場合と対称的な場合があるということだった。友愛の関係のうちにある他者は、「同情と好意という情動的なレベルにおいて私に非対称的な義務を訴える」(p.171)と同時に、「道徳的な人格としてすべての他者と同じように尊重されることを求める」のである。

 これは友愛の絆において、他者が愛情と道徳的な人格という二つの異なる次元において登場するということである。愛情の関係においては、「いつくしみ」を求める非対称な存在であり、道徳的な人格の関係においては、尊重を求める対称的な存在なのである。この二つの次元が錯綜した友愛の絆においては、デリダはこの問題を政治的に解決しようとはしない。

 しかし法の問題の考察においてはさらに一歩を進めて、この二つのパースペクティブのどちらも、「正義」の問題であることを指摘するようになる。そしてどちらの正義もそれ自体で自足することができず、「正義はつねに正義そのものを越え出てゆく」(p.178)ことを指摘するのである。これは個別的な場面においてはケアを要請し、普遍的な場面においては平等を要求すると考えることができるだろう。

 ホネットはデリダがここで「カント以来の正義の伝統において引かれている境界線をすでに大きく乗り越えてしまっている」(p.180)と指摘する。そしてそれにつづく論文「アリストテレスとカントの間」「正義と愛情による結びつきの間」「愛と道徳」などは、この問題を『承認をめぐる闘争』の延長線上でさらに検討したものである。

 巻頭の「社会的なものの病理」の論文では、文明のもたらした堕落と疎外を指摘したルソーに始まる社会哲学の歴史を「堕落」という観点から追跡したものであり、ニーチェのニヒリズム批判がその一つの帰結であること、ドイツの社会学の基礎を築いたジンメルとウェーバーがこの問題意識を継承していることを指摘する。そこからルカーチ、フランクフルト学派、アレント、そして現代の社会哲学の現状にいたるまで展望する。目配りのきいた論文で、お勧めである。

【書誌情報】
■正義の他者―実践哲学論集
■ホネット,アクセル【著】
■加藤泰史、日暮 雅夫ほか訳
■法政大学出版局
■2005/05/25
■399,50p / 19cm / B6
■ISBN 9784588007934
■定価 5040円

●目次
1 社会哲学の課題(社会的なものの病理―社会哲学の伝統とアクチュアリティ;世界の意味地平を切り開く批判の可能性―社会批判をめぐる現在の論争地平での『啓蒙の弁証法』;“存在を否認されること”が持つ社会的な力―批判的社会理論のトポロジーについて ほか)
2 道徳と承認(正義の他者―ハーバーマスとポストモダニズムの倫理学的挑戦;アリストテレスとカントの間―承認の道徳についてのスケッチ;正義と愛情による結びつきとの間―道徳的論争の焦点としての家族 ほか)
3 政治哲学の問題(道徳的な罠としての普遍主義?―人権政治の条件と限界;反省的協働活動としての民主主義―ジョン・デューイと現代の民主主義理論;手続き主義と目的論の間―ジョン・デューイの道徳理論における未解決問題としての道徳的コンフリクト ほか)


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