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2010年06月28日

『アガンベン入門』ゴイレン,エファ(岩波書店)

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「初の入門書」

 アガンベンの仕事もかなりまとまってきて、彼の思想を紹介する書物が登場し始めた。英語版でも五冊から六冊はある。これはドイツの研究者による入門書である。雑誌『現代思想』の特集号(二〇〇六年六月号)を別とすると、日本では初の入門書だろう。

 著者はまずアガンベンの思索の方法を「狩猟」の比喩で考える。「アガンベンはさながら〈狩猟者〉のように、さまざまな時代の多様な由来をもったテクストの草むらに息をひそめて、引用の機会を待ち受けている。しかもその引用は、専門的学問の外部では行きあたることがないようなもの、つまり専門家の手によるテクスト読解のなかでしかお目にかかれないような傑出したものなのだ」(p.15)。なかなか言い得て妙である。

 第二章の文学と哲学の関係を探った章は、「現勢態と潜勢態」の節が、アガンベンに固有の潜勢態の概念を詳しく紹介していて、参考になる。重要なのは「非能力は能力の反対ではない」(p.52)という発想だという。「非能力はある固有の力をもっているのであり、その力そのものである。こういう想定は、アガンベンが人間的共同体の形式について、それをつい実体的に定義してしまう伝統的な理解とは違った仕方で、もっと深いところが考察しようとするときに重要な意味をもってくる」(同)。ナンシーの『無為の共同体』につながる重要な考え方だ。これはカフカ解釈にもつなげて考えられるだけでなく、「主権のパラドックス」(p.97)の結び目をどう断ち切るかとも関わるのである。

 アガンベンの思想の紹介としては、第三章の「ホモ・サケル・プロジェクト」が圧巻だろう。ここでは例外の論理、剥きだしの生、ホモ・サケル、強制収容所などの重要な政治的な概念が詳しく紹介される。ドイツの観念論とロマン派に詳しい著者の独自の考察も加わって、興味深い部分である。

 例外の論理については、アガンベンがシュミットを持ち出す前に、古代のギリシアのピンダロスの作品を引用しながら、「法治国家が主権の問題を法に内在する問題の次元で解決しようとする試みは、すでに古代のテクストのなかにあったと見ている」(p.85)ことは、この問題が国家そのもののうちに含まれていることを示すものであり、いろいろと考えさせられる。

 第五章の「エコノミーの系譜学」の章は、最近のアガンベンのエコノミーと神学の結び付きに関する考察で、ごく短いものだ。この問題を集中的に展開した『王国と栄光』などは、まだ最近の書物である。「アガンベンは宗教と密接に結びついた主権性という政治学的パラダイムと並べて、経済学を第二のハラダイムとして設定した」(p.196)のであり、この問題の考察は、これからの大きなテーマとなるだろう。オイコノミアは伝統的に「神の配剤」として、神学的に考えられたきた概念であり、これがアガンベンの今後の展開で、近代のエコノミーとどうつながってゆくか、興味深々というところである。

 注でも批判や他の論文の紹介が行われていて、役立つ。たとえばアガンベンはベンヤミンの『歴史の概念について』のうちにパウロの手紙が隠れていることを『残りの時』で指摘しているが(p.101)、それについて注ではマンフレート・シュナイダーの論文では「ベンヤミンノテクストのなかにパウロ書簡からの引用が隠されているというアガンベンの見解に対して、反証を突きつけている」(p.216)と指摘する。さて、どんな反証なのか、つい知りたくなる。


【書誌情報】
■アガンベン入門
■ゴイレン,エファ【著】
■岩崎稔、大澤俊朗【訳】
■岩波書店
■2010/01/26
■243,9p / 19cm / B6判
■ISBN 9784000220576
■定価 3570円


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