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2010年05月17日

『幼児期と歴史―経験の破壊と歴史の起源』ジョルジョ・アガンベン(岩波書店)

幼児期と歴史―経験の破壊と歴史の起源 →bookwebで購入

「インファンスの二重の意味」

 アガンベンの初期の著作であるこの『幼年期と歴史』は、『言葉と死』のような連続したセミナーではなく、論文集という性格をもつものである。ただし本書の「目玉」である「インファンティアと歴史」の文章が圧倒的な迫力をもって迫るので、ほかの論文を読む元気を失うほどである。だまされたと思って、本書の半分近くを示すこの論文を読んでいただきたい。美学の領域から仕事を始めたアガンベンが政治哲学の領域へと進出する転換点のようなところにある論文である。

 ほかの論文をひとまずみておこう。「おもちゃの国」ではピノキオの「遊戯の国」のエピソードを手掛かりに、儀礼と遊戯という行為の意味を考察する。遊び道具は、過去の聖なる器具がその聖性を失った遊具になったものであり、その意味では亡霊や幼児のように、死の世界と生の世界をつなぎ、切断する意味をもつ。亡霊は「生きている死者」(p.148)であり、幼児は「死んでいる死者、あるいは半分死んでいる者」だからである。

 アガンベンはこの死の世界と生の世界の対比を、共時態(構造)と通時態(出来事)の対比として考え、「儀礼が通時態を共時態に変形する機械であるとすれば、逆に、遊戯のほうは共時態を通時態に変形するための機械である」(p.132)と定義する。レヴィ=ストロースも援用した考察は、まだまだ掘り下げればおもしろいものがでてくることを予感させる。

 「時間と歴史」は、円環としての時間と直線としての時間という伝統的な区別に依拠しながらも、この時間を否定し、超越する「快楽」を提起することによって、こうした区別を崩壊させてしまう。歴史は「快楽の本源的な場所としてのみ」人間にとって意味をもちうる(p.184)というのである。「真正な革命は、ベンヤミンか想起しているように、いつの場合にも、時間の停止およびクロノロジーの中断として生きられたきたのだった」(同)という結論は意表をつく。

 「君主とカエル」はアドルノとベンヤミンの「論争」を詳しく紹介しながら、アドルノがベンヤミンを俗物唯物論者として非難していった経緯を考察する。フランクフルト研究所からの援助がほとんど最後の頼りの綱であったベンヤミンにとって、深い理解者であったアドルノからの「難癖」が、どれほどにつらいものだったを思うと、アドルノのかたくなさがもたらした「害」は大きかったと思わざるをえない。

 さて、「インファンテイアと歴史」は、語ることのできない(インファンス)という時期をかなず経る人間にとっての言語の意味を問うものである。精神分析には「小児健忘」という概念があり、幼年期の数年間の出来事はほぼ完全に記憶から失われてしまうことの理由を考察する。フロイトはそこに抑圧の働きをみいだす。そしてエディプス・コンプレックスの克服が、その限界を画すると考える。

 しかしアガンベンは「言葉をもつ動物」であるというアリストテレスの定義にたいして、人間はそもそも言葉を話さない動物であることに注目する。小鳥は生まれたときから、その種に固有の声で囀る(うぐいすは学ばないとうまく鳴けないが、それでもうぐいすの声がある)。ミンミンゼミはどの個体も生まれながらにミンミンと鳴く。しかし人間には人間に固有の「声」のようなものがない。人間は固有の「声」については、いわばタブラ・ラサで生まれるのだ。

 これは二重の意味をもつ。一つは人間は話すことを学ぶ必要があるということだ。そして学んでしまうということは、「純粋の、いわばなお物言わぬ経験」(p.82)というものを剥奪されるということである。「そのときには、本源的な経験は、なにか主体的なものであることからほど遠く、人間において主体以前のもの、すなわち言語活動以前のものでしかありえない」(同)ことになる。言語活動は、インファンティアの限界を画するのである。

 もう一つは、人間はバベルの塔の崩壊によって散らされて話すようになった多数の言語のうちのどれでも話すことを学べるということである。インファンティアがなければ、人間は生まれつき一つの言葉しか話すことができず、すべての人間は同じ言語を話していただろう。言語の差異も文化の差異も生じなかったに違いない。これがあるからこそ「歴史は存在する」(p.92)のである。

「歴史にはじめてその空間を開くのは、インファンティアなのである。ラングとパロールのあいだの差異の超越論的な経験なのである」(P.93)。アガンベンはまだまださまざまな側面からこの問題を考察するので、とてもここには書ききれない。ぜひ本書を紐解いていただきたい。

【書誌情報】
■幼児期と歴史―経験の破壊と歴史の起源
■ジョルジョ・アガンベン
■上村忠男訳
■岩波書店
■2007/01/26
■262p / 19cm / B6判
■ISBN 9784000254571
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/imgdata/400025457X.jpg
■定価 3360円

○目次
序 言語活動の経験
インファンティアと歴史―経験の破壊にかんする論考
おもちゃの国―歴史と遊戯にかんする省察
時間と歴史―瞬間と連続の批判
君主とカエル―アドルノとベンヤミンにおける方法の問題
おとぎ話と歴史―プレセペにかんする考察
ある雑誌のための綱領


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