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2010年04月05日

『新世界秩序批判―帝国とマルチチュードをめぐる対話』アトゥツェルト,トマス/ミュラー,ヨスト編(以文社)

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「『〈帝国〉』の構想への一つの補足」

 ネグリ/ハートの『〈帝国〉』が、フーコーの生政治の概念を新しい方向に展開させて、ぼくたちの想像力をかき立てたために、この構想を補足し、修正するための書物がまだつづいている。本書もその試みの一つであり、ドイツの社会科学者のジョバンニ・アリギと、政治学者のヨアヒム・ヒルシュの批判と、それにたいする応答で構成されている。

 アリギの批判は主として四つの点に絞られる。第一に、現在の趨勢が世界帝国の形成に向けて進んでいるのはたしかだとしても、それがすぐに実現されるかのように考えるべきではなく、「時間軸を付け加え、不確実な要素を付け加えるべきだろう」(p.22)。歴史的にみても、都市国家が国民国家のシステムに移行するには数百年がかかったのであり、帝国への以降も、一世紀以上の時間が必要となるだろう。歴史というものは、前進と交替を反復しながら進むものであることはたしかだ。

 第二に、世界的な金融危機によって、資本主義が「意図せざる自己破壊」(p.23)をもたらす可能性がある。アメリカ合衆国が世界に自国の覇権を押しつけるために、「資本主義の大きな不安定性と自己破壊の原因」(同)をもたらすことだろう。今回のサブプライム問題をきっかけとした世界的な金融危機は、この危険性を如実に示したし、アメリカだけでなく、ヨーロッパの資本主義体制そのものを揺るがしたのだった。

 第三に、「南北の格差が次第になくなるというハートとネグリの主張は明らかに誤りである」(p.12)。資本は「豊かな国々の間を移動する」だけで、「現実には相対的にわずかな資本しか豊かな国から貧しい国に流入しないのである」(p.13)。「気たるべき世界国家の社会志向をめぐる闘争は、南北間の闘争であると共に、資本と労働との間の闘争でもある」(p.24)。

 第四に、南北の格差の拡大はつづくとしても、生産活動と世界市場の地理的な移動は確認されるのであり「北米と西欧から東アジアに大きくシフトしている」(p.25)ことが認識されていない。『〈帝国〉』が執筆された頃には、中国がこれほど巨大に勢力として現実に登場することが実感されていなかったこともあって、マルチチュードの像がいささか古典的なものであったのはたしかである。

 政治学者のヒルシェは、『〈帝国〉』では国家の重要性が低下すると考えていることにたいして、国家は国際的な活動との結びつきを深めて、「国家の国際化」(p.32)が進行するために、国家はこれまでとは違った意味で重要な役割をはたすことを、次の四つの側面から指摘する。

 第一に、金融・資本市場への「個々の国家装置の依存が強められる」(p.32)ことである。しかしそれは国家の重要性を弱めるものではなく、逆に世界的な金融・資本市場における国家の重要性を高めるものである。多国籍企業といえども一つの国家に依存する必要があるのであり、「個々の国家が国境の枠に従って搾取され支配される階級の分裂の基盤であり、資本の移動の増大のために、それどころか、重要性がましたまとまりとなっている」(p.35)のである。

 第二に、国家の「脱ナショナル化」(p.33)が発生する。規制する枠組みとしての国家の力が弱まることで、「ナショナルで人種主義的な傾向が結びつくというパラドックス」(同)が顕著になる。たしかに、バルカン半島でもアフガニスタンでも、宗教と結び付いたナショナルな傾向が、国家の「脱ナショナル化」の裏返しのように発生しているのである。

 第三に、政府の民営化が進行する。公的な活動が、国民によるチェックの届かない民間企業に委託される傾向が強いことは、アメリカにおける監獄の管理などにもみられることであり、これが今後の重要な問題の一つとなるのはたしかだろう。これは「個々の国家の自由民主主義的な制度か次第に空洞化していく」(p.37)ことを意味している。

 第四に、政治のルールが国際化される傾向が強まることである。NGOを含むさまざまな国際的な組織が活発に活動して、国の政策に影響を与えていることは、ぼくたちも毎日のように目撃している事実である。

 これらの批判は、『〈帝国〉』の構想を否定するよりも、補強しようとするものである。何と言ってもこの書物のもったインパクトは巨大なものであった。毎日のニュースが、ネグリ/ハートの理論を裏付け、覆し、補足を求めている。そう思って読むと、日々の新聞記事には無数の示唆が含まれているのである。


【書誌情報】
■新世界秩序批判―帝国とマルチチュードをめぐる対話
■アトゥツェルト,トマス/ミュラー,ヨスト編
■島村賢一訳
■以文社
■2005/10/30
■187p / 19cm / B6判
■ISBN 9784753102440
■定価 2310円

○目次
第1部 帝国、世界システムと資本の国際化(帝国の発展路線―世界システムの転換;新しい世界秩序―国家の国際化;帝国とマルチチュードの構成的権力―アントニオ・ネグリへのインタヴュー)
第2部 帝国における階級闘争とマルチチュード(農民世界の薄明―帝国における階級分析のために;国家に抗する社会―クラストル、ドゥルーズ、ガタリ、フーコーについての覚書;マルチチュードの存在論的規定;マルチチュードの逃亡線―ジェノバとニューヨーク以後の短い電子メモ)


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