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2007年08月21日

『民衆防衛とエコロジー闘争』ポール・ヴィリリオ(月曜社)

民衆防衛とエコロジー闘争 →bookwebで購入

「われら哀れな人質たち」

現代のいくつかの出来事は、ぼくたちがある種の戦争状態に置かれていることを示している。想定を数倍も上回る揺れに見回れ、いまだに格納容器を開けることもできず、IAEAの検査官から「寿司を食べた」という安全の「保証」(笑)をもらうことくらしかできない新潟の原子力発電所の地震被害は、ぼくたちが日本という国土に暮らしながら、ある種の人質にされていることを二重の意味で示す象徴的な出来事だった。

まず第一に、日本の住民は放射能という目に見えないエネルギーの潜在的な脅威にされされているのであり、発電手段である原子力発電所は、ぼくたちの生命をすぐにでも奪ってしまうことのできる装置であることを示したのだった。原子炉の温度計がすべて作動しなくなるような状況において、原子炉が停止しなかったならどうなっただろうか。暴走したらどうなっていただろうか。クレーンが落下していたら、どうなっただろうか。

地震の巣の上にいるぼくたちは原子炉の人質となって暮らしているようなものなのである。こうした事態をヴィリリオは「市民は既に武器システムの脆弱な人質でしかなかった」(p.57)と指摘する。それは核兵器などの武器システムだけに限らないのであり、原子力発電所一か所の攻撃や事故でも同じ効果を発揮することができるのだ。

一方でヴィリリオは、ドイツでは数年前に大気汚染に関する警戒のシミュレーションが行われ、ルール河域の住民は恐怖に陥れられたことを指摘している。テレビで虚構の破局的な画像が流され、「数時間にわたって地域全体の住民を自宅に釘づけにすることに成功した」(p.69)。今回の事故ではパニックは起きなかったが、報道次第では住民の脱走とパニックが発生しかねなかった。「市民がラジオのスイッチを入れ、TVをコンセントに繋ぐように訓練されていさえすれば、市民を襲撃するのには、もはや軍事体」は必要ではないのである(p.69)。

さらに中国発の汚染食物の報道は、日本では現実的な被害は明らかにされていないが、ペットを含めて、すでに多数の生物が影響をうけている可能性がある。さらに中国の過半数の州で発生している致死性の豚ウィルスも不気味だ。ぼくたちは食物の供給という側面でも、世界有数の食料供給国である隣国の検査体制、実際には政治体制の「人質」となって暮らしていることになるのである。

全体戦争は、第一次世界大戦から始まったとされている。しかし現実的には国民国家の成立の時期、ナポレオン戦争において「軍隊・文明をヨーロッパの隅々まで連れ回す」(バルザック)(p.24)営みの中で、革命の成果が流産され「市民的思考は溺死」した瞬間から、国民の動員体制が確立されていたのであり、すでに全体戦争に近いものが始まっていた。

やがて戦争において重要なのは、兵士ではなくなる。兵士は損耗するのであり、維持する必要があるからだ。そして技術的な装置が兵士そのものよりも重要なものとなり、「軍隊・国家による、純粋な力の、純粋エネルギーの追求」が優先されるようになる。「プロレタリアートの決定的な歴史的役割は、ヒロシマの閃光とともに終わった」(p.27)のかもしれないのである。そしてそのことは、すべての国民が一種の消耗品として、国家の純粋な力の人質となっていることを示すものなのである。

その一方で、人質とされた住民の管理の方法はますます洗練され、高度化している。一例をあげよう。前回ヨーロッパを訪問した際には、パリのメトロでは改札口が実質的に姿を消し、ベルリンでも駅は開かれ、誰もが入れる場所となったことに感心した。しかし開かれたのはプラットフォームまでである。電車に乗る人は、プラットフォームにあるマシンで切符を購入してパンチをいれておかないと、検札でひどい目にあう。駅員ではなく、警察官のような体格の二人組の検札官が回ってきて調べるからだ。違反者はまるで犯罪者のように、電車から運びだされて、取り調べられるのだ。

駅は解放されたようにみえる。しかし実際には「旅客は無賃乗車は、遥かに深刻な違反行為、襲撃・破壊行為と同列に置かれる」(p.94)のであり、駅の入り口ではなく、電車の中でコントロールするという方法で、人々のアイデンティティの調査と、規律の強化がさらに効率的に、しかも厳密に進められるようになるのである。これは一例にすぎない。年金記録の喪失を逆手にとって、国民背番号制の導入が新たに検討されるなど、さまざまな場所でこうした管理と規律の強化は進みつつある。出版時期はかなり前のことになるが、ヴィリリオのこの書物はまだまだアクチュアルである。

【書誌情報】
■民衆防衛とエコロジー闘争
■ポール・ヴィリリオ著
■河村一郎,澤里岳史訳
■月曜社
■2007.1
■117p ; 18cm
■ISBN  9784901477307
■定価  1800円


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