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2007年07月15日

『中世の死 : 生と死の境界から死後の世界まで』ノルベルト・オーラー(法政大学出版局)

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「中世の死の諸相」

本書は、アリエスの『死を前にした人間』に強い影響をうけて、中世のヨーロッパにおける死のさまざまな諸相と、死を前にした人々の姿勢を考察したものである。中世においては「主よ、疫病、飢餓、戦争から我らを守りたまえ」という祈りに象徴されるように、この三つのものがほとんど同じほどに致命的な打撃を与えたのだった(p.21)。どれも民衆にとっては外部から、抵抗することのできない自然的な威力であるかのように、死をもたらしたのだった。

フランスでは紀元300年には500万人の人口を数えたが、600年にはこれが300万人に低下し、1000年には600万人まで増大し、1340年には1900万人まで増加するが、1440年には1200万人にまで低下する。二回の人口激減の原因はどちらもペストであり、542年~750年のペストと、1348年~1440年までのペストは、「ヨーロッパの思考に深く刻印され、今に残っている」のである(p.27)。

最初の「働き盛りにする備え」の章では遺言状の考察がおもしろい。古代のゲルマン法では個人的な遺言は認められていなかった。死者は葬儀の費用と副葬品を除くと、財産を親族に渡すことが定められた。しかしローマ法の遺言権の規定では、死者は自分の財産を自由に処理することが認められていた。これが「部族財産の崩壊、個人財産の成立」(p.50)をもらたしたのはよく知られている。

しかしここで教会が介入する。教会は信者にたいして、遺言で財産の贈与をうける人の一人に「イエスを指名」することを要請したのである。跡継ぎが一人いる者は遺産を二分し、その半分をイエスに、すなわち教会に贈与せよと言われたのである。それは「生前も死後も信者は困窮者を助けねばならない」(p.48)とされたからである。こうした教会はどんどんと財産を増やしてゆく。相続人が死者の遺言を守らない場合には、「公会議によって破門」(p.52)されることを覚悟しなければならなかったのである。

破門されたまま死ぬ者にたいしての教会の呪詛は激しい(スピノザがユダヤ教会から破門されたときの呪詛も激しいものだった)。「のろわれし者ども」で始まる呪詛に、列席者はアーメンと声をそろえる。「彼らが魂は地獄の腐臭の中で滅ぶべし、アーメン」(p.76)。教会にまつろわぬ者はこうして生者の世界からも死者の世界からも放逐される。異端者であることの覚悟はすさまじいものだったのである。

「眠りの兄弟」の章では、王の死にたいする民衆のさまざまな姿勢が興味をひく。王は「幸運を仲介し、人間、動物、耕地に豊穣をもたらす」(p.126)という観念は中世から近世にまでうけつがれた。1106年に教会に破門されたままでリュティヒでハインリヒ四世がなくなると、市民は王の棺に触れるだけで祝福されると信じ、「種をもってきて棺台に載せ、それを他の種に混ぜて、豊かな実りが得られると信じる者もいた」(Ibid)。そして遺体の引き渡しを求められると、市民は「町の危機、荒廃」を意味すると、拒絶したのだった。

一方ではハインリヒ二世の死後、王宮があったパヴィアの市民は、古くからあった王宮を土台にいたるまで破壊した。「今後いかなる王も、ここにそのような建物を建てる気が起こらなくなるように」(p.146)と考えてのことだった。しかし帝国の王宮を破壊したことは厳しくとがめられることになる。「王は死せども、帝国は残る。漕ぎ手を失っても、船が残るのと同じである」(Ibid.)。死ぬのは王の身体だけなのである。

本書を通じて、死に直面したさまざまな人々の姿勢が読みとれる。しかし特に印象的なのは、激しい差別の対象となったユダヤの民の死に様だろうか。キリスト教の信者がユダヤ教に改宗すると、「涜神および異端と同様に取り扱われた。ユダヤ人と肉体関係をもつことからして、キリストの教えに背く行為」(p.247)とみなされるもとにあった。シュヴァーベンでは「火あぶり」の刑が定められていたという。

十字軍もユダヤ人迫害に大きく貢献した。「1096年、エルサレムに向かう途上の略奪兵の大群が、ライン・ドナウ河畔の町々でユダヤ教徒を皆殺しにした」(p.284)。マインツでは「今こそ十字架で流されたキリスト教の血の復讐を行うと宣言した」(p.285)兵士たちが乱入し、司教館に立てこもったユダヤ人たちは、集団自殺をしたのだった。もっとも殺されたのはユダヤ人だけではない。1099年にエルサレムを占領した後には、イスラーム教徒、ユダヤ教徒だけでなく、キリスト教徒も殺戮されたのだった(Ibid)。

そしてペスト流行の際には、ユダヤ人は「泉に毒をいれたと告発」(p.302)され、バーゼルでは木造の小屋にを監禁し、火を付けられて大量に焼け死にしたのだった。「彼らはたいてい犠牲を自ら受け入れ、そのことによって神の御名を崇めようとした。コンスタンツでは踊ったり、詩篇を歌ったり、また涙にかきくれながら、火刑場に引き立てられていったという」(p.303)。

本書はときにホイジンガの補足のようにみえるところもあり、少し総花的になりすぎているところもあるが、ヨーロッパの中世における死の諸相をたどり直す試みである。なぜか原注が訳されておらず、文献リストで邦訳のあるものの指摘もないのは残念だが、読みながらさまざまな思いに駆られるのはたしかだ。

■中世の死 : 生と死の境界から死後の世界まで
■ノルベルト・オーラー[著]
■一條麻美子訳
■法政大学出版局
■2005.7
■334,42p ; 20cm
■ISBN 4588008218
■定価 4000円


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