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2007年07月03日

『生のものと火を通したもの』クロード・レヴィ=ストロース(みすず書房)

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「待望の神話分析の一冊目」

レヴィ=ストロースの『神話論理』の邦訳の刊行がやっと始まったことを祝いたい。原著が一九六四年の刊行であるから実に四〇年後の翻訳出版ということになる。ぼくは半ば諦めて、安価に入手できる英訳本四冊をセットで購入していたが、やはり日本語は読みやすいし、動物の名前など、英語ではかなり面倒だった。最後まで順調に刊行されることを願っている。

レヴィ=ストロースの神話解読の方法の概略は、『構造人類学』などでも示されていたが、ここにやっと本格的な分析が手にできることになった。レヴィ=ストロースは本書ではそれを音楽のコードとの類比で説明している。それぞれの章も「主題と変奏」(これは「ポロロの歌」「ジェの変奏」「行儀作法についてのソナタ」「短い交響曲」「五感のフーガ」「オポッサムのカンタータ」で構成される)、「平均律天文学」(これは「三声のインベンション」「二重逆転のカノン」「トッカータとフーガ」「半音階の曲」で構成される)、「三楽章からなる田舎風の交響曲」(これは「民衆的な主題にもとづくディヴェルティメント」「鳥たちの合唱」「結婚」で構成される)と、まるでCDのリストのようだ。それでいて、きちんと内容とあったタイトルになっているから、レヴィ=ストロースはタイトルをつけながら、実に楽しんだのだろう。

レヴィ=ストロースが神話研究でとくに注意したのは、「ユング主義」にならないようにしたことだった。ユングはさまざまな神話を収集し、分析しなから、人間の集団的な神話的に心理を描き出す象徴を探しもとめようとする。レヴィ=ストロースが試みたのは、「神話の機能に絶対的な意味を与える」ことを避けることだった(p.82)。ユング主義の問題点は、神話のレベルを超越したところで、意味をみつけようとすることだ。それに神話の外に何からの制度を発見しようとする通例の試みも不適切なのだ。

というのも「象徴に固有で不変の意味があるのではない、象徴はコンテクストから独立してあるのではない。象徴の意味は何よりもまず、それが置かれている場によって決まる」(Ibid.)からである。レヴィ=ストロースはまた神話における水の意味を考察しながらも、「わたしは一瞬たりとも水の原型的な象徴の助けをかりなかった」と強調する(p.270)。重要なのは人間の心のうちに集団的に潜む象徴の意味ではなく、「形式的同型性」だからである(p.271)。

レヴィ=ストロースはさまざまな神話の語っている内容や意味ではなく、それぞれの要素がその神話で果たしている役割と機能の共通性を調べようとする。それぞれの神話の語る意味だけを考えると、「神話というものはたんなる寄せ集めにすぎない」ことになる。しかしその構造と機能に注目すると、まったく異なる神話にみえたものが「同じひとつの神話」であり、「そのひとつひとつが、あるひとつのグループの内部でおこなわれた変形の産物」(p.200-201)であることを指摘できるようになるのだ。それぞれの社会の制度や環境や風土におうじて、それにふさわしい変形が行われるのであり、その操作の手つきを指摘すれば、同じ神話に還元することができるのである。

たとえば人間の寿命の短さを示すいくつかの神話がある。これらの神話をその要素の機能から分析していくと、「見かけは非常に異なるが……同じメッセージを伝えており、相互の違いは使っているコードの違いにすぎない」ことがわかる(p.238)。使われているコードは、人間の五感であり、目、耳、舌、皮膚、鼻のそれぞれの機能が可能なかぎりですべて使われている。そのうちでも特権的な地位を与えられているのが舌、味覚のコードであり、「他のコードが味覚のコードのメッセージを翻訳すること」が多い。

この神話で味覚のコードが重視されるのは、人間の寿命の短さの神話は、「火つまり料理の起源の神話」がその入り口の役割をはたしているからである。料理は自然から文化への移行を意味するだけでなく、人間の条件を定義するために最適な営みであり、象徴だからである。

レヴィ=ストロースの探しだそうとしている神話的な思考の基本的に特性は二つある。第一の特性は、神話の統辞法は、自らの規則の範囲内でも完全に自由ではないということである。神話は「地理的および技術的下部構造の制約」(p.346)をうけるからである。形式的には可能なヴァリエーションであっても、その民族の風土や制度、その技術などから、最初から「決定的に排除」されてしまうものがある。

たとえば天の川は暗い天空の中の星の集まりとみることも、無数の星から蛇が食べてしまったところが残っているのだと考えることもできる。蛇に食べられたところは最初から不可能であったところであり、そこに何があったかは、別の民族の神話と比較しなければ、読み取ることはできないのである。レヴィ=ストロースは完全な絵と、「打ち抜き機」で穴をあけた絵の比喩でこれを説明する。

第二の特性は、外部からのこうした干渉や毀損にもかかわらず、神話の意味するものの体系は、もとの意味を保持しようと抵抗するということである(Ibid.)。「それらの意味するものは不在の項が占めていた場を描きつづける」のである。この二つの特性は補完しあうと同時に対立しあう。この力関係から、元の絵を再構成できるのである。

レヴィ=ストロースは最初に基準となるボロロの神話(M1)を語るが、その神話のうちで何の意味もないと思われていた要素が、遠く離れた場所で暮らす民の神話で解読できるようになることも多いのである。この書物ではM187までの神話が考察されるが、突飛な想像力の働きのように思えた物語が、精密なコードで、自然と文化の対立、「生のものと火を通したもの」の対立の物語を描いていることがときあかされる。良質の推理小説を読むかのような驚きと発見を味わうことができるのだ。

最後の章では、世界各地でみられる新年の爆竹やクラクションでの「騒ぎ」の起源を、シャリヴァリと、日食や月食のときの民衆の大騒ぎを例にしなから、これらの騒音は非難すべき結合が起こり、体系に欠如が発生したときに、それを指摘し、埋め合わせようとする営みであることが明らかにされる。こうした儀礼は「横取りするもの(天体を食う怪物、不当な求婚者)を追い払うためではなく、横取りによって生じた空隙を象徴的に埋めるもの」(p.412)なのであるというレヴィ=ストロースの解読は、実に説得力がある。一九世紀頃にはフランス各地で、妹に先に嫁がれた未婚の姉が、サラダを食べさせられたり、「パン焼きがまの上」に乗せられたりした理由も理解できるようになる。五〇〇ページをこえる大冊だが、次々と新しい発見が楽しめるために、まったく飽きることがない。第二冊目『蜜から灰へ』を読むのがいまから楽しみだ。版元によると各巻の構成は次のとおりになっている。

■生のものと火を通したもの
神話論理 I
序曲/第一部 主題と変奏/第二部 I 行儀作法についてのソナタ II 短い交響曲/第三部 I 五感のフーガ II オポッサムのカンタータ/第四部 平均律天文学/第五部 三楽章からなる田舎風の交響曲
早水洋太郎訳 8400円

■蜜から灰へ
神話論理 II
序/音合わせのために/第一部 乾いたものと湿ったもの/第二部 カエルの祝宴/第三部 八月は四旬節/第四部 暗闇の楽器
早水洋太郎訳 8820円

■食卓作法の起源
神話論理 III
序/第一部 バラバラにされた女の謎/第二部 神話から小説へ/第三部 カヌーに乗った月と太陽の旅/第四部 お手本のような少女たち/第五部 オオカミのようにがつがつと/第六部 均衡/第七部 生きる知恵の規則
渡辺公三他訳 [未刊]

■裸の人 1・2
神話論理 IV(全2冊)
序/第一部 家族の秘密/第二部 こだまのゲーム/第三部 私生活情景/第四部 田舎暮らしの情景/第五部 苦い知/第六部 源流に遡って/第七部 神話の黎明/終曲
吉田禎吾・木村秀雄他訳 [未刊]


【書誌情報】
■生のものと火を通したもの
■クロード・レヴィ=ストロース[著]
■早水洋太郎訳
■みすず書房
■2006.4
■504,34p ; 22cm
■シリーズ名  神話論理 ; 1
■ISBN  4622081512
■定価 8000円


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