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2007年06月29日

『訴えられた遊女ネアイラ―古代ギリシャのスキャンダラスな裁判騒動』デブラ・ハメル(草思社)

訴えられた遊女ネアイラ 古代ギリシャのスキャンダラスな裁判騒動 →bookwebで購入

「裁判で読むアテナイの生活」

古代のギリシアは完全な男社会だった。男性は家を支配し、ポリスにおいては政治の世界を独占した。女性が外出したり、戸口から外を覗いたりするのは下品なこととされていた。家の中でパンをやき、衣類を紡ぐ仕事をしたり、女奴隷たちの仕事を監督したりするのが、妻の役割だった。家に客がきても、顔を出すどころか、食事も共にすることがなかった。

だから男たちは祭礼などのまれなチャンスを除くと、外で女性を目にする機会がほとんどなかった。そのためでもないだろうが、町で娼婦をかうのはごく普通のことと思われていた。「売春そのものは完全に合法だった」(p.30)のである。ギリシアの娼婦には(男娼を除くと)三種類あった。

ポルネーというのは街娼で、もっとも安価であり、街路に身を横たえて仕事をした。とくべつなサンダルがあって、そのサンダルで歩くと地面に「いっしょにきて」というギリシア文字が残されるという巧みな仕掛けがあった。ついてきた男と商売をするわけだ(p.22)。もう少しましな娼婦は、アウレトゥリスと呼ばれた。宴会などに呼ばれて笛などを吹き、宴会のあとで、仕事の値段の交渉をするのだ。

もっと高級な娼婦が、ヘタイラと呼ばれた。遊女と訳されることが多い。凄腕のヘタイラは客を自分で選ぶこともできた。アテナイには有名なヘタイラが多かったし、ソクラテスと仲のよいヘタイラもいたことは有名だ。外で女性と食事をともにするという現代の重要な、そしてごくありふれた楽しみは、こうした遊女としか味わうことができなかったのだ。そして遊女たちは、食事のときに楽しく会話ができるように教養を積み、対話の術を磨いたのだ。

この書物は、ヘタイラに近いレベルの遊女であったネアイラをめぐる裁判を分析し、事実を探り、その背景を明かすものである。もっとも裁判の当事者になるのは女性ではなく、この女性を妻として迎えたステパノスという男の苦労の歴史である。この男の苦難をたどりながら、著者は当時のギリシアの社会の状況から、ギリシア人たちの思考方法まで、巧みに描きだすのである。

ネアイラは最初は娼家で育てられ、訓練をうけた。ギリシアの全土に馴染みの客がいたというから、美貌で、会話術も優れていたに違いない。やがて二〇歳台の半ばになると、ネアイラは客に「引かれる」ことになる。娼家の女主人は、まだ高い値段で売れるうちに、投資を回収したかったのだ。

ネアイラはティマノリダスとエウクラテスという二人の男が3000ドラクマで買い取り、共有することになったが、やがて二人は飽きたのか、投資を回収しよう思ったのか、売値をいくらか下回る2000ドラクマ払えば、解放してやると提案した。そのための費用をルネアイラに提供したのがアテナイのプリュニオンという男だった。しかしこの男は扱いがひどく、宴会の席でセックスを強要したりした。ネアイラが酔って宴会の後に輪姦されたこともあった。

たまりかねたネアイラはアテナイから逃げ出してメガラで暮らすうちに、アテナイのステパノスという男と出会い、ステパノスは彼女を妻として迎えることになる。アテナイに戻ったステパノスとネアイラのところに、昔の男のプリュニオンがおしかけてきて、ネアイラは自分の奴隷だと主張する。ステパノスはネアイラが自由な身分の女性だと反論する。こうした最初の裁判が始まり、ネアイラが奴隷かどうかが争われることになる。

戸籍などというもののない当時のギリシアでは、身分の問題は地元の区民の証言によるしかなかった。そこでステパノスは仲裁に応じることになる。この仲裁の結果、ネアイラはステパノスとプリュニオンのもとに「交互に同じ長さのあいだとどまる」ことが決定され、両者はこれに合意したのだった(p.109)。ふたたび二人の男の共有物となったのである。

やがてネアイラはステパノスのもとで暮らせるようになったが、奇妙なことにステパノスがルアイラとメガラから戻るときに、三人の子供を伴っていた。そしてステパノスは息子たちを地元の区に正式な子供として登録していた。これで息子たちはアテナイ市民であることが認められたのである。しかし当時のアテナイでは、ペリクレスの法律以来、両親ともにアテナイの市民でなければ、市民権は認められなかった。ということは、ステパノスが法律を犯したか、子供の母親はネアイラではないかである。地元の住民が異議を唱えなかったことから考えて、子供の母親はアテナイの自由身分の女性だった可能性が高い。

ところが一人娘のパノをめぐって裁判が起こる。ステパノスはパノをプラストルトいうアテナイ人と結婚させていたのだが、何らかの理由でプラストルがパノをほうり出し、持参金3000ドラクマを返却しなかったのである。そこでステパノスはプラストルを訴えるが、プラストルは持参金を払い戻したくなかったのか、逆にパノはアテナイの自由民ではないという訴訟を起こしたのである。さて、今回の裁判はどうなるだろう。

ステパノスはシュコパンテスという告訴人の仕事もしていたらしく、さまざまな裁判を起こし、さまざまな裁判に巻き込まれる。まだまだ裁判はつづくが、残りは本書をお読みいただきたい。著者はアテナイにおける裁判のシステム、法律のシステム、女性の身分のもつ意味、奴隷の身分のもつ意味など、さまざまな歴史的に興味深い事実を、裁判のプロセスを説明しなから説き明かしてゆく。

さらにさまざまな当事者の行動から、事態の真相を見抜こうとする。並の推理小説は顔負けの推理であり、しかも古典学の枠組みを逸脱することはまったくない。パノがアテナイの公職であるバシレウスの妻になって、エレウシスの秘儀を執り行い、後に大騒ぎになるなど、最後まで大波乱が続きハラハラさせられながらもしかもアテナイの生活の諸相がありありと描き出される。。現在に残されているさまざまな裁判の記録の一つずつにも、こうした複雑な背景があったに違いない。すべての裁判に、このような本があったら楽しいのになぁ。

【書誌情報】
■訴えられた遊女ネアイラ 古代ギリシャのスキャンダラスな裁判騒動
■デブラ・ハメル著
■藤川芳朗訳
■草思社
■2006.8
■278p ; 20cm
■ISBN  4794215185
■定価 2000円


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