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2007年05月19日

『古代から中世へ』ピーター・ブラウン(山川出版社)

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「貧者の正義」

ピーター・ブラウンはダブリン出身の歴史家で、現在はプリンストン大学で歴史学を教えている人物だ。邦訳は定評のある『アウグスティヌス』と『古代末期』だが、ぼくは邦訳されていない『身体と社会』(一九八八年)が圧巻だと思う。もう何度読み返したかしれない本だ。

古代末期という概念を作りだしたのはブラウンであり、この時代についての『古代末期における社会と聖性』(一九八二年)『古代末期における権力と説得』(一九九二年)、『権威と聖性』(一九九五年)など、どれも深い示唆に富む好著である。本書は著作ではなく、一九九八年に訪日した際の講演を集めたものだ。

どれも多くのことを教えられる講演だが、とくに最初の「貧困とリーダーシップ」は興味深い。この講演でブラウンは、後期ローマ社会で、キリスト教の司教が貧困者にケア、それも経済的な配慮をすることが重視された理由を主に四つの観点から考察する。

第一にローマ帝国においてキリスト教が伝播していくのを認められるにあたって、キリスト教の教会は貧困者へのケアをある種の公的な義務として要求されるようになったことがあげられる(p.37)。教会は免税特権を与えられる代償として、この義務を果たすことを求められたのである。

ローマ帝国がパンとサーカスで首都ローマを維持していたのは有名だが、帝国の末端にいたるまで、このような貧者の扶養システムを構築できたわけではない。そこでこの任務を果たすことを求められたのが教会だったのである。官吏が「教会は地域社会のために何をしているか」と尋ねると、教会は貧者を扶養していると答えて、免税特権を確保しようとしたのである。教会は「貧者への愛」と隣人愛を説くが、その背景にはこのような経済的な理由が控えていたのだ。

第二の要因として「貧者の扶養」を説きながらも、教会が扶養していたのは極貧の人々というよりも、中間層の人々であったる。すでに貧困に陥った人々というよりも、それまで教会の信者の中心となっていた中間層の人々が死後残した寡婦と孤児こそが、この扶養の対象だったのであり(p.46)、それを扶養することは教会にとってはある種の義務だったのである。

第三の要因として、ローマ帝国においてキリスト教の教会が司法面でも権威をもってきたことが指摘される。コンスタンティヌス帝は、民事訴訟においても、司教に仲裁が求められた案件は、司教だけが決定する権利をもつことを認めたのだった。それはすべての争論をローマまで持ち込ませず、現地で解決させることで、キリスト教会に司法の下部組織としての役割を果たさせることを目的としていた(p.48)。

教会に仲裁を依頼できるのは信者だけである。そのために長期的な裁判のコストを節約するために、比較的豊かな階層の人々が、「進んで改宗した」(Ibid.)という。アウグスティヌスの書簡は、彼が小作人と地主の争いを調停するなど、現地の細かな事情を知り尽くした司牧者ならではの判決を下していたことを示している。

この教会の裁判は、もちろんローマ法に基づいて実行されるが、その背後には『聖書』の正義の観念が浸透していた。「貧者を愛する者」として司教が実行する裁判は、正義が貫かれることが期待されるようになったのである。この裁判に原告は、「貧者」として登場する。「貧者」の資格で原告になるのである。ここで貧者は経済的な範疇ではなく、司法の範疇となる。「貧者」とは「原告や請願者であり、乞食では」なかったのである(p.50)。「貧者」であることは、正義を求める姿勢を示すことであり、恥ずべきものではなくなった。

第四の要因は、西アジアの地域では、社会が貧者と権力者という垂直な構造で形成されていたことにある。神と信者は非対称の垂直な関係にある(p.58)。富者の前に立つ乞食の状態と、神の前の信徒の状態はぴったりと対応していたのである。このためにローマ帝国の伝統的な権力の「共生」関係が崩壊することになる。それまでの古典的なモデルでは、権力関係に含められていたのは、都市の同胞市民だけであり、部外者は対象外だったが、そのモデルが崩壊したのである。

だれもが貧者として、扶養を要求することができるようになる。家を訪れる貧者のだれもが、あるいはキリストかもしれないのである。神はキリストとして人間の苦しみを経験したのであり、キリスト教の教会は、すべての貧者に保護を与えるべきなのである。これは新しい「結束と連帯」を生むものだったのである。ブラウンはキリスト教の教会のシステムだけでなく、最後にキリスト論にまで触れながら、貧者の地位の根本的な変動の背景にあるものを分析してみせるのである。

第二論文は、帝国が終焉し、封建制が始まるとともに、帝国の中心と周縁という構造が崩壊したことを説明するものだが、それよりも「栄光につつまれた死」という三番目の講演がおもしろい。ヨーロッパでは七世紀頃に「人間とは彼もしくは彼女の罪の総和である」という確信が広がっていく(p.119)。告解して日々の罪を清めた者でなけば、栄光に包まれて天国に入ることができないと信じられるようになったのである。

四世紀頃までの告解は、自分の罪を公的な場で告白するエクソモロゲーシスという方式をとっていた。罪の内容そのものはそれほど重要ではない。自分が罪人だと認めることが重要であり、会衆という共同体から許されるまでは排除されるのだった。それにたいしてこの頃に登場したのは司祭への個人的な罪の告白であり、どのような罪を犯したかが決定的な意味をもつようになる。そしてわずかな罪でも告白することで、司牧者から赦しをうけ、自分の身を清めることが求められたのである。それでないと天国にゆけず、長い煉獄の苦しみをうけねばならないのだった。そしてこれは地位のいかんにかかわらず、財産の多寡にもかかわらない。どんな権力者でも富豪でも、罪を清めてからでないと、死ぬに死ねないのである。

人間はだれもが罪人であり、それを告白し、赦しをうけるシステムが必要と考えられるようになったのだった。ブラウンはこれは「人間性」について、人間の自己認識についての「一つの革命」(p.124)だったと指摘する。そこで「すべての経験を、歴史を、政治を、社会秩序を、個々の魂の純度や運命と同じく、罪と改悛という二つの普遍的な説明原理に決定的に還元する」(p.128)ことであり、「これが起きたとき、宇宙そのものが蒼ざめた」という。そこにはもはや古典古代の人間像は存在しない。古代末期の終焉である。短く、読みやすいが、考えさせられる一冊としてお勧めだ。

【書誌情報】
■古代から中世へ
■ピーター・ブラウン著
■後藤篤子編
■山川出版社
■2006.4
■141p ; 19cm
■構成
「古代末期」研究とピーター・ブラウン / 後藤篤子著
貧困とリーダーシップ
「中心と周縁」再考
栄光につつまれた死
■ISBN 4634475022
■定価 1500円


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