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2006年12月27日

『ソフィストとは誰か?』納富信留(人文書院)

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「反哲学者、ソフィスト」

ソフィストという呼び名は、軽蔑的に使われることが多い。ギリシアで誕生した頃からすでにそうだったようにもみえる。もともとは知者(ソフィステース)という褒め言葉であったはずなのに、ソクラテスとプラトンの頃からすでに、真なる知を求める哲学者(フィロソフォス)とは異なる〈ぬえ〉のような存在として非難されてきたからだ。

そのためか、ソフィストをめぐる本格的な研究書は少ない。日本でも例外的に田中美知太郎の『ソフィスト』がある程度にすぎなかった。その意味でもソフィストについての本格的な研究書である本書の登場は喜ばしいものだった。アリストファネスの喜劇にもみられるように、古代のアテナイにおいてソクラテスはそもそもソフィストとして糾弾され、ソフィストとして処刑されたのであり、フィロソフォスとソフィストの違いは、それほど自明なものではないのである。

本書ではフィロソフォスとソフィストの違いが、哲学者によるソフィストの切り捨てという形で実行されたことにより、哲学史においてはソフィストの研究が最初から歪められてきたことが指摘されている。「私たちが受け継ぐ〈哲学史〉が、ソフィストを忘却してきた歴史であるとすると、それはソクラテス・プラトンによる〈哲学〉の勝利ではなく、ソフィストたちが実質的に支配する歴史であったのかもしれない」(p.14)という視点は鋭い。

ニーチェ以来、そしてハイデガー以来、ソクラテス以前の哲学者たちにたいする注目は顕著なものであり、一つの思想的なスタンスを決める役割をはたしてきた。しかし「ソフィストを哲学史にどう位置づけるか」は、「ギリシア哲学史への一つの挑戦」(p.48)であるだけでなく、西洋の哲学史における一つの挑戦でもある。哲学者とは誰かは、ソフィストとは誰かという問いによって決定されてきたからである。

ここで哲学者とソフィストの違いを確認しておこう。それは「知と教育をどのように位置づけるか」(p.107)という「根本的な哲学問題への二つの相対立する方向」をさし示すものである。哲学者からみたソフィストとは、まず知の活動において収入をえて暮らす人々である。哲学者は「自由な交わりにおいて対話する」人々であるが、ソフィストとは「金銭をとって教育を授ける」(p.99)人々である(この観点からみると、現代において哲学を教える人はみなソフィストになる(笑))。

次にソフィストは「徳が言論によって教えられる」ことを標榜する人々であり、哲学者とは「徳の教育可能性を疑問とする」人々である。しかもソフィストはこの徳をアレテーのようなそのものに固有の価値とするのではなく、「知」として、その人の倫理的なありかたとは分離したものとして「教える」ことができると考えるのである。

このソフィストの教授という職業的な立場から、ソフィストたちは「言論の力による説得を目指す」人々となる。アテナイのポリスにおいては、私生活にいたるまで人々の監視の目がはりめぐらされており、誰もがいついかなるときにも裁判において被告となる可能性があった。そのために裁判での言論の術が重視されたのであり、ソフィストの活躍の場もそこにあったのである。しかし哲学者たちは、言論による説得の術ではなく、「言論を正しく使う」ことに配慮する人々とされたのだった。

次にソフィストたちは懐疑主義や相対主義を標榜する。人間は万物の尺度なのである。ここからフュシスとノモスの対立という重要な概念が誕生するが、哲学者たちは真理が存在すること、しかも絶対的な真理が存在することを主張する。またこれとは対照的な側面でソフィストたちは、すべてのことを知りうると標榜するが、哲学者たちは自己の無知の認識を強調するのである。

ここで言論の果たす役割をめぐって、ソフィストと哲学者たちの対立の軸がふたつ登場する。一つの軸は、言論と真理の関係である。ソフィストが目指すのは、絶対な真理ではなく、真理のみかけのあるものを言論によって説得し、それで相手を納得させることである。しかし哲学者は絶対的な真理というものがあり、それを言論のうちで説得するのではなく、一つの生き方のうちでその真理に到達する方法を探求するのである。

この対立の軸は、一見すると哲学と修辞学(弁論術)の対立のようにみえる。これはプラトンの学校とイソクラテスの学校の対立でもある。西洋の歴史においては、哲学そのものよりも、キケロを通過して、修辞学の伝統が脈々と流れ、そこにフマニタスの伝統が形成される。いま考えられるほど哲学は主流であったのではないのである。

しかしソフィストはこの哲学と修辞学の対立とはもっと別のところに位置する。著者は本書の第二部で二人のソフィストの作品を翻訳し、紹介しているが、このテーマは最初のソフィストであるゴルギアスの作品の分析の主題となる。ゴルギアスはたんに真理らしきものを説得するための技術として修辞学の立場に立つわけではない。「真理と虚偽、本物と似而非物[にせもの]の区別や秩序を逆転させる言論」(p.172)を導入するのである。

「虚偽を説得するのも抗い難い力であるとすると、それがそのまま〈真理〉となる。いや、虚偽こそがもっとも強力な真理なのかもしれない」のであり、「真理/虚偽」の区別を「妖しくなし崩す」(ibid.)のである。ゴルギアスの言論は、そしてその「遊び」や「笑い」の技法は、「哲学をうち倒す〈反哲学〉の手法」(p.240)としての意味をもっていたのである。

第二の対立の軸は、書かれたものと語る言葉の対立である。プラトンが書かれたものに否定的な姿勢をとっていたことはよく知られているし、書簡ではプラトンの書いたものはない、残っているのは若いソクラテスの書いたものだという不思議な言葉を残しているのである。ソフィストもまた書かれたものを否定する。即興のうちに、すべての事柄について生き生きと語る術こそが真の言論であり、書かれたものはその抜け殻にすぎないとみなすのである。

この対立の軸を展開するのが、本書で翻訳・紹介されている二人目のソフィストであるアルキダマスである。このソフィストについてはほとんど研究がなく、知られていなかった人物であり、その作品が翻訳され、分析されたことは貴重である。『書かれた言論を書く人々について、あるいは、ソフィストについて』というこのディスクールは非常に興味深い。

この言論ではプラトンの『ファイドロス』を思い出させる形で、書かれた文章への批判を展開する。語られた言葉は、「瞬時に思考そのものから語られれば、魂を持ち、生きていて、事柄に従い真の物体にも似たものであるが、他方で、書かれたものは、言論の似像に似た編成を持つが、すべてのよき行いには与からない」(p.258-259)のである。

アルキダマスが知られていないのは、このソフィストの本領として、即興の演説に全力を尽くし、書き物を残さなかったからとも考えられる。この演説は、パロディとして、「遊び」としてどうにか残ったものにすぎない。この演説の主張がきちんと守られれば、アルキダマスの「作品」というものが残るはずもなかったのである。

ソフィストの研究は、哲学の発生における位置どりを明らかにする役割を果たすものであり、「哲学の言説を呑み込み、それを相対化する力」をもつソフィストの魅力の研究でもある。古代の「反哲学」の姿と実践に思いを馳せるのを手伝ってくれる書として、そしてソフィストと哲学者の対立する二つ重要な軸から考察した書として、本書は貴重である。


【書誌情報】
■ソフィストとは誰か?
■納富信留著
■人文書院
■2006.9
■308p ; 20cm
■4409040804
■定価  2800円


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2006年12月23日

『ダール、デモクラシーを語る』ロバート・ダール(岩波書店)

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「デモクラシーの可能性と不可能性」

ロバート・ダールはアメリカの政治哲学者で、デモクラシーの理論の専門家といっていいだろう。ぼくがこれまで読んだのは『ポリアーキー』の一冊で、すっかり過去の人かと思っていたが、今回イタリアで編まれたインタビューは、九・一一のテロの直後に行われたものであり、まだまだアクチュアルな理論家であることを知らされた。

ダールのポリアーキーの理論は民主主義の理論であるが、デモクラシーではなく、ポリアーキーという言葉を使うのは、現代の民主主義のありかたか、デモクラシーという用語の発祥の地である古代ギリシアの民主制とは、一つの点だけで異なるものとなっているためだ。ダールが示す民主主義の必要条件は次の五つだ。

(1)メンバーが決定に参加する平等で現実の機会をもっていること
(2)メンバーの投票が同じ重みをもっていること
(3)メンバーが問題となっている方式とそこから生じる帰結を理解するために必要なあらゆる情報をえる十分な機会を与えられること
(4)メンバーが動議の案件について最終的なチェックができる条件があること
(5)国家の直接の統治下にあるすべての成人に、参加の権利が平等に認められていること(p.14-15)

ここで最初の四つの条件は、古代のポリス、すくなくともアテナイでは認められていたのであるが、第五の条件だけは該当しない。女性と奴隷と居留外国人(メトイコイ)は政治に参加できなかったのだ。ダールはデモクラシーという用語が作られた古代ギリシアに敬意を表するために、デモクラシーという語はギリシアのポリスに残しておいて、第五の条件もまた満たす政治制度をポリアーキーと呼ぼうとしたのだった(p.20)。ただしダールも認めるように、この語は一般的に普及するものとはならなかった。

現代のデモクラシーは、このすべての成人の参加という条件のために、代表制が必要となる。古代の直接民主主義が実行できる規模ではないのである。さらに現代政治の特徴となるのは、こうした代表制の一つの帰結として、人々を組織する政党や組合などのさまざまな制度が登場することであり、こうした制度なしでは政治参加が実現できないことである。ダールはこうした制度の重要性に注目する。こうした「中間的な構造」なしでは、多元性を確保できないのである。

「現代の代表制デモクラシーがもつ基本的な特徴の一つは、市民が実際に政治生活に参加しなければならない場合に必要になるかもしれない政党や利益集団やその他の結社を連帯して作る権利が保証されていることです」(p.22)。この中間的な構造は、アメリカの独立革命の当初には否定的に考えられたものだった。「アメリカの憲法制定者の考え方では、個人の優位性は非常にはっきりしており、政党や党派はいかなるものであれ、公共的利益とは矛盾するものでした」(p.26)。いまでも利益集団はいかがわしい目でみられることがあるが、ダールはこうした集団は必要であり、民衆の政治参加に役立つものだと考えるのである。

ダールのこうした考え方は一環しており、世界国家や地域連合にたいする反感にもそれが表現されている。カントもまた多元性を維持するためには、世界国家は危険なものとなることを警告していたが、ダールもこうした世界国家では、デモクラシーは姿を消してしまうと懸念する。EUなどの地域連合においても、それぞれの国家の主権が実質的に奪われることで、民主主義と国民の政治参加は困難ななっていくと考える。中間的なレベルで層が厚く、多様なものであるほど、デモクラシーの可能性が高まるというわけである。

同じことは、国際的な機関についても指摘されている。たしかにIMFなどの国際機関では、責任者のアカウンタビリティが国民や大衆に向けられたものではないために、デモクラシーの原理そのものが実現されず、決定が恣意的なものとなりやすいのである。

ダールが指摘するように、こうしたデモクラシーの崩壊は、国際機構などではなく、暴力の突発やテロなどによっても生み出される。「ある程度までの暴力に対しては、デモクラシーは持ちこたえられますが、それを超えれば不可能になるような臨界点」(p.78)があるのである。国中で暴力が蔓延すれば、デモクラシーが不可能になるのは確実であり、一回のテロでも、「テロとの闘い」の名目のもとで、統治者はアカウンタビリティを免れるような政策を採用することができるからだ。デモクラシーの可能性と不可能性をみきわめようとするダールのまなざしは鋭い。

解説の馬場氏が指摘しているように、民主主義の可能な条件という問題を基本的な思考軸に据えたダールの考察は広い範囲に及ぶものであり、「政治学はこのようなものであり得たし、今もあり得る」(p.191)ことを実感させられる書物である。


なおダールの邦訳書にはほかに次のようなものがある。
□アメリカ憲法は民主的か / ロバート・A.ダール [著] ; 杉田敦訳. -- 岩波書
店, 2003
□デモクラシーとは何か / R.A. ダール [著] ; 中村孝文訳. -- 岩波書店, 2001
□統治するのはだれか : アメリカの一都市における民主主義と権力 / ロバート・A・ダール著 ; 河村望, 高橋和宏監訳. -- 行人社, 1988
□経済デモクラシー序説 / ダール [著] ; 内山秀夫訳. -- 三嶺書房, 1988
□ポリアーキー / ロバート・A.ダール著 ; 高畠通敏, 前田脩訳. -- 三一書房,1981
□規模とデモクラシー / ロバート・A.ダール, エドワード・R.タフティ著 ; 内山秀夫訳. -- 慶応通信, 1979
□民主主義理論の基礎 / ロバート・A.ダール著 ; 内山秀夫訳. -- 未来社, 1970
□プランニングの政治 / Robert A. Dahl [著] ; [中村陽一, 本部修士訳]. -- 経済企画庁地域経済問題調査室, 1962. -- (経企地域資料 ; 第17号)
□政治・経済・厚生 / R.A. ダール, C.E. リンドブロム [著] ; 磯部浩一訳. -- 東洋経済新報社, 1961

【書誌情報】
■ダール、デモクラシーを語る
■ロバート・ダール著
■ジャンカルロ・ボセッティ編
■伊藤武訳
■岩波書店
■2006.2
■199p ; 19cm
■原タイトル: Intervista sul pluralismo.
■4000237675
■定価  2300円


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2006年12月18日

『サイード自身が語るサイード』エドワード・サイード、 タリク・アリ(紀伊國屋書店)

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「知識人の三つの顔」

サイードが親しい友人のタリク・アリと交わした対話の記録。一九九四年にドキュメンタリー番組として放映されたものの「元版」である。まだ病もそれほど重くない時期に、親しい友人とかわしたうちとけた対談だけに、サイードの素顔をかいまみることができる。

いくつか、思考を刺激する発言があったので、紹介してみよう。長らくサイードを読んできた人には周知のことかもしれないが、あらためて読むといろいろと考えさせられる。まず現代の「文化主義的な」論調の問題について。「現代のフランス文化においてひどい問題のひとつは、文化と政治がまったくかけ離れていることだ。文化的イコンが存在する。文化的思想も存在する。文化的テクストも存在する。けれども、それらはある種の美的観点からしか眺められていない。政治的なものと文化的なものとのつながりは、ひたすら忘れ去られている」(p.94-95)。たしかに。いったいいつからのことだろう。サルトルまでは、フーコーまでは明確な結びつきはあったのだが。デリダの存在は忘れてはならないが。

『オリエンタリズム』が書かれたのが、六日戦争の直後から、サイードが「一九六七年とその後に書かれたものを切り抜いたり蒐集して、丹念に読みはじめる」という「明確な方法論」的な仕事をきっかけとしていることは興味深い。「読んでみると、アラブ世界の実情についてわたしが経験したことと一致しない。そこにさまざまな歪曲や誤表象を見て取ることができた」(p.124)。歴史的な事件と思考の錯綜した関係の一つの実例がここにある。

歴史的な記憶と傷について。「植民地主義の影響は、最後の白人警察官が去ったときにくらべて、いま現在のほうが、はるかに深く浸透し、長くつづいているのだ」。フロイトが
示したように、心的な傷は、それをうけたときでなく、その長い反芻と想起の時期にこそ、その真の効果を発揮するのであり、傷は事後的に生まれることが多いほどなのだ。「真の問題は、抑圧された人々がもはや抑圧されなくなったあとに生じるのだ」(p.129)。

●知識人の三つの顔
しかしこの書物で一番興味深いのは、サイードの知識人論であろう。『知識人とは何か』という著書もあるサイードは、知識人の役割について鋭い意識をもっているからだが、同時にサイードの自画像でもあるからだ。知識人はアブであり、批判者であり、ダンディであるべきだというのが、サイードの意見なのだ。

まず知識人は、人々を忘却から覚醒させる「アブ」の役割をはたす。「知識人がなすべき役割は、この基本的に歴史を無視した健忘症の世界に対して、ニュースを一七分間の報道番組にパッケージ化してよしとしているこの世界に対して、歴史を思い知らせること、苦難にあえいできた人々の存在を知らせること、権利を侵害された共同体がおこなってきた長期にわたるは道徳的な主張の存在を知らせることです」(p.111)。

古代のアテナイでソクラテスが名誉と富の追求に熱中している市民たちを立ち止まらせて、今の生について考察させたように、知識人は人々を健忘症から覚醒させ、過去の抑圧の歴史に苦しむ共同体と、いまみえないところで抑圧されている人々の存在を意識させるべきだと考えるのだ。

その意味で知識人がとくにやってはならないのは、「一丸となって生まれるテクスト崇拝、ある種の規範的思想への全面的な崇拝」(p.134)に陥ることである。そこにはつねに「一種の偽りの共同体」が立ち上がるからだ。サイードは、「所属を確認する教義」を唱えるものに反抗したくなるのが「わたしの生来の特徴というか、欠点」と謙遜するが、忠誠心を要求する思想や教義には、人一倍の警戒心が求められるのだ。

批判的な精神を忘れて、公認の思想体系のうちで安住したときに、知識人にはアブの役割をはたせなくなるどころか、アブに覚醒させられるべき存在となる。サイードの理想とする知識人は、知識人の世界の中で批判的な思考を忘却した知識人を覚醒させるための「アブのアブ」であることを求められる。

第三にこの知識人はダンディーであることを求められる。「真摯な知識人だけが外見に関心を寄せることができると思っている。なぜなら外見はだいじだからだ。また外見に真摯に関心を寄せる者だけが、真摯な知識人になりうるし、精神的なことにも注意が向くんだ」(p.162)。

アテナイでソクラテスは外見のことに心を煩わせたりはしなかっただろう。しかし人々に自分は外見のことなど構わず、真理だけを追求していることを誇示するために、破れた外套の穴をこれみよがしに示すこともなかっただろう。知識人がダンディであるべきかどうかは疑問であるし、「外見に真摯に関心を寄せる者だけが精神的なものに注意を向けることができる」というのは、ダンディだったサイードだけに許される言葉のような気もする。それでも身なりについての姿勢もまた、知識人の生きかたを示す役割をはたしていることもたしかなのだ。

最後に訳注について。豊富な(時にはスペース的には読みにくいほどの)訳注はよく調べてあるし、よく勘所を押さえている。訳注はつけるのは苦労だし、つけかたも難しいものだ。哲学関連の本でソクラテスやプラトンにあらずもがなの三行の訳注がついていると、溜め息がでる。本書でもたとえばサルトルの説明はいらないと思うかもしれないが、一般的な説明のあとで「その名声と影響力は、一九六八年の五月革命以降、普遍的・全般的知識人が否定されるまでつづいた」というコメントがついていることで、それまでの説明が生きてくる。

【書誌情報】
■サイード自身が語るサイード
■エドワード・サイード、 タリク・アリ著
■大橋 洋一訳
■紀伊國屋書店
■2006.12
■188p
■ISBN 4314010134
■定価  1500円


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2006年12月13日

『アメリカ人であるとはどういうことか 』M.ウォルツァー(ミネルヴァ書房)

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「共同体形成の稀有な実験」

アメリカという国はユニークな国だ。訳者は一組ずつの動物を選びだして乗せたノアの箱船をイメージしているが、アメリカに移民として訪れた人は、だれもが希望してもとのアイデンティティを放棄して、アメリカ市民となることを選んだという意味では、箱船というよりも、たとえば地球を離れて別の惑星に移住する宇宙船のようなイメージがふさわしいだろう。あるいは最近話題のアメリカのテレビ・ドラマ「ロスト」のように、大海の孤島に落下して航空機の乗客の生存者たちのように、運命によってランダムに「選ばれた」人々の共同体も別の意味でアメリカに近いかもしれない。

宇宙船であれば、同じ船に乗り込んだという共通の意志のもとで一つの共同体が形成される。離島であれば、同じ航空機の乗員であったという運命によって、ゆるやかでも一つの共同体が新たに形成されることになる。国家がこうした共通の意志のもとで形成されるという実験が試みられた稀有の実例、しかも巨大な実例がアメリカ合衆国なのだ。

この共同体の特徴は、誰もが異なる背景をそなえていて、その背景を忘れることができないということだ。そのため共同体の一員であるという特徴のほかに、その背景としての特徴が色濃く残ることになる。共通に話す言葉が一つあるとしても、仲間どうしのうちでは元の言葉で話すに違いないし、やがて生まれてくる子供にも、その言葉を教えるかもしれない。

だからこの共同体の成員はアイデンティティが二重にあることになる。日本系-市民、アメリカ系-市民、フランス系-市民などが群れて集団を作り、その集団がそれぞれにみずからに固有の利害を追求しながら、同時に共同体の一員としてのアイデンティティと利害を維持することになる。これは最初から生まれてきた国の中で「自然に」暮らしてきた状態とは違って、きわめて人為的な紐帯を作りだすことになる。

もちろんどんな民族国家においても、自然な市民というものは幻想にすぎないし、一つの国家の中には複数の集団が存在しているものだ。それでも歴史的な経緯のために、一つの国家を形成することがある程度「自然に」思われてきたために統合が維持されていることが多い。あるいは複数の集団の遠心分離的な力で国家の統合が解体されないように、上から強大な権力が支配していることもある。

権力的に国民国家を統合する紐帯が何らかの理由でほどかれると、厳しい対立が露出することになる。強力な指導者が国を統合していたユーゴスラビアは最小部分にまで分解し、その過程はおしとどめることができなかった。ブッシュがフセインという紐帯を断ち切ったイラクでは、シーア派とスンニ派の対立で内乱状態となり、クルド民族の地域は、クルド人が完全に制圧していて、「国境」で厳しいチェックが行われているという。「多民族国家がまとまっているのは、主要には、力によって」(p.92)なのであり、著者はこの解体のプロセスは基本的におしとどめることができないものだと考えている。その意味では多民族国家は権利が国民を強制する「帝国」としてしか統合できないことになる。

しかし例外となるのがアメリカである。アメリカは「帝国」であることができないように作られている国なのだ。移住して五年が経過すれば、移民は帰化を認められ、選挙権を所有するようになる。だれもがかつての移民として、それぞれの文化的な背景をもちながら、相手の背景も尊重することを求められる。ハイフンの左と右、日本系としての出自と、アメリカ人という現状の両方において、アイデンティティのせめぎあいのうちで生きることを求められるのだ。

そのための制度的な枠組みとして作られたのが「国家と政府の制度的設計図」であるアメリカ憲法の本文と、「国家の活動を将来にわたって制限するために」、憲法の修正条項として追加された「権利の章典」である(pp.173-175)。国家が機能すべき制度を定めた部分と、国家に立ち入りを禁じる「社会」の部分を定めた部分である。建国の直後に、E Pluribus Unum(一ドル札のアメリカ合衆国国璽、p.42)として。「多から一を」という理念を示した部分と、その後の経緯のうちで、修正条項として、個人の私的な生を保護するための部分でできているわけだ。

興味深いことは、個人のプライベートな権利を守るために定められた権利の章典が、たんに国家の介入を拒むだけでなく、公民権運動やアファーマティブ・アクションのように、国家からの直接の介入を求めるためにも使われてきたということである。市民たちが公的な(シビック)徳を追求することで、他者の生活に国家を通じて介入するようになり、市民的礼節(シビリティ)とそぐわなくなることもあるのである。

著者は「今日のアメリカ人は、かつてのアメリカ人と比べるとより市民的(シビィル)であるが、公民的な徳(シビック)には欠けている」(p.154)と指摘している。そしてカリスマ的な指導者が、「何らかの危機に立ち向かうべき国民を集結させたりするという光景」は想像しにくいと語っている。これを一変させたのが、九・一一のテロとその後のブッシュの政治だった(これらの文章は九・一一以前のものであり、日本語版の序文でウォルツァーは「ブッシュがカリスマ的な人物ではない」ことを喜んでいる)。

アメリカはこの公的な生と私的な生の間の緊張、アイデンティティの分裂のもたらす緊張にさらされつづけ、変化しつづけている。少し古くなった文章ではあるが、ぼくたちには自然と思えることが自然でない人為的な作りの国で生きるというどういうものなのかを考えさせてくれる書である。この国の行方は、この地球という船の行方に決定的な影響を及ぼしかねないのだ。


【書誌情報】
■ アメリカ人であるとはどういうことか : 歴史的自己省察の試み
■M.ウォルツァー著
■古茂田宏訳
■ミネルヴァ書房
■2006.1
■230p ; 20cm
■原タイトル: What it means to be an American.
□序論 差異の政治に向けて
□第一論文 「アメリカ人」であるとはどういうことか
□第二論文 多元主義
□第三論文 現代アメリカにおける市民的礼節と公民的な徳
□第四論文 憲法的権利と市民社会の形
■ISBN 4-623-04530-7
■定価 3200円



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2006年12月03日

『アドルノの場所』細見和之(みすず書房)

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講談社の『現代思想の冒険者たち』シリーズで『アドルノ』を著している著者によるアドルノ論集である。この著書を読むと、改めてアドルノにおけるベンヤミンの影の強さを実感せざるをえない。とくにそれが顕著に感じられるのは、第一論文の「アドルノにおける自然と歴史」と(かなり重複するが)第八論文「〈自然史〉の理念再考」である。

第一論文では、「自然史」という概念が、「自然あるいは歴史という単一の概念では捉えることができない具体的な歴史的現実を、それらの概念をいわば酷使することによって開示する」(一六ページ)という方法であり、それがベンヤミンの「自然の顔容には、変移の象形文字で〈歴史〉と記されている」という『ドイツ悲劇の根源』の自然・歴史観から強く影響されていることを示す。

そしてアドルノの歴史哲学においては、「ラディカルな自然史的思惟の元では、あらゆる存在者が瓦礫と破片へと変貌し、一切の存在シャーシが、そこにおいて意味が見出されるような刑場、歴史と自然が絡まりあっている刑場と化す」(三五ページ)ことをみると、ほとんどベンヤミンの文章と見分けがつかないのである。

アドルノがベンヤミンからうけた影響があまりに大きいので、この領域でのアドルノの独自性はほとんどないようにみえるが、著者は第八論文では、「ヘーゲル/マルクスという大きな思想史的なコンテクストにふたたびベンヤミン(とルカーチ)の視座を組み込むことにアドルノの独自性がみられることを指摘する(二二一ページ)。それだけだろうかとも思うが、ともかくアドルノにおけるベンヤミンの影響は決定的かつ重大なものだったのだ。

二人の思想家が友愛の関係のうちに、これほどの影響を与えあうのは稀なことといってもよいだろう。『ベンヤミン・アドルノ往復書簡』は、パサージュ論をめぐるベンヤミンの構想とアドルノの構想を教えてくれるし、一九四〇年二月二九日の記憶と忘却に関する議論はとても刺激的だ。ときにアドルノはベンヤミンに代わって思考し、構想を示すこともあるくらいだ。

そして教授職の就任演説「哲学のアクチュアリティ」では、剽窃と受け取られかねないことを語って、ベンヤミンからやんわりと抗議の手紙をもらっているほどなのだ(一九三一年七月一七日付け)。そこにも二人の思想的な結びつきの強さを感じることができる。ときに見分けがつかなくなるくらい、接近する思想もあるのだ。

また第七論文「思考の遅れについて」は、アドルノとホルクハマイーの『啓蒙の弁証法』において、この書物の執筆時にはすでに第三帝国のもとでのユダヤ人の虐殺のニュースが伝えられていたはずであるにもかかわらす(著者は『アレント伝』でそれを裏付ける)、アドルノがこの重大な事件を著作でほとんど触れていないことに注目する。それは「ほとんとスキャンダラスな印象すら与えかねない」(二〇二ページ)ものである。

アウシュヴィッツのあとで詩を書くこと、哲学をすることの野蛮さを指摘したアドルノにおいて、この書物の反ユダヤ主義の分析が「ショアー以前」(同)であることの意味は何か。その思考の「遅れ」の原因は何か。著者は決定的な回答は示していないと思われるだけに(この遅れが指摘されるのは、論文の最後の頃なのだ)、この興味深い問いにどう答えるかは、読者であるぼくたちにまだ残されているとも言えるだろう。

あとドイツ文化におけるハイネの「流暢な言葉のリズムに折り畳まれた屈折を、これだけ執拗に開いてみせる」(一三〇ページ)アドルノの手並みと、それを「マーラー論」という「後史」と結びつけ、「アドルノが滑らかなハイネの詩に暴力的にマーラーを介入させた」(一三八ページ)ふるまいを分析する第五論文「テクストと社会的記憶」には教えられた。

既発表の論文でアドルノをテーマにしたものを集めて一冊の書物としただけに、重複したところが気になるし(関係ないが、フーコーは既発表の論文を編んで本にするということを決してしなかった稀有な人だった。本を出すなら、初めから書き直すのがすきだったのだろう)、著者の第一論文を野村修が「わざわざコピーをとって何人かの同僚に配られたそうだ」などとナイーブに表現しているところをみると、この書物が読者のためよりも、著者のためにあるのではないかと感じたりもするのだが、アドルノとベンヤミンの思想的な関係を考えなおすための手掛かりになる好著だと思う。ああ、『ベンヤミン・アドルノ往復書簡』をまた読み直したくなった。

【書誌情報】
■アドルノの場所
■細見和之[著]
■みすず書房
■2004.12
■262p ; 20cm
第一論文 アドルノにおける自然と歴史
第二論文 アドルノのフッサール論を表象する試み
第三論文 メタクリティークのクリティーク
第四論文 アドルノのハイデガー批判、そのいくつかのモティーフについて
第五論文 テクストと社会的記憶
第六論文 社会批判としての社会学
第七論文 思考の「遅れ」について
第八論文 <自然史>の理念再考
第九論文 アドルノの場所
■4-622-07124-X
■定価 3200円


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