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2005年11月11日

『ルネサンスの哲学』エルンスト・ブロッホ(白水社)

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「世界書物の解読」

「なぜルネサンス哲学なのか」。訳者ならずとも自問したくなるところである。あのブロッホがなぜルネサンス哲学の講義をするのだろうか。ブロッホが教えていた当時の東ドイツにあったライプチヒ大学では、「講義の素材に哲学史を選ぶことが、政治的な事件であった」(p.222)というから、ブロッホなりの政治的なアピールの仕方かと思ってしまいがちだが、当時のブロッホはマルクスやレーニンよりも、プラトンやカントの講義に力をいれていたらしい。

ブロッホは哲学の歴史のうちでも、うっかりすれば見過ごしてしまうような細部から、それまで副次的であるように思われたものに新しい光をあてることで、その細部を忘却から救い出そうとする。ベンヤミンにも似たミクロロゴーの手法が、ルネサンスの哲学の読解に役立てられるのだ。

ブロッホがこの書物でとくに注目したのは、世界を一冊の書物のように解読するルネサンスに特有の視点だったろう。フーコーは『言葉と物』でルネサンスを「世界の散文」というタイトルで分析していた。ルネサンスという時代は、世界というマクロコスモスを、人間や書物のようなミクロコスモスと重ねて解読する時代だったのだ。

ブロッホがとくに重視しているブルーノの主著は、『最大者と最小者について』であり、そこでブルーノは世界という最大者にたいする「信仰告白」(p.37)を語る。この信仰告白は、中世における彼岸にたいする信仰告白とは対照的に、この宇宙の無限さ、この世界の広大さにたいする信仰告白である。

しかしブルーノのまなざしは、無限な宇宙だけに向けられているのではない。「一匹の小さな蠅、一羽の鳥の羽毛、すべての石、それどころか稲妻のように一瞬だけひらめく個体が、もっとも微細な細部に至るまで詳細に述べられます」(p.40)。そしてこの最小者のうちに、すでに最大者の萌芽を読み取るのである。宇宙においては「最大者と最小者は区別されない」(p.43)からである。マクロコスモスはミクロコスモスのうちに解読されるのだ

世界書物という概念をとくに明確に示したのはカンパネラである。「カンパネラは自然という書物の中に、彼の三つの基本原理を探し求め、その解読を試みた」(p.70)のである。彼は自然のさまざまな存在を階層的に構想しながら、それを解読する人間の認識の諸段階を対応させる。そして力、知、愛というカンパネラの基本原理は、この自然という書物を解読するためにさまざまな変身をとげるのである。

ブロッホはさらに、ベーメにおいてはミクロコスモスとしての人間がはっきりと書物として提示されていることに注目する。「私は、私の知識の限度内で多数の書物から初めて文字を集めるのではなく、私は私自身の内に文字をもっているのだ。なぜなら、万物が住む天と地は、さらには神自身も、人間の内部にあるからだ。人間自身に他ならぬ書物を、人間が読んではならぬということがありえようか」(p.104)。

パラケルススは人間が自然を認識し、人間自身の身体を認識することにおいて、「世界の自己治癒」が可能になると考える。医者は哲学者として、ミクロコスモスとマクロコスモスを解読する視力をもつ必要があるのだ(p.82)。最後にブロッホはガレリオのうちに、この世界の解読の一つの極限をみいだす。周知のようにガリレオは、自然という書物は数学で書かれているのであり、数学でなければ解読できないと指摘したからだ。

古代のギリシアやローマの時代の自然研究の重要な課題の一つは、人間の「小ささ」を認識することにあった。しかしルネサンスの時代の自然研究は、「知は力なり」と語ったベーコンの方法に従いながら、自然法則を認識し、自然を数学という手段で解読し、自然を人間の利用できる対象として扱うようになるのである。

このようにブロッホはルネサンスの哲学の歴史を考察しながらも、最大者である宇宙と最小者である人間が固定した関係のうちにとどまらず、宇宙を解読する人間の力が次第に強まるプロセスとして解読しようとする。この解読の力はやがて人間とその社会へと向けられ、ホッブスが自然状態と社会契約の理論を提示することになる。この資本主義の社会理論はやがて、人間には自然よりも、人間が作った歴史の方が理解しやすいと語るマルクス(p.197)につながることになる。この書物の最後を飾るのは、質的唯物論にたいするマルクスの「至極当然な喜び」(p.204)であるのも、一つの必然であるに違いない。

書誌情報
■ルネサンスの哲学 : ライプチヒ大学哲学史講義
■エルンスト・ブロッホ[著]
■古川千家,原千史訳
■白水社
■2005.5
■229,3p ; 20cm
■4-560-02449-9
■2600円


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