« 2005年10月 | メイン | 2005年12月 »

2005年11月24日

『人権について』ジョン・ロールズ他(みすず書房)

人権について →bookwebで購入

「人権をめぐる名講義集」

この書物はアムネスティ・インターナショナルが毎年オクスフォード大学で開催している連続講座の一冊で、一九九三年の講義を集めたものだ。毎年開催されているこの連続講座はかなり読み応えのあるもので、今回はいかにもアムネスティらしい人権というテーマで考察する。

最初のS・ルークスの講義「人権をめぐる五つの寓話」は、さまざまな政治理論における人権の概念の位置をさぐるもので、開講講座としてふさわしい。ルークスは五つの政治国を分類しながら、人権を認める国と認めない国がある背景を考察する。功利主義に依拠する功利国(ユーティリタイア)では、最大幸福を重視する幸福計算がすべてであり、人間に人権というものを認める余地がない。次に伝統と共同体における生活を重視する共同国(コミュニタリア)では、人権という概念が社会的な伝統に反する意味をそなえているために、人権を重視しない。マルクス主義の無産国(プロレタリア)では、階級闘争を重視するために、普遍的で平等な人権というものも無視される。これらの三つの政治哲学では、人権の概念は基本的に不要なのである。

人権がその存在意味をもつ国としてはまず、リベラルな自由国(リバータリア)がある。この国では個人のもつ所有の自由、市場の自由などが重視されるのであり、人権もまた優先される。ただしこの国では既存の社会的な不平等を是正する手段が欠けるという問題がある。次に平等国(イガリタリア)では、すべての人々の平等な権利を認めるために、人権がもっとも確立された国となる。ただし個人のアイデンティティの違いをどう処理するか、経済的な成長と平等の関係はどうなるかなどと困難な問題がでてくるのである。ルークスは「平等主義のプラトー」(p.48)を維持しながら、現代の人権をめぐる問題を解決していくことを唱えるのである。

この講義でルークスが主にアメリカの政治哲学のシーンに依拠しなから、どのような論争を背景にしているかはすぐにわかるだろう。ロールズあり、テイラーあり、マッキナンタイアーあり、センありといったところだ。こうした背後の論争を考えながら読むとおもしろいだろう。

次のロールズの「万民の法」では、無知のヴェールの理論が作られた根拠がはっきりと語られていて、わかりやすい。ロールズはアリストテレス以来の正義の理論の伝統を背景に、新しい正義の概念を構築するために、普遍的なものに依拠しない方法を探し求めたのだ。ライプニッツやロックの学説は、「神の権威であったり、神の理性であったり」(p.55)、ともかくある普遍性なものに依拠する。

しかしロールズは「いかなる場合にも権威をもつ普遍的な第一原理」から出発するのでは、対話のうちで相手を説得することのできるリベラルな正義の理論と「万民の法」は作り出せないと考える。そして相手に、「自由かつ平等な市民の代表として当事者にとっての公正な条件とみなしうるもののモデル」を作ることを誘いかける(p.65)。そのためには自分も相手も、社会のうちでどのような地位にあり、どのような財産をもっているかがまったく分からないと想定して、最善のリベラルな社会を作るための条件を考えようとするのである。

この無知のヴェールという表象装置を適用することで、万民が守るべき最低の規定について合意を調達できるとロールズは考える。その最低の規定は7件ほど列挙されているが(p.68)、これはカントの言うように、悪魔でも合意できる条件として提示されているわけだ。現代の国際社会において発生している問題は、この方法で合意された最低規定ではとうていカバーできないものとなっているが、合意の獲得の方法としてはよく理解できるものだろう。

K・マッキノン「戦時の犯罪、平時の犯罪」は、フェミニズムの視点から、人権について考察する。フランス革命の人権宣言において「人間」という語に女性が含意されていなかったことについてはすでに長い研究があるが、マッキノンは人権の概念が考えられるところでは、つねに男性の人権が暗黙のうちに前提されていることを衝く。「人権の原理は経験に基づいていますが、それは女性の経験ではありません」(p.104)。アウシュヴィッツで女性が虐殺されたとき、それは女性としてでなく、ユダヤ人として記録される。女性であるかとどうかは問題の本質にはふれないと考えられるからだ。娼婦の死体が川に浮かぶと、それは女性だから犯罪の対象になったのだと軽視される。娼婦の死が「人間の受難の記録から完全に除外されます」(同)というのは言い過ぎだと思うが、「女性に起こることは、一般化するには特殊すぎるか、特殊とみるには一般的すぎる」(同)という指摘は鋭い。

あとリチャード・ローティの「人権、理性、感情」は、カントの根源悪の概念に依拠して、プラトンの『国家』に登場するトラシュマコスのように、悪そのものを擁護する人間は「怪物的」であるが、他の人間はたんにそれに感染しているだけだという二分論からスタートする。そのため最後は感情教育の重要性という迷路に入り込んでしまう。

それからリオタールの「他者の権利」はすばらしい。沈黙することの重要性について、他者を沈黙させることの犯罪性について、語る能力をもたないインファンスについて、これほどの短い文章のうちで雄弁に語る文章は、リオタールのものとしても久し振りだ。ハーバーマスの対話的理性の理論をリオタールは批判したが、じつはハーバーマスとリオタールは深いところで通うところがあるのではないか。


書誌情報
■人権について : オックスフォード・アムネスティ・レクチャーズ
■ジョン・ロールズ他〔著〕
■スティーヴン・シュート,スーザン・ハーリー編
■中島吉弘,松田まゆみ共訳
■みすず書房
■1998.11
■304,6p ; 20cm
■4-622-03667-3
■2900円

掲載講義の一覧
□人権をめぐる五つの寓話 S.ルークス
□万民の法 J.ロールズ
□戦時の犯罪、平時の犯罪 C.マッキノン
□人権、理性、感情 R.ローティ
□他者の権利 J-F.リオタール
□自然法の限界と邪悪のパラドック A.ヘラー
□多数決原理と個人の権利 J.エルスター


→bookwebで購入

2005年11月15日

『廃墟論』クリストファー・ウッドワード(青土社)

廃墟論 →bookwebで購入

「時の廃墟」

先月のこと、ドイツのドレスデンの聖母教会の再建が完成したというニュースが流れた。式典にはメルケル首相も参列して、はなやかに祝ったようだ。写真をみると立派に修復され、周囲もぴかぴかだ。ぼくが五年ほど前にドレスデンを訪れたときは、まだ修復は始まったばかりのようにみえた。瓦礫の山に包まれて教会の残骸だけが残っていた。周囲も荒れた雰囲気が残り、廃墟のような場所も多かった。

ウッドワード『廃墟論』によると、ゲーテはこの教会からドレスデンを眺めて、ドイツでもっとも美しい都市だと言ったそうだが(p.308)、だからといって廃墟をなくして再建すればいいというものでもないだろう。東ドイツ政権は、廃墟の山を記念としてそのまま保護していたが、統一とともに再建を求める声が強くなったのだという。戦争がどのようなものであったのか、廃墟のままの教会のほうがはっきりと教えていたのではないだろうか。廃墟は時間の流れと歴史の事実について、多くのことを語るのだ。ローマのコロセウムが再建されていたら、はたして人は訪れるだろうか。

ところで廃墟を廃墟として保存し、廃墟に価値があることを考えだしたのは、イギリス人らしい。バイロンやシェリーなどのロマン派の詩人たちは、廃墟のうちに自然と人間との戦いの現場をみいだしたらしい。詩人たちが好んだのは、自然の力のうちに廃屋になった家屋、壊れた橋、蔦で覆われた壁の残骸などだった。

自然の力は、人間の作為を簡単に滅ぼしてしまう。自然は自由であり、人間の「暴政」をものともしないというわけだ。「自然が暴政を破壊するときほど、その美しい姿をみせることはない」し、人工の建造物を自然が破壊する営みは、「大地」の霊が純粋さを回復する瞬間だということになる(p.107)。

イギリスのロマン派の詩人たちは、歴史的な廃墟だけでなく、人工の廃墟も好んでいた。橋はわざと壊し、板をわたしておく。そして風景全体に廃墟としての味付けをするのである。庭園を廃墟としてデザインする専門家もいたらしい。こうなるとゴシック小説の廃城好みまではもう一歩にすぎなくなる。やがてイギリスでは、いまは立派にそびえている建物が廃墟になった状態を想像して絵を描くことが流行するようになる。イングランド銀行の廃墟を描くのだ(p.240)。

廃墟は過去の痕跡を示すものだが、未来のある時点から、現在を過去すでに過去になったものとおもいなすのだ。まるでベンヤミンの天使のように、過去への目を向けながら、その廃墟を惜しみつつ、未来という時間に押し流されていくかのように。ぼくたちはたとえば山をあるきながら、廃墟と化した鉄道線路をみて、強い感傷の気持ちにとらえられるものだ。そこにかつてあった営みと、それがほろぴ去った空しさを考えるからだ。しかし未来の天使はいまのぼくたちをみて、すでに感傷と悼みの思いをあじわっているのかもしれない。ぼくたちの現在もすでに廃墟としての相を呈しているのかもしれないのだ。


書誌情報

■廃墟論
■クリストファー・ウッドワード著
■森夏樹訳
■青土社
■2004.1
■383,13p ; 20cm
■4-7917-6080-8
■3200円


→bookwebで購入

2005年11月11日

『ルネサンスの哲学』エルンスト・ブロッホ(白水社)

ルネサンスの哲学 →bookwebで購入

「世界書物の解読」

「なぜルネサンス哲学なのか」。訳者ならずとも自問したくなるところである。あのブロッホがなぜルネサンス哲学の講義をするのだろうか。ブロッホが教えていた当時の東ドイツにあったライプチヒ大学では、「講義の素材に哲学史を選ぶことが、政治的な事件であった」(p.222)というから、ブロッホなりの政治的なアピールの仕方かと思ってしまいがちだが、当時のブロッホはマルクスやレーニンよりも、プラトンやカントの講義に力をいれていたらしい。

ブロッホは哲学の歴史のうちでも、うっかりすれば見過ごしてしまうような細部から、それまで副次的であるように思われたものに新しい光をあてることで、その細部を忘却から救い出そうとする。ベンヤミンにも似たミクロロゴーの手法が、ルネサンスの哲学の読解に役立てられるのだ。

ブロッホがこの書物でとくに注目したのは、世界を一冊の書物のように解読するルネサンスに特有の視点だったろう。フーコーは『言葉と物』でルネサンスを「世界の散文」というタイトルで分析していた。ルネサンスという時代は、世界というマクロコスモスを、人間や書物のようなミクロコスモスと重ねて解読する時代だったのだ。

ブロッホがとくに重視しているブルーノの主著は、『最大者と最小者について』であり、そこでブルーノは世界という最大者にたいする「信仰告白」(p.37)を語る。この信仰告白は、中世における彼岸にたいする信仰告白とは対照的に、この宇宙の無限さ、この世界の広大さにたいする信仰告白である。

しかしブルーノのまなざしは、無限な宇宙だけに向けられているのではない。「一匹の小さな蠅、一羽の鳥の羽毛、すべての石、それどころか稲妻のように一瞬だけひらめく個体が、もっとも微細な細部に至るまで詳細に述べられます」(p.40)。そしてこの最小者のうちに、すでに最大者の萌芽を読み取るのである。宇宙においては「最大者と最小者は区別されない」(p.43)からである。マクロコスモスはミクロコスモスのうちに解読されるのだ

世界書物という概念をとくに明確に示したのはカンパネラである。「カンパネラは自然という書物の中に、彼の三つの基本原理を探し求め、その解読を試みた」(p.70)のである。彼は自然のさまざまな存在を階層的に構想しながら、それを解読する人間の認識の諸段階を対応させる。そして力、知、愛というカンパネラの基本原理は、この自然という書物を解読するためにさまざまな変身をとげるのである。

ブロッホはさらに、ベーメにおいてはミクロコスモスとしての人間がはっきりと書物として提示されていることに注目する。「私は、私の知識の限度内で多数の書物から初めて文字を集めるのではなく、私は私自身の内に文字をもっているのだ。なぜなら、万物が住む天と地は、さらには神自身も、人間の内部にあるからだ。人間自身に他ならぬ書物を、人間が読んではならぬということがありえようか」(p.104)。

パラケルススは人間が自然を認識し、人間自身の身体を認識することにおいて、「世界の自己治癒」が可能になると考える。医者は哲学者として、ミクロコスモスとマクロコスモスを解読する視力をもつ必要があるのだ(p.82)。最後にブロッホはガレリオのうちに、この世界の解読の一つの極限をみいだす。周知のようにガリレオは、自然という書物は数学で書かれているのであり、数学でなければ解読できないと指摘したからだ。

古代のギリシアやローマの時代の自然研究の重要な課題の一つは、人間の「小ささ」を認識することにあった。しかしルネサンスの時代の自然研究は、「知は力なり」と語ったベーコンの方法に従いながら、自然法則を認識し、自然を数学という手段で解読し、自然を人間の利用できる対象として扱うようになるのである。

このようにブロッホはルネサンスの哲学の歴史を考察しながらも、最大者である宇宙と最小者である人間が固定した関係のうちにとどまらず、宇宙を解読する人間の力が次第に強まるプロセスとして解読しようとする。この解読の力はやがて人間とその社会へと向けられ、ホッブスが自然状態と社会契約の理論を提示することになる。この資本主義の社会理論はやがて、人間には自然よりも、人間が作った歴史の方が理解しやすいと語るマルクス(p.197)につながることになる。この書物の最後を飾るのは、質的唯物論にたいするマルクスの「至極当然な喜び」(p.204)であるのも、一つの必然であるに違いない。

書誌情報
■ルネサンスの哲学 : ライプチヒ大学哲学史講義
■エルンスト・ブロッホ[著]
■古川千家,原千史訳
■白水社
■2005.5
■229,3p ; 20cm
■4-560-02449-9
■2600円


→bookwebで購入

2005年11月08日

『古代ギリシア・ローマの料理とレシピ』アンドリュー・ドルビー,サリー・グレインジャー(丸善)

古代ギリシア・ローマの料理とレシピ →bookwebで購入

「想像力のレッスン」

ぼくは料理が好きで、夕食を何にするかは毎日の楽しみだ。レシピ本もたくさんある。でも長らく利用リをしていると、マンネリになることがある。結局はいくつかのスタイルの料理法に還元されるからだ。現代思想もいつくかの料理法のヴァリエーションといえるくらいだ。頭が固くなってきて、ワンパターンのように思えるときは、時代と材料を変えてみるとよい。そこで今回は『古代ギリシア・ローマの料理とレシピ』という本をひもといてみた。

古代のギリシアでは食事と料理はいくつもの重要な意味をそなえていた。もちろん人々は太古の昔から食べて生きてきたのだが、生存のためのしきいを超えると、すぐに食べること、食べるための料理をすることは一つの技となる。

まず書物を書こうなどと考えもしなかった古代の哲学者たちにとっては、食べることは自分の思想を示すための大切な方法だった。食事に何を食べるかは、哲学の営みに近いものがあったのであり、『ギリシア哲学者列伝』には、何を、どう食べるかで、哲学者たちが競いあったさまざまな逸話が語られている。

一般の人々にとっても、食べることは自分の身体に対する配慮の方法の一つであり、医学書でも何を食べるか、どう食べるかについての詳細な記載がある。さらに食事は宴会の場、交際の場であった。市民たちは食べながら、ワインを飲みながら、さまざまな議論の花を咲かせたのである。プラトンの『饗宴』はその片鱗を示すものにすぎないことは、プルタルコスの『食卓歓談集』が雄弁に語るところだ。

ところでプラトンがシュラクサのディオニュシオス一世の宮廷を訪れたのは、その地の食事の豊かさに誘惑されたのだというのは有名な悪口だが、プラトンがピュタゴラス派の秘密の書物を入手したのはディニュシオスの後援のもとだったこと考えると、食事と哲学の縁の深さも知れよう。アルケストラトスが多数のレシピを残したのも、この宮廷のためだった。

それはローマでも同じことだ。『サテュリコン』には俗悪なまでに凝った料理の数々が描かれる。ギリシアとは違ってローマではありとあらゆる食材が世界の各地から運びこまれたらしい。『古代ギリシア・ローマの料理とレシピ』に引用されているプリニウスの書簡によると、貴族たちは牡蠣、雌豚の子宮、ウニ、カタツムリなど、贅沢な材料で食事をしていたらしい(p.151)。

しかしぼくたちは今ではローマの貴族に負けないほどの豊富な食料を世界の隅々から輸入している。サテュリコンのような豪華な食事ではないとしても、ローマの農夫の料理くらいならつくれるかもしれない。最近はスーパーでもみかけるようになったサメのレシピを紹介しよう。

□サメのワイン蒸し、ベリー添え
[材料]
サメのステーキ用切り身 4枚    ブラックベリー 230g
赤ワイン  2/3カップ       白ワイン 2/3カップ
ハチミツ  大さじ2        魚醤 大さじ2   ビネガー 大さじ1
アサフェテイダ粉 小さじ1/2    コーンスターチ少量 ブーケガルニ

1)ベリーを洗って赤ワインとともに鍋で熱する。
2)サメをブーケガル二とともとに白ワインで蒸し煮する。
3)サメを鍋から出して保温しておく。煮汁に1)を加えて10-15分煮る。ハチミツ、魚醤、ビネガー、アサフェテイダを加える。
4)これを漉す。ベリーをつぶし、種子を取り出す。
5)(4)を火にかけて、コーンスターチでとろみをつけてソースとしてサメにかける(p.93)。

なんだ簡単そうじゃないか。アサフェテイダの代わりになる香料に一工夫がいるようだが。著者は古代の文献のテクストを参考にしながら、現代でも利用できる材料で、いろいろと工夫している。ぼくにはハチミツは使い過ぎ(笑)にみえるが(ほとんどの料理で使っている)。意外なのは、ナンプラーなどの魚醤と、コリアンダーの生(シャンツァイだ)を多用することだ。これではほとんどアジアの料理のテーストではないか。それでもこの素材にはこの香料が適しているのではないかと、想像力を働かせるには、レシピの記述が簡略で、頭を働かせるしかない古代料理は、いい手がかりになる。

ほかにもちょっとした工夫で、毎日の料理がひと味変わってくるのではと思わせるレシピが紹介されている。著者はすべて自作して、試食し、パーティまで開いたらしい。ローマの貧しい農夫がパンにつけていたというガーリックチーズ、ぜひ作ってみたい(p.126)。今晩はバゲットを買ってきて、サメのステーキとガーリックチーズで夕食にしようかな。ワインをギリシアのように薄めずに(笑)味わえば、古代のギリシアやローマを回想するよすがになるかもしれない。


書誌情報
■古代ギリシア・ローマの料理とレシピ
■アンドリュー・ドルビー,サリー・グレインジャー著
■今川香代子訳
■丸善
■2002.7
■228p ; 19cm
■ISBN 4-621-07068-1
■1900円


→bookwebで購入

2005年11月04日

『無人島 1969-1971』ジル・ドゥルーズ(河出書房新社)

無人島 1969-1971 →bookwebで購入

「ドゥルーズの声」

ドゥルーズ『無人島 1969-1971』
ドゥルーズがガタリと共同で執筆し、『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』などを出版したころに発表していた論文を集めた「ドゥルーズ思考集成」の第二巻に相当する。とくに精神分析批判が中心となるのは、まあ予想された通りであり、いくつかの論文やインタビューは、すこしはしゃぎ過ぎなほどに、パパ-ママ-ボクの三角形の批判を展開する。

もちろんラカンが登場してすっかりさかんになったフランスの精神分析が、すべてをエディプス・コンプレックスの三角形のもとで解釈しようとする傾向があるのはたしかだ。しかしこの傾向は一度批判すればそれで十分なものではないかと、つい思ってしまう。だからどうなの、と。

それよりも欲望の理論についてドゥルーズが珍しくゆったりと説明しているインタビュー「資本主義と欲望」が楽しく読める。欲望を欠如として解釈するのではなく、作り出す欲望、想像的な欲望の力を認めることが重要であることを、『アンチ・オイディプス』などよりも明晰に語っていて読ませる。

ドゥルーズはマルクスとは違って、欲望の力を下部組織のもとに認めるのだ。たとえば「欲望がいかに下部構造に働きかけるかということ、欲望が下部構造にいかに備給するか、欲望はいかに下部構造の一部をなしているか、そしてそのようにして欲望がいかに権力を組織する、弾圧システムがいかに組織されるか」といったことに注目する必要があることを強調するのである(二五五ページ)。

またこのインタビューは、よく言われるようにドゥルーズが欲望の資本主義を擁護しているわけではなく、資本主義の欠点をしっかりと批判しているという意味でも有益だろう。ブルジョアジーが「革命的な役割」を果たしたというマルクス主義的な見方を否定しながら、ブルショワジーは「民衆の欲望という巨大な欲動を操作し、誘導し、抑圧」するのであり、民衆に革命を起こさせるにすぎないのである(二六五ページ)。ブルジョワジーは「獲物をもっている猛禽類のようなものであり」、労働者を待ち構えて、本原的な蓄積と呼ばれるプロセスで、労働者の血を吸うのである(二六四ページ)。

あと忘れられなのは、ドゥルーズが構造主義を紹介した文章「何を構造主義として認めるか」だろう。ほぼ同時代にあって、フーコー、ラカン、アルチュセールなどの思想に共通する性格をとりだして、構造主義を定義する特徴を確定する。これは構造主義が過去のものとなった時点にいわば「あと知恵」で書いた文章とは違って、その最中、あるいは直後の営みだけに、ドゥルーズの眼のたしかさが発揮された文章だ。いまの同時代の思想を定義することを試みる際にはきわめて参考になる文章として、ぼくたちの遺産となるだろう。

どの文章でも、ドゥルーズの少し含みのある低い声が柔らかく響いてくる。ほんとうにユニークな思想家だったと、改めて思わざるをえない。ただそれぞれの初出の訳を生かしてるらしく、訳者の数はかなり多い。そのために訳文におけるドゥルーズの声の響き方はさまざまだ。くぐもった声しか聞こえないのもあれば、うまく音調を生かした訳もある。できれば一人の声で全体を読みたかったと思うのは、贅沢というものだろうか。

なお著作に収容されなかった文章を集めたこの「ドゥルーズ思考集成」は、全体で四部構成であり、次のようになる。たしかに年代順に構成されているのだが、二つのタイトル「無人島」と「狂人の二つの体制 」を使い、それをまた年代で二分冊にしているので、わかりにくいことこの上ない。あと一工夫ほしかった感がある。

□無人島 1953-1968
□無人島 1969-1974
□狂人の二つの体制 1975-1982
□狂人の二つの体制 1983-1995


書誌情報

■無人島. 1969-1974
■ジル・ドゥルーズ[著]
■稲村真実[ほか]訳
■小泉義之監修
■河出書房新社
■2003.6
■321p ; 20cm


→bookwebで購入