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2007年05月16日

『ナショナリズム-その神話と論理』橋川文三(紀伊國屋書店)

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「日本のナショナリズムの源流を探る」

この書評サイトの執筆を引き受けたとき、まずはじめに思い浮かんだのがこの本だ。
本書はかつて存在した紀伊國屋新書の一冊として、1968年に出版された。以降、版型を変えて復刻され、現在に至っている。

日本のナショナリズムを論じる際に欠かすことのできないこの名著は、当時、紀伊國屋書店の嘱託をしていた村上一郎が、橋川文三に依頼して執筆が進められた。村上一郎は、吉本隆明や谷川雁らと雑誌『試行』を刊行した作家・文芸評論家で、『北一輝論』や『草莽論』など一連の右翼・ナショナリズム批評でも知られる。彼は1975年、54歳のときに自刃。深刻なうつ病を抱えていたとされる。

―――右派ロマン主義に心を奪われた村上が、同じく若き日に日本浪曼派に熱中した橋川に書かせたナショナリズム論。

あまりにも魅力的な背景を持つ本書は、近代日本のナショナリズムの源泉を突きとめ、その心性と構造を見事に表現している。

橋川は冒頭で、「郷土愛」と「愛国心」の断絶について議論を展開する。彼は「パトリオティズム」を「自分の郷土、もしくはその所属する原始的集団への愛情」と規定し、「ナショナリズム」との性質の違いを論じる。

橋川は端的に述べる。

「(パトリオティズムは-引用者)歴史の時代をとわず、すべての人種・民族に認められる普遍的な感情であって、ナショナリズムのように、一定の歴史的段階においてはじめて登場した新しい理念ではない」。「原始的な人間の郷土愛は、そのまま国家への愛情や一体感と結びつくものではないということである。『故郷』はそのまま『祖国』へと一体化されるのではない。」

では、なぜ「愛郷心」と「愛国心」は、時に連続的で一体のものとして論じられるのであろうか。橋川はその原因を、特定の政治勢力が国民の凝集力を高めるためにパトリオティズムを利用するからだと説く。歴史的過程で形成された構築物としてのナショナリズムを強固なアイデンティティへと変容させるために「郷土愛」という具体的な土地への愛着が利用され、「愛国心」への回収が図られるのである。

しかし、この行為は諸刃の刃である。愛郷心が中央政府への反発や自治要求へと向かう際には、「地方主義」「郷党根性」として批判され、厳しい排撃が行われる。自然の感情の発露である「郷土愛」と歴史的に構築された「愛国心」の連続性は虚構であり、その関係性は時の権力者の意向に応じて規定される。

橋川はこのような指摘を行った上で、幕末から明治初期の思想に分け入り、近代日本におけるナショナリズムの萌芽を探る。

まず彼は、幕末期の封建的支配層がナショナリズムに対して、極めて冷淡であったことを明らかにする。支配層は、「カスト的身分制によって自らの地位を一般民衆から区別しているために、出自による差別の否定を要求するナショナルな平準化に応じえない」とし、支配層と一般民衆を同等の「ネイション」と見なす思想に警戒感を強めていたという。

「攘夷」を主張する彼らは、外国勢力への敵意と共に、一般民衆への警戒心を同時に強めていた。彼らは一般民衆こそが西洋邪教にだまされやすいという愚民観を共有し、伝統的な封建教学の枠を超えようとはしなかった。そのため「水戸学を中心とする攘夷思想の中からは、それ以上のヴィジョンが生まれてくる可能性はなかった」と橋川は主張する。

しかし一方で、この幕末期にこそ日本人にとって新しい人間観が誕生し、それがナショナリズムへとつながっていった、と橋川は論じる。

彼はここで吉田松陰に注目する。彼の見るところ、松陰は女性や部落民に対しても差別感を抱いておらず、「封建社会をこえた新たな人間の忠誠対象」を発見したという。

その際に大きな役割を果したのが、天皇の存在であった。松陰は具体的な天皇の人格への忠誠を重要視し、藩体制を超えた一般的な忠誠心を見出した。

橋川は言う。

「日本人によって形成される政治社会の主権が天皇の一身に集中されるとき、他の一切の人間は無差別の『億兆』として一般化される。論理的には、もはや諸侯・士大夫・庶民の身分差はその先天的妥当性を失うこととなる。」

このような非封建的な人間観こそが、松陰門下の伊藤博文などに引き継がれ、天皇制的「国民」制度が確立されたと、橋川は論じる。

また、このような構想は、国学者たちにとも共有されたものであった。国学者が理想化した「かんながらの道」は、治者と被治者の一体性が神意に従って自然に存在する世界であった。このような世界観・ユートピア観は、歌学から発展した国学の非政治性にかかわらず、幕政や封建社会へのラディカルな批判へとつながっていった。「かんながら」の素直な心情によって支配者と被支配者の権力構造を超克し、人間の幸福と平等が実現する社会を志向した国学者たちは、まさに幕僚たちの封建思想こそが人間の幸福を阻害する作為的イデオロギーであると見なしたのである。

この思想は、ナショナリズムの萌芽となって現れる。

橋川は論じる。

「国学の世界においては、神々の生成と人間の生存とは同じ意味のものとなり、その両者を媒介するものは、ただひたすら『もののあわれ』に感動する人間の心にあるということになる。われわれの問題でいえば、人々が各自に自由でありながら相互に統合されているネーションの意味は、このような神々の心にふれあうことのできる人間集団ということにほかならない。いわば、眼に見えぬ神々の心のままに動作する群集としての日本人が、そのままにネーションの意味をおびることになる。」

このような国学的ナショナリズムは、どのような政治体制がよいかという区別や判断を一切、伴わない。なぜならば、政体の是非を論じること自体が私意をたてる「から心」に他ならないからである。そのため、どのような政体であろうと、それが神意の計らいであるかぎり、批判も抵抗も起こすべきではないという論理が導き出される。それがファシズム的強権政治であっても、である。

橋川は続ける。

これは、ルソーが議論した国民の「一般意思」とは大きく異なる。ここには人間的な「一般意思」など存在せず、天皇の「自然意思」のみが存在し、それに純粋に一体化する人間集団たることこそが求められる。このような人間の作為を超越した意志に服従することと近代ナショナリズムの論理が一体化したところに、近代日本のナショナリズムの特徴がある。

橋川の日本ナショナリズムの源流を探る仕事は、『昭和維新試論』(ちくま学芸文庫)をはじめとする一連の昭和ナショナリズム研究と連続する。彼は、ここで朝日平吾や渥美勝のような右翼活動家の精神に迫り、彼らが希求した「人間の平等と幸福」が何故、ナショナリズムに回収されなければならなかったのかという問いを発している。

ナショナリズムの高揚が問題となっている今日、日本近代を生きた思想家たちの精神に肉薄した橋川文三の研究を再評価する必要があるのではないだろうか。われわれはこの国の精神史から、多くのことを学ばなければならない。



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