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2014年02月20日

『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』高瀬毅(文藝春秋)

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「廃墟の時間性」

 昨年の収穫の一つと紹介されていたのを目に留め、急いで読んだ。もとは2009年に平凡社から出ていたものの文庫化。五年近く前からの話題作に、やっと気づいた自分の迂闊さが情けない。気を取り直して思うに、何事にもめぐり合わせの時というものがあり、今の私にとって、本書との出会いは絶好であった。

 広島市に原爆ドームがあるように、長崎市にはかつて浦上天主堂の被爆遺構があった。原爆のむごたらしさを伝えるものとして、多くの市民がその保存を願ったが、その思いも空しく1958年に解体され、天主堂は翌年新たに再建された。被災した一部の壁が、原爆落下中心地に造られた公園に移設されたにとどまり、もう一つの被爆都市の1945年8月を物語る遺物は、惜しくも消し去られてしまった。それはなぜだったのか。長崎出身の著者はこの疑問に執拗にこだわり、そこに秘められた歴史を辿ってゆく。「戦後史の正体」の片鱗をそこに浮かび上がらせるノンフィクションの筆が冴えている。
 もともと保存に熱心であったはずの当時の長崎市長は、北米のセントポール市と姉妹都市の提携を結んだ縁でアメリカを訪問、帰国後には一転して、被爆遺構の解体を主張するようになる。そこには、原爆投下を正当化するための邪魔物を消去しようとしたアメリカの巧妙な対日政策がひそんでいたのだった。

 日本のカトリック総本山の一つともいえる正真正銘の「ドーム(伽藍)」の真上近くで、プルトニウム型原子爆弾が炸裂した。ミサに集まっていた司祭や信者は即死、一部の壁を残して建物は吹き飛び、天使像も聖人像もことごとく蹂躙された。起こったことの一部始終を物語る廃墟が、その現場を目撃する者たちの心の奥底に、原爆投下の罪深さを植え付けてやまないものであったであろうことは、想像に難くない。実際、残された遺構写真は、ただならぬ戦慄をもって、われわれに虚無化兵器の残忍さを突きつける。
 その集合記憶を揉み消すために、脅しというよりは搦め手で友好関係を演出し、ついに市長の懐柔に成功したのが、USIA(アメリカ広報・文化交流庁)であった。その背後には、かの「原子力の平和利用」を打ち出したアイゼンハワー大統領の外交政策があった。とりわけ、第五福竜丸がビキニ水爆実験で被曝し、原水爆禁止運動の盛り上がりとともに日本で反米感情が高まったことは、ソ連と対峙していたアメリカにとって、迫り来る脅威と映じた。「広島に原子力発電所を造ろう」とぶち上げ、「明るい原子力の未来」キャンペーンを画策したのとまったく同時期に、長崎の「ドーム」を解体させるよう働きかけたのは、核戦略を根幹とする国益を必死で守ろうとする米国だったのだ。

 姉妹都市提携のために渡米したはずの長崎市長は、相手方のセントポールのみならず、ニューヨークやワシントン、ロサンゼルスにサンフランシスコ、はてはハワイまで、アメリカ各地で、国務省関係者をはじめとする要人や市民から、至れり尽くせりの歓待を受けた。帰国した市長は、市議会での浦上天主堂保存問題の質疑において、「原爆の悲惨を物語る資料としては適切にあらず」、「平和を守るために存置する必要はない」、「市民の犠牲において多額の市費を投じても残すという考えは現在もっておりません」と言い切った。
 浦上天主堂再建に尽力した当時の司教も、足りない資金を集めるべく、アメリカに渡っている。当地の大学から名誉博士号を授与され、十ヶ月にわたって各地で歓迎された被爆都市の司教が、アメリカからの浄財でもって新天主堂を建設して「爆破の傷跡を消し去ることを望んだ」のは、当然だったのかもしれない。幾度もの殉教史をもつ土地に不死鳥のごとく堂宇を再建したい、との悲願を勘繰りたくはないけれども、アメリカのカトリック信者の惜しみない援助のもと、核兵器の罪悪を地上に告知するまたとない礼拝堂が取り壊されたのかと思うと、皮肉を通り越して暗澹たる気持ちになる。

 ここでもわれわれは、「アメリカの影」に出会う。その黒々とした陰影は、敗戦後の日本に臨在し続けてきた。そして今なお沖縄の米軍基地移転問題にこれ見よがしに現われ、3・11以後に脱原発を模索する日本の未来を阻む力として強力に作用し、はたまた、腐敗批判を一向気にせず親米路線をひた走り仮想反米勢力を締め上げる検察権力の闇と融け合っている。東アジアで隣国同士が反目し合っている現状が、アメリカの国策にぴったり合うのは言うまでもなかろう。戦後の対米従属路線を総括するどころか、米国の傘下にいよいよ入りたがっている売国奴が、愛国心を売り物にしているのは正視に堪えない。
 現代日本のそうした惨憺たる政治状況を、もう一つの「原爆ドーム」抹殺秘話は、如実に映し出す鏡となっている。とはいえ、本書は私にとって、現状を憂うるための題材以上のものであった。「物」への問いが、改めて焚きつけられたからである。

 歴史的建造物は、それが解体されるという段になると、途端にその重要性を認識されるようになり、保存を願う声が高まってゆく。遅ればせの待ったの声を、何を今さらと難ずる向きもあるが、考えてみれば、この場合「遅れ」は偶然でも怠慢でもなく、そうした時間的ズレは不可避なのである。
 自分がこの世に存在しているという事実は、立派に哲学的テーマとなりうるが、それを再認識するなどということは、ふつう誰だってしないものである。それと同じく、自分の暮らしている住まいや町を、その存在意義に関して問い直すなど、よほどのことでもないかぎり、つまり、それが失われたり危機に瀕したりするのでないかぎり、しないだろう。世界に住むことを学ぶとは、そのように、ズレを伴う仕方で起こる。ことによると、痕跡そのものが奪い去られてしまったあとで、幾度となく学び直すことすらある。
 ヒロシマの象徴となっている原爆ドームにしても、それが物語っているものに人びとが耳を傾けるには、多くの歳月を要した。それと同じことが、いや、或る意味ではもっと切実なことが、「ナガサキの原爆ドーム」にも言えるのである。比較に意味があるか分からないが、被爆したカトリック教会の無残な姿は、広島産業奨励館に勝るとも劣らず、原爆の惨禍を世に訴えるモニュメントであった。心変わりした市長と異なり、市議会は全会一致で天主堂保存を求める決議を行なったほどである。おそらくその「物」の迫力には、原爆投下責任者を震え上がらせるものがあり、まただからこそ、実物としては取り壊されてしまった。長崎を訪れる今日の観光客は、原爆の爪痕なき立派に再建された教会を眺めるのみである。しかし、それですべてが終わったわけではなかった。
 当時の生き証人は死に絶えつつあり、記憶が風化したかに見える今日、「物」はいまだに声を発し続けている。公園に移設された壁の一部が、「私の居場所はここではない」(244頁)と語る声を聴いた著者が、それをたしかに聴き届けた証しとすべく、語り部となって本書を書き記したとすれば、それは、世界遺産登録成功物語とは別の仕方で、もう一つの原爆ドーム物語が言い伝えられてゆく、ということなのだから。

 私事になるが、昨年九月、大阪での学会のおり、足を伸ばして広島を訪ね、原爆ドームをおよそ三十年ぶりに見学してきた。その夏に書いた論文原稿(『思想』2014年1月号、2月号に発表)の中でこの廃墟にふれたので、その仕上げのための取材という名目で立ち寄ったのである。久しぶりに再会を果たした廃墟の存在感は、圧倒的であった。その前に立ったとき、不覚にも、涙があふれてくるのを抑えることができなかった。
 あとで自己分析してみたのだが、あのときの感動には、原子爆弾による都市殲滅を伝える遺跡の迫力だけでないものが、与っていたように思う。つまり、2009年に東京女子大学旧体育館が解体されたときの、壊されて瓦礫となり果ててゆく壁面が、そこに現前するかのように、廃墟のもつ哀感が二重写しに迫ってきたのだ。のみならず、赤みを残す煉瓦造りのドームの壁には、往時の人びとの生活が、とりわけ、原爆投下のその瞬間を生きた犠牲者たちの時間が、刻まれているように見えた。ちょうど論文で扱ったリルケ『マルテの手記』に出てくる廃屋の壁の記述と符合するものが、そこに生々しく存しているのを感ずることができたのである。
 そればかりではない。2011年3月に津波で被災した町々に出現した廃墟の残像が、原爆ドームの光景には、分かちがたく入り混じっていた。3・11の悪夢を振り払うかのように、各地で震災遺構は次々に撤去され、跡形もなく消えつつある。そのようにして失われた物たちの幾重ものの姿が、時間の襞を織り込みながら、目の前の戦災遺構におのずと取り集められていた。廃墟のもつ時間性ともいうべき広がりに、ふと捉えられた瞬間だった。

 だが、この「廃墟の時間性」は、福島でなお猛威をふるう被災した原子力発電所の抱える「テンポ」とは、およそ異なっている。内部で宇宙的暴力がとぐろを巻いている「フクシマ原発ドーム」は、解体と保存の狭間を揺れ動くどころか、この世と隔絶した反時間的な相のもと、人の生死を超えて未来永劫、この地上にくすぶり続ける。原発遺構の「反時間性」に想到せざるをえなくなったフクシマ以後だからこそ、ナガサキの原爆ドームの「見えない声」に、耳を澄ますこともできるようになった。幸いというべきであろう。


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