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2013年02月16日

『戦争の技術』マキァヴェッリ(筑摩書房)

戦争の技術 →bookwebで購入

「徴兵制のルネサンス」

 ちくま学芸文庫は、玉石混淆の気味はあるものの、相変わらず健闘している。たとえば、二年前の2011年3月10日に出た、マキァヴェッリ『ディスコルシ――「ローマ史」論』。3・11大震災のあおりでそれほど注目されなかったが、国家論の古典新訳が700頁超の大冊として文庫化されたのは、一昔前の『マキァヴェッリ全集』刊行に続く、慶賀すべき事件であった。そうこうするうちに、昨年夏、今度は『戦争の技術』が文庫になった。遅まきながら読んでみると、これが無類に面白い。
 ニッコロ・マキァヴェッリ(1469-1527)と言えば、為政者にとって政略は善悪の彼岸にあると説いた『君主論』がまず思い浮かぶ。だが、古代ローマの政治的英知を調べ上げ、それが同時代に資することを明らかにした『ディスコルシ』(世界の名著版旧訳では『政略論』)にこそ、共和主義者マキァヴェッリの真骨頂があることは、この書を繙けば明らかである。だが彼には、もう一つ国家論の労作があった。それが『戦争の技術』(1520年刊)である。マキァヴェッリの「著作としては生前唯一の出版物」だという(訳者解説、298頁)。

 これも今回初めて知ったが、『戦争の技術(Dell’ arte della guerra)』の邦訳はこれまで、筑摩全集版を除いて、三種類もあった。書名は、『兵法論』『戦争の技法』『戦術論』と訳されている。つまり、兵法や戦術を伝授する実践書として関心をもたれてきたようだ。私も半ばそういう印象を抱きながら手にとって読み始めたが、第一巻を読み進めるにつれ、そこに政治哲学上の容易ならざる大問題が正面から論じられていることに気づいた。かくて、著者が近代国家論の父祖の一人であることを再認識させられたのである。
 その大問題とは何か。国家にとっての軍隊の意義である。近代における「国民=国家(nation-state)」の成立には「国民軍」の組織化が不可欠であり、そのことを理論上かつ実践上、先駆的に示してみせたのがマキァヴェッリだった。古代の軍制や戦史に関する並外れた教養にもとづく、「市民軍制」(31頁)のルネサンスの書がここにある。

 古典というのは率直な物言いをするものだと、いつも感心する。マキァヴェッリはこの対話篇の中で、プラトンの作品で言えばソクラテスに当たるファブリツィオに、「職業軍人という仕事には何の価値もない」(23頁)という信念を披瀝させている。古代ローマ盛期には「戦争を稼業とする兵士などいなかった」(26頁)、平時に「兵士どもを居座らせる」など「腐敗」(31頁)だ、と。軍人は栄えある職業だと信じていた対話者コジモは、それと真逆を述べ立てるファブリツィオの議論に驚いている。当時の読者も同じだったろう。
 とはいえ、反戦平和主義が常識化している現代日本の読者なら、職業軍人や常備軍に対する批判は、さして驚きではなく、むしろ受け入れやすいはずである。これに対し、ファブリツィオが自説として展開している議論には、反発を覚えこそすれ、賛同はしにくいと思われる。なぜならそこでは、徴兵制を確立すべしと説かれているからである。徴兵制にもとづく国民軍制こそ国家の礎なり――これが『戦争の技術』の基本主張なのである。

 1945年の敗戦以後、日本に「軍隊」は存在しないことになっている。当然、徴兵制もない。かれこれ70年近く平和を謳歌してきた日本人の大多数は、徴兵制の復活に同意しないだろう。軍国主義を想起させる「体罰」は絶対悪と決めつけられ、それに少しでも容喙しようものなら、集中砲火を浴びるほどである。その一方で、一部の人びとの間に、徴兵制へのノスタルジーは根強い。隣国の若者は入隊して身心ともに鍛えられるというのに日本の若者は軟弱だ、ここは軍隊でしごいてもらったほうがいい、と言う人もいる。
 では、その「徴兵制」とはそもそも何か。この点に関しては、はかばかしい議論はない。まさにその議論を、マキァヴェッリはしてくれている。「いざ戦争という際には祖国への愛にかけて馳せ参じ、その後和平が戻れば喜んで家に帰るような人びとからなる自前の歩兵団」(29頁)を組織するための召集システムが、「市民徴兵制度」(56頁)であり、これぞ為政の要だ、と言うのである。他国から兵士を雇い入れるのでも、他国の庇護の下に甘んずるのでもなく、「そこに住む人びと自身が武器を手にして自国を守ろうとしなければ」(42頁)、一国はそもそも体をなさない。言い換えれば、そうした「国民軍制」を備えた政体こそ、マキァヴェッリの言う「国家(スタート)」にほかならない。

 マキァヴェッリは、ルネサンス教養人として「古代の制度」(31頁)に倣い、市民軍制の復活を目論んだ。「古代人のやり方を現在の戦争に導入することがいかに困難か」(33頁)を自覚したうえで。このフィレンツェ共和国書記官は、軍制改革に着手し、実際に市民軍制を創設したのである。しかも、その市民軍がスペイン傭兵軍に大敗し共和政は瓦解、みずからも職を失うという憂き目に遭った(1512年)。そうした経験をくぐり抜け、古代徴兵制の復活をなお希望として掲げるのが、『戦争の技術』なのである。
 マキァヴェッリの敷いたフィレンツェ市民軍制――コジモの言う「われわれの徴兵制度」(50頁)――が、「一度敗れたからと言って、これを無益だと思う必要はない」(41頁)。熟練兵でなくイヤイヤながら従軍しているので役立たずだ、とか、軍の統括者が国を奪うかもしれず内乱の危険がある、とか、当時さんざん難癖をつけられたようだが、マキァヴェッリの信念は寸毫も揺るがない。市民自身が戦士として国を守るのが最善だということは、「古代の歴史がことごとく例示している」(40頁)。
 当時、この考え方は時代に先駆けすぎて浸透しなかったが、その後次第に、とくにフランス革命と国民国家の成立以後、いわば「国民の、国民による、国民のための」軍隊が、近代のスタンダードとなってゆく。祖国防衛に馳せ参ずる「志願兵・義勇兵(volunteers)」こそ、国民の鑑だとされる時代がやってきたのである。その場合、注意すべきは、国民平等の原則から、「国民皆兵」が必然的に帰結することである。「市民イコール戦士」という古代の観念が、近代の平等主義と掛け合わされるとき、「戦争の前での万人平等」が成立する。その先には、「総力戦」そして「殲滅戦争」の時代が待っている。
 「階級制度とは他でもなく、その都市の防衛にあたって即座に軍隊を結成するための軍制だ」(44頁)とするマキァヴェッリに、おそらく近代平等主義は予感されていなかった。だが、「強制だけでも自発だけでもない中間の道」(40頁)による、「多数の人間」(33頁)からなる国民軍の編制を、明確に志向しているかぎりにおいて、『戦争の技術』は、近代国民国家の水平的構成原理を予言していたのである。紀元前の市民=戦士階級と二十世紀の国家総動員態勢とをつなぐ位置に、マキァヴェッリは立っていた。
 マキァヴェッリの軍制論は、国民国家の枠組では、正論である。国民国家とは、国民軍を擁する政体だと規定できるほどである。たとえばカントは、平和主義宣言として好んで引き合いに出される『永遠平和のために』(1795年刊)の「常備軍は、時とともに全廃されなければならない」という有名な条項を説明するさい、「国民が自発的に一定期間にわたって武器使用を練習し、自分や祖国を外からの攻撃に対して防備すること」を、あっさり是認している(宇都宮芳明訳、岩波文庫、17頁)。マキァヴェッリの考えと同じである。
 国民軍をもたない独立国家はどこまで可能か。――これが、世界史的に見ていまだ実験段階にあることを、われわれは肝に銘ずる必要がある。反戦平和の誓いが、敗戦によって属州に組み込まれ占領軍がいまだ駐留中の隷従状態とどう違うかを、絶えず自問する必要もあろう。再武装や原子力政策も、本国の指令待ちというのが現状ではないか。
 それとはまた別に、今日、徴兵制のない国でも「義勇兵」精神を重んずる国民感情は、しぶとく生き延びていることが分かる。「戦地」へと自発的に赴く志願者のことを、近代はフランス革命以来、「ボランティア」と呼んで讃美してきたのであった。

 以上、『戦争の技術』の第一巻を紹介してきたが、本書は続けて、歩兵vs騎兵、隊列の編制、会戦の戦術、宿営の仕方、城塞の攻防と、さまざまな兵法を扱っている。なかでも、指揮官の心得とされる権謀術数の教えが興味深い。「巧妙に敵の軍勢を分断」すべく、「敵勢が信頼を寄せる参謀たちに嫌疑がかかるように仕向ける」、たとえば、「その息子たちやかけがえのない人びとは身代金を取らずに返す」(227頁)。また、「一部の敵兵の故郷を攻撃」すれば、彼らは「郷里の防衛に走らざるを得ず、戦線離脱とあいなる」(228頁)。逆に、「敵方を絶望の極限に追い込まぬよう注意しなければならない」(233頁)。
 もう一つ考えさせられたのは、「大砲」という新しい軍事技術をどう意義づけるかである。当時すでに、「古代の軍隊の武器や編制」の「すべてが大砲の威力の前には無駄だ」(126頁)とする議論が横行していた。大砲というテクノロジーが戦争を変えたとする「近代派」に、「古代派」マキァヴェッリは敢然と異を唱える。「わたしの考えからすると、大砲は、古代のさまざまなやり方を用いたり、古代の力量を露わにするのを妨げるものではない」(132頁)。軍事テクノロジーをめぐって、「新旧論争」が早々と戦わされたのである。
 この論争は、二十世紀に核兵器が出現したことで、蒸し返されるに至った。ただし問題は、人類が絶滅手段を手に入れた現代、そもそも戦争に意味などあるのか、という問いへと変形された。そういう時代に、徴兵制について、ひいては国民国家について、なお語ることに、どれほどの意味があるのか。われわれはそう問わざるをえないのである。


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2013年02月03日

『哲学の起源』柄谷行人(岩波書店)

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「イソノミアの再発見」

 本書では、ハンナ・アーレントの革命論、なかんずく「イソノミア」論が取りあげられている。アーレントに入れあげてきた私のような者にとって、その哲学者の中心問題に、著名な批評家が注目してくれるのは、喜ばしいことだ。
 売れ筋の本を紹介するのは本欄の趣旨にそわないが、「哲学の起源」というタイトルを掲げて古代哲学史の書き換えを迫る著者の挑発につい乗せられて、やぶへび覚悟で応答するのであれば、それはそれで構わないだろう。古代哲学や政治思想史の専門研究者には慎重居士が多いので、専門分野に殴り込みをされてもはかばかしい反応は期待できない。本書に飛びつくのは、生半可なアーレント読みにふさわしい役回りというものだろう。

 先日行なわれた2013年度センター入試の科目「倫理」に、アーレントの用語法についての出題があった。『人間の条件』がつまみ食い的に引用され、そこで語られている「活動」の具体例として適当な行動を、四つの中から選べというものであった。必死で働くこと(労働)とも、物を作ること(仕事)とも異なる、人々と共に事を為すことを、アーレントは「活動」と呼んで区別した。私自身はこの区分けを重んずる者だが、そういう肯定派はむしろ少数で、「活動」概念の妥当性については、依然として異論が多い。このような係争中のトピックを入試問題として出す出題者の意図が、私には理解できない。
 その入試問題を見たときに感じた違和感と似たものを、つまり、それはないだろうとの思いを、本書を読んで感じた。アーレントによるイソノミアの特徴づけがろくすっぽ理解されないまま、柄谷式のバイアスのかかった「イソノミア」という言葉だけが巷に流布しそうなのは、困ったものだ。だがそれを言うなら、アーレントの立論の重要性を一般に認知させてこなかった研究者の側の怠慢こそ、まずもって責められるべきであろう。
 だとすれば、この絶好の機会に、あらためてこう問うてみよう。アーレントが古代ギリシアから引き出した「イソノミア」とは何であったのか、と。それを踏まえてこそ、柄谷のイソノミア解釈の特異性も浮き彫りとなるにちがいない。

 イソノミアとは、「イソン(等しい)」と「ノモス(習わし・法)」の合成語である。「法的平等」という訳もありうるが、強い意味での「法」の含意は、この語にはない。むしろ、この場合の「ノモス」とは、「ピュシス(自然)」と対比される「人為」という意味に解される。人間は生まれつき、つまり自然的には平等ではない、とする考え方が根底にあり、だからこそ、自然的ばらつきとは別に、あくまで人間間の約束事として、お互い対等な政治的主体と見なし合おう、との取り決めが交わされる。そういう合意のもとに形成された同等の者たちの共同体の形態が、「イソノミア」と呼ばれる。見られるとおり、この発想は、人間はみな平等だとする近代の公理とはおよそ異なっている。
 もとより、人間同士には、容姿、能力、財産など私的境遇の点で、埋めがたい不均等がある。だが、同じ共同体のメンバーとしては、一人一人が同等の資格で参加してよいのであり、そうであってこそ、共同体への各自の帰属意識も強められ、その結果、共同体全体の士気も高まる。一握りのオーナーが専断するよりも、全員が共同参画者として横並びで競い合ったほうが、盛り上がる。なるほど、各人がしのぎを削って自己を主張し合う分、面倒なことが生ずるし、非効率にも見えるが、長い目で見れば一番うまくいく。大小さまざまな団体に関して当てはまる、この組織活性化の秘訣を、国家共同体の構成原理として採用するのが、政治形態としてのイソノミアなのである。
 それゆえ私は、この語を「対等制度」と直訳することにしている。

 柄谷がイソノミアを、「民主政(デーモクラティア)」と対比させ、古代に出現した卓越した政治形態として際立たせているのは、正当だし、本書の価値もそこにある。「民衆」の「支配」という意のいささか刺激の強い言葉と比べて、フェアプレイの競技精神を体現する「対等制度」は、ヘロドトスからプラトンまで麗しい言葉とされた。とはいえ、古代民主政と近代民主主義とを一緒くたにするようなことがあってはならないが。
 柄谷がイソノミアを「無支配」と訳しているのも、理解できる。柄谷の引用する『革命について』の箇所でアーレントも、「無支配(ノー・ルール)」というイソノミアの第一義を強調している。だが、「無支配」という消極的規定だけでは、イソノミアの本義は明らかとならない。では、「支配からの自由」は、積極的には何を意味するのか。
 柄谷はここで、貧富の格差のなさ、つまり経済的平等という論点を持ち出す。古代ギリシアのイオニア植民都市では当初、入植者たちが拘束や特権のない盟約共同体を創設し、「人々は実際に経済的にも平等であった」(25頁)。「イオニアの諸都市がどのようなものであったかを示す史料はほとんどない」(42頁)にもかかわらず、こう大胆に決めつけることの当否は措くとして、少なくとも、イソノミアを経済的平等に帰着させる議論には、賛成しかねる。柄谷は、デモクラシーと区別されるイソノミア概念を発見した唯一の論者が、アーレントだということを認めている(24頁)。にもかかわらず、政治体制を論ずるさいに経済的平等という近代的観念を尺度として持ち込むことにアーレントが異を唱えたことのほうは、いともあっさり無視するのである。
 柄谷は、そもそも、マルクスの唯物史観における「生産様式」への定位に代えて、「交換様式」の違いから社会構成体の歴史を見てとろうとする。そのうえで、自身の「世界共和国」なるキャッチフレーズに見合う、しかも普遍宗教ならざる理想の「交換様式」を求めて、これをイオニアにおける自由と平等の両立の痕跡に見出すのである。
 柄谷の見出した「どこにもない国(ユートピア)」は、いかなる射程を秘めているのか。その実測は他の論者に任せよう。ソクラテス以前の哲学史観の見直しについても措く。私としては、潤色されたイソノミア概念のゆくえがどうも気になる。古代の築かれた対等制度の意味次元を掘り起こそうとするアーレントの試みを、自分に都合よくねじ曲げ、そのおいしいところだけつまみ食いするのを、看過するわけにはいかない。

 古代ギリシアの風景を一新するかに見える本書は、そのじつ、現代人にありがちな偏見に覆われている。政治的平等を「たんに抽象的な平等性」(27頁)と見なし、経済的平等を重んじる発想からしてそうだが、それと並んで目につくのは、「アテネのデモクラシー」を、それが奴隷制に依拠していることを楯にとって断罪したがる、お決まりの論調である。労働や仕事を、市民にふさわしくないと蔑視した、活動本位のポリス的身分秩序が許せないのも、生産性に重きを置く近代人の品質証明であろう。現代の論者から見て、「労働/仕事/活動」というアーレント的三区分は、ナンセンスに映るのがふつうである。
 本書の後半では、アテネ「帝国」が、これまた当世ふうに告発される一方、幾度もソクラテスの名が呼ばれる。ポリスを超える「コスモポリス」の哲学者ソクラテス。その取り柄は、公的なものと私的なものの区別を撤廃しようとした点にあるのだという。公私の別という、近代社会にとっての恰好の標的が、ここでも狙い撃ちされる。その無差別化が進めば進むほど、「政治的なもの」はかき消されてゆく。
 「ソクラテスが目指したのは、統治そのものの廃棄であり、イソノミア(無支配)である」(213頁)。マルクス主義者なら「国家の廃絶」を理想とするのかもしれないが、おのれのポリスを愛した古代の市民哲学者に、その好みを押しつけるわけにはいかない。なるほど、「「ソクラテス以前」というのであれば、ソクラテスその人をそこに含めるのでなければならない」(217頁)とする主張は正しい。しかしだからといって、ソクラテスをポリス嫌いの近代人に含めてよいということにはならない。

 イソノミアとは「無支配」、つまり支配することにも支配されることにも重きを置かない政治体制である。とりわけ、支配することを好まない点に特徴がある。誰かに支配されることは願い下げだ、と思う人は多い。支配されるのは隷属すること、すなわち自由の否定だからである。これに対して、その逆の、誰かを支配することのほうは、悪い気はしないというか、望ましいと思う人もいる。しかしながら、支配するとは、対等な関係で張り合う可能性を奪われることでもあり、それを面白くないと感ずるタイプの人間もいる。イソノミアとは、そのように、支配されることと同じく、支配することもよしとしない、自由を愛する者たちが共同で築く、対等な遊動空間のことなのである。
 イソノミアをイソノミアたらしめるのは、公共の事柄に同等に参加し合う自由であり、それを通じておのれの存在を現わし合うことの喜びである。この場合の「自由」とは、貧富の格差の解消でも拘束からの解放でもなく、人々と共に事を為し「新しく始めること」においてはじめて明け開かれる「透き間」のことを意味する。
 複数性において輝き現われる自由の経験。そうした経験地平が古代に発見されたことを、イソノミアという古語は伝えている。この公的自由は、ユートピアなどではなく、近代において革命精神が地上に姿を現わすたびに、そのつど再発見されてきた。その語り部たろうとしたのがアーレントであった。イソノミアの光芒に、われわれは幾度も思いを馳せる必要がある。その追想の機会にふたたび恵まれたことを、あらためて喜ばしく思う。


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