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2013年12月04日

『アイスブレイクベスト50』青木将幸(ほんの森出版)

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「大切なのは関係性」

ミーティングファシリテーターとして活躍中の「マーキー」こと、青木将幸さんの新刊が出た!
「ハウツー本」?意外だな、と思いきや・・・ 「場をつくる」プロからの愛のメッセージだった。

私たちは人が集まるあらゆる場面で、ちょっとした緊張感を味わう。
よく知った仲間がいるいつもの場所ではそのようなことはないけれど、
初めまして同士の集まりでは、息をひそめめて始まりを待っている。
思いのほかカラダにも力がはいっていて、
まるで別人のようにそこに固まっている。
「借りてきた猫」とはよく言ったものだ。

その緊張感の高い「空気」を壊し、場を温めるのがアイスブレイクの技なのだ。
場をつくる側にたったらなおさら緊張してしまう。
下手すると、場を和ませようとしてかえってしらけさせてしまったり
居心地の悪い思いをさせてしまうことにもなりかねない。

たとえ一時であっても、「いま、ここ」を共に過ごす仲間として、
居心地の良い空間を共につくりだすことは大事だし、
その「はじまりかた」は重要なのだ。

「大切なのは関係性」とマーキーも書いている。
そう、
大切なのは私とあなた、という関係なんだ。

アイスブレイクは、進行役が一方的に相手をなごませるためのものではなく
そこにいる人たちが一緒にその場をつくりあげる、その協働のスタートの合図なのだとすると、
進行役も肩の力を抜いて、ゆったりと場を見渡せる余裕がでるかもしれない。

たくさんのアイディアの中から自分にしっくりくるものをいくつかやってみよう。
人前にでて進行役をつとめるのは気が重い、という方を
この本がまず、「アイスブレイク」してくれると感じた。



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2011年08月04日

『居場所のちから~生きてるだけですごいんだ~』西野博之(教育史料出版会)

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「居場所を生み出す「まなざし」これだけは手に入れたい15の心得」

NPO法人フリースペースたまりばの西野さんに 何度か、お会いしたことがある。 穏やかな、すきとおった瞳ですうっと心の中に入ってくる人。 これだけですごい。 気が付いたら魂の根っこあたりで握手しちゃってる。

大きな樹の洞にぽっこり入れてもらって、
こぽこぽと、大地から水を吸い上げる音に耳を澄ましているような
ゆったりとした時間がながれる。
大きく、ただそこに「在る」ことで、子どもたちに居場所をつくっていく人。

その瞳の奥の想いを、少し、分けてもらえるような一冊。

子どものそばにいて、何ができるんだろうか。
正解はないからこそ、親はもちろん、周りの大人は悩むんだけれど
その悩み方の方向はどっち?
悩めるってこと自体が力がいることなんだ
ということも、たくさんのエピソードの中で浮き上がってくる。

登場する子どもたちの様子を読みながら、
西野さんはエピソードが語れる人なんだ、と思った。

子どもとともにありながら、そこにある毎日からエピソードを切り取り
膨大な蓄積のなかから提言してくれているたくさんのこと。
あの、すきとおった瞳の魅力は、
子どもたちをみつめるまなざしの深さなんだとわかる。

人と人がつながることの大切さを、皆声をそろえて言うけれど
絆とか、つながり、っていうけれど
そうそう簡単なもんじゃない。

生きてるだけですごいんだ、と
シンプルに伝えつづける場をやりつづけるその覚悟から
学ぶべきことはたくさんある。

「居場所」をつくる側へ、まわらなくっちゃいけないよ。
そんな西野さんの声も聞こえてきそうだ。



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2010年09月08日

『かがくのとも500号記念 かがくのとも復刻版全50冊』福音館書店(福音館書店)

かがくのとも500号記念 かがくのとも復刻版全50冊 →bookwebで購入

「「かがくのとも」が、好きだった。」

復刻の大ニュース!
急いで予約をしなくては!

「こどものとも」と一緒に、毎月本屋さんが届けてくれた。
我が家の玄関に、50CCバイク、(カブ)がとまり、
本屋さんが降りてきて、荷台のケースの幌をあけると、
わたしたちの分が取り出される。
玄関で母がお金を払っている間、
とにかく、後ろでうずうずと待っている。
妹と取り合うようにして、読んだ。

その風景が、今でも鮮やかに記憶に残っている。
その本屋さんは、
小学校のそばの商店街のなかの小さな本屋さん。

私たちが大きくなったころ、
本屋さんは店をたたんでしまったけれど
おじさんは、駅前にできた紀伊国屋書店に就職したらしく、
すましてベストを着て、まだまだ現役で働いていて、
本を買いに行くと、
なんだかくすぐったい気持ちだったのを覚えている。

だってさ、絵本読んでたあの子達が
こんなオマセに自分で本を買いに来るなんてさ、
と思われてるんじゃなかろうかって、
なんだか気恥ずかしかったのだ。

おじさんは、私たちの絵本の歴史を知る人だったんだなぁ。

今回の復刻のなかでも、
嬉しかったのは安野光雅さんの数学絵本!
「ふしぎなきかい」は、何度も何度も、少し大きくなってからも取り出してきて読んだ絵本だったなぁ。

自分が子育てをはじめて
「ちいさなかがくのとも」
がだされていることを知り、
定期購読が、また、始まったのだった。

薮内さんの本が第一号だったんだ、とか
五味太朗さんのデビュー作はかがくのともだったんだ、とか
そんな小ネタにもほほう、と思いながら

復刻、ありがとうございます。
たのしみに、待ってます。
大事にします。



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2010年09月06日

『子育て支援ひだまり通信』高山静子(チャイルド本社)

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「遊びとしつけの上手なコツ」

まさに、「な~んだ~そうだったの!」の本。
山のようにある「育児書」を乗り越えて出てきた新刊である。 育児書は数あれど、 私の中では、これが、横綱。 どーんと、全国の書店で平積みして売ってほしい!!! (紀伊国屋書店さまお願いいたします♪)

出産祝いにプレゼントしたい!

とにかく、乳幼児期の子どもの発達を、
イラストとともに丁寧に伝えてくれる。

「そうそう、あの頃、こうして教えてほしかったの」
慣れない初めての育児でおろおろしながら
涙しながらその時期を乗り切ったお母さんたちは
口をそろえて言うと思う。

だからこそ、今、
子育てはじめの一歩、真っ最中の方々にこの本を贈りたい。
どうしていいかわからなくなったとき、
この本をひらいてほしい。
ぜったい、あなたの味方になってくれるよ。

そして、子育て中の人に寄り添う立場にある人も、
この本を傍らにおいて、伝え方を学んでいこう。
きっとあなたの伝えたいことは間違っていない。
でも、伝え方がときに間違っていることがあるから。
それが、子育て当事者の人たちに
どんな風に受け取られるかな?
と振り返って、この本に学ぼう。

もちろん、お父さんへのメッセージも
絶妙なイラスト入りで盛り込まれている。
「パパ、頼りにしています」って、言えばいいんだよね。

強力な味方がでてきたなぁ。嬉しくって本を抱いて飛び跳ねたい気持ち。
なにせ、福岡での「ひだまりの会」での10年の実践が
一杯つまっているのだ。

私たち、子育て支援者もはげまされる一冊。
プロの仕事を、ありがとう、高山さん!!!




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2008年10月16日

『コドモダマシ-ほろ苦教育劇場』パオロ・マッツァリーノ(春秋社)

コドモダマシ-ほろ苦教育劇場 →bookwebで購入

「まあ、まんず、一杯。」

「反社会学講座」でノックダウンされている私は、
店頭でこの本を迷いなく手に取りました。 正直言うと、ちょっぴり読むのが怖い気持ち。 だって、だって、なんたって、「コドモダマシ」。 どんな痛いことが書いてあるのかしら。ドキッとします。 私のことかもしれませんもの!!!

おぉ、しかし、「父と子のための」コラム集でありました。

あんまりまじめな気持ちで取り組むと、腹が立ってきてしまうかもしれないので、
まんず一杯お酒でもあおってから読み始めたほうがいいかもしれません。

嬉しくなってしまうのは、「理論派お父さんのためのブックガイド」として、
単元ごとに終わりに本の紹介がついていることです。
これはまた、ご丁寧に、ありがとうございます。

紀伊国屋書店で「理論派お父さんのための」ブックフェア、
やってほしいなぁ。
(ぜひやってください!)

っと、ついつい遊び心をくすぐられます。

世の中のお父さんがなんだか妙な方向へ走っているような気がして
たいそう心配だったので、これ読んで私、なんだか安心したのです。

あっはっは、と笑い飛ばしながら読んじゃってください。
しかめ面はいりませんよ。
だから、まあ、まんず、一杯。



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2008年08月15日

『学びをつむぐ<協働>が育む教室の絆』金子奨(大月書店)

学びをつむぐ<協働>が育む教室の絆 →bookwebで購入

「学びあう場のデザイン」

けっして、高校の授業に興味があったわけではない。
<協働>の文字にひかれた。

生徒たちのみずみずしい感性が金子さんによって切り取られていき、
その場のグループダイナミックスを感じつつ読み進める。

学校という限られた空間の中で、
たとえば、座席を変えるだけで変化が起きる。
おもしろいと思ってぐっと入っていく生徒がいる。
乗り切れなかった生徒の変化をじっと見つめる。

なにより、先が読めない展開だ。
それを受け入れていく度量が教師にもとめられ、
「アイデンティティの危機」を感じながら
「協働学習」に挑戦しているという。

高校時代の私を思い浮かべてみる。
けだるい午後の教室は、
「静かに!」という教師の大声と
くすくす、こそこそ、おしゃべりとのせめぎあい。

教室の中のちいさなつぶやきや隣の生徒とのささやかなやりとりを
根気強く見守って、ひろいあげてこその<協働学習>なのだという。
おしゃべりの質が違うのだ。
一方通行の、耳から聞いて、黒板をノートに写すだけの一時間とは
全く異質の、時間と空間のデザインだ。

授業はLIVE、そう表現した先生に会ったことがあるが、
きっと、金子さんの授業はLIVEなんだと思う。

金子先生は、世界史の授業をする。
しかし、そこには、「世界史を学ぶ」以上の学びがある。
この授業をうけたことによって、
自分の中に変化を感じることができた生徒は
それが「世界史の知識を身につけた」だけではないことを
きっと知っている。

「学びあう」場のデザインとその手法は、
もう「学校」には通うことのなくなった
私たち大人にも必要だと感じた。

隣人と、こんな風に感じたこと、考えたことを
語り合う時間を、大人はとっくに失くしている。

学びあい、育ちあう場を、
地域社会の中にも、取り戻せるだろうか。



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2008年04月09日

『乳児保育の基本』汐見稔幸・小西行郎・榊原洋一【責任編集】(フレーベル館)

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「横綱級の課題図書!」

乳児に関わる人にとっての、平成の課題図書。
しかも横綱級。

乳児保育の基本。基本とは、何か。

こうあるべき、といった議論ではない。かといって、マニュアルでもない。

毎日の実践の中でくりかえし、丁寧に積み重ねていくことで得たもの。

その現場の声や実践をきちんと汲み取り、切り取り、紡いでいくことで見えてくる「基本」。
理想が先にあって、それを目指すのではなく、
縦糸と横糸を織りなすようにできあがっていく生活のなかの育ちをまとめたものとなっており、
ある意味では、はじめての「育児書」ならぬ「保育書」かもしれない。
ここまで示す必要があるのだろうか、と驚かれることがらもあるかもしれない。
しかし、事態はそこまで迫っているのだろうと感じた。

平成19年度、47都道府県で実施される保育士試験には4万人近い受験者があり、
うち合格者は8千人弱であった。
もちろん大学や短大・専門学校といった保育士養成校を卒業して資格を得る人もいるのだが、
心配なのはその人たちと違い、「受験」で合格して資格を得た人は、実習などはなく、
ペーパーテストと実技で保育士になれてしまうことだ。

3年以内に10教科すべてを6割以上得点し、すべての学科をクリアしないと実技にいけず、
しかも年に1回の試験しかチャンスがないので、簡単に取れる資格ではないことは確かだ。

すでに保育所で働きながら資格取得を目指している人や、
子育ての経験を生かして受験する人なども多くいる。

それにしても、自身が親になるまで、一度も赤ちゃんを抱いた経験がない人が増えている。
また、虐待対応や、地域の子育て支援など、新たな課題もでてきている。

歴史が浅く、今後ますます求められるであろう乳児期の保育について
経験の少ないまま現場に出る担い手のみならず、現職で実践している保育者であっても、
もっと学ばなければならないことが多分にあるのだ。

個人で購入するだけでなく、職場にも一冊、お勧めしたい。
目線をそろえていくためにこの本をつかってのワークショップや、話し合いが有効になるだろう。
個人でのスキルアップだけに求めず、職場やグループで学びあうこと自体が
保育の質にもつながるし、なにより子どもへのまなざしがより深まるであろう。



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2008年02月25日

『こども、こころ学』石川憲彦(ジャパンマシニスト)

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「人間の親子は必ずすれちがう。(!!!)」

いくつかの短いエッセーで構成された一冊。何度も読み返して、深いところでの気づきをもらう。
白状すると、装丁とサブタイトルに惹かれて手に取ったのだ。
寄り添う人になれるはず
と添えられたタイトル。
イマドキ流行の「なんとか力」(たとえば「親の子育て力」とか!)のプレッシャーから解き放たれます。

寄り添う人になれるはず、とはげまされ、今日もつまらぬことで息子とすれ違い、落ち込んでいた私は、(寝ているときはかわいい)寝顔をのぞいて気を取り直し、明日の朝ごはんの米を研ぐのです。
私の強みは、きっと、2月の夜の米研ぎの、リアル。

人間の親子は必ずすれちがう。とすれば、「すれちがいに強いこども」に育てる覚悟が必要。

あぁ、ほんとうに。

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2008年01月09日

『親の品格』坂東眞理子(PHP新書)

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「いい親になりたいと素直に言おう。」

実は、「いい親」なんて気恥ずかしくてなりたくないし呼ばれたくなかった。
(いや、あなたはいい親だとは、けして呼ばれないんだけれども)
でも、シンプルに考えてみると
日々、いい親でありたい、自分は果たしていい親であるだろうか?ということは考えているものだ。

私は、親歴一桁。
まだまだ。
だから、坂東さんに姿勢を正してもらうことは、やはり必要なのだ。
「女性の品格」といい、坂東さんのおっしゃることは
何につけ、「ごもっとも」のことなので、
もしかしたら「だから何?」と斜に構える人もいるかもしれないけれど
それこそ、品格を疑われるのである。
今年は恥ずかしがらずに、素直な気持ちで、丁寧に「親」としての自分に向かい合いたい。

こういうことは、素直にうけとめて、まずは実践してみることだと思う。
実践してナンボ、の世界だ。

坂東さんが歩んでこられた道のりはすざましいものだ。その中で得られたことが品格としてにじみでている方だとしみじみ思う。これからの時代に、私たちに、真正面からきちんと語りかけてくださるその覚悟に感謝するばかり。
これからは、だめなものはだめ、いいものはいいとはっきり教えてくれる人が身近にいるありがたさを、かみしめる時代になる。見て見ぬフリや、思考停止の時代はもう終わりがきている。多様性を受け入れつつ、各人が自立し、、自律できる社会はきっと来るし、そんな社会を目指したい。

けばけばしいネオンを消して、やかましい音楽をとめて、静かに夜空を見上げたときに、遠く白く光る星。余計なものをそぎ落としてはじめて気づくことができる。坂東さんがおっしゃっていることは、そんなイメージ。けっして目新しいことではない。けれど、忘れていたこと、わかっているようで、できていなかったことを気づかせてくれる、そんな一冊だ。
坂東さんは「社会的DNA」と名付けておられるけれど、まさに、坂東さんからの社会的DNAを、受け取り、新年にいいスタートを切らなければ!!

坂東さんは男女共同参画の時代を切り開いたさきがけであり、私にとっては、スターのような方だ。
文字だけで追ってしまうと華やかなプロフィールも、謙虚に、人との縁を大事にされてきた坂東さんだからこそのものだと納得できるし、その苦労もしのばれる。
著書でひけらかすこともせず、しかし、体得したことを惜しみなく伝えてくれるその姿勢こそ、「品格」ある生き方そのものだ。
坂東さんの著書がベストセラーになったことで、坂東さんの講演や、そのお人柄に触れるチャンスも大きくひらかれた。著書を手にとることはもちろん、ぜひ実際にお話を聞かれることもお勧めする。

人を育てるということは自分を育てること。育ててもらった自分を振り返ることで、次世代をも育てる立場になっていく。親の品格をを学ぶつもりが、もう一度、子としての自分を省みることにもなった。
昨年逝った父のことを、考えたり思い出したりする時間を与えられたのかなと思う。

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2007年12月07日

『新版 子どもからの自立』伊藤雅子(岩波書店)

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こどもをあずける、ということの大切さを、あらためて今、ゆっくり考えてみたい。
こどもにとっても、あずけられるという体験は、
けっしてオトナの(オンナの)都合でその時間を我慢してやりすごしているというものではないのだ。
子どもをあずけるということは、今の世の中、単に親が働くから仕方なく、というだけではないのだ。
じゃあ、子どもにとって、どんな意味があるのか

親と四六時中一緒にいるということは果たして「保育に欠け」ないのか?
本当に子どもにとっていいことなのか?

オンナであること、産む性であること・・・考え出すとキリがない。
子どもを体張って産むのはあたしたちだ。
かといって働くこと、育てること、そして預けることがあまりにも一緒くたになっていて、
はっきりされていないことだらけでもやもや感たっぷりで、あぁ、いらいらする。
けれど
その「白黒つけられていない」という事実すらも、女たちがそのスパイラルに陥っていることも、
いつのまにか諮られていることではなかったか?という疑いすらわいてくる、
この考えるのがおっくうな感じ・・・思考停止をさそう雰囲気・・・

誰だ、それを諮っているのは!

30年前に書かれた文章にうちのめされる。 
そして、いまなお新しく、次の世代の私の胸を打つ。

問題提起されて30年、「今なお古びていない」ということが、
つまり何も環境が変わっていないではないか、という失望感でもあるが、
だからこそ絶やさず私たちが次に伝えていかなければならない課題だと心に刻んだ。
著者のバトンを誰が引き継ぐのか?引き継ぐものがいるのか。

2007年05月19日

『Nobody's Perfect』子ども家庭リソースセンター(ドメス出版)

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「完璧な人はいない」


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カナダの保健省がつくった、0歳から5歳までの子をもつ親のための支援プログラムのテキスト。 とにかく、とにかく、ていねいに注意深くつくられている。 日本にそのままあてはめることは難しいのではないか、と思われる点もあるが それも巻末でフォローをいれつつカバーしている。 5冊のシリーズなのだが、その順番も納得。 BODY(からだ)、SAFETY(安全)、MIND(こころ)、BEHAVIOUR(行動) そして、PARENTS(親) となっている。 子どもの発達からはじまり、次は安全。まずは、事故予防なのだ。 当初手に入れたときは、この順番に深い意味を感じることができなかった。 「親」の冊子ばかり気になっていたような記憶がある イラストも私たちにはなじまない雰囲気だが、 時を経て改めて読み返すと、イラストが示す「モデル」のわかりやすさに圧倒される。

どのシリーズも項目立てが際立っている。
目次から探せるようになっていて
生活に寄り添ったシーンに分かれている。
うまいなぁ。

あまりに腹が立って、赤ちゃんを気づけてしまいそうなときは、赤ちゃんをベビーベッドに寝かせてください。あなたが自分をコントロールできるまで、数分間赤ちゃんを一人にしておきましょう。
決して自分をせめないでください

(コリック:夕暮れ泣きのページより)

1998年の冬の私に贈りたい。
他の家から漂うシャンプーのにおい、焼き魚の匂いを感じながら、息子を抱っこして延々とあやしていた
あの私に。

「完璧な人はいません。完璧な親もいなければ、完璧な子どももいないのです。私たちにできるのは最善をつくすことだけであり、時には助けてもらうことも必要なのです。」

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2007年02月20日

『ねじまき小学生』まついなつき(株式会社カンゼン)

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2月も末になってきて この春小学校へ入学するお子さんがいる家はだいぶそわそわしてくるハズ。

我が家も次男くんが入学予定。
生まれて6年たつのだから次は小学校なのだが、今更ながら驚いたりしている。
えぇ、あなた、もう、ガッコウですか???

実にマイペースで個性的な彼なので、まずは卒園!でしみじみしたいところだが
情け容赦なく、怒涛の準備がはじまっている。

入学にあたっての心構えをわたされ、緊張する新一年生説明会やら

今や払えるくせに払わない人がたくさんいる(!)と話題の給食費の支払い口座の手続きやら
(もちろん、払いますとも!)

体育着は早く買わないと指定のお店が一箇所なので品切れになるらしい(ホント?)とか

兄のおさがりの黄色い帽子でいいやとおもっているが今年の子どもたちが購入する帽子はデザインが違うようなのでいじめられたり人と違うといっていじけたりしやしないだろうかとか

この部屋にもうひとつ机をいれるためには、書類に埋もれた私の机とその周辺ををなんとかしなければ、でもそんな時間がとれるだろうか、とか

瑣末的な、そんなことで悩めるのもありがたいことなのかもしれないが

あぁ、元気に育ってくれたものよ
と少しはしみじみしたいのに、現実は・・・卒園の、その日が来るまでお預けか?

そんな今日この頃にぴったりな、ねじまき小学生。

実はまついさんのサインをいただいたのだ。
そこには、「入学前に読んでね」
とメッセージ。

まさに、ご入学前の必読書である。
これを読んで、ガッコウというものに対しての構えができていると
ちょっとのことではひるまないかも、
と思える本だ。
何もガッコウに対して構えなくても、と思われるかもしれないが
ガッコウはある意味「スタイル」が確立していて
家族でそのルールにのっとっていくようなところがあると思う。

それが地域で子どもが育っていくときの「構え」なような気がする。

無理にあわせる必要はないかもしれないけれど
初めての世界にはいって一番心細いのは本人なわけであって、
親が「別にあわせなくてもいいじゃないか」などといったりすると
別の不安が生まれて都合が悪いように思う。
だから、彼のために親がやることは、息をひそめ、まずは郷に入っては郷に従え、なのである。

しかし、なにより、まついさんのスタンスが私は本当に大好きだな。
同じようにはできないかもしれないけれど
うじうじ悩んだときはきっとこの本をまた読み返すだろう。
まついさんに背中を押してもらうために。
ガッコウというものに親としてどう属していくか、自分なりに考えるために。

読むべし!読むべし!

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2006年12月02日

『子育ての変貌と次世代育成支援』原田正文(名古屋大学出版会)

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子育て支援にかかわる人の必携の書。と、勝手に思っている。 このごろでは行政の職員研修などにもよんでいただく機会が増えたので、せっせと紹介している。 子育て支援の担当者や専門家は、ちゃんと購入して活用すべし。

データの量に圧倒されるが、こつこつと丁寧に読み進めると、現在の子育て支援のあり方が明確になってくる。特にひろばの重要性、乳幼児期の人とのかかわりの大切さが、ひしひしと伝わる。
研究者がきちんとこうしてデータで検証してくれることは、現場の私たちへのエールだ。
上手に受け止めて実践していかなければと、心が引き締まる思い。
もちろん、いままでやってきたことの確認にもなる。
私たちのやってきたことは間違っていなかった。この方向性は正しかった。
そう思えるのはとてもうれしいし、励みになる。

子育ての変貌、とはよく言ったものだ。
そう、子育ては変貌している。
ただ「昔はよかった、あのころの地域を取り戻そう」、と号令ばかりかけても駄目。

こんなにも子どもを育てにくい環境であるということ
きちんと受け止めた上で、どうやっていくか考えたい。

子育ての変貌は、つまりは社会のSOSだ。
SOS、聞こえますか?

原田センセイのそんなつぶやきがきこえてきそうだ。


2006年06月07日

『公教育の未来』藤原和博(ベネッセコーポレーション)

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産前産後から地域をみつめていくと、気の遠くなるような先の話だけれど、いずれは我が子が学校へ行くということを考えるタイミングが来る。中学校となると、我が子がいつか・・・というよりも自分が中学生だったころのほうがイメージしやすいのだが、「公教育の未来」で我が子が中学生になるころ、中学校はどのように変化、進化しているだろうか?そんな視点で、杉並区和田中の実践をみていくと、背筋がすっと伸びるような、あらたまって自分がどう生きたいか、自問自答したくなってくる。

私は、何をするのか。
何ができるのか。

すべてはクレジットレベルをあげていくことにつきる、と。
クレジット、つまり「信頼と共感」こそが来るべき市民社会の地域通貨である、と藤原氏は言い切る。

3ヶ月の赤ちゃんの親は、世間では新米ママ、パパと言われ、なにやら守ってもらわないとやっていけないような、支援してもらう対象のような扱いを受ける。
私は、たとえ親歴が3ヶ月であろうとも、これから子育てする人、まさに出産しようとしている人にとってはすばらしき大先輩であり、リアルな体験を持った近しい支援者であると思っている。
そうして、あなたの持っている資源を次の人へ手渡して、と願っている。
私が求めている子育て相互支援が実現するシャカイは、藤原さんが実践している学校運営にとてもつながっていると確信している。
私たちが地域でつながりながら子育てすること、その延長に和田中の実践があると思った。
主体的に生き、考え、地域を創っていくオトナがいたら、何かが変わっていく。
うちの子は小さいからまだまだ先の話、と構えていないで、関わっていけばいい。
地域のオトナとして何ができるか考える。そして、行動する。

藤原さんの最後のセリフ。

評論家はもういらない。参戦せよ!


2006年06月06日

『内臓のはたらきと子どものこころ』三木成夫(築地書館)

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「ハラワタ」から子どものこころを考えるということをしてみた人がいる、というのに惹かれて。

子どもの生活リズムを考えるとき、必ずしも外部環境だけを考えるべきではない、そこには「内部環境」も要因として現れているということを忘れてはならない、ということ。内部環境とは、つまり、内臓の感受性であるということ。なんと、内臓の、感受性とは!

内臓にも一年を通してリズムがあるという。子どもの様子をその内蔵から推し量ることが果たして出来るのなら、ひとり一人の内臓から考えたなら、ひきこもりや不登校のこどもたちの理解が違う形で進むかも知れないと思った。

それはもしかすると、個々の体調の問題かもしれないのだ。朝起きて夜はちゃんと寝る。三食バランス良く食べる。ということが美しいとされている現在、何かもやもやして生きづらさを抱える子どもは、内臓感覚の違いの自覚症状の無いまま、生活習慣として早寝早起き、朝ご飯で体内リズムを修正をさせられ、成長していくのであれば、それはもう、不幸である。

大変古い講演録であるけれど、新しいアプローチ。自然界における「こども」「人間」の存在をつくづく考えさせられた。人間も、自然の一部であること。歴史の一部であること。

2006年05月03日

『子どものことを子どもにきく』杉山亮(岩波書店)

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おもちゃ作家の杉山亮さんが、息子さんへのインタビューを続けた記録。
それも8年間!
とにかく淡々と、正直にづづられている。子どもって、大人の小さいの、ではないなぁ。
「コドモ」っていう生き物だな
とつくづく思う。
いつから「オトナ」になっちゃうんだろう。

子どもはことばを持たずに産まれてくるから、ことばを得た瞬間に、何かを失ってしまうのではないか、と杉山さんは言う。
「こどばを得ることで終わってしまった何か」
自分の子どもが失ったものを感じようとする杉山さんの感性にドキっとした。

今、パソコンをたたいている私の後ろにも、黙々と本を読みふける小学校2年男子が、いる。
こないだまで絵本をにやにやながめていた息子が、挿し絵がちょっとしかない活字だらけの本にかじりついて、違う世界へ行ってしまっている。無性にさびしくなって、こっちの世界へ呼び戻す。

「ほら、もう寝る支度しなさいよ!」

私も、今度インタビューを申し込んでみようかな。