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2006年06月07日

『公教育の未来』藤原和博(ベネッセコーポレーション)

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産前産後から地域をみつめていくと、気の遠くなるような先の話だけれど、いずれは我が子が学校へ行くということを考えるタイミングが来る。中学校となると、我が子がいつか・・・というよりも自分が中学生だったころのほうがイメージしやすいのだが、「公教育の未来」で我が子が中学生になるころ、中学校はどのように変化、進化しているだろうか?そんな視点で、杉並区和田中の実践をみていくと、背筋がすっと伸びるような、あらたまって自分がどう生きたいか、自問自答したくなってくる。

私は、何をするのか。
何ができるのか。

すべてはクレジットレベルをあげていくことにつきる、と。
クレジット、つまり「信頼と共感」こそが来るべき市民社会の地域通貨である、と藤原氏は言い切る。

3ヶ月の赤ちゃんの親は、世間では新米ママ、パパと言われ、なにやら守ってもらわないとやっていけないような、支援してもらう対象のような扱いを受ける。
私は、たとえ親歴が3ヶ月であろうとも、これから子育てする人、まさに出産しようとしている人にとってはすばらしき大先輩であり、リアルな体験を持った近しい支援者であると思っている。
そうして、あなたの持っている資源を次の人へ手渡して、と願っている。
私が求めている子育て相互支援が実現するシャカイは、藤原さんが実践している学校運営にとてもつながっていると確信している。
私たちが地域でつながりながら子育てすること、その延長に和田中の実践があると思った。
主体的に生き、考え、地域を創っていくオトナがいたら、何かが変わっていく。
うちの子は小さいからまだまだ先の話、と構えていないで、関わっていけばいい。
地域のオトナとして何ができるか考える。そして、行動する。

藤原さんの最後のセリフ。

評論家はもういらない。参戦せよ!


2006年06月06日

『内臓のはたらきと子どものこころ』三木成夫(築地書館)

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「ハラワタ」から子どものこころを考えるということをしてみた人がいる、というのに惹かれて。

子どもの生活リズムを考えるとき、必ずしも外部環境だけを考えるべきではない、そこには「内部環境」も要因として現れているということを忘れてはならない、ということ。内部環境とは、つまり、内臓の感受性であるということ。なんと、内臓の、感受性とは!

内臓にも一年を通してリズムがあるという。子どもの様子をその内蔵から推し量ることが果たして出来るのなら、ひとり一人の内臓から考えたなら、ひきこもりや不登校のこどもたちの理解が違う形で進むかも知れないと思った。

それはもしかすると、個々の体調の問題かもしれないのだ。朝起きて夜はちゃんと寝る。三食バランス良く食べる。ということが美しいとされている現在、何かもやもやして生きづらさを抱える子どもは、内臓感覚の違いの自覚症状の無いまま、生活習慣として早寝早起き、朝ご飯で体内リズムを修正をさせられ、成長していくのであれば、それはもう、不幸である。

大変古い講演録であるけれど、新しいアプローチ。自然界における「こども」「人間」の存在をつくづく考えさせられた。人間も、自然の一部であること。歴史の一部であること。