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2005年12月25日

『人は皆「自分だけは死なない」と思っている』山村武彦(宝島社)

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年も押し迫ってくると、今年なくなられた方々の追悼番組などがテレビで放映されたり、新聞でその早すぎる死を惜しむ声などが寄せられたりする。また、思いがげない方からの喪中ハガキに、驚き悲しむことも多い季節。自分の健康について思うことは多いけれども、突然自分に降りかかるかもしれない災害、事故などについては、まったく心の準備ができていないといっても過言ではないだろう。

そこで、『人は皆「自分だけは死なない」と思っている』である。
タイトルに惹かれて手に取る本は多いけれども、なんとも脅かされたような気分になる題名ではないか。副題は「防災オンチの日本人」とある。挑戦を受けるかのようにして、読み進めた。

著者は諦めと根拠のない楽観を捨てて、災害を減らす方法を様々な事例での人の心理状態を読み解きながら、提案している。
これからも、大型の地震は起こるだろう。風水害、悲惨な事故や火災も、まったく起こらないとは言えない。
「どうせ死んでしまう」といった諦め、「なんとなく大丈夫な気がする」といった楽観が、自分の命だけでなく、周りの助かったかもしれない命さえも巻き添えにしていくこともある。

毎年、防災の日の9月1日前後に、地域の子育て中の親子と「防災を考えるサロン」という集まりを開いてきた。年に1度でも、お互いの情報を持ち寄り、防災意識を高めていこう、と続けているのだが、確かに「イメージ」のないことへの備え、というのは意外にできないものだ。言葉ではいくらでも「やらなくちゃ」といっていても、さて、具体的に行動に移す、ということがなかなかできない。これは、次の年に「去年の集まりから、まだ何もやっていません」という人がたくさんいたので本当に実感。

著者からの警告は、厳しく胸に突き刺さる。
「自分だけは大丈夫」「良い状況がずっと続くと思いたい」「少々お待ち下さいといわれて待ち続けた」「あえて危険地域に行く人」「不安があるのに備えはしない人々」「誰かがやるだろう」「目の前の災害を信じようとしない人々」

あぁぁ、すべて私である。中途半端に避難袋を用意し、なんとなく備えた気になっている。避難所で便利だったと言われている品々をそろえて(購入して)満足している。でも、考えてみたら、そういったものは全て「生き残った」人々の声なのである。
帰宅難民(自宅から離れて被災した人のこと)のためのルートマップなども出版されているが、それもこれも、生き残ったらのハナシ。
声なき声から学べ。まずは、生き残るための正しい知識と、とっさに判断して、行動できる「心の防災袋」が必要なのだ、ということだ。


2005年12月06日

『パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集』岡崎照男訳(立風書房)

パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集 →bookwebで購入

初めて手に取ったのは、原宿の裏にある図書館の書庫。
高校生だった私は青春特有のなんだかもやもやした感情をもてあまして、よく書庫にこもっていた。
書庫のハシゴに腰をかけてパラパラ読んでいくうちに、自分の今の生活がいかにさまざまなものを失っているか、ということを思い知らされた。

「たくさんの物がパパラギを貧しくしている」

と鋭くつっこむツイアビ酋長の言葉。
クーラーの利いたこじゃれた原宿の図書館にいる私は、足元からてっぺんまでじろじろ見つめられているような、居心地の悪い気分にさせられたことを今でも鮮明に想い出す。

そして時は過ぎ、20年近くが経過して再び出会った「パパラギ」で、ツイアビ酋長の言葉を私はとてもやわらかく穏やかなキモチで受け止めることができた。それは、3人の子どもを体内に宿し、産み、世に送り出した後だからだと思う。
自分の足跡を、くっきりと、べたべたと付けてきてしまった。逃げも隠れもできない。そんなひらきなおりと共に、子どもとの暮らしが、大切なものを見極める力をくれているのだ、と勇気づけられた。

バブルははじけ、真の豊かさとは?と皆が問うようになった。
「ロハス」なぞという言葉もうまれた。
80年代、「21世紀への必読図書」と、熱狂的にパパラギを読み、ベストセラーとして取り上げてきた人たちは、今どうしているのだろうか。
ツイアビ酋長はそんな世の中を、きっとどこかで笑っているだろう。
美しく、豊かに生きることを知っている彼らから見たら、ちゃんちゃらおかしいに違いない。

土の上にたち、光や風を感じ、「今、ここ」にある自分を感じ、生きること

この、子どもたちから教えてもらったおそろしく単純で、そして実行するのに勇気がいる作業をくりかえして身につけていくこと(きっと幼いころにはできたことなのだろうけれど)
私の「パパラギ」に再び出会っての小さな決心なのである。