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2011年07月08日

『友がみな我よりえらく見える日は』上原隆(幻冬舎)

友がみな我よりえらく見える日は →bookwebで購入

「学歴を捨て、故郷を捨て、月給生活を捨て、有名であることを捨て、妻子を捨てて・・・」

 名作である。何度読んでもじんとくる。少なくとも私にとってはそういう本だ。
 早朝、そういえばこの書籍の著者の上原隆さんはどうしているのだろうか。生きているのか。この出版不況のなかで消えた作家になったのではないか。心配になった。検索すると、すぐにインタビュー記事が出てきた。杞憂だった。 http://konohoshi.jp/interview/UeharaTakashi/index.html  初めて上原さんの顔写真を見た。視線を書棚に移すと、「友がみな我よりえらく見える日は」があった。今朝はこの本を再読しよう、と決めた。

 「芥川小説家」というインタビューコラムが好きだ。「オキナワの少年」で第6回芥川賞を受賞した作家、東峰夫を取材している。
 1956年、沖縄のコザ高校を2年で中退した。トルストイのほうが学校の勉強よりも楽しかったからだという。中退後は、米軍基地などで肉体労働をした。仕事を辞めては、読書と思索の日々を送っていると父親に、仕事をしろ,将来を考えろ、と言われた。26歳、1964年に沖縄を出て東京に移住する。東京の神田神保町で製本屋で勤務。朝から晩まで働いた。小説家になりたい東は、本を読んで勉強をしたい。肉体労働で疲れ果てて寝るだけの生活ではダメだと思う。そして、月給生活と決別する。日雇いアルバイトだけで食いつなぎ、仕事のないときに思索と執筆をすると決めた。1日働いて2-3日は勉強するという生活が始まった。幸福だったが金がない。ホームレスのようにゴミ箱をあさったこともある。こうして書きつづった小説が「オキナワの少年」であり、33歳のときに芥川賞を受賞した。編集者は、続編を書きなさい、と迫ったが、東にはその気は全くなかった。編集者からの依頼はなくなった。文筆業として終わったのである。有名な作家として生きることに興味がない東はせいせいしたようだ。39歳のときに沖縄の女性と結婚して二児の父親となる。妻がスナック経営をして家計を支え、東は主夫生活をした。妻が浮気をした。そして離婚。46歳になっていた。東京でひとり暮らしを再開した。ガードマンとして勤務。日当は11000円。ひとつきで15日勤務して、あとは休むという生活だ。1993年、55歳のときに、不況で失職した。高校中退で会社に正社員で勤務したことがない東に、就職先はなかった。というか、東のような感性の人間は死に物狂いで仕事を探すとか、正社員になろうという意欲はない。心配なので、東峰夫の消息を検索すると、生きているようだ。死亡記事はでていないので。
 上原は、東の生き方をこうまとめている。

「学歴を捨て、故郷を捨て、月給生活を捨て、有名であることを捨て、妻子を捨てて、東が得たのは、ひとり自由に想像することの喜びだった」

 こんなふうにしか生きることができない人間がいるのだ。
 失業中に読んでいると妙に元気が出てくる。私は、学歴、故郷、月給などのすべてに執着がある。まだ大丈夫だ。


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2011年05月09日

『勤めないという生き方』森健(メディアファクトリー)

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「「どうしてもしたいこと」と「とりあえず生活を支えること」の間」

 地方都市における町おこしについて調べているうちに本書を知った。私が興味をもったのは、島根県の離島、隠岐島の海士町でベンチャー起業を創業した、(株)巡の環の代表、阿部裕志という人物である。トヨタ自動車という世界一の自動車企業から、人口2400人の離島に転居して、町おこし事業を展開している若者。トヨタのある愛知県で暮らしている私としては気になる存在だった。愛知県はトヨタ、静岡県はスズキ、ヤマハ、ホンダがある。それぞれの都市では、多くの自動車マンが勤勉に働いている。しかし、そこから離脱して新しい人生を送っている人間の記録はあまりない。リーマンショックで景気が減速し、東日本大震災でさらなる打撃を受けている自動車産業。この産業から卒業して新しい人生を歩む人間の記録が読みたかったのである。愛知県でも、自動車に変わる新産業の必要性は理解されているが、まだ表面的である。いまの時代を牽引するだけの新産業が見えないし、それを具現化する人間がまだ見えていないからだ。既存産業の社員たちの不安は高まっている。

 トヨタを辞めて、なぜ海士町なのか。著者のライター森健の質問に対して、阿部は「うまく答えられない」「海士が気に入った、としか言えないです」という。海士には、ソニーから転居した、教育事業を展開している岩本悠という人物がいる。その妻がトヨタの同期で、生き生きと海士で活躍していることをみて、仲間に入れて欲しい、と思ったことも背中を押したようだ。
 要は、感性で動いた、ということだろう。そして、その感性による決断を支える魅力的な環境があった。それが海士町だったのだろう。
 本書では、こういう人生の転機を、起業、独立という形で乗り越えた(あるいは、苦難の中で格闘している)人間が13人紹介されている。

 成功した人間の評伝ではない、と言うところがユニークだ。成功の途上にある人間たちだ。

 また、それぞれの目指す成功の形は違う。共通しているのは、金と安定、では幸福になれない、という確信だ。別の何かをもとめて動いた。

 森健は、13人の取材を終えたあとがきでこう書いている。
 
 

誰にも共通しているのは、「どうしても」がその人の人生において欠かせない要因になっている点だ。その理由はつねにはっきりしているわけでもない。やりたいことが決まっているわけでもない。けれども明日いるべき場所はここではないとわかってしまった。だから動いたのである。決断に所帯のあるなしは関係がなかった。独身で辞めた人もいれば、妻や子をもちながらも辞めた人もいる。

 13人のそれぞれの独立の背景には、20世紀の大量生産・大量消費というビジネスモデルへの違和感があるように思う。批判ではなく、違和感である。その違和感を解消するために動く。そのきっかけとなる人生の転機を13通り、読むことができる。さらりと読める文章だが、再読してその人の人生を追体験したくなる良書である。
 
 著者の森健はここ数年、仕事をテーマに精力的に取材をしている。起業家を、理想の生き方である、と持ち上げることはしない。会社員には会社員の仕事の楽しさと苦しさがある。独立した人間にも同様にある、ということが分かっている書き手だ。

 

仕事とは「どうしてもしたいこと」と「とりあえず生活を支えること」の間のどこかにあるのだ。

 という森健の一文は真実である。

 私たちは、本書に紹介された13人の人生を読みながら、自分だけの「間のどこか」を見つめ直すことになる。


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2011年04月27日

『考えすぎない生き方』 深澤真紀(中経出版)

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「震災後の不安だらけ世界で、歯車として淡々と生きる」

 3月11日の震災から、いつものようにものを考えることができない、書くことができなくなってしまった。3月から新しい土地(豊橋市)、新しい現場(転職しました)になったため、公私ともに忙しくなったことと重なり、この書評欄も更新する余裕がなかった。申し訳ありません。再開します。
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 タイトルがいい。「考えすぎない生き方」ですから。被災をしているわけでもないのに、地震による社会の変化や将来の不安を考えすぎてしまう。これから日本中で震災の影響が、身近な生活であらわになっていきます。いまこそ「考えすぎない思考法」は必要でしょう。

 著者の深澤真紀さんは、編集企画会社の社長であり、現役の編集者・ライター。「草食男子」という言葉をはやらせた人物です。

 フリーランス(自営業)、会社員(被雇用者)、そして経営者の3つの経験がある人物です。そういう人が、どういうふうに人生を乗り切ってきたのか? こういうマルチな経験をもった人は、この国ではまだ少ないので、その思考法は貴重です。

 冒頭から「人間は誰でもみな、社会の『歯車』だ。考えすぎないで『歯車』として回っていこう」と挑発的です。多くの人は、自分は歯車になんかならないぞ! 自由を愛するのだ! と思っているのではありませんか? 私はそうでした。

 「しかし、歯車ではいけませんか? 歯車では本当にダメなのでしょうか?」

 「歯車は、物事を動かしていく大事な要素なのです」
 
 「私たちはどんな存在であれ、組織や社会を支える歯車なのです。そして、歯車がなければ、会社も社会も回らないのです。

 こんなふうに『歯車』という言葉を見なおしたいと思っています」

 雇用されている会社員には、それぞれ役割がある。典型的な歯車ですね。では雇用している社長は自由なのか? 上場企業であれば株主や銀行から自由になれません。中小企業の社長も、銀行や取引先から自由にはなれない。社長はお金を沢山もっているではないか?という人がいるかもしれませんが、そのお金は社員の給与であり、取引先に支払うお金であったりします。自由になるお金は、そういう経費を差し引いた残りです。そう考えると、社長もまた資本主義社会のなかの歯車の一つです。
 機械と人間が違うのは、人間には感情があり、加齢によって衰える肉体がある、ということでしょう。ゆえに、歯車として生きることへの葛藤がある。
 しかし、著者はいいます。いい仕事をしている人は、歯車としての自分の役割を全うしている人ばかりだった、と。
 たしかにそうなのです。全人格的に、総合的にひとりの個人を見て、歯車ではない人間としてつきあうことは可能なのでしょうか。家族に対しても無理でしょう。
 私たちは知らず知らずのうちに、自分の役割を忘れたい、そこから逃げたいと思う動物なのかもしれません。

 独立して10年たった著者が、2つの教訓を開示しています。

 ひとつは「金のための仕事はしないが、金にならない仕事もしない」。金と理想のバランスをとる。

 もうひとつは「仕事だけを趣味にせず、生きがいにもしない」。仕事はうまくいかなくなるときがある。そのときは生きがいまでなくしてしまう。
 
 著者は、仕事とは「お金」と「理想」と「分担」(歯車ですね)のバランス、と書いています。そこからこの2つの教訓が導かれたというのです。

 なるほど、と思いました。

 お金か理想か? という二元論ではない思考法。分担(歯車)という要素をいれて、バランスよく生きることが仕事であり、生活なのだ、という発想。これが「考えすぎない生き方」です。

 


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2010年08月31日

『怒らないこと』アルボムッレ・スマテサーラ(サンガ)

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「怒らないという生きるスキル」

 ブロガーの小飼弾さんの著書『働かざるもの、飢えるべからず』小飼弾(サンガ)のなかで、弾さんと対談していた仏教者、アルボムッレ・スマテサーラの語りである。
 弾さんのベーシックインカム論を補強する形で対話をしている相手が、経済学者ではなく仏教者であることがずっと引っかかってきた。その対話相手の著作のメッセージは、「怒らないこと」である。

 僕は比較的よく怒ってきた部類の人間だろうと思う。怒ると疲労する。なるべく怒らないようにするために、ひとつの方法として仏教関連の本を読んできたが、もうひとつしっくりこなかった。本書は、怒ることのデメリットを論理的に説明している、と思う。「と思う」と留保つきのことを書いてしまうのは、怒りの感情にもよき面があるのではないか、と思っているからだ。
 怒っているからできることがあるのではないか、と。確かに怒りにまかせて可能なことはある。しかし、その結果が自分の人生に豊かさをもたらすのか、と考えるくらい僕も大人になった。

 この本は、怒りという感情を哲学的にわかりやすく分析している。

 怒りを冷静に分析する方法は、観察することだ。
 自分の内面にわき上がった怒りという感情を冷静に見つめる。それができた時点で怒りは収まっている。怒りのままに、その感情を噴出すると、その毒が回って自分が生きづらくなる。そんなことを言っても、怒りたいときは怒るよ。と僕も思っていたものだ。しかし、僕よりもよく怒る人の、怒りの感情の噴出を長く観察する機会があった。はじめは怒りの感情を調子よく出して、本人はすっきりするのだが、周囲からの反撃が始まる。それに対してまた怒りを出す。すると時間をかけて、やんわりと反撃される。これを繰り返されているうちに、怒っている人間が自責の念と周囲からの呆れという感情にさらされて、消耗していく。なるほど、怒っても損である。

 ネットでもそうだ。揶揄や中傷をするネットイナゴ(匿名の卑怯者)たちは、怒らせることを目的としている。「世の中にはこんな気の毒な人がいるのだな」と冷静に観察していると、怒りが消失していく。むしろ、会ったこともない人間に対して中傷と揶揄の言葉を紡ぎ続ける人たちの不毛な努力を哀れみ、そのような言葉にかかわらずに健やかに生きていこうという気持ちになっていく。

 怒ったほうがいいことはある。そのときは「怒りではなく、問題をとらえる」ことで解決するとアルボムッレ・スマテサーラは説く。

 まことに論理的である。相手が怒ろうが、攻撃しようが、それは相手にしないで、その人が直面している「問題」を把握する。「あなたが怒っているのは、こういう問題があるからですよね」と共有できれば、その人はずっと怒り続けるという苦役から解放される。怒りの矛先を向けられた、こちらも怒りを受け止めるという不毛な努力から解放される。

 僕は、浜松に住んでからあまり怒らなくなった。理由は、地縁血縁のない異文化の地域というアウェーだからである。土着の人たちの行動と思考パターンが分からない。怒られても、怒っても、すべて学びである。
 このアウェーな感覚が、怒りという感情にとらわれずにすんでいた理由なのだ、と本書を読んで気づいた。

 本書は怒りっぽい人にとって良薬である。


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2010年08月30日

『バブル女は「死ねばいい」 婚活、アラフォー(笑)』杉浦由美子(光文社新書)

バブル女は「死ねばいい」 婚活、アラフォー(笑) →bookwebで購入

「出産と仕事にゆれるアラフォー女と団塊ジュニア女の生きる道」

団塊ジュニア世代の著者が、1960年代に産まれたバブル世代の女性を批評している。30代の女性から見た、10歳ほどの上の世代の女性を評論している。
まずバブル女と、団体ジュニア女の立ち位置を著者の杉浦はこう定義する。

バブル女とは「1960年代後半生まれの女性たち。80年代後半から90年代初頭のバブル景気の頃に社会に出た。

団塊ジュニアとは「1971年から74年生まれ。ベビーブーマー世代であり、苛烈な受験戦争を乗り越えて大学に入ったが卒業する頃には、バブルが崩壊してして途方にくれた世代。精神科医の香山リカは、貧乏クジ世代、と名付けている」

世代論の多くは、男性が書いたものがおおい。または、女性の書き手による、上野千鶴子を代表格とするフェミニズムのイデオロギーに影響を受けたものが目立つ。

杉浦はそのどちらでもない。


腐女子のフィールドで仕事をはじめた著者である。メディアのなかに埋もれている記号を切り出して、批評する手並みはお見事。ちょっと斜に構えたユーモア文体。癖があるが、独自のリズムがあって、慣れるとすいすい読める。


ぐるぐるした論理のベースにあるのは、日本が女性が働きやすい社会になっていないということだ。

男性が支配する経済ゲームのなかで、女性がいかに収入を安定させるか。古くて新しい論議を、ふたつの女性の世代間価値観の相違によって描き出す。安定収入のために、男と結婚するべきか。出産育児をすると、キャリアが断絶されてしまうのでどうするか。未婚の母はいかにして収入獲得の方法として再婚するか、といった「女の生きる道」が細かく論述されていく。

ときに「突出した経済力や性的な魅力もない40男に「かいがいしく世話をやいてくれる女」など現れるわけがないのだ」、なんて暴論を書くけれど、杉浦の根底にあるのは、生きにくい時代のなかで女たちよ幸福になってほしい、という願い。

「出産が難しい時代になっても、助成たちの母性は退化していない。

いくら母性をバーチャルに処理しても、しつくせない場合にはどうすればいいのか。

子どもを産むこと。そして、子どもを育てること。これ以上に価値がある「生きる理由」が他にあるなら教えて欲しい。あんなに豊潤で愛おしい存在が他にあるだろうか」

 ひとつだけ、注文があるとすれば、地方と東京都を中心とした関東圏の価値観の差異についての記述不足。著者は地方取材を精力的にやったと書いているが、どの地方なのかが明示されていないのが歯がゆかった。関東圏のライフスタイルが多様なように地方も多様。女性の意識も地方の風土、産業構造によって違っている。僕が住む浜松市でいれば、キャリア指向の女性はみな外に出て行って、地元には残っていない。イオンにいくと出産したママが幸福そうに闊歩している。関東圏は女性がきわめて出産しにくい社会構造になっている。そのことだけを詳述してもよかったかもしれない。




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2010年06月30日

『自由をつくる 自在に生きる』森博嗣(集英社新書)

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「自由とは人間だけが生み出す人工的なイメージである」

 天才、森博嗣による「自由論」である。
 森は自由に生きてきた人である。いまも自由だろう。だから、凡人である私たちはその生き方を特別視してその自由な姿勢を、天然のものであると見なしてしまう。大学教授とミステリィ作家の二足のわらじを履けるのはスゴイ、自分にはできない。と思考停止する。 別に思考停止してもいいのだが、そういう生き方ができるノウハウを公開してくれたので読む。廉価な新書で、いま同時代を生きている天才の言葉を読めるのだ。学ぶ。自分の考えている自由と、森の自由を比較する。比較することで、自分の自由が見えてくる。見えてくれば自由に近づくことができる。

至言が多い。

自由とは「自分の思った通りにできることです」という。さらっと書く。剣豪のような表現だ。
思ったようにできることは、現代社会では不可能と思われている。カネがいる、時間がいる、家族を説得する、会社の有給休暇を取得する。もろもろの雑務が浮かぶ。何よりも、自分が本当に自由を欲しいと思っているのか。あやしい。自由であることをもてあますのが人間かもしれないのだ。

それでも、森はその自由を実践してきたし、実現してきた。もう一生食べるのに困らないお金がある。ゆえに自由がある。

僕が感銘したのは、人間だけが自由について考えているという記述だった。

自由とは、人間がつくる、人工的な概念なのである。
それゆえに不自然である。不自然であることのなかに自由がある。と僕は理解した。

たとえば、夢と自由について論じた記述がある。


どんな場合であっても、人間は自分が思ってもいない方向へは決して進めない。人に話すときには「いやあ、思ってもみない幸運でしたよ。」とか、「こんなふうになるとは予想もしていませんでしたね」と謙遜するけれど、それはけっして正確ではない。必ず、よい結果というものを夢見るのが人間なのだ。そして、その人が見た夢よりもすばらしい現実は、絶対に訪れないのである。すべては本人の想定内、といって間違いない。これはつまり、実現したかったら、少なくとも、そうなることを夢見る、成功する状態を予測することが必要である。自由になりたかったら、自由を夢見ることから始めなくはいけない。知らないうちに自由になるなんてことはありえないのだ。

 僕は、夢を実現するためのノウハウを開陳するような人間をどこか軽蔑していた。しかし、自己啓発を一生書かないだろうと思っていた天才森にして、こう書いた。これは僕にとってはちょっとした事件である。




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2010年05月29日

『葬式は、要らない』島田裕巳(幻冬舎)

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「高額な葬式代を出したくない人のための実用書」

 生命保険に加入した。妻子がいる身としては、当然のこととして受け入れた。生命保険のビジネスモデルとはどういうものなのかと真剣に考え始めたのは加入してからだ。
 保険の営業マンは、僕が40代で加入したことを問題にした。妻が14歳年下なので、僕は統計的に早く死ぬことが明らかであり、そのための備えとしてかくかくしかじかのプランに加入するとよい、と説明する。二言目には、「死んだときのために」である。こんなセールストークがあるのか。なんとクールなビジネスなんだろう。「葬式をあげるときに日本人は平均して300万円かかりますから、そのお金がまかなえるプランにしましょう」といわれた。僕は顔が広いので、まぁ、それくらいかかるかな、と思った。そのときはね。  いま生命保険業界は揺れ動いているので、別の生保への乗り換えを考えている。見積もりだけでも取る。別の営業マンと会ったときも同じような、葬式の価格について説明された。  そのときこう答えた。「九州であげた結婚式でも友人を5人しか呼ばなかった。葬式に来てほしい人は特にいない。家族だけの密葬で十分。葬式代にあてるお金の全額を妻子に残したい。遺書を書いて、葬式をしないでいい、と意思表示したいくらいだ。墓石もいらない。僕の墓標は著作。墓標がもうあるので、墓石は不要。そもそも平均300万円という葬式代は異常に高い」。営業マンは、「日本人の葬式大は世界一高いんです」という。  島田先生に教えを乞うことにした。宗教学を専門にしている島田氏は、オウム真理教擁護の発言をしたとして大学からパージされた人だが、その博覧強記とまじめな文筆活動から、いまや売れっ子作家である。僕は島田氏の著作のなかで、初めて実用書を読んだことになる。
葬儀費用の日本の全国平均は231万円。 (財団法人日本消費者協会が2007年に行った調査データ)。 アメリカでは44万4000円。 イギリスでは12万3000円。 ドイツでは19万8000円。 韓国は37万3000円。 (いずれも1990年代の調査データ。冠婚葬祭業の株式会社サン・ライフの資料から)。

 いくらなんでも高すぎである。この葬儀代を、大家族の親兄弟が共同で出費してきたのだ。しかし、いま日本社会は、超高齢化と、単身世帯が増えたている。高額な葬儀をすることができなくなっている。231万円の葬儀ができないことは、恥ずかしくもなんともないのである。
 
 島田氏はこうした経済的な側面から、従来の葬儀が持続困難になっていることを指摘するだけでなく、葬儀をするという習慣も消えつつあることをさまざまなデータから論述していく。
 日本独特の戒名という制度。高額な戒名への抵抗を示す人が増えている。そもそも戒名という制度にたいした根拠がないことも論証している。 戒名は自由に自分でつけていい、ということまで教えてくれるのである。
 せっかく生命保険に加入して死ぬのだから、そのお金を遺族に残すのが、加入した人間の義務だと僕は思う。保険金が右から左に葬儀業者にいかないようにするために、使える実用書である。


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2010年02月27日

『ご遺体専門美容室』中村典子(Wish Publishing)

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「愛知県の「おくりびと」が手で触ってきた死」

 ご遺体をきれいにして、服を着せ、棺桶に納める仕事があります。湯灌師。納棺師ともいわれます。
 2009年にアカデミー賞外国語映画賞を受賞した「おくりびと」(監督・滝田洋二郎/主演・本木雅弘)は、この職業をリアルに描き、日本でも大ヒットしました。
 湯灌という仕事のなかには、死化粧も含まれます。この死化粧という「人生最後の美」をつくる仕事をしたい、という人も増えています。死化粧は「エンゼルメイク」という名称で新聞報道されるようになりました。

 このような死に関わる仕事への関心が高まっているのは、つい最近のこと。死に関わる仕事の多くは、忌み嫌われてきました。
 死とは、美醜を超えたものであるからでしょう。
 本書の著者は、愛知県岡崎市で、「ご遺体専門美容室」(株)エンゼルサービスを経営されている中村典子社長のノンフィクションエッセイ。中村さんとは、浜松で開催された起業家塾の講演会でお話をいただいてからのご縁です。もとは会計事務所に勤務。離婚しており、女手ひとつで子供を育て上げました。
 ある雑誌記事で湯灌という仕事を知り、興味を持って調べていくうちに、どうしてもこの仕事をしたい、という思いに突き動かされます。子供の手が離れる頃合いに、湯灌師への転身のための転職活動をするのですが「はじめるには遅すぎる」と年齢の壁で門前払い。諦めることなく、修行させて欲しいとお願いし、修行を受け入れる人と出会います。そして独立。
 順風満帆の湯灌師の人生がスタートしたと思いきや、仕事がない。死に関わる仕事の特徴は、普通の仕事のような営業活動ができないこと。「死を待つ」という仕事に慣れるまで時間をかけたといいます。いまでは、多くの日本人の臨終現場になった病院には、指定の業者が入りこんでいる。創業まもないエンゼルサービスは「ご遺体の市場」に入りたくても入れないという壁に直面した。
 講演で語られる、湯灌師になるまでのエピソードからは、第2の人生を湯灌にかける中村さんの意気込みが伝わってきました。
 そして、本書には、多くのご遺体をめぐる物語が書かれています。
 自殺、事故死、病死、突然死・・・そのご遺体をきれいに洗い、汚れを拭き取り、故人の人柄にふさわしい服を着せて、容貌を整えていく。映画「おくりびと」にあるように、ご遺族が見ている前で滞りなく。
 憤死をした人の容貌を、穏やかにしていく。浴槽で死亡して腐乱してしまったご遺体をきれいにする。
 映画「おくりびと」には、きれいなご遺体ばかりが出てきましたが、現実のご遺体は生臭い、損傷が激しい。人も死ねば腐り、土に還ることを、私たち読者は中村さんの、手ざわりと共に感じることができるのです。
 生後9ヶ月の赤子を残して亡くあった母の湯灌で、中村さんは落涙しながら湯灌。9ヶ月の赤子が亡き母の顔に触れるのですから。同じ年頃の赤子をもつ者として泣かされました。
 気になったのは、本書で中村さんが紹介したご遺体の死因として自殺が目立っていたことでした。
 80歳の高齢で自殺された人もいました。愛知県という平和にみえる土地にも、自殺という現代日本人がとらわれた、「社会的な死」が拡がっているのでしょう。

「あなたの『命』はあなたの愛する人、また愛している人を幸せにしています。
 あなたの『命』はあなたひとりのモノではありません。
 愛する人の為に、愛している人の為に生きることが・・・ただ生きていることだけであなたの生きている意味があるのです」(あとがきより)

 中村さんは浜松の講演で、「人はいつ死ぬのか分かりません。いまこの瞬間を大切に生きてほしい」とおはなしされていました。
 
 ぼくたちは社会の中で生きている。計画的に生きている。仕事で金を稼いでいる。「命のご利用は計画的に!」というキャッチフレーズが似合う生き方ばかり。そうした予測可能な「生」を信じて生きていますが、死が来たときにすべてはひとときの舞台に過ぎなかったと思うもの。さりとて、死を内面に取り込んで生きることは至難。とくに現代日本のようにクリーンで、死の影が見えない社会では。死という抽象ではなく、遺体というモノが、中村さんを通じてぼくたちに死とはなにかを語りかけてくるのです。
  
合掌



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2009年11月30日

『定年からの旅行術』加藤仁(講談社)

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「老いた人の旅は、過ぎゆく時間を抱きしめながら」

 先日、会社の仕事で「名古屋モーターショー」に行ってきました。車中泊仕様にカスタマイズした車両を2台展示。1日中、車両の横に立ってお客さんの様子をみていますと、小さなお子さんのいるファミリー層にまじって、60歳前後とおぼしきご夫婦が真剣に車中泊車をみてくれています。
「これいくらかな?」  価格を申し上げると「安いね」とおっしゃいます。  定年退職した人たちのなかで、静かな車中泊ブームが続いている。たしかな手応えを感じたモーターショーでした。

 車中泊は数ある旅のひとつ。旅のカタチは多様化しています。会社が取り扱っている商材は車ですが、私はこれを問題解決型の新しいコンセプトの車にしていきたいと思っています。定年退職した人にとって、自由になった時間で、どんな旅をするのか。しがらみがなくなった人たちの気持ちを知りたい。
 本書「定年からの旅行術」は、コンパクトな新書の形式ですが、情報の密度が濃い。定年をテーマに息長く取材活動を続けるノンフィクション作家、加藤仁さんは、取材メモを引っ張り出して、これまで会ってきた高齢者の旅と、その心象風景を描いてくれました。

 高齢者にとって旅をためらわせる理由は、健康とお金。健康な心身と、余裕のある資金がないと、快適な旅行はできない、と思うのが普通でしょう。
 しかし、加藤さんが取材で出会った人たちに、すべてが完全なコンディションで旅をした人はひとりもいませんでした。
 56歳で愛媛県警を早期退職した和田憲二郎さん(取材当時79歳)は、病身の妻への「女房孝行」のために車中泊の旅をはじめます。退職して3年目には、ワゴン車を購入。キャンピングカーに改造。全国を旅します。自分自身の身体の変調に気づいたとき、「本物のキャンピングカーに乗って旅をしたい」との思いがよぎり、キャンピングカーを購入。さらに夫婦二人旅は続きます。妻は骨粗鬆症で入院。自分も前立腺ガンで入院。もはやこれまでか、と思ったときも、車中泊の旅に出て、元気を回復していきます。
車椅子をキャンピングカーに乗せて旅を続ける夫婦の姿をみた、同じく団塊の世代の旅仲間が励まされていく。旅は、老いと病をふりはらう営みとしてありました。
 激務のなかでワークライフバランスを実践している著名な経営者がいます。彼は、妻が精神病、息子がダウン症。長時間労働をするわけにいかなかった。仕事と家庭の両立をしながら社長に上り詰めました。彼はテレビ番組の取材でこう言っています。。
「仕事はいつかなくなる。なくなったとき、家族と過ごす時間が待っている。それが幸福だ。そのためには自分の健康、時間を大切にする。そういう社員が増えないと会社はよくならない」
 和田さんという人の女房孝行の旅は、まさにこれです。仕事がなくなったとき人は何をするのか。
 家族と旅の時間を過ごす。
 現代は未婚・非婚という「おひとり様」の時代ですから、独り身の旅についてのすてきなエピソードも紹介されています。
 愛媛の片田舎でみかん畑で働く山崎トミコさん(取材当時89歳)。ずっと助産師として働き、気がつくと独身のまま57歳になっていました。友人と初めての海外旅行でハワイに行ったときに旅の楽しさに開眼。60歳から89歳までに、116カ国の世界旅行を達成! トミコさんに世話になった人が、毎日野菜や魚を届けてくれます。食費は肉を買うぐらい。交通事故にあったときに人工骨を埋め込んだ。これが空港のチェックでひっかかるようになってしまい、それがいやで海外旅行をやめたと言います。海外旅行はいけなくなっても、部屋には自分で撮影したたくさんの旅行ビデオテープ。。これを見ながら、「もう、なんの悔いもないのよ」と取材者の加藤さんに語るトミコさん。すてきなおばあちゃんです。
 加藤さんは40名以上の「旅行名人」たちと、30年以上の取材経験から書き起こしています。30年以上の取材の蓄積というのもすごい。「定年」という人生最大の事件の一つを定点観測してきた加藤さんにしかできない仕事でしょう。
 老いてからの旅は、青春の旅とは違います。青春の旅は、時間は無限、健康はずっと続く、というのが前提です。老いてからの旅は、残り少ない時間を惜しんでいるだけにドラマチック。旅を続ける動機もはっきりしているように見えます。
若いときにありがちな自分探しではなく、今、自由に生きていきることをひとつひとつ確かめる、過ぎゆく時間を愛おしく抱きしめている崇高さを感じます。

 私は44歳。いまから20年後に旅をする計画を練っておこうか。倹約して両校資金を貯めておこうか。こう考えたときから旅は始まっています。この本を読むことが旅なのです。


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『転身力』小川仁志(海竜社)

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「山口県に面白い哲学者がいる!」

 それまでの生き方から、がらりと変身した人に興味があります。
 「人生でひとつだけのことに専心して、そのことによって生活ができ、家庭を養うことができる。それが幸福である」  その価値観が日本の高度成長を支えてきたような気がします。これは職人の価値観であり、人生観でしょう。長い歳月をかけて師匠から教えられる職人の技が尊重される世界では、人生でひとつだけのことに専心する人が高く評価されるのです。その職人の技によって日本は豊かになりました。  しかし、いまはそういう職人の価値観が崩れている時代。一生をかけて体得した技、知恵、価値観が、その人の生活・収入に直結しないことが増えています。情報革命が暗黙知だった仕事を可視化して、交換可能にしていったためです。そしてその交換可能領域は増え続けています。

 そんな時代ですから、すべての職業人は、自分の職業に誇りを持ちにくいですし、自分のポジションはいつか誰かに取って代わられるのではないか、という不安のなかにいるものです。現代人とは多かれ少なかれ、この不安に突き動かされて生きている。

 だから転職=転身することは不可避であり、そのことが人生プランに入っているべき。そういう時代感覚に移行している。いまはその過渡期であると思います。

 専業フリーライターから、会社員との兼業ライターになった私は、ひとつの生き方から転身した人についての書籍を探していました。

 本書「転身力」は、市役所勤務の役人が、哲学者に転身するまでノウハウがつまっています。
 タイトルだけでは「役人から哲学者になった」のか。役人の仕事ってたいして面白くないから、つまらない仕事から面白い仕事に転職しただけではないか、と勘ぐりながらページをめくったですが、この思いこみはきれいに裏切られました。

 小川さんは、京都大学卒業後に入社した伊藤忠商事勤務時代に天安門事件に出会ってしまいます。若かった彼は人生観を揺さぶられ、営利活動よりも社会のために動きたい、と転身を決意。司法の世界で仕事をしようと司法試験に取り組みます。フリーターをしながらの受験生活です。不安定な生活に追い込まれた小川さんは、心身共にぼろぼろになってしまいました。

 人生の再スタートとして選んだ職業は市役所勤務の役人。30歳で名古屋市役所の採用試験を突破、正式採用されます。公的なことを仕事にしたい、という思いで選んだ職業でした。普通ならば、出遅れた社会人として、がむしゃらに働くのでしょう。しかし、小川さんは冷静に役所内でのキャリアアップを計算します。勤続年数で出世が決まる役所では定年までに行けるポストは限られています。エンドレスで仕事をする職業感覚が残っている役所で、小川さんはワークライフバランスを意識。残業なしで生きていこうと決めるのです。ライフワークとして公共哲学を学びたい、という夢もありました。そのために残業をするわけにはいかなかった。安定した職業に就いた彼は結婚し、二児の父になっていました。家庭、仕事、哲学研究という3つの生活のバランスをとりながら、転身のチャンスをうかがいました。哲学で生きていくために、懸賞論文に応募。見事に入賞して、自分の力でキャリアをプロデュース。市役所勤務という社会人経験を最大限前向きにアピールして、山口県の高専で哲学教育の教員としての採用され、「哲学を教えることで生きていく」という夢を果たしたのです。

 小川さん以上に転職歴・転身歴の豊富な人はもっとたくさんいることでしょう。この日本では転職・転身を評価しない風潮がまだ強い。出身大学と初めて入社した会社のブランドで、その人の人生のすべてを決めてしまうような価値観はまだ消えていません。その中で、山口県の地方の高専が、小川さんの実績を評価した。そのことに、私は時代の変化を感じました。地方の経済・文化は一部を除いて疲弊しています。小川さんの書かれているブログ「哲学者の小川さん」を読むと、彼が山口県の文化の活性化のためにさまざまな活動を展開していることが分かります。「公共哲学」の実践をされている。転身経験のある人が、現代のような動きの速い時代に必要とされているのです。

 小川さんは「哲学カフェ」という、見知らぬ人同士が哲学的な思考を楽しむ集まりも主宰されています。私も浜松市で「哲学カフェ」をやろうと準備中。きっかけは小川さんのブログでした。転身組のひとりとして元気をもらいました。


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2009年08月31日

「くちぶえサンドイッチ」松浦弥太郎(集英社文庫)

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「ポケットにはいる掌編エッセイの傑作」

高遠ブックフェスティバルから浜松市に帰ってきて、無性に本が読みたくなりました。移動する書斎というコンセプトでつくりこんだワンボックスカー(ハイエース)を若いイケメン社員に運転してもらいましたので、移動中に本が読めるはずなのです。でも、私は自動車の移動中に書籍を読むと、車酔いしてしまうので読めません。高速道路走行中の車窓から見える、隣のクルマの中には、お父さんはハンドルを握って、助手席の奥さん、後部座席の娘さんが文庫本を読んでいるという高速移動型読書家族がいました。私はそういう様子をみるだけで、酔ってしまいそうになりました。

 東京に住んでいたときは移動時間とは電車の中であり、つまりは読書時間。クルマの仕事をして、読書の楽しみが減ったと思います。ちょっぴり残念。

 家に帰って、息子に離乳食のおかゆをたべさせてから手に取ったのは『くちぶえサンドイッチ』。松浦弥太郎さんの文庫です。松浦さんといえば、『暮らしの手帖』の編集長として活躍されていますが、その前はカリフォルニアの路上で書籍や古ジーンズを売って生きてきた自由人。後に、移動する古書店というコンセプトでトラックに書籍を積み込んで巡業をしてきた人として知られています。

 文庫1頁にひとつのエッセイという構成。どこから読んでもいい。どこで頁を閉じてもいい。こういう作りのエッセイ集は、高遠ブックフェスティバルというホットな場所から帰ってきた今の私にはもってこいの形式でした。ジーンズのポケットにねじ込んで移動できる感じ。

さっと頁を開くと、

「昨日、机を作りました。最初に寸法を決めて、新聞広告の裏に設計図を描きました。材料屋で木材をその通りに切ってもらい、ふうふう言いながら家に持ち帰りました」

 机をつくることなんて簡単だよ、という職人の町に住んでいると、東京で机をつくろうとしている松浦さんの意気込みが、ぷっと笑ってしまいたくなります。自分で手足を動かしたい、世界を実感したいというタイプみたい。私はいま木工細工の木ぎれが転がっている現場でキーボードをたたいています。机をつくるための材料は転がっています。

 別の頁を開くと。

「久しぶりにうどんでも食べようと友人と会いました。約束の店に行くと、先に着いていた友人はぼくに「はい、これ」と大きな包みを手渡してニコニコ顔。それは二ヶ月前に注文していた彼が作ったマウンテンブーツでした」

 マウンテンブーツを作ることができる友人! そういう友人はいないのでうらやましい。私は革靴を買うときには、修理がしやすい靴底を選びます。すり切れても張り替えれば何年でも履ける丈夫な革靴。自分で修理してボロボロにした革靴。その靴で、オーストラリアと中東を旅をしました。うどん屋とマウンテンブーツというミスマッチ。マウンテンブーツの受け渡しなら、スタバのようなカフェのほうがいいよ。

 数行ごとに、反応している自分がいます。

 こうして、私は松浦さんのエッセイとひとりで対話していきます。この文庫は半年くらい前に買って、カバーを取り外して、むき出しのままでジーンズにつっこんでいました。
 ノンブルは331頁まであります。速読をマスターしているはずなんですが、まだこのエッセイ集を読み切っていません。だって、読んでもすぐに内容を忘れてしまうので、何度も楽しむことができるのです。松浦さんのエッセイと自分自身との対話もそのときの気分でくるくる変わります。小さな日常が奇跡かも、と感じられる。その感じを楽しみたいから、また手に取ってみたくなる。



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2009年06月27日

『ゆびさきの宇宙』生井久美子(岩波書店)

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「福島智という、盲ろう者の奇跡を描いたノンフィクション」

 目が見えない。耳が聞こえない。「盲ろう」の当事者、福島智の評伝ノンフィクション。福島はバリアフリーについて研究をする東京大学の教授です。
 

 「もうろう」とキーボードでうちますと、変換される言葉は「朦朧」。広辞苑で検索しても、該当する言葉はありません。
 日本では「盲ろう」という人たちは、存在しないことになっている、と言っても言いすぎではありません。
 4歳で右眼を摘出。9歳で失明。18歳で聴力を喪失。盲ろうに。

 目が見えない、耳が聞こえない、盲ろう生活を28年。

 盲ろうとはどういう状態なのでしょうか。

 目を閉じてみてください。瞬く間に漆黒の暗黒の世界がやってきます。

 耳を塞いでみてください。沈黙の世界に立つことになります。

 福島は、暗黒と沈黙の世界の住人なのです。

 外界からのコミュニケーションが遮断されている。絶対の孤独の世界。

 福島は、この状態を「未知の惑星に不時着した宇宙人」とたとえています。暗黒の空間に放りだされたひとつの生命体として生きている。眼からも耳からも、生命の営みを目撃できない、聞き取ることができないのですから。この絶望的な状況からどうやって脱出するか?

 発狂するようなコミュニケーションの孤絶から救ったのは、母が思いついた「指点字」でした。

 福島の両手に、母が両手を重ねて、点字を打つことで、コミュニケーションの闇から福島は解放されたのです。

 盲ろうの当事者は、日本国内に推定で2万人弱。福島のように、盲ろう当事者として元気に活躍している人はほとんどいません。福島は、盲ろうの世界の超人なのです。アジアのヒーローとして、海外の雑誌で、ニューヨークヤンキースの松井秀喜と並んで紹介されたことも。
 
 世界で一番恵まれた盲ろう者、福島智。

 三重苦のヘレン・ケラーの正当なるアジアの後継者。

 私は、福島をそう思っていました。苦難はあるけれども、福島ならば乗り越えられる、と。

 しかし、そうではないのです。彼も普通の生身の人間。過労、ストレスから「適応障害」になります。

 取材に応じた主治医は、盲ろうの当事者というアイコンとして振る舞わなければならない、という役割のなかで生きるということが福島を適応障害にさせた、と言います。「福島智」であることに、本人が疲れてしまった。

「パイオニア的な役割を背負う羽目になって、私はまったく面白いとは思わない」

 と責任を果たして生きる意味を語った後に、「でもそういう感覚はかなりの人にあるのだと思う。生きることはしんどいことだし」と、福島は俯瞰する。
 
 自分の立場が特別であるということは知っているが、同じように他人も特別なのだと理解する。そして、やるべきことをやっていく。

 暗黒と沈黙の住人である福島は、神の存在を感じることがある、と言います。

 盲ろうにしたのも神ならば、何かの使命を与えたのも神。

 神が何を考えているのかはわかりませんが、福島という人がこの世界に生きている。それは奇跡である、ということが本書によって理解できます。

 究極の孤独で、生きるとはこういうことなのか?

 久しぶりに何度も泣きながら読んだノンフィクション作品。生井久美子の見事な仕事です。


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