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2010年12月31日

『必生 闘う仏教』佐々井秀嶺(集英社新書)

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「インドから帰国した荒法師がみた日本」

 佐々井秀嶺は、日本の総人口よりも多い約1億5千万人のインド仏教徒から上人様と呼ばれる、インド仏教運動のリーダー。故ラジブ・ガンディー首相からインド名、アーリア・ナーガールジュナを贈られた人物である。
 日本を離れて44年。2009年に帰国した荒法師がみた現代日本を活写した聞き書きノンフィクションの秀作だ。

 日本ではインド経済の勃興が華々しく伝えられているが、インドという国がどういう成り立ちをしているのかという報道は少ない。インドにかぎったことではないが、日本人は海外情報に関心が薄い。僕も、カースト制度があり、その激烈な差別と比較したら、日本国内の差別などあってなきがごとし、という理解があったくらいだ。

 そのカースト制度を支えているのが、ヒンドゥー教である。インドは仏教発祥の地だが、現代インドはヒンドゥー教が浸透しており、仏教の力は衰退している。その仏教を復興している男が、インド人僧侶ではなく、日本人の僧侶、佐々井氏である。

 若くして生きることに悩み、自殺未遂3回の経験をもった僧侶。タイ留学を経てインドでの布教活動にはいる。宗派にこだわることなく、仏教を学んだ。インドの地で、カースト制の最下層である不可触民出身のアンベードカル博士を知る。博士は、1956年不可触民約30万人とともに、ヒンドゥー教からの集団改宗を挙行した人物。インドに仏教復活宣言をした革命家である。世界史に名をとどめるガンジー以上に、インドの闇を知り、それに光を当てようとしていた。しかし、若くして急逝。インドの仏教運動は足踏みをしていた。そこに現れたのが佐々井氏である。博士の偉業を知り、その後継者たらんと活動をはじめ、いつにインド仏教界のリーダーとなった。

 その佐々井氏は、日本に帰国して、日本の仏教者たちが、座禅のような浮き世離れした修行と、こまかい教義の違いで宗派に別れていることに怒る。毎年3万人の自殺者が出る日本という国に怒る。

 インドの仏教は、ヒンドゥー教と闘いを経て再生している。ゆえに「闘う仏教」である。その闘争の場には、瞑想や座禅という修行はない。被差別民衆を救うために、社会活動あるのみである。
 社会問題と闘う姿勢は、現代日本では一部のキリスト教信徒に見られるだけになっている。日本の仏教は葬儀と座禅と、こまかい宗派ごとのたこつぼ業界になっている。嘆かわしいことだ。これは今に始まったことではない。明治時代のハンセン病患者の救済活動に奔走したのは、外国からやってきたキリスト教徒だった。社会運動に立ち上がらない、鈍いという体質は、仏教界にまだ残っている。

 佐々井氏は、日本の禅道場に集まった300人の修行僧のまえで「さあ、皆さん、立ち上がってください!」と獅子吼した。

「今の今を見ることです。死後の世界など関係ない。今ここで、人間と人間がいかに仲良く、いかに尊重し合えるか。そして互いを認め合い、平和で平等な世界を築いていこうとするのが仏教。瞑想に浸ってばかりで現実の他人の痛みに目を閉ざしてはいけないのです。大乗か小乗かなど関係ありません。ましてや、宗派にこだわっている場合ではない。さあ、皆さん、立ち上がってください!」

 僕は仏教に関心をもってきた。佐々井氏の存在を知ることで、またひとつ仏教への距離が近づいたことをうれしく思う。

 


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