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2010年09月30日

『ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院』水月昭道(光文社)

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「知識人たちを絶望させる日本社会」

 大学教員という希望する職につけない。その絶望的な状況のなかで、いま博士号を取得した知識人たちが何を考えているのかを活写している。
「高学歴ワーキングプア」という言葉をつくった著者は、自分が書くしかない、と決意して、筆をおこした。誰が読むんだろう、という不安があったという。しかし数万部売れた。

 この高学歴ワーキング問題は、社会からあまり同情されない社会問題の一つである。
 博士を出ても就職先がない、ということは、大学業界では常識である。したがって博士を取得したら自力で生きていけ、と言えなくもない。

 しかし、現実は、非常勤講師というアルバイト生活、がんばれば専任講師になれるという淡い期待のなかで、精神が摩滅していく俊英たちが後をたたない。

 大学院博士過程修了者たちのその後を追跡調査した結果によると、「死亡・失踪者」の割合は9.1%。これは平成21年度のデータである。異常な数字だ。税金をつかって養成された若き知識人たちが社会から「消えている」のだ。

 仕事がない博士たちはこれまで戦ってこなかった。なぜなのだろうか。

 年収200万円程度の困窮生活を、社会に訴えたとしよう。そのとき、教え子たちは、非常勤講師をしている自分たちの教師が、尊敬するに値しない人間である、社会の敗残者であることを知ってしまう。それが恐ろしくて、当事者たちは沈黙し、社会問題化されることはなかった。当事者同士の連帯もなかった。こうして問題は放置され、絶望する博士たちが増え続けていく。負の連鎖が止まらなかったのである。

 著者は前著「高学歴ワーキングプア」を書いてから、講演会に呼ばれるようになった。高学歴ワーキングプア問題は、文部科学省と大学経営者によって構造的にできた問題であることを伝えている。あるご婦人が近づいてきた。息子は東大卒で博士を取得。しかし就職はなかった。母は叱責した。30代になってもアルバイト生活だった。彼は心の病に倒れた。母は、著者に言った。もっと早く、高学歴ワーキングプア問題を知っていれば「彼を苦しめることもなかったかもしれません」と。いま母は息子を必死で支えている。

 日本は知識人を冷遇する社会になっている。

 過去の歴史をひもとくと、冷遇された知識人たちは革命を起こしてきた。ロシア革命がそうだ。日本では、幸福感を喪失した若い知識人層たちが、オウム真理教に入信してサリン事件というテロを起こしている。
 
 高学歴ワーキングプア問題の先にあるのは、本書のタイトルである「ホームレス博士」だろう。ただのホームレスではない。知的に武装したホームレスである。多くのホームレス博士は、メンタルのダメージのために立ちあがれないだろうが、一部のホームレス博士は怒りのなかで立ち上がると思う。本書を読んでそう確信した。著者は、文筆と信仰で怒りを鎮める道を歩んでいる、いわば恵まれたワーキングプア博士なのである。

 日本は優秀な人材を活用してない社会なのだ。高学歴でもいいじゃないか。高学歴であるという理由で採用しない会社が多すぎる。これは女性だという理由で正規雇用をしない、男性中心の雇用を堅持しているいまの会社のありようにつながっている。
 


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2010年09月29日

『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』藻谷浩介(角川書店)

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「急激な人口減少が、経済を動かしていく」

 少子化と高齢化が進行する日本。この二つの現象をひとくくりにして「少子高齢化」と言われる。決まり文句になっているが、これはまったく別の現象を、ひとまとめにしている。意味が曖昧になってしまい、いま日本社会で進行している現象を見誤る。
 現実は「消費者人口の減少」「労働者人口の減少」そして同時に進行する「高齢者の激増」であり「少子化の進行」だ。しかもそのスピードが速い。異常に速い。

 高齢者が激増しているために、お金があっても消費に回らない。90年代後半から消費の伸びなやみが、多くの産業で起きていたのは、人口の高齢化が原因だ。日本社会はこのことに正面から向き合ってあってこなかった。


 著者は、これらの事実を、政府が公開している統計データと、日本中の自治体を自分の目で観察した結果をつきあわせて導き出している。ビジネス書などは年間数冊くらいしか読まないという人である。

 
 前半は、「生産人口減少」と「高齢者の激増」による日本社会の変化を書いている。読む人によっては、鬱になる。悲観的な経済予測になるからだ。後半は、これに対する処方箋を説く。

 後半の記述は、ブロガーの小飼弾さんのベーシックインカム論と酷似している。これは偶然の一致ではない。老人が若者を搾取する経済構造を変えて、若者が希望をもって働く社会にする。これが経済の活性化となるからだ。
 若い世代が安心して子どもを産み、育てるためには、高齢者から若者世代への所得移転が必要だ。しかもできるだけ速く。

 人口減少社会においては、生産性の向上による好況もありえない。高齢者は激増しており、その当事者たちは将来の健康不安のために蓄財して贅沢な消費はしないからだ。

 いまの日本の産業の根幹になっている製造業で復活しようにも、円高と高い人件費のために、国内でモノをつくっても海外市場での競争力は維持できない。

 若者を厚遇するしかない、と著者は説く。不況でそんなことはできない!という声が経営者から上がるだろうが、断行しなければ、ますます不況になる。若者にお金がないと、消費が増えない。消費が増えないと国内の産業は成長しない、子どもも産まない。内需拡大とは、若者に所得を移転することなのだ。

 海外で戦える産業を育成し、外貨を稼いでも、いまの日本ではカネが循環していない。国内では、高齢者はお金をつかわず、若者たちは低賃金のために消費ができない。国内でお金が世代を超えて循環する仕組みができていないのだ。

 移民で人口減少社会の諸問題を解決できるのか。できない。移民の絶対数が不足している。急激に移民を増やすことは不可能である。治安維持や生活保護のコストが激増することが明白だからだ。

 大量の移民よりも、いま目の前にいる日本人女性を活用したほうがいい。世界一、高学歴で、日本語が流ちょうに話せる労働者、そして消費者がいるのである。外国人を国内に移住させることで生じる新規のインフラ整備のコスト(たとえば日本語教育、生活保護、文化の違いによる地域住民との軋轢)が不要になる。

 日本社会は、女性の経営陣への登用、正社員雇用の促進を続けなければならない。統計データによると、女性が働く県ほど出生率が高い。夫婦共働きのほうが出生率が高まるのである。

 著者は、最後に、日本人の多くは高齢者になるほど、日本を出て暮らせなくなる、と予測している。高齢者にとって、医療機関に安心してかかれることは必須だ。いまの日本人の高齢者で、外国語で外国人医師とコミュニケーションできる人はきわめて少ない。それに、日本は、世界のなかでも、きわめて治安がよく気候も温暖で、食事もおいしい。そんな特殊に住みやすい環境から出ていけるわけがないのである。

 今年度、ナンバーワンの新書である。 


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