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2010年07月31日

『物乞う仏陀』石井光太(文藝春秋)

物乞う仏陀 →bookwebで購入

「恐るべき才能をもったノンフィクション作家の誕生」

 石井光太。いまもっとも勢いのあるノンフィクション作家だろう。
 本書は、石井光太のデビュー作である。  アジアの身体障害者、乞食を取材。取材したエリアは、カンボジア、ラオス、タイ、ベトナム、ミャンマー、スリランカ、ネパール、インド。長期取材である。ときには障害者の物乞いとともに生活して、その肉声を取材している。  これまでの日本人ノンフィクション作家の常識を越えた取材内容である。貧困地域の取材記録をした作家はいる。その多くは、一瞥した、数日一緒にいた、というごく常識的な取材の厚みだったのではないか。石井光太は、ともに暮らし、おなじものを食べて話を聞いている。しかも若い。1977年生まれ。とんでもない才能が出てきた。  若いが故にできることがある。それは、差別された人間の苦しみを想像することができないことだ。取材当時25歳。健康な日本人青年である。だから、愚直な質問をすることができる。よって、読者に新鮮な驚きを与えることができる。結果的に、ではあるが。  ミャンマーの章で、石井光太は、隔離されたハンセン病の村を取材している。キリスト教徒のシスターが管理する村。そこには、幼少期からハンセン病を発病した人たちがひっそりと暮らしている。その容貌と手足は、ハンセン病によって変形していることはいうまでもない。石井光太は、その悲惨な人生を取材しようとするのだが、当事者から返ってくる言葉は、年表のようなデータであり、喜怒哀楽のストーリーではない。石井光太は、なぜそんなに感情がないのだ、といらだつ。 「あなたは一度もつらかったとか悲しかったとはいいませんでした。実際、どう感じているんでしょうか。つらい悲しいという感情はあったんでしょうか」  質問された、インタビューイは号泣した。60歳を過ぎた、手の指をなくした老婆は、全身をよじらせて「つらいわよ!」と叫んだのである。  ハンセン病という迷信と偏見に満ちた病気。家族からの嫌悪。村からの追放。流れてたどりついたハンセン病の村。人間が耐えられるつらい体験の限度を超えた者たちは、その過去と向き合うことをやめるものだ。そのような習慣を身につける。それを石井光太はゆさぶってしまう。

 インド取材がすさまじい。インドの街頭では四肢切断の障害者が物乞いをしている。その四肢切断は、事故とは思えない人為的なものである。そのことに疑問を持った石井光太は取材を進めていくうちに、マフィアが赤ん坊を誘拐、物乞いとしての商品価値を高めるために身体に傷をつける、という事実にたどり着く。5歳まではレンタルチャイルドとして、娼婦たちが世話をして街頭で小銭を稼ぐことになるのだ。5歳を過ぎたらどうなるのか? 幼児に同情するという通りすがりの人間の心情に訴えられなくなる。さらに商品価値を高めるために、四肢切断をするのだ。片腕。両腕。両足。顔面のすべての熱傷。両眼をくりぬいて盲目にする。
 この障害者の物乞いを統率している男と出会った石井光太は詰問する。なぜこんなことをするのか? 彼にとっては仕事なのだ。
「俺はこの仕事につかされたんだ」
 責任逃れをするのか? と石井光太は反応する。
「マフィアになったのは自分の意志だったわけですよね。なのにこの仕事につかされたといって人の責任にするのはおかしいですよ」
 その男はストリートチルドレンだった。ストリートで生きる知恵のすべてを学んだ。そしてマフィアの下っ端としての仕事につかされたのである。
 インドには巨大な貧困の連鎖がある。貧困の歯車がぎしぎしと動き、ビジネスになっているのだ。貧者のビジネスモデル。その究極の形が、レンタルチャイルドであり、四肢切断による身体障害者の物乞いなのだ。

 石井光太は、アジアの極貧地域のなかに生きる身体障害者の物乞いたちの生き様を、わかりやすい文章でひょいと提示する。読み進めていくと、予想を裏切る事実の重さに、読み手の常識感覚が崩れていく。私たちが、日本という高度に安全で情報化された「温室」のなかで生きていることを突きつけられるのだ。
 恐るべきノンフィクション作家の登場である。
 


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2010年07月27日

『世界一の障害者ライフサポーター』木村志義(講談社)

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「障害者に無縁の人間が起業した、障害者就職支援会社」

 ユニバーサルデザインについて調べていると障害者雇用の問題につきあたる。
 「日本初の障害者専門の就職支援会社」の創業社長、木村志義氏による、起業ノンフィクションだ。木村社長の人柄、障害者雇用についての日本の状況についてわかりやすくまとめられている。

 たいへんな不況である。健常者でも仕事がない。障害者雇用についてはどうなっているのか。普段は気にも留めない、障害者雇用について教えてくれる。

 大手企業では法定雇用率を達成するためにも、一定の割合で障害者を雇用する必要がある。社会貢献という言葉が市民権を得るようになった、という追い風もある。しかし障害者といってもその心身の状態は多様である。営利企業である以上、戦力となるスキルとやる気のある障害者を雇用したい。このニッチな市場に食い込んで成功したのが、本書の著者の木村社長である。

 この社長の面白さは、国際ジャーナリストの落合信彦にあこがれて国際的なビジネスマンになろうとした、子供っぽさにある。ブリジストンに入社。この仕事に飽き足らず、外資系に転職するのだが、社風があわずに独立。障害者とのつきあいがないのに、日本初の障害者専門の就職支援会社を起業してしまう。

 サラリーマン時代はいつでも辞表を出す覚悟で仕事をしてきた。独断専行。イケイケどんどん。社員がついていけない。いくら雇っても、社員は辞めていく。ついには、木村氏は、自分は社長に向いていないのではないか、と悩む。まじめに社員に相談するのだ。なんかおかしい。社員から社長としての欠点をずばずば指摘されて、少しずつ社長としてのカイゼンを進めていく。退社する社員がゼロになった時から、社長としての成長が始まる。起業家が、社員に信頼される社長になる成長物語として面白く読んだ。
 
 一般向けのノンフィクションとして、障害者雇用について正確な情報が盛り込まれている(昨年10月刊行時点)。
 日本を除く先進国では、障害者差別禁止法が制定されている。障害者差別をした会社は告訴の対象になるという法律だ。いま、日本では障害者雇用は会社の努力規定である。近い将来、日本でも障害者差別禁止法ができたら罰則規定となる。強制力が出てくるわけだ。

 日本では、何を持って障害者差別というのか、法的にも、社会的にもコンセンサスができていない。そういうなかで、諸外国と同じような法律ができる流れになっている。法定雇用率である1.8%さえも満たしていない企業が多い。障害者差別禁止法が出来たとしても、どこまで実効性があるのか疑問の声もある。

 外国では、企業が障害者から雇用差別であると訴えられないようにコンサルと契約するという動きもある。木村社長は、このような内外の障害者雇用の潮流を見据えながら、障害者雇用支援を進めていく。営利企業として、先のコンサルビジネスのニーズを冷静にみているところはさすがだ。障害者の味方をしている、と情緒的な姿勢はみじんもない。木村社長は、努力する障害者を応援する。深く同意できる企業理念である。

 いまは障害者雇用という分野はマイナーで止まっているが、化ける可能性が大いにあると思う。ITが普及したことで、障害者と健常者のスキルの垣根が低くなっている。しかもこの不況である。単純なモノづくり産業は崩壊、衰退していく。高齢社会のなかで、付加価値のついた商品とサービスを開発、提供することが経営の生命線になる。優秀なスキルを持った障害者は、気に入った職場を得たら、健常者のように安易な転職をしない(できない)だろう。企業のなかで安定した戦力となる可能性がある。

 低成長時代のなかで、この同社がどうやって成長していくのか。しっかりと見つめていきたい。障害者の就職支援は、先端産業のひとつである。


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2010年07月26日

『20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学 集中講義』ティナ・シーリング(阪急コミュニケーションズ)

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「中年になっても価値ある起業のススメ本」

 プロモーションが成功してかなり売れているようだ。ネットでも書評がずいぶんでている。それでも僕はこの本について紹介したい。
 ひとりの人間が会社を起こして軌道に乗せるとはどういうことなのだろうか。ずっと考えている。  個人、組織、夢、事業、家族・・・複雑な変数でできあがった自分の人生をよりよくするために、勇気ある一歩を踏み出す。起業とは、そういう一歩である。  起業のセミナーにいくつか出たことがあるが、心に響くものは少ないものだ。それでも、自分を鼓舞するために、自分の知らない世界を知っている人の意見を聞く。無駄を承知で聞き、読む。

 著者による起業家養成コースは全米でも大評判だという。納得である。翻訳もこなれている。ロジカルな文章だから、翻訳も力強いのだろう、と思った。

 女性の書き手ということもあるのだろうが、実にきめ細かい表現である。起業する、という気負いをほぐすのがうまいのだ。
 アイデアだしにはお金がかからないし、常識を忘れることで可能性の幅が広がっていくことに気づかせてくれる。
 成功した起業家たちの多くは、闘争心や競争心に駆られて仕事をこなしてきたわけではなく、自分自身のやる気を源泉に仕事をしてきたこと。言われてみればもっともなことを、アメリカの最高学府の教員としてロジカルに、自信を持って語ってくれる。
 上質な起業論をライブで聴講しているようで、読んでいるうちに静かな高揚感を覚えた。
 僕はこの書評をできるだけ再読の価値がある書評だけに絞っているつもりだ。本書は、仕事で新しいアクションをしようとする人間であれば読むべきだ。プロジェクトを立ち上げるとき、うまくいかなくなったとき、不安がよぎったとき、本書は良質の助言をしてくれるだろう。
 
 僕が感銘を受けたストーリーは身長1メートル足らずの美しい女子学生アシュウィニの活躍。リサーチアシスタントとして応募してきた彼女を、著者は断ろうとする。外見によっ機会を失うことに慣れっこになっているアシュウィニは、戦略的に行動して、著者と仕事をする立場を得る。さわやかなストーリーをさらりと書く。
 ビジネスの王道を説きながら、マイノリティの活躍というサブストーリーが織り込まれている。良質なアメリカの著作のルールに忠実である。
 あらゆる人たちに道は開かれている。ただ、本人がその道に気づいていないだけなのだ。本書によって、自分のもっている常識という眼鏡が外れて覚醒する人が増えることを願う。


追記


 本書読了後、僕はすぐにfacebookで、著者を探し出した。すばらしい本だったというメッセージを送った。もちろんアクセプトしてくれた。ネット時代になって、実に簡単に著者とコミュニケーションができることはうれしいことだ。


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2010年07月20日

『人を助けて仕事を創る』山本繁(ティー・オーエンタテインメント)

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「使える社会起業の指南書」

 NPO法人NEWVERY代表、山本繁さんの著作第二弾。いまもっとも注目すべき社会起業家の一人である。その彼が多忙な業務の合間をぬって書き上げた。
 若い起業家は、経験主義になりがちであり、自分の体験イコール成功パターン、と理解してしまうものだ。山本はその真逆の人間だ。きわめてロジカルに、本書を書き上げている。社会起業の理論、他業者のノウハウ、世界の潮流、自分たちの失敗経験をクールに分析してまとめている。前の著作は、社会起業家デビュー前夜の青春期であるとしたら、今回の著作は、若き社会起業家の実践書である。しかも、かなり使える実践書になっている。まだ30歳を過ぎたばかりなのに、使える社会起業指南書が書ける。これはすごいことだ。

 営利企業の生存率は起業後3年で4割未満、10年で1割未満。社会起業(ソーシャルビジネス)では、もっと厳しい数字になるだろう。
 もともと市場化に向かない、営利を生み出すことがきわめて困難なターゲットにむけてビジネスを仕掛けていくのが社会起業。その目的は社会問題の解決である。問題解決のためには、持続可能であることが必須。そのためのには利益を生みだす商品を提供していくことになる。営利企業よりも大胆で精密な事業計画と情熱が必要とされる。本書には、そのための必要な知恵がみっちり詰まっている。
 見開き2ページ。左ページに文章、右ページに概念図。自分が必要とする知識だけをさくっと読むことができるつくりになっている。丁寧な本作りだ。

 社会起業に興味をもっている若者には必読書である。本書を読むことで、無用な失敗と遠回りを避けることが可能だ。
 それから、民間の営利企業を経営している社長、勤務している社員にとっても、使える書籍である。この不況の時代、営利企業であるだけでは生存ができない経済環境になってきた。プラスアルファの価値を創出する企業人に生まれ変わりたい、という人にとっても参考となるヒントが見つかるはずだ。


山本繁さんのブログ
http://blog.kotolier.org/
ツイッター
http://twitter.com/YamamotoShigeru



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