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2009年12月24日

『逝かない身体』川口有美子(医学書院)

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「難病患者は生きるのに忙しい」

 日本のALS患者と家族のために戦っている、尊敬する友人、川口有美子さんの著作です。
 ALSの日本語の医学名は、筋萎縮性側索硬化症。全身の筋肉が衰えて、最後には呼吸停止にいたる難病中の難病です。病状の進行には個人差があるので、あまり悲劇的なことを書いては不正確になりますが、人工呼吸器をつけないと死に至ることがある難病です。

 川口さんは母親がALSを発病したことを知って、夫の赴任先の英国から二児をつれて帰国。24時間不眠不休の介護生活がスタート。そして母が亡くなるまでの壮絶な記録です。そしてひとりの主婦が、生と死について考え尽くしたひとつの回答の書です。

 私は川口有美子さんとは障害学研究会で知り合いました。参加者ひとりずつが自己紹介をしたとき、彼女の発言を聞いて驚いたことをよく覚えています。

「母はALSのなかでも最重症のTLS(トータル・ロックトイン・ステイト)で、眼球も動かない状態です。24時間の介護で疲れ果てたとき、母と一緒に死のうと思いました。路上に出て、車にひいてもらおうと、大の字に寝っ転がった。そのとき、私が死んだら母はどうなるのか、と思い直して、家に戻りました」

 満足に睡眠を取っていないようでした。闘病のまっただ中にいる迫力。出口のない療養生活をしている人間の凄み。

 次に出会ったのは、製薬会社ファイザーの助成金授与式でした。患者会支援のための助成金公募で選考された私(NPO法人ユニークフェイス)は、その授与式に参加している、重症ALS患者橋本みさおさんが車いすで移動している様子を、命がけの活動を日常的にやっていることに感銘を受けていました。そのときみさおさんの傍らにボディガードのように付き添っている女性、それが、障害学研究会で取り乱していた川口さんでした。発語ができない橋本さんの通訳としてフロアを動き、ALS患者の療養環境改善のためのロビー活動をされていました。

 お互いに障害学のなかでは新参者でした。ALSという稀少難病の生存のために戦う川口さん。顔面異形という日本ではまったく関心が払われていなかった問題提起をしているユニークフェイス。ともに、「マイナー中のマイナー」と苦笑しながら雑談をする機会が増えてきました。

 私が出会ったときは、川口さんすでに闘士になっていましたが、雑談をしていると、「小学校の教師をしていた」「夫の海外赴任についていった普通の主婦だったの」「母がALSになってからは、忙しくって! 大変なのよ!」と悲惨ともいえる経験を快活に話す、そのエネルギッシュさに舌を巻きました。

 ALSという現代医療における不治の病の当事者の、数多くの悲劇をみてきたはずなのに、明るい。絶望的状況でも明るい当事者をみてきた強さなのでしょうか。

 母の病気がきっかけで、生涯無縁のはずだった、病者と障害者の世界に招き寄せられた人でした。

 それにしても本書で言及されている彼女が手がけている事業(ALS患者支援)の内容はすさまじい。ALS患者やその家族から「もう死にたい」という悲鳴。メールでのコミュニケーションをして、介助を必要とする当事者に会う。生きるための知恵、そして医療・介護サービスを「使い倒す方法」を伝授していく。その当事者にとって最適な、ケアプランを立てて実行していく。川口さんはその総合プロデューサー。絶望する当事者と家族を、絶望の淵から一歩でも希望に近づける仕事。24時間フル回転。その事業のコアには、ALS患者当事者がいる。家族は当てにならない。家族は、ALS患者になった家人をみてショックを受けて、死んでしまったほうが楽だろう、と、発語能力をなくしたALSの家人の気持ちを勝手に忖度していくからです。当事者の意見も鵜呑みにはできない。言葉では死にたい、というが、呼吸困難になれば人工呼吸器をつけてでも生きようとする。それが人間。
患者の自己決定は、常に矛盾と、言葉不足に満ちている。そのコミュニケーションの隙間をついて、尊厳死、安楽死をせよ、という世間からのささやきがしのびよる。このような安楽死言説とも川口さんは戦うのです。しかし、彼女でさえ、一時は、安楽死・尊厳死という甘い言葉に誘われて母の死を願ったことがあった。

 多くの患者が、家族に迷惑をかけたくないという意思をもってしまい、治療を拒否して「自死」へと追いやられていく。川口さんは、このような安楽死を強制する社会のありようを、立命館大学大学院で社会人学生として学び、生きるための知恵の理論化にも貪欲なのです。

 ALS患者の母のために普通の療養生活をしてもらおう。その実現のために多大な犠牲を強いられる家族。家族は失業。訪問サービス料金が常人には支払われないほどの金額であることに怒り。患者のたんの吸引が医師しかできない、という制度を知り、これを変えるために戦う。

 母を斎場に送り出したその日の夕刻。全天の夕焼けが空を覆った。その写真が表紙に使われている。ああ、なんと美しいことよ。

 川口さんの母がなくなった、ということを彼女のブログで知ったとき、川口さんもやっと休むときがきたのかな、と思ったのですが、とんでもない。ALS患者が生存できる。家族と普通に暮らせる。そのための戦いは続く。
 


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