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2009年09月30日

『新世紀メディア論』小林弘人(バジリコ)

新世紀メディア論 →bookwebで購入

「あがく者のためのメディア・スピリッツ・ブック」

 
未来の菊池寛(文藝春秋の創業者)、野間清治(講談社の創業者)、村山龍平(朝日新聞の創業者)に向けて書いた「新しいメディア人よ、出よ!」。

 著者の小林弘人(インフォバーン代表取締役)は、本書をこの挑発的な言葉で締めくくっています。現在のメディアビジネスをこの世につくりだした、当時のベンチャー経営者たちのように生きろ!という啓蒙書です。

 出版不況に関するニュースはひきもきりません。先日も、ケータイ小説でミリオンセラーをとばしたゴマブックスが倒産し、出版業界のなかには大きなため息が出たばかり。この苦境をバネにして、新しいビジネスモデルを創出するメディア企業がどのように登場するのか。どんな個人・組織が、チャレンジをするのか。暗いニュースよりも、メディアの荒波をつっきる冒険家の物語こそ読みたい。

 出版不況を乗り越えるための言葉の束として「メディア新世紀論」は今こそ読まれるべき。メディアに関わる組織、個人であれば、ここに書かれていることの多くは、いますぐ仕事の現場に活かすことが可能なことばかりです。

 本書の基本機能は、「『あがきたい』、という人に対して、『励ますこと・注意すること・触発すること』。小林さんが設計したとおり、たしかにこれらの基本機能は本書に装備されていました。。

 現実に、わたしは本書から大きな影響を受けましたから。

 本書によって、成功している地域メディアの事例として「みんなの経済新聞ネットワーク」を知りました。すぐに渋谷の本社に電話をかけて「静岡県浜松市で、浜松経済新聞を立ち上げたい!」と提案。創刊に興味を持つ仲間とともに渋谷本社で交渉してまもなく創刊となります。
 ネットによって誰でもメディアが発信できるようになった今こそ「得意分野を絞ること」が重要という言葉に触発されました。これまでライフワークとしてやってきたユニークフェイス。顔面問題のオンリーワン・メディアとして成長させるために、自分が書きためてきたコンテンツを、Wordpress、はてな、などのブログサービスをもとに再構築・再リリースをはじめました。だらだらブログを続けていた自分に渇が入りました。執筆の姿勢を変えることで読者からの反応が変わる。そう信じてエントリーをアップしていくと好感触のメールが確実に増えていきました。メディア都市東京から離れた今、ネットによる読者との出会いはきわめて重要。距離を超える言葉の創造力を、もういちど信じ直す。新しいネット時代の情報への手触りを体感する。

「雑誌の本質は、コミュニティを生み出す力」という言葉を読んで、過去に出した出版物が絶版になっても、オープンソース化することで、アクセスを増やして、新しい世代の読者との出会いづくりを構築し続けようと思い直しました。手始めに「顔面漂流記」のオープン化を開始。いま20歳前後の若者のユニークフェイス当事者たち、ユニークフェイスな子供を持った若い親たちは、わたしの過去の書籍を読む機会がありません。ネットで無料公開することで、未開拓のユニークフェイス当事者と家族との出会いを創出が可能。このコミュニケーションによる、当事者の掘り起こしはそれ自体が社会貢献になりえます。ネット版「顔面漂流記」によって、社会実験をすることにしたわけです。

 これはわたしが本書から触発されて実行したちいさなアクションに過ぎません。触発されて、メモをとり、キーボードをたたき、ネットにログインする。そのプロセスが実に楽しかった。ネットに接続することで世界を編集しているかのような快感を覚えたのです。久しぶりに。20歳の時に、ミニコミ誌を創刊して、世界中を旅した冒険家をインタビューしたことがありましたが、そのときの興奮をすこし思い出しました。

 文章を書いて、他者にメッセージを伝えるという営みは、ベンチャーの第一歩。100%無視されるかも、儲からないかも。そんなことはわかっているけれども、何かを言いたいことがある、仕事にしたいことがある。そういう連中にとって、本書は、「メディア・スピリッツ」の原点を思い出させてくれる力があります。

 これからも技術が進歩していく。その技術の多くは短期間で、陳腐化していくことでしょう。

 人がメディアを通じて、物語を読み取り感動する。感動した人たちのなかから、テキストを自己解釈・編集をする者が現れる。メディアの受信者から、送信者へと進化していくという営みは不況になっても続きます。メディア革命は、素人、他業種、周縁からやってくる。
 もう少しあがいてみるか。


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2009年09月15日

『瀕死の双六問屋』忌野清志郎(小学館文庫)

瀕死の双六問屋 →bookwebで購入

「あの人の鼻歌が聞こえる、ほろりと泣ける名著」


忌野清志郎

 ちょっとめげていた。理由はいろいろある。ここに書くような価値のあることではない。些細なことでめげていた感じだ。はっきりした理由はない。
 昨夜、帰宅すると、妻が夕食を出して、「これを見なさいよ!」とDVDをセットした。
 ばーん! ジャジャジャーン!
 BGMはキセキ(GReeeeN)だ。
 昨年6月の結婚式の映像だった。おらいとヨーコの幸福な顔が動いている。
 カメラは、ヨーコの友だちたちの笑顔を映し出した。ヨーコと会わなければ、一生縁がなかったであろう元気で若くて美しい女性たち。ヨーコの前職は女子短大の教師なのだ。こういう女の子たちの前で、おいらはヨーコを幸せにします!と宣誓したのだった。
 映像は動いている。おいらの存在は浮いている。しかし、結婚式の中心にいる。
 なんか泣けてきた。
 いいんだよな。何をやっても。
 結婚したからあれはダメ、就職したからこれもダメ。そういうことではないんだ。幸せになるならば、信じることをやればいい。
 生後6ヶ月の息子をガシッと抱きしめて、ヨーコにブチュっとキスをして、「あははは。もう大丈夫だ!」と言った。その瞬間、携帯電話が鳴った。ある取材が進行中であり、その関係者からであった。5分ほど密談をして、段取りを確認。携帯電話を切ると、めげていた理由など何もなくなっていた。

 いまの心境にジャストフィットする書籍を書棚から取り出した。
「瀕死の双六問屋」(忌野清志郎)だ。
 愛し合ってるかーい!  愛し合ってる! 

 極上の短編エッセイ集だ。おいらが大好きな一遍は「泥水を飲み干そう」。

 デモテープを送りつけてきた若者に、キヨシローは語り出す。

「もしも君が自分の作り出す音楽を好きだったら、ずっと続けられるだろう。俺はツンクだとか、コムロのように君を祭り上げることはできない。プロデューサーじゃないんでね。俺にはプロデューサーなんて、ろくに歌えない、ギターも弾けない人間がやることのように見えてしまうんだ」

「オーティス・レディング、ジョン・レノン、ローリング・ストーンズ・・・彼らが誰かのプロデュースをしてる姿なんか見たくないんだもん」

 そして、若者に「自分で自分をプロデュースするべきだ。それが21世紀の姿だよ」と言うのである!20世紀末に書かれたこのエッセイ集は、見事に21世紀を言い当ててる

 音楽産業批判もする。歌うように、書いていく。軽いノリだけど、言っていることは深いし正しい。キロシローが生きていたときから、音楽産業はクソだったわけだ。いまはもっとクソになっている。

「銀行や自動車会社のようにレコード会社も合併や吸収合併を繰り返して、せいぜい3つか4つくらいになっていくだろう。多くのバンドやディレクターがリストラされるだろう。そしてますます軽い使い捨て音楽が流通されるのだろう。悲しいことだが真実だろう」

 まったくそうだ。だからおいらは音楽を買わなくなってしまった。コンビニで流れるBGMは邪魔だ。

 「それでも君がもしも君の音楽を信じていて、自分の作り出す音をみんなに聴いて欲しいと思うなら、それを続けるべきだ。誰に何と言われようと最高の音楽なんだろ? 800万枚売った女の子が今後どうなっていくかは興味深いところだけど、800枚ずつ1万枚のレコードを作ったっていいじゃん?」

 「自分をプロデュースも出来ない奴なんて、どうせ長続きしねえよ、悪いけど」

 「ふざけんなよ。俺がサイコーなんだっていつも胸を張っていたいだろう。本当は誰だってそうなんだ。OK、そうと決まったら誰に相談する必要もない。もう君は最高の音楽をやってるイカれた野郎になったんだ。がんばれよ」

 ずるずると引用してしまう。言葉にリズムがある。詩文なのだ。解説することが難しい。キロシローの言葉が好きだ!という意思表明になってしまう。そんな書評なんかクソだよな。

 「たかだか40~50年生きてきたくらいでわかったようなツラをすんなよ」という一遍も、すごくいい。RCサクセションの歌がサイコーというファンに、いまのバンドがサイコーだって言う語りがずしりと重い。

「過去の若かりし頃の自分にすがりついて行くのか、常に新しい発見を求めて行くのかっていう問題だ。少しくらい年を重ねたからってわかったような顔をしてもらいたくないんだ。俺は同世代のオヤジどもにそれが言いたい」

 文庫版の後書きは2007年7月の日付。このままでは死にますよ、という現代医療から逃走して、民間医療を利用して、生き延びたことがつづられている。科学的には死んでいるはずなのに、自分の信じる道を歩くことで生きのびることができる。こういうことは本当にある。
出来ないということの多くは、自分で出来ないと思いこんでいるか、権威に盲従しているだけなのだ。

 疑え。笑え。泣け。自分を愛せ。人生は一度きり。

 キヨシローの歌が聞こえる。ほろりと泣ける名著である。

 


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