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2009年08月31日

「くちぶえサンドイッチ」松浦弥太郎(集英社文庫)

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「ポケットにはいる掌編エッセイの傑作」

高遠ブックフェスティバルから浜松市に帰ってきて、無性に本が読みたくなりました。移動する書斎というコンセプトでつくりこんだワンボックスカー(ハイエース)を若いイケメン社員に運転してもらいましたので、移動中に本が読めるはずなのです。でも、私は自動車の移動中に書籍を読むと、車酔いしてしまうので読めません。高速道路走行中の車窓から見える、隣のクルマの中には、お父さんはハンドルを握って、助手席の奥さん、後部座席の娘さんが文庫本を読んでいるという高速移動型読書家族がいました。私はそういう様子をみるだけで、酔ってしまいそうになりました。

 東京に住んでいたときは移動時間とは電車の中であり、つまりは読書時間。クルマの仕事をして、読書の楽しみが減ったと思います。ちょっぴり残念。

 家に帰って、息子に離乳食のおかゆをたべさせてから手に取ったのは『くちぶえサンドイッチ』。松浦弥太郎さんの文庫です。松浦さんといえば、『暮らしの手帖』の編集長として活躍されていますが、その前はカリフォルニアの路上で書籍や古ジーンズを売って生きてきた自由人。後に、移動する古書店というコンセプトでトラックに書籍を積み込んで巡業をしてきた人として知られています。

 文庫1頁にひとつのエッセイという構成。どこから読んでもいい。どこで頁を閉じてもいい。こういう作りのエッセイ集は、高遠ブックフェスティバルというホットな場所から帰ってきた今の私にはもってこいの形式でした。ジーンズのポケットにねじ込んで移動できる感じ。

さっと頁を開くと、

「昨日、机を作りました。最初に寸法を決めて、新聞広告の裏に設計図を描きました。材料屋で木材をその通りに切ってもらい、ふうふう言いながら家に持ち帰りました」

 机をつくることなんて簡単だよ、という職人の町に住んでいると、東京で机をつくろうとしている松浦さんの意気込みが、ぷっと笑ってしまいたくなります。自分で手足を動かしたい、世界を実感したいというタイプみたい。私はいま木工細工の木ぎれが転がっている現場でキーボードをたたいています。机をつくるための材料は転がっています。

 別の頁を開くと。

「久しぶりにうどんでも食べようと友人と会いました。約束の店に行くと、先に着いていた友人はぼくに「はい、これ」と大きな包みを手渡してニコニコ顔。それは二ヶ月前に注文していた彼が作ったマウンテンブーツでした」

 マウンテンブーツを作ることができる友人! そういう友人はいないのでうらやましい。私は革靴を買うときには、修理がしやすい靴底を選びます。すり切れても張り替えれば何年でも履ける丈夫な革靴。自分で修理してボロボロにした革靴。その靴で、オーストラリアと中東を旅をしました。うどん屋とマウンテンブーツというミスマッチ。マウンテンブーツの受け渡しなら、スタバのようなカフェのほうがいいよ。

 数行ごとに、反応している自分がいます。

 こうして、私は松浦さんのエッセイとひとりで対話していきます。この文庫は半年くらい前に買って、カバーを取り外して、むき出しのままでジーンズにつっこんでいました。
 ノンブルは331頁まであります。速読をマスターしているはずなんですが、まだこのエッセイ集を読み切っていません。だって、読んでもすぐに内容を忘れてしまうので、何度も楽しむことができるのです。松浦さんのエッセイと自分自身との対話もそのときの気分でくるくる変わります。小さな日常が奇跡かも、と感じられる。その感じを楽しみたいから、また手に取ってみたくなる。



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2009年08月28日

『21世紀の国富論』原丈人(平凡社)

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「不況で先が見えない今こそ読むべき、未来創造のための書」

もうすぐ衆議院選挙。自民党が敗北し、民主党政権になることは確実とみられています。この激変のきっかけをつくったのは、昨年秋に始まったリーマンブラザーズ破綻から始まった世界同時金融危機。巨額な資金が市場から消えました。企業も政府も、この金融危機の影響で、これまでの経済政策、経営方針の転換を迫られています。
   いまの事態を早くから予言していたひとりが、本書の著者、原丈人氏。アメリカを拠点にベンチャーキャピタリストとして活躍。成功して手にした資金をもとに、世界を変革するようなベンチャー企業に投資をしていく人物です。

 私は本書をリーマンブラザーズ破綻前に読んでいました。原氏はこの本の中で、アメリカの資本主義の限界をわかりやすく説明していました。会社は誰のものか? という議論がありますが、原氏は株主のものではない、と明確です。アメリカの資本主義では、会社は株主のもの、という考え方がいきすぎてしまった。

 株主は株高になるような上っ面だけの経営を取締役に要求。コスト削減、リストラを断行することで短期的には利益があがります。株が上がったタイミングで株を売り抜ける。株主は利益を得ますが、残るのは競争力を失った企業と、路頭に迷う従業員だけ。株主が経営責任を果たしていない。そんな株の取引きは規制するべきだ、と原氏は書きます。ヘッジファンドというビジネスモデルは、リーマンショック後にほとんど破綻しましたが、彼らが、多くの企業、業界を死に至らしめてきました。合法的なら何でもいいのか。よくはないでしょう。原氏は、会社が「金融商品」になってしまった、という表現をしていました。人が幸福な生活を営むための装置としての会社が、金融商品として取り扱われている。膝を打ちました。

 原氏の出自は考古学者。中央アメリカの遺跡を発掘するために、大学院に行くか、シュリーマンのように自分で大金を稼いで自由に発掘するか、と考えて後者を選択。スタンフォードで経営を学び、その後、光ファイバーのディスプレー会社を創業。この会社を売却して資金をつくってベンチャーキャピタリストになった変わり種です。考古学という金とは無縁の出身の人が、資本主義の中心で活躍している! 

 小手先の会社経営のノウハウ本、机上の空論の多い経営学書のなかで、本書は原氏が約20年の実践をもとに書き上げられています。高度な知識が要求されるはずの経営の現場理解が、どろっとした人間の欲望によって動かされていることがすっきりわかります。20世紀型の大量の消費経済は終わり。次に来る経済は、ハードとソフトが融合した新しい産業になると予告。その立役者として、ものづくりのノウハウが蓄積された日本にチャンスが到来する、と原氏はよどみなく語ります。

 アメリカと日本の強みと弱みの両方を客観的につかみとって、自分自身がわくわくする会社をつくり、育て、世界を変えていこうという意志と行動力。まぶしいです。かっこいいです。こういう人間と一緒に働いて世界を変えたいと思わせてしまうパワーにあふれた本です。
 


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2009年08月27日

『新世紀書店』北尾トロ・高野麻結子(ポット出版)

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「田舎に本の町を作るという夢が実現する!」

 今週末、8月29日、30日の両日、長野県伊那市高遠町で「高遠ブックフェスティバル」という日本初のイベントが開催されます。
 私はこのイベントに、「移動する書斎・書店」というコンセプトのワンポックスカーを展示するために静岡県浜松市から乗り込む予定です。7月中旬に下見のために高遠入りして、このイベントの実行委員会がおかれている「本の家」 の斉木店長に挨拶をして、展示用のクルマを交えたうち合わせをしてきました。

 そのときに買ったのがこの『新世紀書店』でした。

 なんで長野県の田舎で、ブックフェスティバルなのだろう? なぜ斉木さんは東京の西荻窪の古書店を引き払って移住したのだろう? 

 高遠ブックフェスティバルの公式サイトで告知済の情報には書かれていない、理由を求めていたのです。

 だって、東京という出版ビジネスの都から遠く離れた田舎で、本の町をつくる、という大きな町おこしが成立するわけがないじゃないですか?

 ところが、その非常識を成功させた事例があります。

 イギリスの古本の町「ヘイ・オン・ワイ」

 ライターの北尾トロ氏は、斉木氏とともに、ヘイ・オン・ワイという古本の町の「王様」リチャード・ブース氏にインタビューをし、その町おこしの歴史をたどります。

 

「1961年、リチャード・ブース氏が1軒の店を買い取って古本屋を開店するまで、ヘイはどこにでもあるさびれた過疎の町だった」。

 ブース氏は着実に店舗を拡大し、さまざまな古書店が出店するようになり、1960年代後半には古本の町として有名になっていきます。ブース氏が1号店を開店してから約半世紀がたち、30以上の古書店が軒を連ねています。そして年に1度の「ヘイ・フェスティバル」では、作家のリーディング、サイン会、コンサートなどが開催され、国内外から多くの観光客がやってくるという大きな経済効果を生み出すようになっている。

 ヘイの旅を終えての北尾の感想がいい。

「さて、我々の目指すブックタウンはいかなるものか?」

 神田の神保町のようななんでもそろう書店群が、田舎に出現しても意味はない。地域住民と、新しい移住者との関係作りも重要。アマゾンのようなブックビジネスにはない別の本の楽しみ方を提供しないといけないだろう。

 「そこにいるということ自体を目的にしても十分楽しめると共に、生きていくに足る収入が得られて生活が可能なこと。そして、ゲスト皆様には我々が最初にヘイに着いたときに感じたようなワクワク感をいつも感じてもらえるような場所。  さらに、その周辺に住む人々、とくに子供たちの好奇心を満たすような存在にならなければならない。学校とは違う学びの場所として、本の町に行けば何かがある、そんな秘密基地のような楽しいところを作りたい。売れそうな本、売れている本だけではなくていつか必要とされる地味な本たちもいつもそこに存在すること。よき図書館のように」

 下見に行ったとき、伊那市から高遠に至る緑の景色の美しさにはっとしました。急ぎの旅ではなかったせいもあるかもしれません。道沿いの川には、若い父母と、小さな子供の3人家族が、網を持って水面をのぞき込んでいました。魚か虫をとろうとしてたんじゃないかな。高遠に着くと静寂。蝉の鳴き声。風の音。それだけしか聞こえない。「本の家」に入ると、西荻の書店としても通用する品そろえの人文書がつまった書棚。できることならば1日ずっと居座って珈琲をすすって本を読んでいたい、という居心地の良さ。
 
 高遠という町も、そこにある本屋もすばらしい!

 数人の着想から生まれた、日本版ブックフェスティバルがこの高遠で開催されます。

 高遠が本と旅が好きな人の聖地になる現場に立ち会いましょう!


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2009年08月11日

『顔にあざのある女性たち』西倉実季(生活書院)

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「ユニークフェイス研究に光を当てた労作」


 本書は、日本というユニークフェイス研究不毛の地に、はじめて登場した日本人研究者による学術書です。  私が1999年からユニークフェイス問題を公に語り初めて10年。ようやく日本の現状を研究者が調査結果を単行本化してくれました。待望されていた書籍です。

 私は1996年から97年にかけて英米カナダで情報を収集し、日本ではこの問題については研究の蓄積がないことに気がついていました。1999年から大学関係者に、ユニークフェイス研究をしてほしい、と機会をみつけて語ってきました。しかし、その反応は鈍いものでした。国内での先行研究がない、ということは、その研究の価値を判断する能力のある日本国内の権威・専門家(大学教授)がいない、ということを意味します。

 少子化による大学冬の時代です。若い研究者たちは就職先がありません。

 大学院卒業生の就職先がないという高学歴ワーキングプア問題については、大学院生にユニークフェイス研究をしないか、と声をかけるうちに気づきました。彼らは、学問・研究を愛していますが、その努力が報われる職場がない。すでに確立された研究分野で職を得ることさえ困難な大学冬の時代のなかで、先行研究がない、指導教官がいないのに、ユニークフェイス問題に人生を賭ける、という若手研究者はほとんどいませんでした。

 現在、ユニークフェイスを研究テーマにしている若手研究者は片手で数えられるまで増えました。10年前にはゼロといっていい状態ですから大きな進歩です。西倉はそのなかの一人でした。 

 西倉の専門は「ライフストーリーの社会学」。詳細な聞き取りによって得られた個人史の語りをもとに、社会との関係を論じていきます。ジャーナリズムの取材とちがうのは、調査対象者と、調査者(西倉)の言葉のすべてを言葉に書き起こし、その言葉と文脈から、両者の感情と論理のヒダまでを徹底的に検討する点です。

 ユニークフェイス問題(顔に疾患や外傷のある人たち facial disfigurement の心理的・社会的な困難)についての研究は英米では約半世紀の蓄積があります。西倉は欧米の研究業績を丁寧に読み解き、その先進性を紹介するだけでなく、その研究の盲点、未開拓な部分にまで言及していきます。たんなる欧米研究賛美でありません、日本の後進性を嘆くばかりのでもない。西倉に先行する日本人による数少ないユニークフェイス研究の業績をひもとき、ユニークフェイスの女性当事者のライフヒストリー研究の必要性を説得力のある論理で書き進めていきます。

「彼らは人目にふれることを避けるためにその存在が認識されにくいうえ、『形成外科医は万能である』、というメディアに流通したイメージが顔の疾患や外傷は治せるという誤解を招いたせいで、彼らの苦しみは不可視化されてきたのである」

 西倉は女性当事者に注目する理由をこう書いています。

「テレビ番組や新聞記事でユニークフェイスの活動が紹介されているのを目にする機会があったが、顔や名前をさらけ出し、自分の経験を語っているのはつねに男性なのである。女性であるということ、それが顔の問題を語ることを困難にさせてしまうのではないだろうか。いまだ語られてこそいないが、女性であるがゆえの特有の経験があるのではないだろうか」

 その語りのなかでも、西倉は「問題経験」に着目。「問題経験」とは、

「日常生活のある事柄をめぐる「何かおかしい、不満、疑問、怒り、憤り、悩み、違和感、苛立ち、疲労感、不調、生きづらさ」を意味する言葉。ユニークフェイス当事者であれば「たまたま顔が人と違うだけで、感じている生きにくさ」。

 ユニークフェイスという問題があり、その解決のために社会活動をする、というような異議申し立て(本書では「クレイム申し立て」と記述)をすることはしないけれども、その問題のなかに生きている女性たちの肉声を「問題経験」として論じていく西倉の筆致はユニークです。直線的な論理になりません。当事者女性の声に伴走しながら曲がりくねっていく。その目指すゴールは、

「顔にあざのある女性たちの個人的な現実を根拠に、これまで不可視化されてきた彼女たちの問題経験を可視化し、それらをできる限り軽減し、社会の現状を問題化していくという政治的実践」。

 平たく言えば、「声なき声」を聞き取り、代弁し、光を当てるという作業です。

 私はユニークフェイス当事者であり、同時にユニークフェイスという社会活動の中心にいるため、「問題経験がある」ということに「慣れ」が出てきています。この「慣れ」は聞き取りでは禁物。取材対象者との適切な距離をとることが出来なくなってしまうからです。当事者ではない研究者の西倉には、この「慣れ」がありません。当事者との対話を重ねられます。

 研究を始めた初期、西倉はユニークフェイス問題を「ジェンダー」と「美醜」というふたつの視点から興味をもち「女性であるがゆえに抱える美醜をめぐる問題経験」の語りを期待します。しかし、インタビューイの女性たちは「普通でない顔ゆえの問題経験」を語る。聞きたいことが聞けないと西倉は困惑。インタビューイから語りたいことを受け止めてくれない研究者と判断され、研究が行き詰まった時もありました。調査の方向付けの変更を余儀なくされます。対話は諸刃の剣。取材を受ける側であるユニークフェイス当事者女性から、調査者である西倉に対して、研究のスタンスを問う批判もでました。西倉の、ユニークフェイス観、美醜観は鋭く問われました。

 ユニークフェイス問題の語りを理解し、記述するということは、多元方程式を解く作業です。

 「美・醜」、「正常・異常」、「健常・障害」、「男性・女性」、「素顔・化粧顔」、「先天異常・後天的な傷害」、「欧米・日本」、「医学モデル・社会モデル」・・・多面的な要素を包括して論じなければならないし、ときに各要素を厳密に分解しないと議論が迷路に入り組んでいきます。私は、学問的な訓練を受けていない人間ですから、実践で得た事実でユニークフェイス問題を語ってきましたが、西倉は学問的な裏付けをとった精緻なロジックで展開しています。

 西倉は、ユニークフェイス問題という多元方程式の「一部」を解くことに成功しました。ユニークフェイス問題のすべてを解明するためには、もっと多くのライフヒストリー研究、もっと多くの研究者の参入、そして共同研究チームが必要でしょう。研究をさらに深めるためには潤沢な研究費が必須です。欧米とアジアの比較文化研究も必要でしょう。ユニークフェイス問題については、日本だけでなくアジア諸国も研究の巨大な空白地帯になっています。将来は日本の研究蓄積がアジア諸国のユニークフェイス当事者に還元されるようになることを期待しています。

 ユニークフェイス研究の成果を、単著という形で、日本で初めて世に問うたのは、「ゆっくりしか進めない」と自称する西倉でした。
 日本の歴史の中で、ユニークフェイス当事者が、自らをユニークフェイスと名付け、初めてカミングアウトして10年。歴史は十分に早く動いています。
 本書をきっかけに、ひとりでも多くの人がユニークフェイス問題に関心を寄せてくれることを願います。


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