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2009年06月29日

『やりたいことがないヤツは社会起業家になれ』山本繁(メディアファクトリー)

やりたいことがないヤツは社会起業家になれ →bookwebで購入

「社会変革は最高のエンターテインメント事業である」

 社会起業家とは、社会問題を事業によって解決する事業家のことだ。
 著者の山本繁は、NPOコトバノアトリエの代表。いま、もっとも注目されている社会起業家のひとりといっていいだろう。  ニートやひきこもりの若者の支援を事業化することに成功しつつある。支援事業で食っている、ということは不可能を可能にしているということだ。  その手法は極めて斬新。たとえば、漫画家志望の若者のために立ち上げた「トキワ荘プロジェクト」。地方出身の漫画家志望の若者に、格安家賃のアパートを提供。同じ志をもつ若者で集団生活をさせてモチベーションをアップ。そして漫画製作の最前線で働く、編集者や漫画家による授業をうけることができる。  インターネット放送「オールニートニッポン」の開局。運営しているのは、ニートや引きこもりの経験のある若者。ゲストは、ニートやひきこもり支援に共感を寄せる知識人や著名人。社会に参加する勇気を持てないでいる若者たちに大好評だった。

 本書は、そのコトバノアトリエ創業者による、事業の「途中経過報告」である。

 社会起業家というと、崇高な理念を持った人、というイメージがある。燃えるような情熱で、やりたいことがある。社会問題にとてつもない関心があり、その解決に命をかけている。

 確かにそういう人もいるだろう。しかし、山本繁は、そのタイプではない。
 
 「やりたいことがまったく見つからない」という、コンプレックスの塊の青年だった。
 
 やりたいことを見つけるために、小笠原諸島の父島に行く。大学時代に不動産情報を提供する会社を起業して挫折。大学を留年。大学5年生の夏。23歳になって、自分がやりたことを見つけるために島へ行った。1ヶ月考え続けて、やりたいことは「何もない」と結論を出した悔しさのたに自分で自分の首を絞める。自傷行為のようなことをしたあとに山本はひとつの言葉をひらめく。

 「自分の中にニーズはない。だったら、他人のニーズのために生きればいいんじゃないか」

 これから山本の事業家としての活動が始まる。子どもたちのたの文書講座を開くボランティア活動をスタート。その文章のなかに、いじめなどのトラウマ体験を見つける。ニート、ひきこもりという社会問題との出会い。その当事者たちは、インターネット環境のなかで、表現欲求を募らせていることを発見する。小説家を養成するための、神保町小説家アカデミーを開講。十数人の受講者のうち、3人が商業出版するという成果を出すが、事業としては赤字を出して撤退。つぎに、インターネットラジオ「オールニートニッポン」を開局するが、リスナーが増えたとはいえ赤字のため撤退。2つの手痛い赤字のなかで、唯一、事業化に成功したのはトキワ荘プロジェクト。この事業を起動にのせるために資金と人材を集中させる。
 次に山本が手をつけたのは、中退問題の解決だった。ニートやひきこもりの当事者の多くは、高校や専門学校、大学の中退歴がある。中退することで、人間関係を喪失し、社会的な落伍者になっていく。「日本中退予防研究所」を設立し、中退者を減少させるためのプロジェクトを学校法人との共同でスタートしていく。

 前述したように、山本は、自分の内面から絶対にこれをやりたい! というニーズがない人間。自己実現への欲求が薄いのだ。これが強みになっている。成果が出ない=ニーズとずれている、と冷静に判断。次の一手を打っていく。事業の傷口を最小限でとどめる判断力がある。
 
 だから「やりたいことがないヤツは社会起業家になれ」という言葉が説得力がある。

 「自分の内面からどうしてもやりたいことがないならば、困っている人のために働け」ということだ。

 山本とは神田神保町アカデミーで、講師依頼を受けたことがきっかけでその仕事ぶりを見る機会があった。NPO法人ユニークフェイスという当事者解放運動のリーダーとして壁にぶち当たっていたときだった。山本のコトバノアトリエに取り組む発想力は新鮮だったが、なぜそう考えるのかが分からなかった。今回、山本の思考の中の一部が書籍になって疑問が氷解した。山本は、社会を舞台にエンターテインメント事業をしようとしている。社会起業家を演じているアクターなのだ。気持ちよく騙されるほどに社会が変革されていくということだ。
 
 社会変革は最高のエンターテインメント。

 若者よ、本書を読んで社会起業家を目指せ!


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2009年06月27日

『ゆびさきの宇宙』生井久美子(岩波書店)

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「福島智という、盲ろう者の奇跡を描いたノンフィクション」

 目が見えない。耳が聞こえない。「盲ろう」の当事者、福島智の評伝ノンフィクション。福島はバリアフリーについて研究をする東京大学の教授です。
 

 「もうろう」とキーボードでうちますと、変換される言葉は「朦朧」。広辞苑で検索しても、該当する言葉はありません。
 日本では「盲ろう」という人たちは、存在しないことになっている、と言っても言いすぎではありません。
 4歳で右眼を摘出。9歳で失明。18歳で聴力を喪失。盲ろうに。

 目が見えない、耳が聞こえない、盲ろう生活を28年。

 盲ろうとはどういう状態なのでしょうか。

 目を閉じてみてください。瞬く間に漆黒の暗黒の世界がやってきます。

 耳を塞いでみてください。沈黙の世界に立つことになります。

 福島は、暗黒と沈黙の世界の住人なのです。

 外界からのコミュニケーションが遮断されている。絶対の孤独の世界。

 福島は、この状態を「未知の惑星に不時着した宇宙人」とたとえています。暗黒の空間に放りだされたひとつの生命体として生きている。眼からも耳からも、生命の営みを目撃できない、聞き取ることができないのですから。この絶望的な状況からどうやって脱出するか?

 発狂するようなコミュニケーションの孤絶から救ったのは、母が思いついた「指点字」でした。

 福島の両手に、母が両手を重ねて、点字を打つことで、コミュニケーションの闇から福島は解放されたのです。

 盲ろうの当事者は、日本国内に推定で2万人弱。福島のように、盲ろう当事者として元気に活躍している人はほとんどいません。福島は、盲ろうの世界の超人なのです。アジアのヒーローとして、海外の雑誌で、ニューヨークヤンキースの松井秀喜と並んで紹介されたことも。
 
 世界で一番恵まれた盲ろう者、福島智。

 三重苦のヘレン・ケラーの正当なるアジアの後継者。

 私は、福島をそう思っていました。苦難はあるけれども、福島ならば乗り越えられる、と。

 しかし、そうではないのです。彼も普通の生身の人間。過労、ストレスから「適応障害」になります。

 取材に応じた主治医は、盲ろうの当事者というアイコンとして振る舞わなければならない、という役割のなかで生きるということが福島を適応障害にさせた、と言います。「福島智」であることに、本人が疲れてしまった。

「パイオニア的な役割を背負う羽目になって、私はまったく面白いとは思わない」

 と責任を果たして生きる意味を語った後に、「でもそういう感覚はかなりの人にあるのだと思う。生きることはしんどいことだし」と、福島は俯瞰する。
 
 自分の立場が特別であるということは知っているが、同じように他人も特別なのだと理解する。そして、やるべきことをやっていく。

 暗黒と沈黙の住人である福島は、神の存在を感じることがある、と言います。

 盲ろうにしたのも神ならば、何かの使命を与えたのも神。

 神が何を考えているのかはわかりませんが、福島という人がこの世界に生きている。それは奇跡である、ということが本書によって理解できます。

 究極の孤独で、生きるとはこういうことなのか?

 久しぶりに何度も泣きながら読んだノンフィクション作品。生井久美子の見事な仕事です。


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2009年06月17日

『ミレニアム 1  ドラゴン・タトゥーの女  上』スティーグ・ラーソン (著), ヘレンハルメ美穂, 岩澤雅利 (訳) (早川書房)

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「名誉毀損で敗訴したジャーナリストと、ドラゴン刺青の女が共闘する北欧発のハードボイルド」

 スウェーデン発のハードボイルド小説である。ハードボイルド小説といえば英国かアメリカが元祖。めったなことでは英語以外の言語の海外ハードボイルド小説が日本語化されることはない。総人口約900万人のスウェーデンで、ミレニアム3部作の合計で約290万部が売れた超ベストセラー、となれば話は別だ。
 孤高のジャーナリストが社会の巨悪と戦う社会派エンターテインメント。ハードボイルドの王道である。

 ミカエルは、理想のジャーナリスト像として描写されている。仕事ができる。女にもてる。苦境に立っても屈しない。サポートする金持ちが登場する。イデオロギーを信じない。
 もうひとりの主人公、リスベット・サランデンもすばらしい。警備会社に所属するフリーの調査員。チームプレイで仕事ができない。つまらない社内コミュニケーションには関与しない。協調性ゼロ。24歳には見えない短躯。やせすぎの貧弱な体格。摂食障害のように青白い顔をし、背中にドラゴンの入れ墨をいれている。パンクファッションに身を固めた調査員が、独自の調査方法で生き抜く。この孤独なドラゴン女は、他人の秘密を探し出し、調査する天与の才能をもっている。しかし、過去に苛烈な体験があるようだ。それは第一巻では明かされない。
 このサランドンの弱みにつけこみ、性的虐待をする弁護士が登場する。サランドンは、取り乱しはしない。ひとりで復讐計画を練り、独力で実行する。その復讐方法は、そのターゲットのプライドをたたきつぶし、肉体に屈辱を刻み込む。容赦がない(のちにその弁護士から逆襲を受けることになる)
 ミカエルは、自分を名誉毀損訴訟で有罪に陥れて落ち込んでいる。そこに富豪があらわれ、実業家への復讐のための情報提供を交換条件に出してきた。ミカエルはある富豪の一家でおきた不可解な事件調査を請け負うことになる。
 第一巻では、サランデンがミカエルの調査をしたことを契機に、この名誉毀損訴訟の裏にある秘密を感じ取ることで終わっている。2巻以降では、ミカエルとサランデンがコンビを組んで、敵と戦っていくことになる。
 読み始めたら止まらない。
 スウェーデンといえば福祉国家で平和なイメージがあるが、そのイメージをきれいに裏切ってくれる。陰謀が渦巻き、ミステリーのテーマとなる社会問題がある。『ミレニアム』では、女性への暴力、とくに性的虐待である。そして、著者であるラーソンは、そのことに本気で怒っている。左翼的なメディアでジャーナリストをしていきたラーソンは、本シリーズ執筆途中、心筋梗塞で急死をしている。その死で終わる中断された物語。読者はその中断の地点までノンストップで引き回されることになる。

<追記>
この小説を知ったきっかけは、出版業界のノストラダムスの異名をとる小田光男氏の連載「出版状況クロニクル」13 (2009年4月26日~5月25日)。月刊で日本の出版敗戦を伝え続ける小田氏は、「船戸与一論」をものにするほどのハードボイルドの読み手でもあるのだ。

http://www.ronso.co.jp/netcontents/chronicle/chronicle.html
 

ミステリーという体裁にとらわれて言及されないが、『ミレニアム』シリーズは社会、政治経済体制に抗して闘う月刊誌『ミレニアム』と編集者の物語であり、この雑誌はミレニアムという出版社から刊行されているのである。つまり『ミレニアム』シリーズは闘う月刊誌、編集者、ノンフィクションライター、出版社の物語なのだ。それは反ファシズムの雑誌『EXPO』を創刊し、編集長を務めていたラーソン自身の軌跡と重なっている。
 だからこのような視点からこの『ミレニアム』を読むことも可能である。第2巻から抽出しても、月刊誌『ミレニアム』は今のスウェーデンで最も信頼のおける雑誌で、編集者は調査報道に徹し、強気で禁固刑も辞さず、出版する本は社会に衝撃を与えるものと想定されている。

 これを読んで、私はジャーナリスト烏賀陽弘道氏が巻き込まれた名誉毀損訴訟を思い出さずにはいられなかった。音楽ランキングで著名なオリコンが、フリージャーナリストである烏賀陽弘道氏が月刊誌に寄せた「コメントだけ」を問題視して、5000万円の高額訴訟で訴えてきた事件だ。出版社もその記事を書いた編集者も訴えられていない。
 『ミレニアム』では、冒頭に主人公のジャーナリスト、ミカエル・ブルムクヴィストが、詐欺的な手法で富を築いた実業家から名誉毀損で訴えられて敗訴が確定するシーンから始まる。スウェーデンの同業者が、その敗訴に冷淡であるという状況が描かれている。
 フィクションという枠組みはあるものの、日本とスウェーデンのジャーナリズム比較をするには面白い。
 『ミレニアム』ではジャーナリストの敗訴は大事件であるという認識があり、トップニュースで報道されている。日本のオリコン訴訟では、マスコミはトップニュースとしてこの事件を報道しなかった。週刊誌ジャーナリズムのようなフリーランス集団が多いメディアでさえほとんど取りあげなかったのである。
 『ミレニアム』の主人公は、上流階級出身の編集者と、富豪によって守られ、刑期を終えたあとも仕事も収入も確保できているのだが、日本でのオリコン訴訟で訴えられた烏賀陽氏は孤軍奮闘を強いられている。
 まったくなんてこったい! という感想を抱きながらスリリングな展開に引き込まれた。


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2009年06月09日

『ファンドレイジングが社会を変える』鵜尾雅隆(三一書房)

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「日本に寄付10兆円市場を2020年までに実現させる!」

 ビジネスの手法で社会問題を解決する社会起業というワークスタイルが注目されています。社会起業といっても、その主体は、株式会社からNPO法人(特定非営利活動法人)、法人格をもっていない民間組織、個人事業まで様々。その経営方法も多様。主体がどうあれ、社会起業を目指す人たちの多くはその運営資金に苦慮してきました。たとえ株式会社であっても、です。
 本書は、非営利組織(本書では、NPO法人、特定非営利活動法人、または民間非営利組織の総称として「NPO」と記述している)の資金調達のための心構えとノウハウを網羅した実用書です。  阪神大震災でボランティアの活躍が注目され、それがきっかけとなって特定非営利活動法人という非営利活動に法人格をももたせる制度基盤ができて、約10年。あまたのNPOが設立されてきました。優秀な人たちが参画しても、その組織の資金調達能力が良くないために、事業は停止、人材も流出したという結末を迎えたところが多かった。市場の厳しい競争に負け続けてきたのが、NPOの歴史の一面です。  この書評空間でも紹介した「日本のNPOはなぜ不幸なのか」でも触れたように、日本社会にはNPOの活動を停滞させる多くの構造的要因があるのは事実。しかし、その要因をいくら分析しても、状況はよくなりません。  本書の著者である、鵜尾氏は、日本で初めてNPOのためのファンドレイジング(資金調達)のための会社を設立した社会起業家。インドネシア、アメリカ、そして日本国内で習得、実践してきた、ファンドレイジングの専門家。そのノウハウを惜しげもなく公開してくれました。

 アメリカには寄付文化がある。日本にはない。だからNPO活動は発展しない。優秀な人材も集まらない。

 たしかにそうなのです。少なくとも現在は。
 だから、これからもずっと日本にはNPOへのファンドレイジングが根付かないのでしょうか?と鵜尾氏は問いかけます。そして、一つずつ、上記の「日本人の寄付についての常識」を検証していく。すると、日本社会には古くから相互扶助の精神と仕組みがあるということ。日本的な寄付行為は、日本社会に根付いているということを証明してくれます。

 鵜尾氏は、「日本に寄付10兆円市場を2020年までに実現させる」ことを真剣に考えているひとです。現在の日本の寄付環境を知っている人からみると、非現実的な壮大な夢。

 アメリカは個人寄付が年間20兆円を超える寄付文化大国。日本はアメリカの約半分の人口の国。鵜尾氏は、日本も約10兆円規模の寄付文化が花開くことは可能!とポジティブな近未来を構想しています。
 
 私は鵜尾氏のファンドレイジングについての講演を1回、ワークショップを1回受講したことがあります。
 その前向きな近未来構想能力をはじめは懐疑していました。NPOをとりまく環境が厳しいことを知っていたからです。しかし、多くの成功事例があることを鵜尾氏から教えられ、体験主義によって視野が狭くなっていた自分に気がつきました。すべてがダメというわけではないのです。成功した事例はある。それを分析して、一般化すれば、ほかのNPOのファンドレイジングにも適応できます。「あの団体が成功したのは、東京だから」「あの分野だから」という、固定観念をもっていてはファンドレイジングのノウハウは共有できません。

 ファンドレイジングを成功させるためには、NPOも社会もパラダイムの変化をしなければなりません。
 その一つが、「ファンドレイジングを単なる資金集めの手段ではなく、社会を変えていく手段として捉え直す」という視点でしょう。

 なぜそのNPOに寄付をするのか? 寄付する人はその理由を考えています。納得すれば寄付をしてくれます。

 納得とは何でしょうか。社会が良くなることです。社会変革のためには資金が必要である、という認識は確実に広がっています。
 
 寄付を受け取ったNPOの活動によって社会が良くなった、という成功体験が社会に蓄積されていけば寄付10兆円も夢ではないのです。

 鵜尾氏が提唱する、「ファンドレイジング成功のための7つの原則」を紹介します。
 

 第1の原則 ファンドレイジングを「単なる資金集めの手段」ではなく、「社会を変えていく手段」として捉え直す。

 第2の原則  ファンドレイジングは、「施しをお願いする行為」ではなく、社会に「共感」してもらい、自らの団体の持つ「解決策」を理解してもらう行為であると考える。

 第3の原則 「よい活動をしているのに寄付などが集まらないのは、社会が成熟していないからだ」という発想を捨てる

 第4の原則 おおきな支援を得るためには、NPO自身も「つり銭型寄付」のパラダイムのみならず、「社会変革型寄付」のパラダイムを念頭に置く。

 第5の原則 日本には寄付文化がないのではなく、寄付の成功体験と習慣がないにすぎないと理解する。

 第6の原則 活動の質を高め、適切な組織マネジメントを行うことは、良いファンドレイジングの前提であると理解する。

 第7の原則 日本の寄付市場の大きな変化の流れに乗る。

 私は、1から3の原則を読んで、痛いところを突かれた、と思いました。いくら日本社会の寄付文化を分析し、批判しても、現実は変わらないのですから。鵜尾氏は、数多くの失敗したNPOを見て、学習してきたノウハウを社会に発信はじめました。そのすべてを吸収するために何度も読み返す本になりそうです。


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