« 2009年02月 | メイン | 2009年04月 »

2009年03月22日

『ワセダ三畳青春記』高野秀行(集英社文庫)

ワセダ三畳青春記 →bookwebで購入

「貧乏ノンフィクションの名作の結末は恋」

 三畳間。
 不動産物件としては絶滅の危機に瀕していると思われる三畳間を舞台にした、ひとりの貧乏ライターの青春ノンフィクション。

 これまで読んできた貧乏ノンフィクションとしては最高級の味わいの名作であると思います。岩波文庫として永久保存して欲しいと書いておきましょう。

 著者の高野秀行氏は、辺境冒険作家

 アフリカで怪獣探検、東南アジアのゴールデントライアングルでの麻薬体験取材、というような、取材費ばかりかかってカネにならないような仕事(というか道楽)ばかりしているライター。マニアックなテーマばかりに熱中すると、極めて限定された読者しか獲得できないために困窮するのが普通。私は高野氏の著作を何冊か読んでおり、生活はどうなっているのか、と疑問に思っていました。本書を読んで疑問は氷解。
 三畳間。家賃1万2000円。敷金1ヶ月。礼金なし。
 アフリカ旅行から帰国したばかりの高野は、早稲田大学探検部の部室でこの情報を知り「オレが住む!」と手を挙げた。そのとき高野の全財産は3万円。八王子の実家からの自立であった。

 住み始めると、そのアパート「野々村荘」は奇人変人の巣窟だったことが明らかに。高野もその変人の一人なのだが。

 何年も司法試験に挑戦し、日本国内にUFO基地があると信じる男。この人は、他人の部屋の電話を勝手に取り、伝言を残すというお節介な行動をとる。また、人が自炊しているときに、いいものがあるよ、と勝手に自分のもっている食材を他人の鍋のなかに放り込む。

 近くに住む大家のおばちゃんは、高野が長期間不在になっても(1年間東南アジア取材のために不在という意味)それを許す鷹揚な人。高野が、帰国するたびに、自室には探検部の後輩や、見ず知らずの人が住んでいたりする。

 この「野々村荘」であれば、日本国内で生きるためのコストを極限まで抑えることが可能である。1ヶ月の家賃が12000円である。居住のために1日400円のコストしかかからない。東南アジアの激安のゲストハウスよりも安いのではないか。

 高野の文章は面白い。何度も笑った。爆笑した。ときに泣いた。

 この人は貧乏であることに頓着していない。自分が楽しむために生きている。人のいかないところにいって、それを面白おかしく書く、というシンプルな原理原則。それ以外のルールに縛られていない。
 青春ノンフィクションらしい展開がずっと続いていく。

 それでも高野も歳をとる。青春は終わるときがくる。本書の白眉は、最終章。

 3畳間から4畳半に昇格した高野は、行き詰まっていた。貧乏生活、とりたたてやることがない、メディアのアルバイトをしているとそれなりに食えてしまう。生活改革をする気力がわかない。朝起きて、食べて、プールに行って、腹が減って、ピールを飲みながらテレビを見て、夜になると探検についての雑文を書く。こうして1日が過ぎている。海外での探検取材から日本に帰国すると、野々村荘に沈没してしまうのだ。

 そんな生活をしているうちに、同じ野々村荘で奇人変人ぶりを発揮していた人達が、ひとりまたひとりと社会不適応な自分自身に気がついて、帰郷したり、行方不明になっていく。高野の人生も、野々村荘も末期的だった。

 そんなとき高野は恋に落ちる。

 11年間、高野の恋愛対象は野々村荘という環境だった。

 アパートから別れて、人間の女性に恋ができるという進化だ。

 どんな変な人間もまっとうな生活をしよう、という決意の時があるのだ。その描写が実にすがすがしい。ずっと貧乏であることを肯定してきた情景描写がモノクロームだとすると、恋してからはカラー画面に一変する。

 高野はその人と結婚したようである。よかった。

 結婚しても辺境取材を継続している。素晴らしい。羨ましい。

 
 追記

 いま私が注目しているノンフィクション作家は、高野秀行氏と、石井光太氏の2名。どちらもブレーキが壊れたような取材をするとんでもない書き手だ。石井光太氏については機会を改めて書評します。


→bookwebで購入

『外見オンチ闘病記』山中登志子(かもがわ出版)

外見オンチ闘病記 →bookwebで購入

「闘病記とは、沈黙を破るための光である。」

 ユニークフェイスな女性がカミングアウトした自伝ノンフィクションの傑作。この作品は、現代日本人の身体コンプレックス理解のための必読書である。
 外見に目立つ疾患・傷害がある人達がいる。私はその人たちのことをユニークフェイスと呼び、その問題を書いてきた。

 1999年に開始したこの活動のなかで多くのユニークフェイスな女性たちと出会ってきた。最近も静岡県浜松市内で、あるユニークフェイス当事者女性と会ってきたばかりだ。いたって元気な人で前向きな人だった。話した時間は約1時間だろうか。あれこれ話して、その女性の友人たちを紹介してもらいたわいもない話をしてくつろいできた。
 私がユニークフェイス運動を始めた当初は、悲嘆に暮れた当事者たちが多く集まってきたのだが、いま私には前向きな当事者たちからの連絡が絶えない。それでも、実名と顔を出して、ユニークフェイスであるということをカミングアウトする女性はゼロ、といっていい状態だった。少なくも、山中登志子さんが本書「外見オンチ闘病記」を発表するまでは。山中さんは、女性のユニークフェイス当事者として、数少ないカミングアウトした当事者なのだ。

 山中さんの病状は、アクロメガリー。日本語の病名は脳下垂体腫瘍。先端巨大症とも言う。本書の副題は「顔が変わる病アクロメガリー」。
 病気のメカニズムはこうだ。脳のなかにある脳下垂体という部位から分泌される成長ホルモンが何らかの原因で、過剰に出てしまう。すると肉体の成長が普通よりも過剰になっていく。あごが突き出る。身長が伸びすぎる。手足が大きくなりすぎる。骨格そのものが、大きくなってしまうため、治療によってもとの身体に戻ることは事実上不可能。この病気の当事者として著明な人は、プロレスラーの故ジャイアント馬場さんがいる。幼少期に脳下垂体の成長ホルモンが過剰に分泌されると、馬場さんのように身長2メートルを超えてしまうのだ。これは健康な人間の正常な成長ではないことに注意して欲しい。
 山中さんは思春期に発病。そのため、身長は伸びず、顔面と手足が大きくなった。また、この病気は顔面の骨格を変えてしまい、特有の顔貌になる病気だ。女性にとってたいへんな精神的苦痛をともなう。しかも、病状は外見だけではない。糖尿病、高血圧、高脂血症、心不全、睡眠時無呼吸症候群、無月経、倦怠感などになる。大腸ガンになる可能性も髙い。馬場さんは大腸ガンで死去している。正真正銘の難病である。
 アクロメガリーについて、正真正銘、日本で初めての闘病記である。資料的な価値が極めて高い。
 約3年前、私は本書の草稿を山中さんから読ませていただき、アドバイスをしたことがある。草稿についてひととおり意見交換をした後、山中さんは、もっと原稿を寝かせます。本が出るのはご縁ですから、と言っていた。その後、私が浜松市に移住してから、1年経った2008年の夏に、「全面的に書き直して納得できる原稿になった。出版する時期が来たと思う」と連絡があった。すぐに私は、拙著『顔面漂流記』を出版してくれた京都のかもがわ出版を紹介。1週間後には話がまとまり昨年11月に出版された。我がことのようにうれしい。アクロメガリーという病気が、山中登志子という強靱な精神を持った一人の女性と出会うことで誕生した運命の書である。書かれるべくして書かれた本だ。
 本書を読了して、草稿のときに感じられた、自分の体験を隠したいというおびえが消えていることが分かった。執筆中に吹っ切れたのだろう。
 社会は異形の女性に対して実に冷たい。山中は、16歳で発病するまでかわいい女の子だった。巻末には発病前と後の写真が掲載されている。アクロメガリーは、成長期の山中の顔貌を急速に変えてしまっていた。身体コンプレックスに落ち込んだ山中は、ダイエットに励む。倦怠感が肉体をむしばみ始めていた。しかし、当時はアクロメガリーという病気であるいう自覚症状はなかった。大学時代にあまりの疲労感から入院。検査の結果、アクロメガリーであると診断される。すぐに脳腫瘍の切除手術した。大きくなった腫瘍はとりきれずに残った。闘病生活はいまも続く。
 差別と嘲笑にあった。
 電話で取引先とアポイントをとって、待ち合わせの場所にいると、男と間違えられてしまう。初対面の人からないがしろにされる。山中は『週刊金曜日』というゴリゴリの人権メディアの編集者を8年経験しているが、出身はリクルートの『就職ジャーナル』。はじめから何かの思想をもって仕事をするタイプではなかった。一流企業の才色兼備の美女社員を取材して、羨ましいな、と思っていた普通の女性である。
 『週刊金曜日』編集者として手がけた、『買ってはいけない』が想定外の200万部を超えるベストセラーになった。内容の甘さに批判が集中。社会現象になった。このとき、山中は顔をさらしたくない、という思いからすべての写真取材を拒否している。体調は最悪で、インスリンをトイレで打ちながら仕事をしていたという。『買ってはいけない』騒動の渦中の人物が、容貌が変化するユニークフェイス当事者であったことを、当時、東京でユニークフェイス活動を開始した私は知らなかった。山中のほうは、ユニークフェイス代表として動き出した私を知って、そんな勇気はない、と思っていたという。
 山中との初めての出会いは、2002年6月『常識を越えて―オカマの道、七〇年』(東郷健)の出版パーティだった。男なのか女なのか分からない外見をしていることが目を引いた。当時の私はアクロメガリーについての知識はゼロだった。しかし、脳下垂体腫瘍について医療事故取材経験はあった。その知識と山中の容貌を結びつけることはできなかった。
 後に取材現場でよく会うようになった。面白い企画があるので参加しないか、と声をかけられるようになった。仕事仲間になったのである。自然に顔の話が増える。
 アクロメガリーの当事者として、ユニークフェイス当事者としてカミングアウトをすると、どんなことがおきるのか?
 「カミングアウトした先輩として意見が欲しい」
 山中は、脳下垂体の病気としてのアクロメガリーの啓蒙活動に参加するかどうかを迷っていた。編集者は黒子である。メディアの仕事をすることと、取材を受ける存在になることは違う。ましてや、その半生で向き合うことを避けていた顔貌の問題である。不特定多数の視線が、集中する立場になる。タフな精神であらねばならない。
 山中に私の経験のすべてを伝えた。
 外見問題の知識による理論武装した成果。ユニークフェイスという社会運動の舞台裏。伝えることは山ほどあった。
 山中と私はユニークフェイス問題について長く対話した。
 もともと多弁な人である。いつも多くの人との対話をしていた。
 自分の過去と対話する。これが自伝を書くための必要な作業だ。
 「人間・山中登志子」を育て上げた周囲の人達(仕事仲間、家族)と対話をして、自分自身を客観的に見つめ直している。これは編集者の仕事である。自分自身の人生を独力で編集できている。

 
 
 「変わった顔」と一緒に生きることが私の課題、と山中は書く。
 「昔の顔は忘れたわ。いまの顔が登志子ちゃんだもん」と母は言う。

 初めから強い人間はいない。
 ひとりきりでは人は強くなれない。
 タフなユニークフェイスな当事者には例外なく、家族の強い支えがあった。

 稀少難病アクロメガリーの若い当事者たちは、いまその顔で生きぬく山中の人生を知ることができる。強い先輩の歩いた道がある。恵まれている。
 ひとりのカミングアウトの後ろには、何百、何千もの深い沈黙がある。
 闘病記とは、その沈黙を破るためにあるのだ、と思う。
 


→bookwebで購入

2009年03月21日

『世界でいちばん大事なカネの話』西原理恵子(理論社)

世界でいちばん大事なカネの話 →bookwebで購入

「カネは家族の幸福を守るためにある」

 私と西原理恵子との出会いは、ユニークフェイス当事者取材のとき。10年くらい前、外見に病状が表面化する女性の自宅におじゃまして話を聞いているとき、書棚のなかに「まあじゃんほうろうき」(竹書房)を見つけたんです。西原のファンなんです。面白いんですよ。石井さんは難しい本ばかり読んでいるでしょう。そんなことはないですよ、と手にとって読み始めて数ページで爆笑。取材の雰囲気が和みました。絶望している人を笑わせる力のあるマンガでした。

 西原との「再会」は、夫である鴨志田穣さんの闘病生活を語る未亡人として語るニュース番組でした。夫はアルコール依存症だった、と。西原のような聡明な女性がなぜアルコール依存症の夫との生活を選んだのだろうか。結婚、離婚、そして復縁、死を看取る。なぜなんだろう?

 本書『この世でいちばん大事な「カネ」の話』は、表題とは裏腹に西原の個人史。この西原という人は、恵まれた環境からいまの漫画家というポジションを掴んだ人ではありません。極貧家庭と、エロマンガ雑誌のカット描きからのたたき上げです。

 実の父はアルコール依存症。西原が3歳のときにドブにはまって死んだ。残された母は再婚。その新しい父は、母の預金を資金に会社経営に乗り出して破綻。ギャンブルにはまって西原が大学受験の当日に自殺。残された母がなけなしの貯金を西原に渡して、東京に行かせます。西原は背水の陣で、絵の勉強とアルバイトに精を出して、漫画家として成功していきます。

 西原の生まれ育った四国の街では、極貧の家庭がふつう。カネがない生活苦の両親に育った同級生たちが身を持ち崩していく姿を、幼少のときにしっかりと目に焼き付けています。だから、東京でイラストレイターになるという生活は「夢」。この夢を、日本社会の最下層に育ったひとりの女が、実現していく。読んでいて、ハラハラドキドキのエンターテインメントでした。そして、人生とカネについての深い思索がちりばめられた宝石のような書物に仕上がっています。

 カネがなくなれば、故郷のあの生活に戻ることになってしまう。西原は自分の運命と闘っていたのでしょう。

 しかし、人が貧困の連鎖から逃れることは容易ではありません。西原のような才能がある人間でさえ。
 麻雀やFX投資を漫画化していくとき、お客さん(読者)が喜ぶならばと、身銭をきって勝負してしまう。仕事なのか、たんなる依存症なのか、分からなくなる境界線上まで自分を追い詰めてしまう自分自身。人間であることをやめるかどうか、というギャンブラーのぎりぎりの心理をマンガにしていく。表現者として見事な仕事ぶりです。

 アルコール依存症の実父、ギャンブル依存症の義父に育てられた西原が、アルコール依存症になっていた鴨志田と出会い、別れ、そして復縁したとき、鴨志田は死病にかかっていました。西原は、家を建て、二人の子供を養うには十分の預金と仕事を持つ人間になっていました。

 そのときの西原の心境です。

 「わたしたちは、もしかすると、生まれたときの環境を抜け出すことができたのかな、そう思った矢先に、鴨ちゃんは逝ってしまった」

 夫、鴨志田はガン闘病をしながら最後の半年間、家族と幸福な時を過ごしました。その闘病生活を支えたのがお金。西原がその才能で稼いだお金です。ガン闘病の医療費は高額です。

 「働くことも、お金も、みんな、家族のしあわせのためにある。  わたしは、いま、そう思っている」
   家族の幸福のために稼ぐ。カネには家族を守る力がある。だからカネは世界で一番大切な話になる。

 最近、一児の父になった私は、西原の言葉に深く同意、そして感涙しました。


 最後に一言。

 本書は西原の語りを構成してできあがっているようです。まるで西原が語りかけてくるかのような文体。構成ライターの朧晴巳の文章職人としての才能を感じました。


→bookwebで購入

2009年03月13日

『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー(早川書房)

ザ・ロード →bookwebで購入

「世界が滅び、父子は旅を続け、火をつなぐ」

 現代アメリカ文学を代表する巨匠、コーマック・マッカーシーの最新作。
 私は、昨年、マッカーシーの『血と暴力の国』を読み、これを原作にした映画『ノーカントリー』も観た。原作に忠実に映画がつくられていた。連続殺人を犯す男は、死に神のようだ。追跡を阻む者を無感動に殺していく。人間は突然、死ぬことがある。その死の形を言葉を使った彫刻=小説に仕上げる手腕は見事。

 最新刊『ザ・ロード』の舞台は、荒涼たる破滅的なアメリカ。大規模な核戦争後が起きた後のような、汚染された大気と大地のなか、父子が南に向かって旅する。動物も植物も死に絶えた世界のなかで、父子は、廃墟となった街で、略奪されずに残った数少ない食料を得て生きている。南に行けば、少しでも暖かく、希望があると信じて。旅の途中で出会うのは、希望を無くしたホームレスの男性や、人を食らうことを覚えた変わり果てた人間たち。父子は、一丁の銃と数発の弾丸を護身に持ち、ショッピングカートにありったけのサバイバル道具を積みこんで旅をする。

 起伏に富んだストーリー展開はない。

 父子には名前さえ与えられていない。

 世界が変わり果てた災害さえも語られない。

 父子が旅の途中で見つめる悲惨な現実と、「大惨事」以前の母の記憶、そして夢が語られるだけだ。

 父は子どもを守るために、食料を探し続け、あたえ続ける。

 死が二人を分かつまで、父はその役割を全うする。

 最後に、父の旅は終わり、子どもは大人になり、旅は続く。

 この作品の中で、「火を運ぶ者」という表現が出てくる。

 火とは何だろう。

 希望。勇気。父子の絆。文明の象徴。なんのヒントも与えられない。

 それでもこの小説を読んでいるとき、ここに生がある、と力強く感じることができた。

 これぞ小説の力、という作品である。


→bookwebで購入