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2008年12月30日

『トヨティズムを生きる 名古屋発カルチュラル・スタディーズ』鶴本花織・西山哲郎・松宮朝(せりか書房)

トヨティズムを生きる 名古屋発カルチュラル・スタディーズ →bookwebで購入

「東海地方というモータウンの衰退が、日系ブラジル人を直撃する」

 08年9月にアメリカの大手証券会社リーマンブラザーズが倒産。このリーマンショックからはじまった世界金融危機が日本経済に大打撃を与えています。とくにその利益のほとんどを欧米向けの輸出でたたき出していた、日本の大手自動車メーカーのすべては、自動車市場の急速な冷え込みのために、派遣社員の契約を次々と切り始めました。
 私が住んでいる静岡県浜松市にも、自動車メーカーから派遣契約を切られた者たちが増加しています。とくに日系ブラジル人への影響が深刻です。年の瀬に、浜松のカトリック教会が毎週土曜の夜に行っている、ホームレスの人たちへの炊き出しに参加してきました。ボランティアのほとんどは浜松在住の日系ブラジル人です。私を含めて数名の日本人がホームレス支援に参加していました。  浜松駅前のバスターミナルに午後10時過ぎに到着。約20人のホームレスの人が待っていました。そのうち2人が日系ブラジル人。東京のメディアは浜松市に日系ブラジル人のホームレスがあふれているかのように報じていますがそれは事実とは違います。  浜松市の冬は雪こそ降りませんが、風が強くたいへん寒いのです。そのなかで、防寒具に身を固めたホームレスの人たちが、温かい食事を体に流し込んでいました。  炊き出しを終えて、カトリック教会の関係者にお話を伺いました。そのときのメモをまとめました。

 
 

まっさきに派遣きりをしたのはトヨタ。
 トヨタで契約を切られた日系人が、名古屋や浜松市に移動している。
 浜松市は日本でもっとも日系ブラジル人の居住者が多いため、友人を頼って浜松市に来た日系人は多い。
 浜松市に本社があるスズキ、ヤマハ発動機、ホンダも派遣社員の契約を切る。
 09年の1月、2月、3月と順次契約を切っていくので、日系人たちの不安は大きい。ホームレス問題は、現時点では「前兆」。本格化するのは09年の3月頃。
 預金のある人、独身の人、子供のいない人は、ブラジルに帰国できるが、帰国してもブラジルも金融危機による不況のため仕事の当てはない。
 問題は日系人の家族。帰国する費用がない。会社から契約を切られたら、生活の方法がない。
 この人たちに早く住宅を提供し、職をあたえる必要がある。

 外国人労働者によって成立してきた国内の自動車産業の基盤がガタガタと崩れており、その影響で日本に外国人のホームレスが急増する、という瀬戸際です。
 日系ブラジル人の派遣きりと同時に、日本人の派遣社員の派遣きりが進行中。その次に来るのは、自動車メーカーと取引のある中小企業の経営危機と倒産。そして自動車会社の正社員のリストラ。いまの自動車需要にあわせたスリム化をするには、自動車産業は巨大すぎます。自動車産業というマンモスが、世界金融危機という凍土のなかで餓死しかかっているのです。

 愛知県、岐阜県、三重県、静岡県(浜松市、湖西市、磐田市などの西部地域)は、グローバル経済の覇者である自動車メーカーの城下町です。この広域が自動車によって潤ってきました。世界中で売った自動車の利益が、この地域に住む人たちの生活、文化、教育などを支えていたのです。
 本書は、その文化的影響を「トヨティズム」と呼び、社会学の視点から分析したものです。モータリゼーションと関連製造業によってできあがった都市(タウン)の深層を描写しているため、日本最大の「モータウン」批評にチャレンジした書物といえます。
 

内容一覧

はじめに カルチュラル・スタディーズからトヨティズムを考える意味について 西山哲郎

Ⅰ トヨティズムの労働空間
 トヨテイズムの現場と労働者管理の構造――トヨタ本体と下請企業の事例から 伊原亮司
 労働組合運動の実践から見るトヨティズム――フィリピントヨタ労組を支援する愛知の会・田中九思雄氏の語りから 藤原あさひ
 コラム トヨティズムの場所の意味 西村雄一郎

Ⅱ トヨティズムの生活圏
 外国人労働者はどのようにして「地域住民」となったのか? 松宮 朝
 地域日本語教育は誰のためか――排除される日系労働者 米勢治子
 「日本の記憶」と「ブラジルの記憶」――日系ブラジル人のアイデンティティ イシカワ・エウニセ・アケミ
 コラム 複合的なコンテクストに向き合う――『移民の記憶』セッションから  岩崎 稔
 コラム 〈声〉の/から文化を考える  渡辺克典

Ⅲ 労働の変容/労働者の変容
 デカセギ移民の表象――在日ブラジル人による文学および映像表現の実践から アンジェロ・イシ
 「改革」される多文化主義――オーストラリアにおける移民政策の変容とネオリベラリズム 塩原良和
 「境界線上に存在する者」たち――時代の変化と労働法的課題 渋谷典子
 コラム 行政と市民の協働の実践 中山正秋
 コラム 金シャチはミッドランドスクエアの夢を見るか? 西山哲郎

Ⅳ 市民による文化ムーヴメント
 移民演劇は何を語るか――在日フィリピン人コミュニティの挑戦 阿部亮吾
  レペゼン の諸相――レゲエにおける場所への愛着と誇りをめぐって 鈴木慎一郎
 ウォーキング・マップに想いを馳せる――名古屋のまちづくりを事例に 鶴本花織
 コラム 「マダン」へ行こう!「マダン」で会おう!――在日コリアンの文化政治の展開とそのジレンマ 稲津秀樹
 コラム 変質者とは何者であったか 竹内瑞穂

むすび 名古屋発カルチュラル・スタディーズ――トヨティズムを生きるということ 鶴本花織


〈ヴィジュアル・コラム〉
 名古屋生まれのパラサイトシネマ 北川啓介
 まちを歩く・経験をつなぐ 五十嵐素子
  (反)グローバリズムの手ざわり 樋口拓朗
 展示セッション――カルタイ名古屋VS.野外研 加美秀樹
 
 カルチュラル・タイフーン2007 in NAGOYA プログラム

 本書のなかで出色の論文は、日系ブラジル人の当事者が研究者として寄稿しているところです。

イシカワ エウニセ アケミ  静岡文化芸術大学文化政策学部。日系ブラジル人のエスニック・アイデンティティの形成過程の研究。現在、在日ブラジル人第二世代の生活実態に焦点を当て、日本における「多文化共生」の在り方を考えていきたい。

アンジェロ イシ(Angelo Ishi) 
武蔵大学社会学部。90年に来日して以来、在日ブラジル人の動向を追跡してきたが、今後は世界各国に移住したブラジル人にもっと注目したい。また、マスメディアによるブラジル(人)の報道・表象をも牽制し続けたい。

 日系ブラジル人の当事者だから見えている世界があります。日本研究者が見落としがちな視点を補完してくれています。
 イシカワは、日系ブラジル人が、「ブラジル人」と「日本人」のふたつのアイデンティティの間で揺れていることを生き生きと伝えてくれます。このどっちつかずの感覚は、「在日コリアン」と共通したものがあると感じます。ブラジルでは、自分達を「日本人または日系人」と規定する。日本に来ると「ブラジル人」と自称する。この複雑なエスニックマイノリティのアイデンティティのありかたを、モータウンは飲み込んでいきます。
 アンジェロは、日系ブラジル人たちが日々の労働のなかで感じるいらだちを文学、歌という表現に高めていった軌跡を伝えてくれます。
 日系のミュージシャンがつくった「カイシャ」という曲の一部を紹介しましょう。。

動物のようにみじめな目に遭っているオレを 日本人はただ眺めるばかり (中略)

オレと同じ日に入社した女の子は
妊娠のために今日、首になった。
(中略)
オレはブレスで指を一本なくした
(中略)
オレがいつかブラジルに戻るまで待っとくれ
このクソったれ野郎どもを
産んだ「売女」の元に送り戻すから

 この詩は、在日の作家、梁石日が繰り返して描写している、在日コリアンたちが味わった日本社会での苦闘となんと似ていることでしょう。
 デカセギ体験をした日系ブラジル人の心の叫びです。では、日系人は惨めなだけの存在なのでしょうか。
 違うのです。
 在日コリアンたちと違うのは、日本が豊かになってから来日した点でしょう。
 日系ブラジル人たちは、がんばればがんばっただけ豊かになれたのです。たとえ、それが束の間の豊かさであったとしても、です。
 故郷のブラジルではとうてい稼げない大金(残業をして月収で30から40万円)を手にできます。日本で家をローンで購入するという豊かさを享受している人もいます。日常生活のほとんどはポルトガル語。パソコンを買い、インターネットでブラジルの家族とスカイプ電話で話すため、日本語を学ぶ機会と意欲をなくす人も多いのです。
 おおくの外国人労働者を吸収して、多面的な文化圏になったモータウンは、いま自動車産業の危機によって、余剰人員をもっとも抱えた地方に変わりました。たった半年で、です。
 本書は、世界金融危機前に東海地方というモータウンがどんな風景だったのかを伝える歴史書となりました。
 金融危機後に出現した、新しい現実は、いまはじまったばかりです。



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