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2008年12月30日

『マーケティング・リテラシー』谷村智康(リベルタ出版)

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「広告が効かない時代のマーケティングとは」

 世界の金融危機によって、輸出に依存してきた日本を代表するグローバル企業群(とくに自動車、家電)の凋落が始まりました。その恩恵を受けてきた産業である、メディア産業も危機に瀕しています。新聞、テレビ、雑誌という主要メディア企業は次々と赤字決算を発表しています。
 メディアは自動車産業の減収減益を傍観することはできないはず。経営者たちは、いま脂汗を流して帳簿をみていることでしょう。  メディア産業の収益の柱は、広告収入です。マスメディアは読者からお金を取るのではなく、その媒体に広告を載せることで利益を出すというビジネスモデル(儲ける仕組みのことをいいます)で企業活動をしていきました。赤字決算に転落したのは、この広告収入が減ったためです。なぜ減ったのでしょうか。それは、マスコミにだす広告の効果がなくなってきたため、広告主が逃げ出したからです。

 著者の谷村さんは大手広告代理店に勤務したことがあるマーケティングの専門家。プロならば当然、という広告の手法とメカニズムを前著「CM化するニッポン」で明らかにして話題になりました。テレビ番組のなかに、広告主がもとめる商品を滑り込ませるという広告手法を、視聴率や広告収入を気にしなくてもよいはずのNHKも導入している、という事実には驚かされました。
 
 その続編の本書は、インターネットと、メディア産業の受難(つまりは産業構造の転換期)というテイストが加味されて、ぐっと辛口度がアップしています。

「マスメディアを使った広告で、消費を束ねて売り買いする」という古いビジネスモデルはもう崩れつつあります。わが身を振り返ってみれば、マスメディア広告を見て商品を買った経験がほとんどない。あったとしても、少額商品に限ってのことと、大方の人は思うでしょう。この事実が「広告は終わってしまった」ことを明確に示しています。

一方で、一人ひとりの振る舞いを、検索からメールから判断して、「あつらえたかのように広告する仕組みが実現しています。「プライバシー」を代価として、ユーザーは検索やメール、あるいはアプリケーションソフトといったサービスを「無料」で受けているのです。

この「新しいプライバシーの取引」の前では、現在のマスメディア広告では効率が悪すぎます。広告主は当然のごとく新しい手法に乗り換えていきますし、消費者も自分に必要な広告を使っていきます。おそらく近いうちに、私たちが目にしている広告依存型のマスメディアは淘汰され、劇的に縮小していくことでしょう。


 自動車産業はカイゼン、グローバル化、で強い経営体質をつくってきましたが、メディア産業は、非効率な経営環境、国内だけの市場、という閉じた世界に長くいたため、組織改革をして生き残るためにはおおくの犠牲を必要とすると思います。
 日本のメディアのトップは、かつて良質なコンテンツをつくった元クリエイター(元記者、元ディレクター)がおおく、優秀な経営者が不在というリスクもあります。
 このような厳しい経営が、テレビ番組のなかにはっきり出ています。
 いつもと同じタレントをつかった、同じようなバラエティ番組。その番組の合間にながれるコマーシャルは、発毛効果をうたう会社や、パチンコという賭博ビジネスが増えてきました。このような広告主はゴールデンタイムには広告を出すことはできなかったはずです。しかし、いまはありふれていて、もう違和を感じなくなっています。
 ブロガーの内田樹さんも、こんなエントリーを書いています。

http://blog.tatsuru.com/2008/12/26_1219.php

名越先生に聞いた話では、テレビの制作費は以前の10分の1ほどまで下落しているそうである。 TVCMの単価も値崩れしているから、テレビをつけると消費者金融とパチンコの広告ばかりが目に付く。 電通はタクシー使用が禁止されて、営業マンは地下鉄で得意先を回っているそうである。 「テレビの時代」はおそらく終わるだろうと私は思っている。 ビジネスモデルとしてもう限界に来た。 簡単な話、「制作コストがかさばりすぎる」からである。 テレビ業界に寄食している人の数があまりに多くなりすぎのである。 これだけ多くの人間を食わせなければならないということになると、作り手の主たる関心は「何を放送するのか」ということより、「これを放送するといくらになるか」という方にシフトせざるを得ない。 ビジネスとしてはその考え方でよいのだが、メディアとしては自殺にひとしい。

 こういう自滅型のビジネスモデルが、東京のマスメディアの現実なのだ、ということにびっくりします。
 谷村さんは、古いビジネスモデルにさようなら、と言っていますが、これからどうしたら効率的な広告ができるのか、マーケティングができるのか、という答えは書いていません。

「自分で調べて、自分で考えて、自分の判断で行動する」という当たり前のことが求められているのです。

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『トヨティズムを生きる 名古屋発カルチュラル・スタディーズ』鶴本花織・西山哲郎・松宮朝(せりか書房)

トヨティズムを生きる 名古屋発カルチュラル・スタディーズ →bookwebで購入

「東海地方というモータウンの衰退が、日系ブラジル人を直撃する」

 08年9月にアメリカの大手証券会社リーマンブラザーズが倒産。このリーマンショックからはじまった世界金融危機が日本経済に大打撃を与えています。とくにその利益のほとんどを欧米向けの輸出でたたき出していた、日本の大手自動車メーカーのすべては、自動車市場の急速な冷え込みのために、派遣社員の契約を次々と切り始めました。
 私が住んでいる静岡県浜松市にも、自動車メーカーから派遣契約を切られた者たちが増加しています。とくに日系ブラジル人への影響が深刻です。年の瀬に、浜松のカトリック教会が毎週土曜の夜に行っている、ホームレスの人たちへの炊き出しに参加してきました。ボランティアのほとんどは浜松在住の日系ブラジル人です。私を含めて数名の日本人がホームレス支援に参加していました。  浜松駅前のバスターミナルに午後10時過ぎに到着。約20人のホームレスの人が待っていました。そのうち2人が日系ブラジル人。東京のメディアは浜松市に日系ブラジル人のホームレスがあふれているかのように報じていますがそれは事実とは違います。  浜松市の冬は雪こそ降りませんが、風が強くたいへん寒いのです。そのなかで、防寒具に身を固めたホームレスの人たちが、温かい食事を体に流し込んでいました。  炊き出しを終えて、カトリック教会の関係者にお話を伺いました。そのときのメモをまとめました。

 
 

まっさきに派遣きりをしたのはトヨタ。
 トヨタで契約を切られた日系人が、名古屋や浜松市に移動している。
 浜松市は日本でもっとも日系ブラジル人の居住者が多いため、友人を頼って浜松市に来た日系人は多い。
 浜松市に本社があるスズキ、ヤマハ発動機、ホンダも派遣社員の契約を切る。
 09年の1月、2月、3月と順次契約を切っていくので、日系人たちの不安は大きい。ホームレス問題は、現時点では「前兆」。本格化するのは09年の3月頃。
 預金のある人、独身の人、子供のいない人は、ブラジルに帰国できるが、帰国してもブラジルも金融危機による不況のため仕事の当てはない。
 問題は日系人の家族。帰国する費用がない。会社から契約を切られたら、生活の方法がない。
 この人たちに早く住宅を提供し、職をあたえる必要がある。

 外国人労働者によって成立してきた国内の自動車産業の基盤がガタガタと崩れており、その影響で日本に外国人のホームレスが急増する、という瀬戸際です。
 日系ブラジル人の派遣きりと同時に、日本人の派遣社員の派遣きりが進行中。その次に来るのは、自動車メーカーと取引のある中小企業の経営危機と倒産。そして自動車会社の正社員のリストラ。いまの自動車需要にあわせたスリム化をするには、自動車産業は巨大すぎます。自動車産業というマンモスが、世界金融危機という凍土のなかで餓死しかかっているのです。

 愛知県、岐阜県、三重県、静岡県(浜松市、湖西市、磐田市などの西部地域)は、グローバル経済の覇者である自動車メーカーの城下町です。この広域が自動車によって潤ってきました。世界中で売った自動車の利益が、この地域に住む人たちの生活、文化、教育などを支えていたのです。
 本書は、その文化的影響を「トヨティズム」と呼び、社会学の視点から分析したものです。モータリゼーションと関連製造業によってできあがった都市(タウン)の深層を描写しているため、日本最大の「モータウン」批評にチャレンジした書物といえます。
 

内容一覧

はじめに カルチュラル・スタディーズからトヨティズムを考える意味について 西山哲郎

Ⅰ トヨティズムの労働空間
 トヨテイズムの現場と労働者管理の構造――トヨタ本体と下請企業の事例から 伊原亮司
 労働組合運動の実践から見るトヨティズム――フィリピントヨタ労組を支援する愛知の会・田中九思雄氏の語りから 藤原あさひ
 コラム トヨティズムの場所の意味 西村雄一郎

Ⅱ トヨティズムの生活圏
 外国人労働者はどのようにして「地域住民」となったのか? 松宮 朝
 地域日本語教育は誰のためか――排除される日系労働者 米勢治子
 「日本の記憶」と「ブラジルの記憶」――日系ブラジル人のアイデンティティ イシカワ・エウニセ・アケミ
 コラム 複合的なコンテクストに向き合う――『移民の記憶』セッションから  岩崎 稔
 コラム 〈声〉の/から文化を考える  渡辺克典

Ⅲ 労働の変容/労働者の変容
 デカセギ移民の表象――在日ブラジル人による文学および映像表現の実践から アンジェロ・イシ
 「改革」される多文化主義――オーストラリアにおける移民政策の変容とネオリベラリズム 塩原良和
 「境界線上に存在する者」たち――時代の変化と労働法的課題 渋谷典子
 コラム 行政と市民の協働の実践 中山正秋
 コラム 金シャチはミッドランドスクエアの夢を見るか? 西山哲郎

Ⅳ 市民による文化ムーヴメント
 移民演劇は何を語るか――在日フィリピン人コミュニティの挑戦 阿部亮吾
  レペゼン の諸相――レゲエにおける場所への愛着と誇りをめぐって 鈴木慎一郎
 ウォーキング・マップに想いを馳せる――名古屋のまちづくりを事例に 鶴本花織
 コラム 「マダン」へ行こう!「マダン」で会おう!――在日コリアンの文化政治の展開とそのジレンマ 稲津秀樹
 コラム 変質者とは何者であったか 竹内瑞穂

むすび 名古屋発カルチュラル・スタディーズ――トヨティズムを生きるということ 鶴本花織


〈ヴィジュアル・コラム〉
 名古屋生まれのパラサイトシネマ 北川啓介
 まちを歩く・経験をつなぐ 五十嵐素子
  (反)グローバリズムの手ざわり 樋口拓朗
 展示セッション――カルタイ名古屋VS.野外研 加美秀樹
 
 カルチュラル・タイフーン2007 in NAGOYA プログラム

 本書のなかで出色の論文は、日系ブラジル人の当事者が研究者として寄稿しているところです。

イシカワ エウニセ アケミ  静岡文化芸術大学文化政策学部。日系ブラジル人のエスニック・アイデンティティの形成過程の研究。現在、在日ブラジル人第二世代の生活実態に焦点を当て、日本における「多文化共生」の在り方を考えていきたい。

アンジェロ イシ(Angelo Ishi) 
武蔵大学社会学部。90年に来日して以来、在日ブラジル人の動向を追跡してきたが、今後は世界各国に移住したブラジル人にもっと注目したい。また、マスメディアによるブラジル(人)の報道・表象をも牽制し続けたい。

 日系ブラジル人の当事者だから見えている世界があります。日本研究者が見落としがちな視点を補完してくれています。
 イシカワは、日系ブラジル人が、「ブラジル人」と「日本人」のふたつのアイデンティティの間で揺れていることを生き生きと伝えてくれます。このどっちつかずの感覚は、「在日コリアン」と共通したものがあると感じます。ブラジルでは、自分達を「日本人または日系人」と規定する。日本に来ると「ブラジル人」と自称する。この複雑なエスニックマイノリティのアイデンティティのありかたを、モータウンは飲み込んでいきます。
 アンジェロは、日系ブラジル人たちが日々の労働のなかで感じるいらだちを文学、歌という表現に高めていった軌跡を伝えてくれます。
 日系のミュージシャンがつくった「カイシャ」という曲の一部を紹介しましょう。。

動物のようにみじめな目に遭っているオレを 日本人はただ眺めるばかり (中略)

オレと同じ日に入社した女の子は
妊娠のために今日、首になった。
(中略)
オレはブレスで指を一本なくした
(中略)
オレがいつかブラジルに戻るまで待っとくれ
このクソったれ野郎どもを
産んだ「売女」の元に送り戻すから

 この詩は、在日の作家、梁石日が繰り返して描写している、在日コリアンたちが味わった日本社会での苦闘となんと似ていることでしょう。
 デカセギ体験をした日系ブラジル人の心の叫びです。では、日系人は惨めなだけの存在なのでしょうか。
 違うのです。
 在日コリアンたちと違うのは、日本が豊かになってから来日した点でしょう。
 日系ブラジル人たちは、がんばればがんばっただけ豊かになれたのです。たとえ、それが束の間の豊かさであったとしても、です。
 故郷のブラジルではとうてい稼げない大金(残業をして月収で30から40万円)を手にできます。日本で家をローンで購入するという豊かさを享受している人もいます。日常生活のほとんどはポルトガル語。パソコンを買い、インターネットでブラジルの家族とスカイプ電話で話すため、日本語を学ぶ機会と意欲をなくす人も多いのです。
 おおくの外国人労働者を吸収して、多面的な文化圏になったモータウンは、いま自動車産業の危機によって、余剰人員をもっとも抱えた地方に変わりました。たった半年で、です。
 本書は、世界金融危機前に東海地方というモータウンがどんな風景だったのかを伝える歴史書となりました。
 金融危機後に出現した、新しい現実は、いまはじまったばかりです。



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2008年12月25日

『第2の江原を探せ!』渡邉正裕・山中登志子+MyNewsJapanスピリチュアル検証チーム(扶桑社)

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「全否定できない事実! スピリチュアル問題をジャーナリズムが初めて検証」

 スピリチュアルカウンセラー江原啓之さんの人気が衰えません。テレビ番組「オーラの泉」は相変わらず高視聴率をたたき出しているようです。江原さんを信じる「エハラー」と呼ばれる人たちが、その人気を支えているのです。
 この江原さんと人気を二分していた、占術家の細木数子さんは最近テレビから消えてしまいました。飛ぶ鳥を落とす勢いだったとき、細木さんに闇の勢力との交遊がある、という事実を、凄腕のノンフィクション作家と「週刊現代」(講談社)によって暴かれました。細木さんは反撃のために作家と出版社を高額の名誉毀損訴訟を起こしたのですが、自らこの訴訟を取り下げています。そしていつの間にか、テレビから「引退」なされました。いまは静かに暮らしているとの噂。  諸行無常です。  さてさて、この2人のスピリチュアル世界のガイドたちは、人々に「霊界はある」「前世はある」「守護霊がいる」といい、それらを「自分は視ることができる」と自信たっぷりに申します。  私たちは、そんな馬鹿な・・・と思いながら神秘的なことを気にしてしまいます。  果たして本当に霊界はあるのか? 前世はあるのか? 自分の守護霊はどんな人なのか?  「科学的な証拠がない」と一蹴することは簡単で。実際に一蹴されてきましたが、それだけではスピリチュアルの信奉者たちと対話をすることはできないでしょう。

 本書は、スピリチュアルカウンセラーの真実を明かにするために、ニュースサイトMyNewsJapanが総力をあげて取り組んだ成果です。5人のジャーナリストが取材班に参加しました。

 

・渡邉正裕さん(MyNewsJapan編集長 ジャーナリスト 日経新聞、経営コンサルタントを経て現職。日経新聞を相手取って裁判を起こしたことがある)
 ・山中登志子さん(ベストセラー「買ってはいけない」の編集者として知られる。実業家、編集家。アクロメガリー当事者としてカミングアウト)
 ・三宅勝久さん(ジャーナリスト 消費者金融大手「武富士」の暗部を暴いた)
 ・林克明さん(ジャーナリスト チェチェン紛争がライフワーク)
 ・石井政之(ジャーナリスト 顔にあざのあるジャーナリスト)

 
 取材方針は「覆面潜入」。取材の申し入れは一切しませんでした。ひとりの客として、スピリチュアルカウンセラーと会います。許可を得たうえで会話のすべてを録音しました。これを文章化したのです。複数のジャーナリストたちで会話内容の真実性を検証しながら取材を進めていきました。
 私は取材開始したとき、霊界や前世、守護霊という存在を全否定という立場でした。しかし、わずか3人のスピリチュアルカウンセラー(きわめて優秀、という評価が定着した人たちです)に会っただけで、私の性格傾向、結婚の時期、職業の適性などをズバリ当てられてしまったのです。初対面のスピリチュアルカウンセラーに、氏名と生年月日を言うだけで、自分の心の中を透視されたようでした。
 スピリチュアルブームについては賛否両論がありますが、この分野はジャーナリズムからの検証がいまだ手つかずです。批判者は、評論をするに止まって、体験取材をしていない。信奉者は、個別の体験だけを語り、普遍的で検証可能な事実を語っていません。
 潜入取材によって驚くべき事実が次々と出てきました。
 
 
自分しか知らない亡き父の遺言を言い当てられる。
 借金の金額を言い当てられる。
 何年の何月に結婚するかを当てられる。
 会社の規模、経営者としての強みと弱みを生活に指摘される。

 
 初対面で、カウンセラーからの質問に何も答えていないのに、自分だけしか知らない事実が語られるのです。事実を検証、分析することに慣れたジャーナリストたちも、この事態に認識を新たにしていきました。
 スピリチュアルカウンセラーの世界は玉石混淆であることも分かってきました。明らかに何かの力をもっていると唸らせるだけの人はごく少数。他の大勢のカウンセラーたちは、「いまあなたは壁にぶつかっている」というような、ありふれたことしか言いません。これで1時間1万円ほどの料金を取っています。顧客が満足すればよい、というビジネスですから、適正な価格かどうかは分かりません。ですが、正確な情報が公開されていない世界ですから、カウンセリングの質の評価はたいへん難しい。そのぶん、アンフェアではあります。
 カウンセラーのなかには、インターネットからの申し込みで入力した住所情報をもとにグーグルマップで周辺を確認して、「東の方に龍神様がいる」(そこには川がある)というようなことを語る人もいました。わかりやすい詐術ですが、悩んでいる人は気がつかないかもしれません。
 取材前スピリチュアル的な世界観を全否定していました。取材後には、否定できなくなっていました。なぜ全否定から肯定派に転向をしたのか? は本書を読んでのお楽しみ、です。

 スピリチュアルカウンセラーが気になっている、というすべての人に読んで欲しいノンフィクションです。


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2008年12月23日

『過去を忘れない 語り継ぐ経験の社会学』桜井厚・山田富秋・藤井泰編(せりか書房)

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「マイノリティの語り手には、それを興味深く耳を傾ける聴き手が必要だ」


人の話を聞く、それに基づいて何かをする。それが人間の社会的な活動なのだろう、と思います。それは仕事であったり、家庭での会話であったり、職業的なインタビューであったりします。このような違いはあっても、話を語る人がおり、その言葉に反応する別の人がいる、ということは変わることがないでしょう。

 しかし、人には語りにくいことがあります。身内の不幸や恥、というありふれた生活のなかの澱であったりすれば、話せば分かる人がいます。そのようなささいなこと、しかし本人にとっては重大なことは、いつか身近な人に話されるだろうし、少々の誤解はあったとしても、常識の範囲内の理解が得られるものです。気になるのは、決して語られないこと。語られたとしても、誤解されたり、無視されたり、理解を超えた内容だったりする危険な言葉。そんな語りを心の中にため込んでしまった人たちがいます。いつの時代にもいる。その人たちはよき聴き手を待っています。

 本書は、そのような理解しがたいことを話す人たちの語りをききとった成果です。

 語り手たちは、マイノリティであったり、スティグマを負った人たち。


内容一覧

序 語り継ぐとは 桜井 厚

I 歴史的出来事の体験
 01 ミニドカを語り継ぐ――日系アメリカ人のインターンメント経験とジェネラティヴィティ 小林多寿子
 02 原爆の記憶を継承する――長崎における「語り部」運動から 高山 真
 03 ある医師にとっての「薬害HIV」――「弱み」を「語り」「聞き取る」 南山浩二
 04 「薬害HIV」問題のマスター・ナラティブとユニークな物語 山田富秋
   コラム 戦争の実相を語り継ごうとする者たち――戦場体験放映保存の会の試み 八木良広
   コラム 〈沖縄戦〉を語り継ぐ――平和ガイドという試み 齋藤雅哉
II 苦悩と危機の人生経験
 05 「生活者」としての経験の力――国立ハンセン病療養所における日常的実践とその記憶 有薗真代
 06 記憶の保存としてのハンセン病資料館――存在証明の場から歴史検証の場へ 青山陽子
 07 死の臨床における世代継承性の問題――ある在宅がん患者のライフストーリー 田代志門
 08 日常生活を導くナラティブ・コミュニティのルール――顔にあざのある娘を持つ母親のストーリー 西倉実季
 09 居場所をめぐる父親たちの苦悩と自己変容――不登校の子どもの親の会から 加藤敦也
   コラム マンハイムの世代論と「語り継ぐこと」 片桐雅隆

III マイノリティ当事者/非当事者の経験
 10 アイヌの若者たちの語りに接して――聴き手の衝撃と認識の変化 仲 真人
 11 被差別を語り継ぐ困難――「部落」というカテゴリーの変容 桜井 厚
   コラム ウェブサイト「川崎在日コリアン生活文化資料館」 橋本みゆき

 あとがき 山田富秋・藤井 泰

 ユニークフェイス運動を開始した私にとって、「日常生活を導くナラティブ・コミュニティのルール――顔にあざのある娘を持つ母親のストーリー 西倉実季」がもっとも興味深い論文です。

 若い研究者が、顔にアザのある娘をもった母が、なぜユニークフェイスという非営利組織に参加したのか。そこで何を得たのか。

 私はNPO法人ユニークフェイスという組織の代表者ですが、この論文を読んで、ユニークフェイスという運動がやってきたことの意味を再発見しました。

 顔にアザのある娘をもったその母親に私は何もできなかった、という思いがあったのです。
 ユニークフェイスという運動は、顔にあざのある成人した、男性の、当事者である私をはじめとした少数の人間によって始められました。当事者が当事者を支える手法としてピアカウンセリングを導入。しかし、ユニークフェイスの会員の多くは「成人した当事者」ばかり。子供の当事者を育てている母親の会員は増えませんでした。

 その母親は、成人した当事者のなかではマイノリティ。娘の顔にアザがあっても(その娘はピアカウンセリングには参加しませんでした)非当事者。母もまた「ユニークフェイス問題の当事者」ではありますが、その顔にユニークフェイスな病状、病変がないので当事者とはいいにくいわけです。

 約10年のユニークフェイスの歴史のなかで、この母親はもっとも積極的にユニークフェイス運動に関わってくれました。

 しかし、私は初期の数回を除外して、ユニークフェイスのピアカウンセリングには参加していません。したがって、どのような語りをしたのか直接聞いたことはほとんどありません。(私の精神状態はピアカウンセリングを必要としていなかったし、語りにくい自分の過去を書籍という形で公に刊行でき、講演することができていたのだから)

 ピアカウンセリングをしたいという人にその運営を任せていました。私が力をいれたのは、ピアカウンセリングのためのマニュアル作りでした。

 ピアカウンセリングという言葉を知ったのは、ユニークフェイスを設立してから。ある当事者女性から、ピアカウンセリングをしてほしい、そのためには必要なマニュアルがあるので参考にして欲しい、と助言を受けたのです。

 その人からいただいたアルコール依存症のための回復プログラムをベースにしていたので、私が勝手にユニークフェイス向けにペンを入れたのがこれです。

ピアカウンセリングの手引き
http://d.hatena.ne.jp/uniqueface/20060918

 この母親の話をききとった研究者の西倉さんは、母親としての気持ちの揺れ、ピアカウンセリングで得た気づきを書き留めてくれました。この母親から私も同じようなことを聞いてはいましたが、活動の渦中にいると言葉のひとつひとつを吟味する余裕がなくなっていたのでしょう。

 私がユニークフェイスの人たちに何度も強調していたことは、ひとりひとりの固有性でした。ユニークさです。

 ひとりのアザのある人が不幸な境遇にあったとする。だからといってすべてのユニークフェイス当事者が不幸というわけではありません。

 子供の顔にアザがあったとしても、すべての子供がその体験によって押しつぶされるわけではありません。

 悲観をしてはならない。しかし楽観もしてはいけない。事実を見つめよう。事実を見つめるためには、他者の言葉が必要。ユニークフェイスのピアカウンセリングの場では、他者とはユニークフェイス当事者のこと。自分と似た病状にある人こそが、自分の人生を歩むためのヒントをもっているのです。

 よき他者との出会いによって、無用な不安は消えていき、希望が見えてくる。

 そんなおぼろな確信をたよりに、ユニークフェイスという小さな運動は動いていたのでした。

 本書によって、母はよき他者と出会っていたことをしっかりと確認できました。

 ほかに注目した論考は「薬害HIV」についての論文2本でした。薬害エイズ事件でバッシングされた医師たちが、裁判が終結したことで、重い口を開き始めたのです。血友病患者も医師も当時としては最善の選択をとっていた。結果としてその選択が未曾有の薬害事件に結びつくわけですが、悪意のある医師がいた、という当時のジャーナリズムには歴史の検証に耐えうる事実確認が不足していたということが明らかにされています。医師の言い訳、と一蹴することができない語りがここにはありました。

 沈黙を守る人たちの語りを引き出すためには数年という歳月が必要なのでしょう。

 語りの背景には深くて広い沈黙があるのです。




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