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2008年10月30日

『やりがいある仕事を市場原理のなかで実現する!』渡邉正裕(光文社)

やりがいある仕事を市場原理のなかで実現する! →bookwebで購入

「「タブーなきジャーナリズム」という実現困難な課題をビジネス化する」

 不可能を可能にしようと挑戦する人が好きだ。
 本書を執筆した渡邉正裕は、私の大好きな男のひとりである。そのビジネスの舞台である、MyNewsJapanは、広告に一切依存することなく、読者という消費者のメリットを第一義に考えるという編集方針を貫ているニュースサイト。有料課金のビジネスモデルで、順調に成長し、経営を安定させている。

 こう書くと普通のニュースサイトのように思われるかもしれないが、そのコンテンツは「過激」といっていいだろう。

 トヨタ自動車の過労死問題。大手新聞社が発行部数を偽って広告詐欺をしているという疑惑報道。ソフトバンクの携帯ビジネスのいいかげんさ。

 こうした報道を大手マスコミは一切やろうとしない。理由は簡単。メディアの広告主である企業の暗部は絶対に報道してはならない、という不文律が確立しているからだ。抵抗すれば社内の立場がなくなる。こうして、マスメディアは、企業のよい面ばかりを報じたり、不正が捜査当局によって明かになったときに批判を始めるという醜態をさらし続けている。

 ネット以前の時代は、このようなメディアの弱腰、大企業による横暴を、一般人は知る機会がなかった。情報流通をマスコミが握っていたからである。だが、ネットが普及してから状況は一変した。ネットが批判の場になった。しかし、おおくの批判的な言論は、個人によるものであり、持続性に乏しく、信頼性が低かった。

 この弱点を解決するビジネスモデルが期待されていた。おおくの人が挑戦したが失敗してきた。タブーなきジャーナリズムで飯を食うのは難しいのだ。

 MyNewsJapanは、その成功モデルを作ろうとしているトップランナーである。

 代表の渡邉正裕は元日本経済新聞記者。大学で政治学を学び、金儲けに興味をもてない、と日経に就職。しかし、日経新聞の奴隷的な労働に怒り、それを自分のホームページに書いて憂さを晴らしていた。これを発見した上司からホームページ閉鎖を求められた。抵抗した。これを言論弾圧であるとして、日本経済新聞を提訴して最高裁まで争った。

 日経をやめた後は、経営コンサルタントに転職してビジネスモデルを磨いた。日経新聞で学んだ取材スキルと、コンサルタントで培ったビジネスモデル構築能力。この2つを武器に、MyNewsJapanを2004年2月に創業した。

サイトで、渡邉はMyNewsJapanの経営方針をこう書いている。


ジャーナリズムを「権力と反対側にいる人たちをクライアントとするコンサルティングビジネス」と考え、コンサルティングのノウハウをジャーナリズムに適用した。


将来の日本を担う団塊ジュニア以降の若者世代をターゲット顧客として、ジャーナリズムとコマーシャリズムの両立を目指す。

 日本の戦後ジャーナリズムは左翼系の言論人によって支えられてきた。全共闘世代のなかで、企業に就職できなかった活動家たちが、鉛筆一本で反権力をしてきたのだ。しかし、その言論は大衆には支持されなかった。大手メディアは、広告に縛られてジャーナリズムの実践を放棄。反権力ジャーナリストたちは読者から見放された。

 渡邉は、過去のジャーナリズムを一切評価しない。

 クールである。ビジネスとジャーナリストの両立を冷徹に研鑽してビジネスモデル構築のために投資をし、同志を募り、商品価値のあるコンテンツをつくりあげる。

 「権力の監視」をするジャーナリズム活動によって生み出されたコンテンツをつくり、顧客に適正な価格で売っていく。

 1972年生まれの団塊ジュニア。自分の理想とするジャーナリズムを実践するために、こんなにチャレンジをしている人間はいないと思う。

 世界的な金融危機による世界恐慌の予感、国家財政の破綻の危機など、お先真っ暗な情報には事欠かない。しかし、マスコミ産業も経営危機に瀕しており、広告収入のためならなんでもやる、となっている。情報過多にみえても、真実が隠され続ける危険性は高まっている。逆にいえば渡邉正裕のビジネスチャンスは増えているのだ。



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2008年10月21日

『この国の経済常識はウソばかり』トラスト立木(洋泉社)

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「現実の直視するために、いったん経済常識を捨てて、本書を読むべし」

 アメリカ発の金融危機がすさまじいスピードで拡大しています。
「金融危機が加速している」と書いてもなんのことやら分かりません。 「アメリカ発の金融危機の影響でアイスランド経済が破綻した」 これでもぴんと来ません。なんのこっちゃ、です。 「アメリカ発の金融危機の影響で、アイスランドの主要な銀行が機能停止になり、預金を引き出すことができなくなった。国民は困っている」
ここまで書いてやっと「たいへんなことが起きた!」と理解できます。

このように、私は経済オンチ、です。

しかし、私は経済オンチなのでしょうか? 字面だけでは日本経済新聞を読む力はありますし、ニュース番組も理解できます。ところが、いま、日本経済に進行している経済の変化ははげしい。しかも、わかりにくいのです。

そのわかりにくい経済を、明快に解き明かす書籍を一冊見つけましたのでオススメします。

それが本書、「この国の経済常識はウソばかり」。

著者のトラスト立木は、45歳の匿名の経済記者。それしか分かりません。私は匿名の筆者が書いたノンフィクションは読まない主義なのですが、日本の大手マスコミ組織には健全な言論の自由はありませんので、書き手の匿名性についてこだわってはいられません。

 本書は平易な文章で書かれた、たいへんな傑作です。

 45歳以下で、日本の経済をもっと知りたい、という人は必読であると思います。日本経済新聞を放り出して読んで欲しい一冊です。

 
本書が類書にない特徴は、景気や経済構造の変化を、「時間」と「記憶」という新しい切り口で解き明かした点です。


「簡単に言ってしまえば、経済活動は価値をつくり出し、それをお金に換算し、再配分することなのですが、実はお金のやりとりのほとんどは時間のやり取りだという考え方を示し、誰が損をして、誰が得をしているのかをあからさまに書きました」

えっ? どういうこと?

いま年金を受け取っている75歳以上の後期高齢者たちは、長年かけてきた年金保険料の数倍の年金を受け取っています。この高齢者たちが、就職難の若者の介護労働を時給1000円くらいの激安でこき使っている。若者たちはいくら働いても、生活が楽にはならない。激安の時給でのアルバイトや派遣労働しかない。正社員になっても、不況なので、いつ会社が倒産するか分からない、定期昇給が期待できない、という不安のなかにいます。こうして若者たちは、人並みの生活をしようとするほど、長時間労働に追い詰められていきます。人生の「時間」が高齢者たちに奪われていくのです。

 一方で、高齢者たちは、自分たちがすごしてきた高度経済成長のように、若い人も頑張ればいい生活が送れる、という古き良き「記憶」のなかで生きています。人生は一度きりです。高齢者たちは、その「記憶」しかないのです。よって、就職氷河期世代の若者の置かれた経済的な苦境を理解することができない。

 そう、いま若い世代がひとまとめに、お年寄りの安楽な老後のために「激安」で「派遣」されているのです。

「お年寄りはどんどん増え、子どもや若者はどんどん少なくなります。時間をすり減らし、結婚も子づくりもできず、楽しみは自分の老後まで我慢せよ、というのでしょうか。世の中の時間の使われ方は根本的に間違っている気がします」

 このように若者の時間を奪い取る、経済の仕組みが日本、そして世界中に構築されてきた事実を、著者は平易な言葉で伝えてくれます。

 読んでいて、寒気を覚えました。

 私は1965年生まれの43歳。「ノストラダムスの大予言」というトンデモ本を読んで、1999年に地球は滅亡する、という価値観で育った世代です。

 日本経済は空洞化している。破綻している。破綻を否定したとしても、破綻に向かってまっしぐら。この大きな破綻を食い止める社会の仕組みができあがっていない。

 本書によってそう説得されてしまいました。 

 このままだと日本経済は破綻します。

 選挙によって経済構造を変えようとしても、もっとも大きな政治勢力、世代構成人口になってしまった高齢者たちは、「現状維持」という「時間を止める」選択をとります。改革をしない選択です。若者には、これまで通り、いやこれまで以上に、激安で老人のために奉仕的な経済活動をさせる、という政治的、経済的、文化的な選択をしていきます。

 一致団結し、集団で、全国規模で、超党派で、同時多発的に、「時間を止めます」。

 むかし「世界同時革命」というスローガンを掲げたセクトがありましたが、今回は高齢者による「世界同時革命阻止」という状況が生まれています。スローガンなし、でです。「静かな反革命」が完成している、といったらいいのかな。

 高齢者たちは、日本でもっとも預金をもっている集団に成長しています。年金もしっかりもらっています。

 しかしこのお年寄りたちは、泣きながらこう言うのです。

「将来が不安だ!」

 若者の将来はどうなるのでしょうか? 犠牲になってもいいのでしょうか?

 高齢者は自分の「将来」のために必死であり、若者の将来を考える余裕はありません。「年寄りの犠牲になりたくない!」と怒る若者がどんどん現れて欲しい。

 本書を読めば、日本の高齢者たちが「改革」という「時間の流れの正常化」を否定していることが分かります。



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2008年10月04日

『日本のNPOはなぜ不幸なのか?』市村浩一郎 (赤城稔 取材協力)(ダイヤモンド社)

日本のNPOはなぜ不幸なのか? →bookwebで購入

「未来のNPO経営者を応援する書」

NPO法人の経営に関係している人にとって必読書です!

NPO法人の経営をしている人、したいという希望をもっている人は、すぐに購入して欲しい。

 日本のNPO法人(特定非営利活動法人)のほとんどの経営はうまくいっていません。ほとんどの団体が資金繰りに悩み、人材不足に苦しみ、やりたい事業ができないのです。NPO法人の経営がうまくいかないのは、その代表者の手腕が不足しているからである。それはもっともな解釈です。しかし、経営がうまくいっていないNPO法人が多すぎるのではないでしょうか。そのうまくいっていない理由を市村浩一郎・衆議院議員が丁寧に解き明かしてくれました。

 私はNPO法人ユニークフェイスという、ちいさなNPO法人の代表者です。ユニークフェイスという任意団体をつくって、顔面に疾患や外傷のある人たちの支援をはじめました。NPO法人にしたのは2002年。そこから組織づくりと資金ぐりで頭の痛い日々がはじまりました。
 お金は常に足りない。そのことを誠実に会員に説明しても、NPO法人はボランティア活動でしょう、お金儲けが目的ではないはず、という反応。「非営利」法人という名称が、「利益を出してはいけない」ということを意味しているようにとらえられていたのです。現実は活動によって利益を出してもいいのです。この営利と非営利の仕組みについて、説明するほどに、金儲けのためにNPO法人をつかっている、と誤解されたものでした。

 何かヘンです。

 欧米のNPO法人には、数億円の資金を調達する能力がある組織がいくつもあり、その代表者はMBAを取得した筋金入りの経営者だったりします。日本と欧米のNPO法人を比較すると、メジャーリーグと草野球ほどの大きな格差があります。しかし、このような現実は日本国内ではなかなか理解されません。このような内外格差を埋めるためのうごきは、政策をつくる霞ヶ関からは聞こえてきません。日本のNPO法人をとりまく環境を改善しようと、心ある人たちがロビー活動をしていますが成果は乏しい。アメリカのようなNPO法人経営ができる環境になるまでいったいどれだけの歳月が必要なのでしょうか、と何度嘆息したことか。
 市村議員は、現在の法制度のなかでは、NPO法人は、官僚の下請け組織にならざるを得ない構造を明らかにしています。
 「ボランティア活動などをはじめとする」という文言が特定非営利活動推進法にはいったことで、経営という発想が抜けてしまったこと。法律をつくることを優先し、欧米では当たり前になっている、寄付者にたいする税制上の優遇措置の整備をしなかった経緯を市村議員は教えてくれます。
 アメリカではNPO法人に寄付をした人は、そのお金が税金の対象にならない。だから、著名人が災害などで大口の寄付を申し出ることができるのです。寄付によって、必要なサービスがこまっている人に届く。その寄付者は社会的に賞賛される。予算が決まっている役所ではできない、きめ細かいサービスが民間組織によって可能になり、税金の無駄遣いを減らすことができます。
 NPO法人の活動の事例が詳しく紹介されており、資料的価値も高い本になっています。最近、注目されているNPO法人にファザーリング・ジャパンがあります。父親が子育てを楽しむことで、よい家庭をつくり、快適な地域社会を形成する。そうした活動を通じて、ワークライフバランスを考えていこう、というメッセージを出している活動です。
 年間のランニングコスト(事務所や光熱費など)は約150万円。NPO法人の収入は、会費(個人年会費10000円)と代表の安藤哲也氏の講演のギャラ。会員数は約30人(!)。このNPO法人を応援する理事たちはみなボランティア。ファザーリング・ジャパンは非常に活発に活動しており、経営のプロも参画しているNPO法人なので、もっと余裕のある資金を確保していると思っていました。(とんでもない勘違いでした)。これでは、代表者の情熱と資金が枯渇したとき、活動は停止してしまいます。
 NPO法人は自立した経営をしなければなりません。資金がなければ、サービスを提供できませんし、優秀な人材を育てることもできません。しかし、NPO法人のことを、多くの日本人は「ボランティア団体」であると誤解しており、その活動が経営という面で、いかに多くの困難のなかにあるのかが知られていないのです。

 市村議員は、次の3つの活動の柱を立てて、NPO法人(特定非営利活動法人)を活性化しようとしています。

1)「非営利法人」という概念を民法に位置づけます 2)すべての非営利法人を包括的にまとめ、国際的な規準に合致させます。 3)非営利法人の活動資金を激増させる寄附税制改革等を行います。

 この3つの課題を解決すれば、NPO法人に興味を持つ若い世代にとってすばらしいプレゼントになることでしょう。
 本書が、日本中のNPOが、日本の経済力に見合った力強い組織に再生するためのステップになることを願ってやみません。



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2008年10月02日

『わたしの戦後出版史』松本昌次(トランスビュー)

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「回顧からは希望はみえず。希望は自分たちでつくりだそう」

 出版不況といわれて幾星霜。月刊現代、月刊プレイボーイという歴史のある雑誌が休刊される。一方で、年間8万タイトルの書籍が生み出され、その約40パーセントが売れ残って裁断される。その一部はブックオフに流れて100円で売られては消えていく時代。
 編集者は、DTPとPOSデータに縛り付けられている。企画の焦点は、売れ筋かどうかに傾斜していく。  閉塞感に満ちた出版業界なんとかならないだろうか? と考えた二人の大手出版社の編集者(小学館の上野明雄、講談社の鷲尾賢也)が、伝説の編集者「松本昌次」にインタビューをしてつくったのが本書である。  松本氏は、編集者歴50年のベテラン。いまも現役である。これまで担当した書き手は、花田清輝、埴谷雄高、丸山眞男、平野謙、野間宏、杉浦明平、溝上泰子、廣末保、藤田省三・・・戦後の思想史、文学史を彩る綺羅星ばかり。  私にも少なからず編集者の友人がいる。  いろいろな編集スタイルがある。  「売るための本を3冊つくり、自分がどうしても編集したい本を1冊つくる。それでサラリーマンとしてのつとめと、自分の仕事のやりがいとのバランスをとっている」  「売れることは、読者の求めているニーズに合っている。これが出版の仕事の普通の姿」

 「自分が面白いと思う著者と、面白い本をつくりたい。ほかのことには興味はない」

「広い読者に受け入れられるためには、企画内容をすこしトーンダウンさせていく。日本人の民度にあわせたとき、ベストセラーが生まれる」

 それぞれが、その編集者の人生観だし、仕事観を反映されている。

 しかし、その結果が年間8万タイトル、4割が裁断という本の墓場行きという惨状。利益率はダウンし、著者も編集者も燃え尽きかけている。元気な著者は、アイデアだけを提供し、執筆はゴーストライターに任せている著名人といった状況である。もちろん仕事術の工夫によって、良質の書籍を量産できる一部の筋金入りのプロはいるが、それは一部であって全体ではない。

 伝説の編集者の言葉はシンプルである。これに大手編集者は頭を垂れて耳を傾けている。

「わずか数十年前の、戦後の思想家や文学者でも、よほどの方をのぞいてはどんどん忘れ去られ、著書なども書店で見当たらないというのが現状です。そんなに次から次に文化が入れかわって、いったい何が継承されるんでしょうか」

「時代の反映でしょう。なんでもカネですから、出版界もそれに引きまわされているわけですね。30年ほどまえに「消去の時代」という短い文章を書いたことがあります。70年代半ばあたりですが、そのころからすでにいまの状況が強まっているんです。それが現在ピークにきているんだと思います。「消去の時代」とは、人を押しのけて何かをやるより前に、こういうことはしない、こういうものは出版しない、と決心することが大事だということでたす」


「人文書どころか、いまや出版物全体がほとんど実用書と娯楽本で、読んで身になるとか、考えさせるとか、本当に我を忘れておもしろいというような新刊は見つけるのが容易ではない。しかも、もしあったとしても新刊洪水のなかで多くの読者には迎えられない」

 「本はかつてのような力を失っているんじゃないでしょうか。そういう意味での絶望なんですよ。もしわたしがいま若ければ、本づくりなどしないで、別の直接的な文化運動なんかをやるほうがいいなという気持です」

 松本氏のような昔気質の編集者はいまもいるのだ。しかし、経済的に、社内的にも評価されることはない。思想家は絶滅したようだ。文学者の役割はなくなった。

 本書を読むことで、次の世代の出版ビジネスの希望が見つかるのではないか、と思っていたのだが回顧だけでは未来の希望は見えない。

 松本氏が活躍した時代と今とでは環境が違いすぎるのだ。

 情報が氾濫する社会では、新しいタイプの編集者と書き手が必要とされている。

 ひとつの時代が確実に終わった、新しい世代が新しい本を作るしかない、という平凡な読後感を持った。

 それにしても松本氏は幸福な編集者であった。私たちは別の形の幸福を、出版からつくりだしていかなければならない。



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