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2008年09月18日

『ジャーナリズム崩壊』上杉隆(幻冬舎)

ジャーナリズム崩壊 →bookwebで購入

「大手メディアの「ジャーナリズムごっこ」を暴露した軽薄な文体で書かれた硬派ノンフィクション」

 最近ではテレビの報道番組(バラエティ番組かな?)にも出演されるようになったジャーナリスト上杉隆さんの最新刊。実は、私、上杉さんの著作を初めて読みました。雑誌に寄稿された記事を何本か読んだことがあり、冴えている仕事ぶりは知っていましたが。
 上杉さんのブログ「東京脱力新聞2.0」 を読んで、ときの政治権力にすり寄るジャーナリストたちの無様な仕事ぶりが実名で晒されている、ということを知って、早速読みました。

 面白い!

 長年もやもやしていた日本独自の「ジャーナリズム業界のしきたり」への疑問がかなり解消されました。

 読者や日本国民よりも、政治家や官僚と仲良くすることに仕事のエネルギーの多くを費やし、ジャーナリストとして真摯に働いていない人間がいる、ということは知っていましたが、私は政治取材をしたことがないへっぽこライター。日本の権力中枢の取材をしているエリート・ジャーナリストたちの取材活動を見る機会はほとんどなかったのです。上杉さんの文章を通じて、つぎつぎと中身がスッカラカンの日本流ジャーナリズム活動を目撃させてもらいました。

 内部告発モノではありません。なぜかというと上杉さんは日本の報道業界の監獄たる「記者クラブ」に加入していないからです。同業者から面と向かって誹謗中傷されている描写は迫力満点です。はい。

 他人事だけでなく、身内の恥までも晒しています。文体は軽薄なんですが、まじめにしごとをされていることが分かります。

 上杉さんは昨年、『官邸崩壊』という著作を新潮社から刊行してますが、その編集作業の中で、新潮社編集者から3つのチェックが入ったときのエピソードを紹介。

「3人の政治部記者の実名を登場させるのはどうか」

「連載陣である櫻井よしこ氏に言及している部分については、相応の配慮を願いたい」

「世耕弘成氏の出版物(新潮社)に関する記述に関して、もう少し配慮してもらえないだろうか」


 
 タブーが少ない新潮社でも、こういう自主規制を著者に求めているのか! とたいへんびっくりしました。
 
 本書によって再認識できた、日本のメディアの特徴をざっとまとめてみます。

 論争や批判がメシの種のはずなのに、大手メディアに所属するジャーナリストたちは、自ら名乗って記事を書き、その記事に責任を持つ習慣がない。
 ジャーナリストであることよりも会社員であることを優先する。
 画一的な採用システムで、似たような大学出身者が、満足なジャーナリズム教育を受けないまま現場に放り込まれるために、権力との距離感をとることができないジャーナリストになる。
 ニュースソースを明らかにしない記事を出稿してもとがめられない緩いシステム。
 仲間はずれをおそれる。集団による取材を好む。できあがる紙面は画一的になる。
 原則として誤報を認めない、訂正記事を出さない。

 というわけで日本のジャーナリズム状況は悲惨。記者クラブを開放して、自由な取材ができる基盤を作るべきなんだけど、そういう議論をいくらしても何も変わってこなかったのが、日本のメディアの歴史。記者クラブに立てこもって仕事をするのが習慣になり、ほかの選択肢を見ることができなくなっているんですね。
 必要なことは、上杉さんが本書でやっているように、どの新聞、テレビ、雑誌の記者(編集者)が、権力の広報機関役を担っているのかを、実名で報道していくことなのかも。(テレビ局は、政治家の子どもたちが縁故入社して高給を取っているのですが、そういう事実を大手メディアは報じないので、厳しい競争を勝ち抜いた人が働いているという幻想が生まれてしまう。困ったモノです)。
 情報公開をせよ! と権力に向かって叫んでいる、当の報道機関のやっていることは、ジャーナリズムではなく「ジャーナリズムごっこ」だった。
 結論自体は、目新しくはありません。が、エピソードが面白い。
 本書がベストセラーになれば、柳の下の二匹目のドジョウをねらう出版社がでてくるのがメディア業界の常識。ベストセラーになって欲しいですね。でも、同業者を批判したり、皮肉ったりすることに、心理的な抵抗感のある人が多すぎるので、しばらくは上杉さんの独走がつづくでしょう。


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