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2008年08月28日

『ルポ"正社員"の若者たち』小林美希(岩波書店)

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「若い正社員を使い捨てにする日本企業に未来はあるのか」

「正社員になると生活が安定する」という「常識」があります。
 格差社会の議論が広がるにつれて、その常識が崩れつつある、と言われています。

 しかし、本当はどうなっているのでしょうか?

 とくに、就職氷河期と言われたときに社会に出た若者たちはどういう会社でどういう働き方を強いられているのか? 

 意外と他人の働く現場のことは知らないのが普通でしょう。自分の会社の給与体系についても知らない社員がいても不思議ではないはず。日本人は、労働時間と給与の関係をおおっぴらに語ること、訊くことにためらいがあります。

 私たちは、「就職氷河期」「ワーキングプア」という言葉を知ってはいますが、その現実をあまりにも知らないということを、本書を読んで気づくことでしょう。

 冒頭に、「就職氷河期」を物語る数字が出てきます。

 「80年代から一定して70%台後半を保っていた大学就職率が、93年度の76・2%という高い数値を最後に加速度的に落ち込んでいった」と、著者の小林美希さんはルポを始めます。

1994年度 70・5% 1995年度 67・1% 1996年度 65・9% 1997年度 66・6% 1998年度 65・6& 1999年度 60・1% 2000年度 55・8% 2001年度 57・3% 2002年度 56・9% 2003年度 55・1% 2004年度 55・8%
 このようなひどい数字を不覚にも私は知りませんでした。大学卒業生の約半数は正規雇用されなくなっていたんですね。この数字にもからくりがあります。正確な正社員雇用の数字を指しているわけではありません。

 この「大学就職率」でいう就職者の定義は「新規の卒業者で給料、賃金、利潤、報酬その他経常的な収入を目的とする仕事に就いた者」。ですから、正社員だけでなく、派遣社員、契約社員も含まれているわけです。

 大学卒業者で、正社員として働ける人は、50%以下ということになります。

 このような狭き門をくぐって念願の正社員になった若者たちは、「3年」を経たずして辞めていきます。中高年からは「若者にはやる気がない」という批判があがっていますが、実際に、この若者が働く労働環境を、正確な事実をもとに検証されることはほとんどありませんでした。

 中高年たちの経験したバブル経済、高度経済成長というよき時代を過ごした人たちからみれば、モノと情報があふれる21世紀の時代に、それなりに名の通った会社に正社員雇用されたのだから、順風満帆に違いない。このような思考停止状態に、冷や水をかける事実を掘り起こしたのが、小林美希さんの仕事です。 

 取材対象者になった若者のプライバシーを保護するために記事では匿名にしてあります。その勤務先の社名も匿名化されていますが、それぞれの業界で働く人であれば、「あの会社のことだろう」と想像がつく表現になっています。また、社名が匿名になっているため、日本の企業の典型的な振る舞いを描いたノンフィクションノベルとしても読むことが可能だと思いました。

 本書を読んで、驚かされるのが、慶応大学というブランド大学を卒業し、著名企業に正社員で就職できたとしても、配属される会社は、サービス残業があたりまえ、満足な社員教育はない、同期入社が次々と退社していくなかでやる気のある社員が孤立していくこと。「24時間闘えますか」という過労促進飲料のコマーシャルのような労働を続けて、燃え尽きる、鬱病になる、という現実です。

 読んでいて、とくに怒りを感じたのが、派遣社員の女性が妊娠すると、派遣契約を打ち切る会社が少なからずある、という現実でした。

 これでは少子化が進むばかり。20代の女性が、安心して働き、妊娠出産できる環境を、多くの会社は提供できないし、提供する気がない。働きながら安心して妊娠出産できる機会をもらえる会社は、特権的な立場にある大企業だけなのか、と考え込んでしまいます。

 著者は、派遣会社に取材を申し込みますが、一部の企業を除いて取材拒否。企業としてのリスクマネジメントとしては正しいのでしょうが、なんともやりきれない気持になってしまいます。

 著者は、労働問題にこだわるジャーナリスト。自分自身がメディア産業のなかで非正規雇用の労働者になったことがあり、そのときの苦渋をきっかけに若者の労働取材をはじめたといいます。

 このようなひどい労働環境が、日本企業のすべてではない、とは思いますが、ひどい労働環境をつくり、放置してきた中高年の責任は重いと思います。
 著者がジャーナリストとして活動している起点は両親の教育にあったようです。

父には『人を学歴で判断するな。職業に貴賎はない。大事なのは社会人になってから何をするかだ』と教えられ、母からは『機会が不平等な社会を許してはいけない。時代を見る目を誤るな』と言われて育った。だからこそ、個人の努力では立ち向かいきれないような構造的な問題があることを指摘し、政治家、行政機関、経営者などがそうした現場の問題を知りながらも放置しているようであれば、それを厳しく追及しなければならないと思い続けている。

 日本の会社は、後継者たる若者を使い捨てにすることでグローバル経済を生き残ろうとしていますが、それは短期的にうまくいっても長期的には破綻するシナリオであることは明らかです。生き残るためには選択の余地がない、という経営者の本音はよく分かりますが、捨てられた若者たちの本音は社会から無視されたまま。ため込まれた怒りはぐつぐつと沸騰しています。


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