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『ブラジル人と国際化する地域社会-居住・教育・医療』池上重弘(明石書店)

ブラジル人と国際化する地域社会

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「未来都市ハママツへ ようこそ!」

 静岡県浜松市は日本最大の日系ブラジル人コミュニティがある地方都市。その浜松の現在を知るための必読書だ。
 発行は2001年8月。浜松に日系ブラジル人が急増するのは1990年。この年に施行された新しい出入国管理および難民認定法(入管法)によって、日系2世、3世やその家族の就労が合法化されたためだ。

 ホンダ、ヤマハ、スズキという自動車関連企業の本社と、その下請けが集積している浜松では単純労働者のニーズが高く、企業は慢性的な人手不足に悩んでいた。浜松市に生産拠点のある大企業から中小企業まで、日系ブラジル人を雇用することで経営の安定を目指したのである。

 その結果、90年代、浜松市日系ブラジル人は急増した。

 1989年には189人だったが、1990年には1457人。1年で10倍以上の増加。1991年には4072人。前年の約3倍。2001年には11716人にまで増加する。2000年当時の浜松市全体の人口は約59万人。日系ブラジル人のしめる割合は1.9%。50人に1人が日系ブラジル人という街になった。2008年12月の浜松市のデータによれば、全人口807799人に対して、日系ブラジル人は19047人。2.3%である。

 浜松市は2007年に周辺の自治体と合併をして人口が約20万人増えた。日系ブラジル人は職場のある旧浜松市に多く住んでいるのは改めて言うまでもない。合併しても居住地域の分布に変化はない。

 地域によっては、生徒の約4分の1が日系ブラジル人の子どもという小学校もある。私が住んでいる東区では、住民のほとんどが日系ブラジル人となってアパートもある。急増する日系ブラジル人達をターゲットにしたビジネスが成立する。ブラジル人のための学校も複数経営されている。

 ニューヨークのように、街の一角がまるごとひとつのエスニックグループ(たとえばチャイナタウン)の生活圏になっているということはない。日本人社会のなかで、日系ブラジル人たちは点在して暮らしている。

 その日系ブラジル人たちの生活を調査した成果が本書である。

 浜松で日系ブラジル人が急増した1991年から10年。1996年の研究開始からわずか4年で、300ページを超える充実した内容の研究成果がまとめられている。編著者たちの努力と熱意に敬意を表したい。

 内容は、日系ブラジル人と日本人の異文化の出会いによって発生したさまざまな現実に、それぞれのコミニュティがどう対応したのか。その過程が学問的な立場から詳細に検討されている。第一級の資料になっている。

 日本人社会は外国人に対して差別をする傾向がある、と言われる。もちろんそういう面もあるだろう。浜松でも差別はあった。急増する日系ブラジル人の対応に、行政が無力だったこともある。日系ブラジル人への医療や教育サービスはたしかに不備だった。住民同士のコミュニケーションは不足していた。

 しかし、本書で何度も述べられているのは、浜松市日系ブラジル人に対する取り組みは日本国内で先駆的であり続けてきた、高く評価できる、という視点である。この観点に私も同意する。

 日系ブラジル人とひとことでいっても、その生き方は多様。日本語を学び、日本社会から学ぼうというまじめな人は少数だ。それは日本人も同じだ。ポルトガル語を学び、日系ブラジル人と対等につきあうことを苦手とするのが大多数だ。

 それでも、人々は生活圏をともにしていく。誤解と不信から、相互理解へと歩みだす。本書はこれらの人間の営みを活写することに成功している。

 浜松における日系ブラジル人をとりまく環境変化は激しい。

 昨年から地元新聞は、ホンダ、スズキという大企業が、生産拠点を浜松市から他の地域に移転する、という報道に集中している。90年代に人手不足から日系ブラジル人を雇用すると決断した企業群が、さらに安いコストで生産しないとグローバル競争に勝てない、と経営判断したのだ。企業群は九州などに工場を移転した。新工場では極限まで人を減らす方針だ。これまでのように、日系ブラジル人たちの単純労働に依存することはありえない。日系ブラジル人たちにとって、雇用不安が広がっていくだろう。ブラジルに帰国したとしても、日本で稼いだ貯金を狙う強盗に警戒しなければならない。日本の治安の良さは魅力である。迷いはあっても、日系ブラジル人浜松市に定住する流れは止まることはないだろう。

 さらに大きな問題がある。日系ブラジル人の子どもたちの未就学、未就労である。長時間残業をする親たちは子どもの面倒をみる時間がとれない。この子どもたちのなかから、母語であるポルトガル語も、日本語も満足に話すことができないということが起きている。

 浜松市における日系ブラジル人との共生は、日本のひとつの未来を指し示している。

 東京などの大都市に集中する日本人の若者達。人手不足の地方企業は外国人を雇用するしかない。地域は外国人との共生をする道に踏み出す。しかし、日本人社会は、これほどの急激なスピードでの移民を受け入れた経験がない(戦争中の朝鮮人強制連行をのぞく)。試行錯誤のなかで、モデルのない道を日本人も日系ブラジル人も歩んでいく。浜松市でいま起きていることは、日本中が直面する現象になるだろう。製造業がない地方都市では、介護労働者として日本にやってくるフィリピンなどの東南アジアの女性たちとの共生の道を選択することになるだろう。

 東京のような若年の日本人労働者が集中する都市は特別なのだ。

 浜松市は、「未来都市ハママツ」になっている。


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