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2008年02月18日

『日本を降りる若者たち』下川裕治(講談社現代新書)

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「外こもり、という日本難民の記録」

 まじめに会社で働くつもりで就職したら、老人をだます詐欺のような仕事をさせられた。我慢して働いた。ある朝起きられなくなった。パニック障害と病院で診断された。
 ワーキングホリデーで1年間外国で旅をしながら働いた。1年たっても英語力は今ひとつ。日本に帰国して就職試験を受けた。落ちた。海外の大学をきちんと卒業した者には勝ち目がないことを知った。
 テレビ局の下請けで一生懸命働いた。あるとき上司から「おまえの代わりはいくらでもいる」と言われてショックを受けた。退職して旅に出た。

 そうした、過労死と偽装が横行する日本社会では、ありふれた、しかし本人にとっては耐え難い経験をした彼らがたどり着いたのが、タイのバンコクにあるカオサンである。世界一のゲストハウス街である。一泊300円から1000円程度で宿泊できる安宿があるのだ。

 彼らはカオサンに長期滞在する。日本で稼いだお金でひっそりと暮らす。衣食住という生存に必要な最小限のお金だけをつかって。カオサンでは何もしない。ゲストハウスやアパートの一室で、ひがな一日ビールを飲んだり、パソコンでインターネットをしたり、とのんびり過ごす。

 「なにもせず、どこへも行かない旅行者たち・・・・。
 それはバックパッカーの系譜から見ても、新しいグループの出現だった」(下川裕治)

 長期旅行者のなかで、「沈没」という言葉がある。なにをするわけでもなく、ある外国の町に数ヶ月滞在してしまうことだ。「沈没」には、時期がきたら浮上して旅を再スタートするというイメージがまだ残っている。本書で描かれているのは、「沈没」の最終地点、「外こもり」である。

 「日本でひきこるのではなく、海外の街でひきこもる若者たち」。彼ら・彼女らが、本書の主人公だ。

 日本では「勝ち組」「負け組」という言い方で、人間の価値を収入で決めつける風潮がある。その負け組に落ちないために、人々は会社で過酷な勤務に身をまかせる。余裕のない生活を続けていくうちに、家庭が崩壊する、体をこわす、精神病になる、仕事中毒になる、という悪循環にはまりこむ膨大な人々がいる。その人たちが運良く、働きやすい職場を見つけることが出来ればよいが、一定数の人間は、転職に失敗し労働市場からはじき出され続ける。その一部は、日本の円の力を借りて、のんびり暮らせるタイのバンコクに流れ着くのである。

 日本のように何もかもきちっとした国は世界のなかで少数である。電車が定刻通りに発着する異常さ。 異常な密度の満員電車に乗って、不平不満をいわずに沈黙をかたくなに守っている忍耐力。履歴書に少しでも空白(離職期間)があると就職で不利になり、正社員になる道が狭まる。濃紺スーツという無個性のファッションで身を固めないと働きにくい職場。自己啓発書を読んで、自分を高めるための努力を惜しまないというポーズをとっていないと安心できない文化風土。数えだしたらきりがない。

 社会でおきていることは、自分の力では変えることができないという断念のなかで生きている人たちは、暗黙のルールに従って、異論を表明しない。異論があっても匿名でブログに書くのが精一杯という有様だ。

 日本に適応できない日本人は、昔から海外に脱出してきた。彼らの多くは、海外生活によって、いまよりも自分を高めようとした積極的な人間だった。
 本書では、「負け組」とされる経済的弱者さえも国境を越えてしまう、それほどまでに日本国が日本人に嫌われ、憎まれている現実が描かれている。

 「外こもりとは、突き詰めれば日本社会からの逃避である。うまく逃げ通せれば、余裕がなくなりつつある日本社会で、奥歯に力を入れて生きなくてもいいと思う。しかしそこには、うまく逃げられれば・・・・という前提がある。それはなかなか難しいことだ。日本人であるという事実はいつまでもついてまわる。逃避する自分を探しまわる追っ手もまた自分のなかに棲んでいるのだ。
 だが日本社会が怖い。
 いまの日本社会に怖さを感じ取ってしまう若者が増えている。逃避への羨望をいつも抱えもってしまっている。外こもりの入り口のひとつは、その怖さであることもまたたしかなのだ」(下川裕治)

 砂粒のようにばらばらになった個人をまとめる装置がかつての日本国内にはあった。地域、会社、家族というものだ。それらが機能しなくなり、グローバル経済の影響のなか、格差社会が出現し、砂粒になって飛散している。タイのカオサンには、その飛散した砂粒が集まっているようだ。本書によれば、沖縄も、外こもりの避難所になっているという。彼らは、日本国内のひきこもり当事者と違い、タイや沖縄に逃避するだけの行動力と知恵があるように見えるが、海外に定住するための生活基盤をつくるまでの覚悟がないのだろう。だから外こもり、なのである。

 私は海外放浪者になりたいと思ったことがある。何度か試みたが、日本で自分にしかできない仕事がある、という動機をみつけてしまったために、いまも日本にいる。外こもり当事者たちに、昔の自分の心象風景をみたと思っている。

 海外で野たれ死にする覚悟があるのならば、外こもりでもいいのではないか。そうでないならば日本と向きあうべきだろう。

 と書いたものの、この外こもりの人たちが、バンコクで生きる気力を取り戻して、そのままアジアの地で働き、家族をつくり、死んでいくことが、国際化のひとつの形であるとも思う。

 日本の閉塞感は、海外にも輸出されるのである。それは、外こもり当事者だけの責任とは思えない。華僑のような固い絆をつくることができない、表面的には画一的で結束していても、中身は砂粒のように相互不信と無関心でばらばらになっている日本の自画像を表現することに成功した一冊になっている。

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2008年02月15日

『「社会を変える」を仕事にする-社会起業家という生き方』駒崎弘樹(英治出版)

「社会を変える」を仕事にする →bookwebで購入

「痛快でほろ苦いNPO法人経営者のノンフィクション」

 病児保育という社会問題を解決する事業を進めている、NPO法人フローレンス代表駒崎弘樹が、このビジネスを着想しビジネスにするまでの奮闘記である。
 病児保育とは、病気になった子どもを一時的に預かること。育児をしている女性にとって、この病気になった子どもを預ける保育所やベビーシッターの確保は大問題だった。ほとんどの保育施設は、病気になった子どもを預かってくれない。となると、母親は、病気になった自分の子どもの面倒を見なければならない。子供の病気が治るまで仕事ができなくなってしまう。いまの日本では、子供が病気になったとき、職を失うおそれなしに休める職場で働いている女性はほとんどいない。駒崎は、病気になった子どもの面倒をみるために会社を休んだために解雇された女性の話を聞き、この社会問題の存在に気がついた。  駒崎は、この病児保育を、ソーシャルベンチャーという手法で解決するために、NPO法人フローレンスを若い仲間たちとともに立ち上げる。  この病児保育は、保育関係者にとっては、やりたくてもできない、できたとしても赤字になることがわかっているために参入できなかった領域だった。  全国に点在する病児保育サービスの多くは、行政からの補助金によってかろうじて運営ができているというありさま。いわば「見捨てられた領域」に、男性、独身、子どもをもった経験なしの、IT学生ベンチャー社長あがりのアンチャンが、事業化していく!と宣言し、この難問を周囲の暖かい理解と、もちまえの行動力によって解決していく。

 と、書くと順調に事業化できたように見えてしまう。

 問題山積のNPO法人フローレンスである。

 駒崎は、病児保育をしてきた保育業界の諸先輩に「独身」「未婚」「子供がない」ことを理由に「できるわけがない」と言われてへこんだり、NPO法人の助成金獲得にアドバイスができる、という自称プロにダマされたり、という経験をして「NPO業界」の後進性に気づいていく。

 その体験を駒崎は楽しそうに書いていく。その楽天性が、多くの人を惹きつけて、フローレンスという病児保育事業を大きくしていったのだ。うらやましいと思ったし、こういう行動力のある若者が登場したことで、日本のNPOを取り巻く環境が変わりつつあることがわかった。


 NPO法人ユニークフェイスという、異形の顔をした当事者の支援という、無謀な活動をしてきた私は、この本の中で展開されている駒崎の活動を我がことのように追体験してしまった。
 「あ、ここは俺と似ている体験だ」、「ああ、この場面でこういう強力な助っ人が登場するのか! 運がいいなあ。羨ましいなぁ」、「日本のNPO法人の土壌のなかで、新卒学生を採用するなんて無謀きわまりない! でも出来るのか!」。

 隣の芝は青く見えるものである。

 私もがんばらなくては・・・・。


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2008年02月11日

『崩壊する新聞』黒藪哲哉(花伝社)

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「新聞販売店からみえる、新聞ビジネスの闇」

前回は『トヨタの闇』を取り上げた。今回は「新聞の闇」を取り上げる。
著者の黒藪哲哉氏は、フリーランスジャーナリスト。私もたびたび寄稿してきたニュースサイト、MyNewsJapanの常連寄稿者のひとり。新聞業界、とくに新聞販売の問題点を取り上げるインターネットサイト「新聞販売黒書」を主宰している。「新聞販売黒書」の黒は、自身の姓である黒藪とリンクしているのだろう。

日本における新聞発行部数は、他国と比較すると突出して多い。

2006月の段階におけるABC部数は

読売新聞:999万部
朝日新聞:813万部
毎日新聞:399万部
日本経済新聞:286万部
産経新聞:216万部

これに対して、2006年頃、外国の新聞では

USAトゥデー:227万部
ニューヨークタイムズ:114万部
ル・モンド:35万部。

となる。日本の新聞の発行部数の多さがわかる。

よく知られているように、日本の新聞には個性といえるようなものがない。同じようなニュースを同じような論調、文体で書いている。

日本人が退屈な新聞を読むことが大好きだから、このような数字になったわけではない。
各新聞社が全国に強固な販売網を作り上げたためである。

本書は、この新聞販売制度を軸に、新聞ビジネスの闇が描かれている。

ここでは2点にしぼって内容を紹介したい。

 まず第一に、本書が明快に指摘しているのは、新聞販売店には「暴力装置」が組み込まれており、新聞社はこの装置を使って新聞部数の拡大維持をしていること。 新聞拡張団という男たちが、地域をまわり新聞を強引にとらせる。
 この拡販団のメンバーが受け取る報酬は完全歩合制である。その日に新規の読者を獲得できないならば収入はない。収入面では下層階級に所属する者たちが多いことが容易に想像できる。だから日銭を稼ぐため強引で押しが強くなる。そうしないと生活できないのだ。この拡張団のなかには闇社会とつながりのある者もいる。

 第二に、新聞社はその実売部数をごまかしており、読まれない新聞を「押し紙」として新聞販売店に押しつけている。膨大な新聞が読まれないまま、リサイクル業者に渡っている。ペット業者が糞尿処理のために、真新しい押し紙をまとめて購入することもある。
 「押し紙」とは、実際に読者がいないのに、新聞社が販売店に押しつける新聞(紙)のことである。たとえば、ある販売店の担当地域に読者が300人いるとして、新聞社はそれに上乗せして500部押しつける。この上乗せした200部の読者が獲得できないとしても、新聞社は500部で代金を販売店に請求する。断ればその販売店の販売契約を打ちきられる。契約が切られたら廃業を余儀なくされる。販売店は新聞社の指示に従うしかない。早朝の新聞販売店をのぞくと、封が開けられていない新聞の束をみかけることがある。配達するあてのない「押し紙」だと思われる。

 社会の公器たる新聞社が、非人道的な経営をしているのだ。
 この経営に疑問を持った販売店経営者たちが、新聞社を相手に訴訟を起こし、その責任の追求をはじめた。黒藪は、これらの訴訟の取材を通じて「新聞社経営の闇」が暴かれていく。裁判資料を入手しているためだろう。黒藪の記述はきわめて詳細である。

 これらの重大な事実は、新聞やテレビで報道されることはない。これは新聞業界にとって、一般の人に知られたくない「不都合な真実」だからである。
 本書が、専売店制度で支えられている毎日、朝日、読売などの大手新聞の書評欄で取り上げられることはないだろう。新聞記者も、実名で本書の内容を克明に紹介することはないだろう。


 私の個人的体験を紹介しよう。
 東京の下町、亀有でひとり暮らしをしていたとき、読売新聞の勧誘を受けたことがある。中年の男性がドアのまえで笑っている。
「新聞は取っていますか?」
「毎日をとっています」
「読売をとってほしいんです」
「いえ、いりません」
「いまなら景品を差し上げます。新聞をとらなくてもいいですよ」
「じゃあ、ください」。
 そのとき、私は毎日、朝日、日経を3月毎に購読しては、契約を解除することを繰り返していた。毎日読むに値する新聞を見極めるためである。読売の勧誘員は、私の両手に洗剤と商品券、ビール券をのせていく。
「ありがとうございます。こんなにいただいて。ひとりぐらしなので助かります」
「いえいえ、それじゃあ、お願いします」と新聞契約書を取り出した。
「それじゃあ、また」と、私がドアを閉めようとすると形相が変わった。
「こら! 新聞とれよ!」
「景品は無料でいただけるって言ったじゃないですか。新聞はとらなくてもいいって」
「なめとんのか。こら! 俺はこのへんでは顔なんだぞ」
「でも、新聞は取りません」
すると男は、私の両手からすべての景品を奪い取って、「なめんなよ!」と捨て台詞を吐いて去っていった。
 こんな勧誘をひとりぐらしの老人や女性が受けたら、恐怖のあまり抵抗できない。怖いひとに私は目をつけられたのだ。いざというときは、亀有公園の派出所にいって、相談に乗ってもらうしかないな、と思った次第である。

 もし、この強引な新聞拡張をしている専売店制度がなくなったら、日本の新聞発行部数を維持することは不可能になる。
 ネットの普及によって、減少の一途をたどる新聞読者離れが止まることはありえない。「押し紙」は増え続けるだろう。

 私は同世代の新聞記者と会うと、折に触れて、将来のことを聞くようにしている。勤務先の新聞社が倒産する、自分がリストラにあう、という前提で行動している記者はほとんどいない。この危機感のなさがたいへん心配である。

参考になるサイト
MyNewsJapan 黒藪哲哉氏の寄稿まとめ
・黒藪哲哉氏が主宰する「新聞販売黒書」


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2008年02月06日

『トヨタの闇』渡邉正裕・林克明(ビジネス社)

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「全日本国民必読の書である」

 トヨタという自動車メーカーの「闇」にスポットをあてたノンフィクションである。
 世界一の自動車メーカーに成長したトヨタ。
 成功した会社として、その社風をたたえる書籍が無数に出版されるトヨタ。
 その闇にスポットをあてた書籍は、数えるほどしかなかった。
 トヨタ批判の完全なる不在。
 国策企業トヨタを批判的に検証できない日本のジャーナリズムの足腰の弱さは公然たる秘密だ。  トヨタをジャーナリズムの対象として取り上げた、その数少ないノンフィクション作品のなかで、いまも読み継がれているのは鎌田慧の『自動車絶望工場』だろう。
 この作品にしても、ノンフィクションという出版業界では「売れない」ことが常識になった領域に興味をもっている人間、大企業の労働問題に取り組んでいる関係者くらいしかひもとくことはない「古典」になってしまった、と言ってよい。
 私はいまこの原稿を浜松という東海地方の一都市で書いている。
 トヨタの影響が強い東海地方でトヨタについて話をすることと、製造業の現場がなくなった東京で話をすることでは意味が違う。とくにトヨタのお膝元である愛知県では、メディアなどの公的な場で、トヨタの批判をすることは不可能である。地縁、血縁の誰かがトヨタ本社と、トヨタ関係で働く。自己規制が働くのはやむを得まい。トヨタ批判のために発表の場を提供するメディアは、東海地方では皆無である。東海地方で絶大なシェアを誇る中日新聞をはじめとする地方メディアはトヨタに批判的なニュースを配信しない。そう断言してもかまわないほどの影響力がトヨタにはある。
 この本で書かれたことは、東海地方で自動車関連産業に携わっている人間であれば、風評としてではあるが、断片的に知られていることである。
 本書でも多くの紙面が割かれているトヨタの正社員の自殺の多さ。会社のビルから飛び降り自殺をしたという噂は絶えない。
 トヨタには数万人の社員が働いているのである。そのすべての口をふさぐことはできない。広告収入で事業を回している広告代理店、雑誌、テレビ局の人間でさえ、表だって語ることはないが、トヨタの内情について知っているのである。ただ「発表」、「報道」という形で公開されないのである。

 本書を書評で取り上げるのは迷いがあった。

 その気持ちに変化が起きたのは浜松に移住してからだ。本書が名古屋駅、浜松駅周辺にある主要書店で平積みになっている様子を確認し、東海地方で働く人々が、トヨタの内情を心から知りたがっていることを知った。

 私はトヨタ本社のある愛知県で生まれ育ったため、トヨタによって地域経済が潤い、東京をのぞく地方のなかで東海地方が突出して好況であることを好ましいと思っている。

 東京にいたとき、本書を取材執筆した取材チームに入る気があるか、と打診されたことがある。確信をもってトヨタを批判することができないので、その参加を見送った。その判断は正しかったと思っている。
 その後、日本経済新聞が、本書『トヨタの闇』の新聞広告を拒否した。これはニュースサイトMyNewsJapanで報道された。

 本書の意義を認め、精力的に報道しているのは海外メディアであり、日本の主要メディアは黙殺していることも明らかになっている。

 憶病なほどにメディアがトヨタに遠慮し、自主規制をしているのである。

 私も憶病だけれど、日本経済新聞の自主規制は度が過ぎている。書籍の広告ぐらい出稿しても、トヨタから圧力があるなんてことはない。あったとしたらはねつければいい。版元のビジネス社の責任で広告を出しているので問題はないはずだ。

 内容は過激ではない。トヨタと仕事をしたことがある人、東海地方で生きている人ならば、卒倒するような衝撃的事実などなにひとつ書かれていないと思う。しっかりした裏付け取材ができているため、日本にも大手企業を正確に報道することができるジャーナリズムがあるということを知って、安心する人が多いのではないか。

 本書で書かれていることは、他社でも起きている「普通の異常事態」だ。

 職場でのセクハラ、パワハラ、過労死、そして過労死裁判。労働組合が告発する非人間的な労働環境。これらの「普通の異常事態」がこれまできちんと報道されてこなかったことが異常なのである。

 「トヨタの闇」であると同時に「日本の大企業の闇」を報道した良書だと言ってよい。

 全日本国民必読の書である、と大げさにオススメしておきたい。


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2008年02月05日

『絶望男』白井勝美(サンクチュアリ出版)

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「死ぬな。書き続けろ。」

 年齢:46歳。
   学歴:中卒。
   職歴:一度も定職に就いていない。
   ひきこもり歴:30年。途中、アルバイトなどの軽作業の経験はある。
   病歴:20歳から精神科に通院。精神障害者2級。障害年金受給者。
   資格:一切なし。
   恋愛経験:なし
   自傷歴:リストカット。自殺未遂歴5回。
   家庭環境:父親が聴覚障害者で鬱病、そして重度のアルコール依存症。幼少から泥酔した父から家庭内暴力を受けて育つ。父は白井が31歳の時に死去。母親は身体障害者で、仏教系新興宗教を信仰する。家計を支えている弟は糖尿病患者。最近がんと診断された。
   外見:子どものとき怪我で前歯をなくしたが治療費がなかったので放置したまま。笑うと前歯のない歯茎が露出するため、人前で口をあけて笑うことはない。
   生活費:同居している弟が生活を支えている。白井個人の収入は、精神障害者2級として支給される障害年金が2ヶ月に13万2千円。
   趣味:映画鑑賞。13歳のときロバートデニーロ主演の映画『タクシードライバー』をみて、孤独な青年トラヴィスに自分自身の孤独を投影して以来、映画を支えにしている。
   尊敬する人:作家の雨宮処凛
 

 『絶望男』の著者、白井勝美の経歴をまとめてみた。不幸のオテンコモリである。これだけの経歴の人間はなかなかいない。天下無双の絶望男、それが白井勝美である。
 不幸自慢で有名な作家、柳美里でさえ、この白井の絶望の足下にも及ばないだろう。柳美里は不幸ごっこをしているに過ぎない。
 『絶望男』は、白井の実父の死を喜ぶシーンから書き起こされている。
 「死んでくれてありがとう!」
 アルコール依存症の父は、家族に虐待を加え続けていた。酩酊した父は、白井と弟に襲いかかろうとする。その動きを遮る身障者の母。その母に向かって12インチのテレビを投げつけ、後頭部を殴りつける父。アルコール依存症は恐ろしい病気である。本人の精神を破壊し、その同居する家族を破壊していく。
 その父も老いには勝てなかった。大病をしてから衰弱した父は2年間のおむつ生活。死期を感じ取った白井兄弟によって病院へ。手遅れだった。1993年7月父が死去。火葬場で事件は起きる。鬱病で働けない白井を親戚は「人間のクズ」と言ったのだ。
 「お前らに何がわかるんだ! こっちへ来い。殺してやる」
 親戚からは縁を切られた。
 白井は31歳だった。

 父の死から13年後の2006年8月、白井は父が納骨されている「焼骨短期保管庫」に母と行った。
 「俺を作家にさせてくれ」
 遺骨の前にして、心のなかでそう祈った。このとき、白井は小説家になるための道を歩きだしていたのだ。 

 白井は、ニート、ひきこもりの若者の就労支援をしているNPOコトバノアトリエ(山本繁代表)のプロジェクト「神保町小説アカデミー」で作家として鍛えられた。
 2006年6月、雨宮処凛らニート問題に関心をもつ有識者のシンポジウムがあった。私は後ろのほうの席に座って取材していた。コトバノアトリエ代表山本が、小説家を目指すニート、ひきこもりのために「神保町小説アカデミー」を開講する、受講生を募集している、と説明した。最前列に座った中年男がどもりながら叫んだ。「俺は、映画評論家になりたい!」、「でも28000円の月謝が払えない!」。
 自傷系のシンポジウムによくありがちのハプニングである。こういう人がデビューする可能性は100%ない。
 山本と名刺交換した。2006年当時、ニート問題は旬の話題であり、若い書き手の台頭が目立った。私はこのテーマをさらに取材するかどうか考えていた。
 数日後、経営危機に瀕していた広告代理店名古屋の担当者と水道橋で打ち合わせをしていたとき、山本から携帯に電話が来た。神保町の事務所へ向かった。(余談だが、この広告代理店東京本社の社長は自殺した。その名古屋社長は広告の世界から引退。中国に移住して別のビジネスをしている。「儲からない商売だ。気をつけろ」と私に言い残した)
 山本からアカデミーの講師になって欲しいと依頼された。生徒のメンタル面の状態を聞くと、精神病、自傷、ひきこもり、ニート、と格差社会の犠牲者が多い。「彼らの自分自身の体験を書きたいというモチベーションはすごい」と山本は力説する。私は「トラウマをもった人間に、つらい体験を反芻させると心が折れる可能性がある。危険だ。そもそも作家になれるような精神力があるのだろうか。たとえ1冊の本を出せたとしても、印税と原稿料だけで生活することはできない。社会的弱者に無茶なことを求めるは酷だ」と、助言した。山本は動じない。この男はひきこもり、ニートに作家になるという夢をもたせて、社会復帰するしかないようにしむける確信犯だ。講師になることを承諾した。山本に向けた言葉は、ユニークフェイス当事者支援のために何ができるのだろうか、と模索した10年間の私の問いでもあったのだから。
 聞けば、作家の雨宮処凛氏にアカデミーの顧問になってほしい、と依頼した以外、何も決まっていない、という。こういう混沌とした場に参画するのは、私の癖だ。乗りかかった船でもあるので、文章講座に興味をもちそうなジャーナリストの友人(のちにオリコンから提訴された烏賀陽弘道氏がいる。限りなくニートに近いジャーナリストと自嘲していたっけ)や編集者を何人か紹介した。
 初めての講義。私の真正面に座ったのはパンクロッカーのようだ。モヒカン刈り。ウルトラセブンのような鋭角的にカットした髪を真っ赤に染めていた。自己紹介で「こういう外見なので就職差別にあって就職できないんです」と言った。見どころがある若者だ。
 白井がいた。浅黒い肌。仏頂面。無表情である。初めて書いてきた原稿は、映画『タクシードライバー』についてのエッセイ。へたくそな文章だったので、朱で真っ赤にして戻した。
 ショックだったようだ。「厳しいとはおもっていたが、予想以上だった」と、ぼそりと言った。次回の講座を欠席すると思ったが、来た。
 白井の原稿は手書きである。パソコンを買う金がないのだ。不機嫌そうな様子は変わらない。手書きの文字は整っている。何度も推敲してから清書しているのだ。パソコンで原稿を書くと、キーボードが感情を無用に増幅させることがある。白井にはそれがない。
 精神病についてのエッセイを書いてきた。正確な医療情報と自分の体験がうまく統合されてよいできばえだった。ほめた。少し表情に変化があった。笑ったようだ。ほめられた経験が少ないのだろう。社会を懐疑する性癖がしみこんでいるのかもしれない。そういうセンスは、物書きになるたいせつな資質のひとつだ。心が折れなければ、書き続けることができれば、いいモノが書けるかもしれない。
 講師としての仕事を終えたあと、山本とは別の仕事でよく会っていた。白井が文章の腕を上げている、という。しかし、作家になるのは難しいだろう、と思った。聞き流していた。30年間のひきこもり人生。46歳。人生の後半を考えるときに、「小説アカデミー」で、メディアの現場で仕事をしているプロの作家、編集者、クリエイターたちとの出会いを楽しむ。その貴重な経験を味わって、自分の作品を書くことができないまま、書けるかもしれないという希望を抱き締めて余生を送ることになるのではないか、と思っていた。
 その白井勝美が、サンクチュアリ出版という中堅の出版社からデビューすることが決まったという。書評を書いてほしい、と山本から電話があった。山本の声は弾んでいた。白井との出会いから1年半経っていた。
 降参である。
 白井勝美、よくやった。山本、よく支援しきった。
 信じていなかった、俺が悪かった。

 白井のように、白井以上に、絶望している人たち。読んでやってくれ。
 いま幸福に暮らしている人たち。読んでほしい。
 上流階級に到達して、白井のような貧困とは無縁の生活をしている人も読んでほしい。 日本のなかにある、修羅場が書かれている。
 アフリカの飢餓、人権侵害が横行する独裁政治、虐殺が日常になった戦地というような究極の絶望と比較する必要もない、ひとつの絶望がたしかに書かれている。

 冒頭のプロフィールを、書き換えておこう。

 白井勝美。作家。絶望男。

 1行で十分だ。

 死ぬな。書き続けろ。


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