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2007年10月10日

『さよなら、日本』柳原和子(ロッキング・オン)

さよなら、日本 →bookwebで購入

「あるノンフィクション作家の30年」

 柳原和子さんの著作と初めて出会ったのは、名古屋今池にある「ちくさ正文館」である。1995年、アメリカ留学を予定していた私は、英語の教材を買い求めようとしていたはずだ。そのとき『「在日」日本人』(晶文社)という分厚い本が目に入った。手にとって読み始めて、しばし迷った後に買った。この本には、外国に移住した日本人の肉声が詰まっていたと感じたのだ。私は日本を離れてニューヨークに留学し、ユニークフェイス問題の取材をし、そのままアメリカに移住するのもよい、と考えていた。阪神大震災とオウム真理教で日本中が揺れていた。被災者を救う能力のない人たち、自国民がテロにあっても原因を究明できず思考停止するだけの人たちを、テレビのブラウン管を眺めながら、「だから日本はダメなんだ!」とひとり毒づいていた。名古屋空港から飛行機で飛び立つとき「さよなら、日本」という心境だった。

ニューヨークで、竹永浩之というアメリカに定住した人物と出会い、『「在日」日本人』を話題にした。「あれはいい本だが、内容が暗い。定住した人間はいろいろな生き方をしている。なんか違うんだよな」とモノ書きらしく批評的に応じていた。国境を越えても、柳原さんの著作で話題がつくれる。それが嬉しかった。

 ニューヨークから大阪に移り住み、医療雑誌の編集記者になった。まもなく、柳原さんが京大病院に入院した、という情報が編集部に入る。「柳原のファンなので、会いに行ってきます」と、人を介して、京大病院の病棟を訪問。初対面なのに、入院中の柳原さんを見舞った。

 衰弱していた。顔色はきわめてよくない。抗ガン剤による化学療法によって体力が奪われていたのだ。

 編集部に戻った私は、編集長に「いつ死んでもおかしくない、と思う」と報告した。その思いこみは見事に裏切られることになるのだ。

 数年後、上京した私は、柳原さんが『がん患者学』を上梓したことを東京で知る。なんという生命力だろう。その生命力に引き込まれながら、ずっと柳原さんの書いたものを読み続けてきた。これが遺作になるのではないか、と思いながら、である。

 『さよなら、日本』には柳原さんが1980年からさまざまな媒体に発表した記事の一部がまとめられている。約30年にわたる、ひとりのノンフィクション作家の成長の記録であり、日本という国家が30年かけて何を失ったのか、という記録である。

 柳原さんは世界を旅する人である。

 カンボジア、イスラエル、ニカラグア、キューバ、ウクライナ、新ユーゴスラビア、東欧・中欧、イタリア、南米。定住することを拒否するように動き回る。日本に落ち着いたかと思ったら、がんを発病。その体験を次々と発表していく。私もメディア業界の端くれにいる者として、ノンフィクションが労多くして報われてい仕事であることを知っているが、柳原さんの仕事の仕方では、100%赤字、持ち出しになることは明らかだった。そして、『さよなら、日本』ではそのような経済事情までも明らかにされている。

 

言葉で生きる。人と人との関係をつなぎながらそれを原稿に仕上げる。志の有無は問題ではない。莫大な取材費を投入して人の不幸を書く。それをメディアに載せ、原稿を売って生活する。売らなければ、次の取材につなげられない。そんな綱渡りのフリーランスのノンフィクション作家という仕事はわたしには合わない、と結論を出した。

 しかし、旅とは終わったところから始まるのだ。カネもなくなったときから、入り始めるのだろう。

 柳原さんは、何度もノンフィクション作家を辞めよう、と決意しながら、書きたいテーマや人と出会っている。そういう巡りあわせの人なのだ。それゆえに、がん当事者ジャーナリストによるノンフィクションの金字塔たる「がん患者学」の連作をものにしたのだ。

 ノンフィクションを仕事であると割り切ることができない人間に、偏屈な文章の神は、微笑んでいるのだろう。


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2007年10月04日

『レバレッジ時間術』本田直之(幻冬舎)

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「時間を使いこなすプロになるために」

 時間の使い方が下手である、と実感したのは、起業家といわれる人たちと話をするようになってからである。それも、短期間で成果を出そうとしている人である。
 忙しそうにみえるが、仕事が速い。その場で、できることとできないことを判断して、適切な言葉で説明してくれる。かなりややこしい案件でも、打ち合わせは短期間で終わる。そういう人に出会うたびに、なぜそんなに円滑に仕事ができるのだろうか?と聞くようにした。すると、3年後の自分のイメージをはっきりさせて、それにむかって具体的な仕事をこなしていく、という。ほとんどの人は、そのようなイメージを持つことなく漫然と仕事をし、時間を使っているのである。

 先日も、弁護士にややこしい案件について法律相談をお願いするために出かけた。説明に40分かけた時点で、「あの、今日はどれくらい時間をいただけますか?」と確認すると、50分後に別の打ち合わせがあるという。では、と「アドバイスをいただけますか?」というと約15分間にわたって適切なアドバイスをいただくことができた。60分の打ち合わせで、ややこしくなっていた現実のビジネスをすっきり整理できた。もっと時間がかかると思いこんでいたのは私だけだったのだろう。それにしても「もっと」とは何分のことだ?

 スマートに時間を使うプロとの打ち合わせの場にいると、時間の流れが変わるのだ。

 そのような快感を持続的に味わうために、時間術についての書籍は、1ヶ月に1冊程度は定期的に読みこんでおきたいものだ。仕事のノウハウを頭の中に定着させるために、1冊の新書はたいへんお値打ちだろう。

 本書に書かれていることに目新しいことはない。それでも、本書をオススメするのは、時間の使い方を効率的にすることはノーリスクであること、そしてその行動変化から得られるリターンは大きいということが、ストレートに伝わってきたからである。

 時間に追われる生活から抜け出すためには、時間もまた投資価値のある資源であるという自覚をもつことだろう。この自覚は試行錯誤によってしか、身につかない。ならば、試行錯誤をした先輩のノウハウを真似することで、より成果が得られやすくなるだろう。

 あわてることなくじっくり読んで欲しい。 


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