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2008年09月07日

『ヨーロッパの庭園―美の楽園をめぐる旅』岩切 正介(中央公論新社)

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。。。王はよくみて感心し、内心怒った。すべてが王のもつものを越えていた。それは本来、王にこそふさわしいものであった。王は嫉妬で苦しみ、怒りでのどがつまりそうであった。(本書92頁)

太陽王に嫉妬される機会などそうそうあるものではない。しかし、財務卿フケには「真実を隠すというのは欺瞞ではなく、物事をありのままに見せないようにする才量」(ウンベルト・エーコ「前日島」)が欠けていた。本書はイギリスの名園について多くの頁を割いているが、イタリアに始まり、イギリスに終わる庭園の歴史を、主観を排してコンパクトにまとめてあり、そう数多くない庭園史の入門書として信頼できるものだ。日本ではイングリッシュガーデンが人気であって、「イタリアの庭」などと言ってもイメージできるひとはそう多くないかも知れない。しかし、庭園の歴史では、イギリスはむしろ近代の精神にあたる。自然を模倣し対象性や整形を嫌うイギリス人の自然観は、表面的な類似性とは違って、内面的にはそれほど日本人の美意識になじむものではないと、私は思うのだが、もとよりひとの美意識を一般化などできるものではない。しかし、イギリスの庭園は、家族でのピクニックの記憶と合わせて、「ホーム」を感じさせるものであり、美意識を越えた個人的に安らぎの世界である。それが、観光と生活を隔てるものなのだが、今はそこに立ち入らない。むしろ、庭という富める階級に属する所有物が与える差異の感覚を大切にしたいと思う。誰もが得られるものではなかった場所が、寂れ、廃れ、打ち捨てられている。ピクチュアレスクはどうも「やりすぎ」であって、そうした文物へのデリカシーを欠いた表現形態であろう。イタリアにはそのわびさびがあるのである。

岡本太郎が「迷宮の人生」に、こう書いている。

迷路の問題を展開している文献には、さまざまの図版や写真が載っている。私はそれを見ながら、何か納得できない気分になる。それらは、ほとんどが上から見下ろした外観の形で出てくる。つまり図形であり、全体を見わたす視点から描写されているのだ。それらのイメージには欠落がある。そのような計量可能な、作図された視点では、真の迷宮も迷路もとらえることはできない。迷路の本質的条件は、逆に全体を見わたすことができないことにあるのだ。。。。人間にとっての運命とは、まさに前進をもって迷宮の状況の中に存在し、心身が希望と絶望に引き裂かれる。それを運命的現実として感じることが実存なのである。

嬉しいことに、本書が取り上げる大半の庭園には行ったことがある。何れも有名どころであるのに、不思議なことに、多くの歴史的な庭園は観光客の喧騒とは無縁な、ひっそりとした、寂れたゾーンである。ラッチオのランテ荘や、ヴォマルツォの怪物公園、コモ湖岸のカルロッタ荘、ヨークシャーのファウンテンズ・アビー、ヴェローナのジュスティ庭園、ハイデルベルグ城の廃園。どこも、「変な磁界」を帯びたエリアであって、地元の人が憩いに訪れるような、そんな愉悦感からさえも遠く離れ、むしろ過去に属しているような場所。一方にある、ブレナム宮殿や、ハンプトン宮殿のサンクン・ガーデン、ヒーバー城の水迷路や、ロワール巡りバスルート上のヴィランドリーの美園、夏の午後にぴったりのパリのリュクサンブール公園、ヘルシンゲルのクロンボル城、などの、いつ行っても賑やかな場所では味わえない「この感じ」は、きっとむかし、海浜遊園地だった頃の、骨格だけのプールの廃墟、レオポンの彫刻、勝海舟の砲台、廃墟の見張塔、浴場の廃墟、いつの時代のものとも知れぬ石垣、といった場所で遊んでいた幼時を懐かしんでいるだけかも知れない。そうした庭園を訪れた記憶を、いつか、遠い時間が過ぎた後で、家族の誰かが心の奥にある風景として「不思議がって」くれれば、それは私にとってなぜか、とても嬉しいことのように思える。

「まさに迷宮の中で生きない人生は空しい。しかし、人間であるならば、誰もが何らかの形で自らの内に迷宮を作っているはずだ。(前出「迷宮の人生」103頁)

いまのこどもたちは、通りゃんせをうたうのだろうか。

(林 茂)

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