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2008年08月29日

『食べる西洋美術史―「最後の晩餐」から読む』宮下規久朗(光文社)

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ロンドンのウォレスコレクションやアムステルダムの市立博物館など、小規模ではあるが好ましいコレクションを持つ美術館を訪れたとき、先ず圧倒され、ついで辟易とさせられるのは、そのおびただしい風景画と静物画コレクションの質量であろう。中でもフランドルは同分野のエキスパートであって(スペイン語ではBodegon「飲食に関連のある場所で、食材や調理器具や、庶民的な人物が描かれている絵画」>プラド美術館展カタログ)、本書でも取り上げている、魚や果物や肉などの食べ物を描いた絵画群は、その細密さと隣り合わせのグロテスクさにおいて、「絵画は美しいもの」という通念をも懐疑してしまうほどだが、ちょっとした場所で食事をしたひととなれば理解するとおり、絵画と食事空間はいまも非常に密接なつながりを持っている。

美術が好きな人に食通は多い。ロンドンでの外食は、スターターとメインのツーコースだけでもディナーなら2時間はかかる大仕事であって、足早な観光客にはこの時間が耐えられまい。これほど観光客であふれている街だというのに、昼夜問わず、レストランに日本人観光客を見ることは少ない。皆どこで食事しているのだろう。ルカ書にある「あなたたちの間では、一番偉いのものが一番若輩のように、支配するものが給仕をするものになれ」(22.24-30)のマナーを地でいっている人物がホストを努める席でご相伴に預かったら、時間をかけた食事を共に過ごした充実感と思い出に満たされるというものだ。

本書で取り上げられているカラヴァジョの絵は確かに迫真迫る傑作である。人を殺したことがある人物が描きうる黒味の深さ。救世主がいくら勧めようが、このテーブルにつこうとするものはいないだろう。本書は、レオナルドから(中略)セザンヌ、ウォホールへつながっていく流れが出色であるが、昔、慶応大学・巽孝之教授の講義の教室にひょんに座っていたことがあって、教授が「アメリカ小説を読むためには輸入食品の缶詰ラベルを読め」と言っていたことを思い出してしまった。

誰であれ、食事を共にする時間はかけがえのないものだ。メニューが運ばれ、スターターに何を食べるか、メインは何にするかを考え、話し合い、その上でワインを選んで、パンをかじりながら、最初の一皿が来るのを待つ。食べることについて書くのは難しい。至福の時間を過ごすこうした場所には、極上とまではいかなくとも、思い出に残る絵画作品がそばにある筈だ。食べることは、単なる食事ではないのだから。

(林 茂)

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2008年08月15日

『The Black Sea: A History』Charles King(Oxford University Press)

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スキタイの羊をご存知だろうか。バロメッツと呼ばれることもある。大地からすっくと伸びた幹に生る植物羊であって、羊であるからにはときどきメェーと鳴く。植物でもあるがゆえに、自ら移動することなど叶わず、草が周りになくなればすなわち餓死する運命。実在を疑う人もあろうが、そこは大プリニウスがいうように、海中には植物動物(珊瑚など)の類いも多いのに、どうして地上に植物羊がいてはいけないなどと言えようか。

西ヨーロッパからみれば、スキタイは世界の果ての地であり、竜のごとき怪物が住む僻地であった。そこは、ウォラギネの『黄金伝説』の舞台であって、聖ゲオルギウス(英名セント・ジョージ)が、竜に捕らえられた美しいお姫様を助け出す、ルネサンス期にポピュラーな絵画題材のモチーフを下敷く場所だ。数ある「聖ゲオルギウスとドラゴン」絵画の中では、ロンドン国立絵画館にあるパオロ・ウッチェロの小品も美しいが、何をおいてもイタリア、ヴェローナの聖アナスタシア教会で見ることができるピサネロの、剥落も激しい傑作フレスコ画を第一にあげなくてはならない。杉本秀太郎「ピサネロ装飾論」に要約するところによると、
カッパドキア出身の騎士ゲオルギウスが、リビュア(リビア)の町シレナに立ち寄ったとき、町は近くの湖に棲む龍のために困り果てていた。いけにえの羊(また羊だ!)を毎日あたえないと、龍は町の城壁に毒液を吹きつけて悪疫をはやらせるが、町に羊がとぼしくなったので、くじによって子どものうちから人身御供を選ぶにいたった。ある日、王の娘がくじを引き当ててしまう。王は拒むが、住民は承知しない。王女は婚礼の衣装を着て、龍の住む湖におもむく。たまたま聖ゲオルギウスが馬で通りがかり、王女から事の次第を聞くと、「キリストの御名において」姫を助けようという。長槍を振りかざし、龍を傷つけのち、姫にむかって「腰紐を解いて龍の首にかけなさい」と命じる。龍は至極おとなしく姫の手に引かれて町までついてきた。おそれおののく住民に聖ゲオルギウスは「キリストを信じて洗礼を受けるなら、龍を殺そう」という。云々。。。。

コンスタンティノープル(いまのイスタンブール)がビザンツ帝国の首都であったことの地勢を考えると、この海の重要さは自ずと知れようというものだ。エーゲ海と黒海をつなぐボスフェラス海峡を唯一の出口とする黒海は、まさにかつて「トルコの湖」(本書P.98)であった。ギリシャ→オスマントルコ→ジェノヴァ→ブルガリア→ロシア→トルコ、など、時代につれて親方は変わるが、宗教においても人種においても調和を欠く地域であって、その点だけは変わりようがない。現代においても、世界の中でも極めつけの紛争地域のひとつであって、グルジア、トルコ、ロシア、ウクライナ、ルーマニア、ブルガリア、といった国々に囲まれており、いまだ戦火の絶えることがない。まさにいまも、ロシア軍とグルジア軍が、アブハジアや南オセチアをめぐって戦火を拡大させている。

余り知られていないのだが、グルジアはワインの一大生産国でもあって、主にその天敵ロシアで消費されている。両国の緊張関係から、2006年にロシアはグルジア・ワインの輸入を禁止したことがあったが、いつか連れていってもらった超穴場のワインバーの倉庫に、買い占められたグルジアワインがゴロゴロしていたのも合点がいった具合だ。次回冬季オリンピック開催地は、グルジア国境にも近い黒海沿岸の町ソチである。目下のロシア・グルジア国境の紛争地域(アブハジア自治共和国)からも近い。このようなエリアでオリンピックを開催できるあたりが、いまのロシア国家の勢いというものなのだろうか。オリンピック期間に因み、この多くの日本人に未知の地域を想像するのも悪くないだろう。フェルナン・ブローデルの名著「地中海」の黒海ヴァージョンであって、同書において紺碧の海とヴェネチアとコートダジュールだけに留まらない地中海の豊穣な歴史を楽しんだ向きには、間違いなくお勧めの一冊となろう。

(林 茂)

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