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2008年06月25日

『処女懐胎―描かれた「奇跡」と「聖家族」』岡田温司(中公新書)

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第一子を身ごもった女性は美しい、と思う。救世主の受胎を天使に告げられたときのマリアの当惑―この神聖にして人間らしい感情の表出が、受胎告知(the annunciation)という絵画テーマの妙味であり、謎である。しかし、男には男の見方があろうというものだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチが、私生児として生まれ、父母子関係に対して、しごくフロイト好みの複雑な心象風景をもっていたことは、よく知られているとおりだ。マリアの処女性が、他ならぬ救世主の身篭りで担保されるならば、私生児のレオナルドにとって、事情はやや混乱させられるものになる。マリアの持つその担保を損ねないようにと考案された「無原罪の御宿り」(the immaculate conception)を解釈するこの画家の手際に、それははっきりと見てとれる。解剖をよくし、人体博物にどこまでも精通しているこの天才が描いたデッサンは、四方田犬彦(「週間本10 映像要理」1984年、朝日出版社)の言うように、見るものにある種の恐怖心を与える。そのイメージが抜けきらないままに、画家で亡くなるまで手元に残したという、ルーブルの「聖アンナと聖母子」の前に立ち、アンナ(聖母の母)→マリア(聖母)→イエス(幼子・救世主)へとするどく貫く視線を体感する戦慄は、群を抜いて格別のものだ。

『あの光』とピマンデルは言う。『あの光は、私自身、神の人、そなたの神。そして智人より告げられる言葉は<神の子>』(Pimander- Egyptian Genesis)

本書は、神秘主義と新プラトン主義のこのような迷路に迷い込むことなく、処女懐胎についての神学的解釈と受容のサンプル群を、幾多の絵画作品の中に見つけ出す。わたしにとっては特に、シモーネ・マルティーニの描く「若きキリスト」をリバプールで見逃した後悔を覚えさせてくれる点において出色である。この画家の超絶的な気品のみが、この危険なテーマ(青年イエス)を描きえたのだ。

(林 茂)

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2008年06月12日

『魂(ソウル)のゆくえ』ピーター・バラカン(アルテスパブリッシング)

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「祝!復刊!」

改訂復刊に際し、言を極めて慶びたい。青春の書であって、ソウル・ミュージックのみならず、ポピュラー・ミュージック全領域における名著の改訂新版。買うべし、としかいいようがない傑作。音楽なしでは生きていけないような本当の音楽好きを識別する試金石。やっぱり、ネイティブの人ならではの歌詞解説が良い。例えば、スモーキー・ロビンソンの有名なSo take a good look at my face….tracks of my tearsの部分の解説!この曲のメロディーを心に重ねながら、この部分を読んで感動できない人は音楽も詩も分からない人だ!と断言できる。

聞いてみたい気にさせる、という機能においても、本書に勝る書物はない、と断言できる。改訂にあたって大幅に見直されたレコードガイドは、今回も極めて秀逸である。ノラ・ジョーンズを再評価し、アリーサ・フランクリンに辿り着くのも良かろう。1989年、新潮文庫で出ていた当時の黒人音楽評論全般がマニア向けというか、黒人原理主義のような傾向が強く、バラカン氏もそこに不満を感じていたのではないかと思う。ソウル・ミュージックは素敵なポップミュージックなんだよ、と言いたかったのだ、きっと。

本書に影響を受けて、関連書を、昔、幾つか買った。三井徹の「黒人ブルースの現代」、グリル・マーカス「ミステリ-・トレイン」 et cetera et cetera。以前、ここの書評で取り上げた英Continuum社の33 1/3シリーズも、各著者の思い入れたっぷりで良い。音楽好きは全巻揃えるべきであろう。

英語が分かるようになって音楽の楽しみも広がった気がする。ダイレクトに歌詞が、自分の心の中でさえ翻訳せずに、聞こえてくるのは素直に嬉しい。ソウル・ミュージックへの最大のスワンソングである。

(林 茂)

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