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2006年10月21日

『The Story of San Michele』Axel Munthe(John Murray)

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今春、イタリア・カプリ島にあるサン・ミケーレ荘を訪れたのがきっかけである。言語を失わせるほどに美しすぎる場所は人を狂気に陥らせることもあるだろう。鷹や鳶が眼下を舞い、頭上を小鳥が飛び交い、花が咲き乱れた庭園は彫像に囲まれ、シューベルトを聞きながら、地中海を見下ろし、ヴェスビウス火山を遠望するこのような場所での孤独な生活を渇望したのはどういう人物なのか。

この地に理想の邸を構えたスエーデン人、アクセル・ムンテは20世紀初頭の「セレブ」医師。18歳のアクセル青年は当時廃墟であったこの場所の魅力に一発で虜になってしまい、どうしても自分の手に入れたくなる。荒野のサタンを思わせる亡霊が現れ「魂を売り渡すなら望みを叶えよう」と青年に囁く。青年は迷わず亡霊と契約する。青年は医者にーしかも大いに稼ぐ医者にーなり、富を蓄え将来この邸を手に入れようと願う。留学先のパリでは一番の成績で史上最年少にして学位を取り、この競争の激しい大都市で開業する。誰もが上客を狙っているのだ。社交界では精神科治療がブームになる。それどころか「病気になること」自体がファッションとしてブームになる。セレブ医師として「病気になりたがっている」社交界婦人の顧客を多く抱え築いた富で骨董品を買い集める。その一方、貧者には無償で治療を行う。コレラが蔓延し、生きたままの患者を地中に埋め、鼠が生きた病人や死体を齧る地獄のナポリで治療活動を行う。その功績は後にナポリ市当局から称えられ、サン・ミケーレ荘を所有する後押しとなるだろう。大地震で崩壊し、飢えと略奪が支配するメッシーナでは被害者の救済にあたる。母親の願いを受けて、ハイデルベルクのホテルで死んだ少年の死体の防腐処理を行い、死体護送許可証も携帯せずに列車でデンマークへ、スエーデンへと搬送しさえする。

須磨の月見台にこれとよく似た造詣を抱いてきた。或いは苦楽園や麓麓荘町に。海を毎日眺める生活を送った人間にとっては木々に囲まれた田園での生活も物足りないものだ。イギリスにいるときにはテムズを眺めながら心の隙間を埋めようとした。

言葉でも写真でもどうしても伝えられない空気や、風や波の音や、気配や匂いが、アナカプリのこの場所を切望した人物に同化したくなるカタルシスをかきたてる。読書とは自分に失われた場所を追体験する行為でもある筈だ。アクセル・ムンテの場合は空を飛び唄を奏でる鳥に同化しようとした。ついには狩猟を趣味とする殊勲士とロワールのヴィコンテ伯爵の館で決闘を行うまでに至るほどに。この自伝は冷たいペン先を思わせる文体で貫かれているが故に尚更にこの医師自身の深い妄執が浮かび上がる。スエーデンの北方人がアナカプリの旧ティベリウス邸を手に入れたがること自体が既にその明白な兆候なのであるが。

Tullia Rozzotti, Capri Blossoming, Editoriale Giorgio Mondadori (ISBN 88-374-1789-6), 2003

邦訳は現在絶版。「サンミケーレ物語」久保文訳、紀伊国屋書店 (ISBN:4314001224), 1974

(林 茂/元紀伊國屋ロンドン事務所勤務)


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