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2006年02月22日

『The Bayeux Tapestry』Musset, Lucien /Rex, Richard (TRN)(Boydell & Brewer)

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フランス・ノルマンディー北部の町、バイユーにある有名な作品。日本人研究者に人気のある題材と聞く。ノルマン人によるイングランド王戴冠の正当性を誇示する目的で製作された。作品自体はタペストリーというより、むしろ刺繍作品である。下絵は大陸人が書いたが、刺繍はイングランドの女性の手によるとされる。全体は幾つかのパートから成る。横幅70m、縦50cmの大きさを持ち、626人の人物、202頭の馬、犬55匹を含む505匹の動物、城砦37箇所、船41艘(専門筋にはこの描写が歴史的に最も貴重であるという)などが縫いこまれていると言えば、その規模と魅力の一端が伝わるだろうか。八色の刺繍糸の色彩は今も鮮やかで保存状態は素晴らしい。全体に中世初期スカンディナビアの非文字傾向文化の影響を受けており、刺繍上部に沿ってラテン語テキストが縫いこんである。テキスト自体は図柄と補完説明的な関係を持つ。本書はこの比類なき作品の、スカンディナビアに始まる歴史背景、図像と当時の事物・人物・建築との比較などを、大版で鮮明な図版と、明瞭な解説でまとめている(原著はフランス語)。

バイユーまで足を延ばせない向きは、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアムにも類似した刺繍作品が展示されているので参照されたい。そこに見られるイングランドの刺繍技術はたいしたものだ。当時、刺繍製作は女性に許された数少ない工芸領域の一つであり、イングランドの女性の得意とするところであった。話が脱線するが、ケント州のノール館や、ロンドン郊外のハンプトン宮殿のグレイトホールなど、イングランドは木工にも優れたものが多い。しかし一般にはほとんど紹介されないばかりか、イギリス人もその良さを全く意識していない様子なのを不思議に思う。実際、関連する書物も極めて少ない。

閑話休題。ノルマン人はイングランド征服から程なくしてアラブ支配下にあったシチリアに侵攻する。この地でもバイユー作品と同じように政治的な示威の目的を意図したタペストリーの製作を指示する。それは「スルタンのマントのよう」(「イスラーム美術」岩波書店)なイスラーム式の豪華な作品(ウィーン美術史美術館蔵)で、アラブ人(ラクダで表現される)に対するノルマン人(ライオンで表現される)の勝利を表現する豪快な図案を持つ。1130年にシチリアで行われた戴冠式においてロジェール二世が実際に着用した。

同じシチリアのモンレアーレの教会は、優美な列柱のあるクロイスターで知られる場所だが、側廊部をはじめとする教会内部はビザンチン様式のモザイクに彩られている(ギリシャ職人の直接の手によるものではなく、彼らに技術を教えられた現地人によって作成されたシチリアの作品は概して仕上がりの点で気品に劣るとも言われる(”Art of the Byzantine Era “Rice, David Talbot))。ビザンチン・モザイクの教会のなかに、イスラームのマントに包まれた王が鎮座する姿は、今日のヨーロッパ世界を想うとき、到底、想像の及ばない光景だろう。

(林 茂)

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2006年02月14日

『Trois jours chez ma mère』François Weyergans(Grasset)

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Ce roman tant attendu de François Weyergans est enfin paru chez Grasset ; il a par ailleurs remporté le prix Goncourt.

Dans Trois jours chez ma mère, François Weyergans écrit l’histoire de François Weyergraf qui tente d’écrire un roman sur François Weyerstein qui écrira sa propre histoire. Assez complexe non? A vrai dire pas du tout car l’auteur maîtrise cette technique appelée « vidéo flash-back » au cinéma, un domaine dans lequel l’auteur a beaucoup travaillé. Cette technique signifie que les personnages sont emboîtés les uns dans les autres comme des poupées russes.

Ces trois personnages ont pour but commun d’écrire un roman sur leur mère et de lui rendre visite par la même occasion. Toutefois l’auteur/narrateur/héro est confronté à beaucoup de distractions de son projet de livre. Ces distractions passent par ses soucis pécuniaires, ses aventures adultérines…

Ce livre est cousu d’anecdotes qui m’ont beaucoup amusée, particulièrement lorsqu’il mentionne certains épisodes de son enfance ; chacun y retrouve son passé avec un sourire au coin de la bouche.

Ce qui m’a également très impressionnée dans ce livre sont toutes les références culturelles. De même, il sait passer d’un thème à un autre sans trop développer et retomber sur ses pied avec grâce.

Pour conclure, un roman très plaisant a lire.

(Mathilde Cortot)

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2006年02月06日

『Leonardo』Kemp, Martin(Oxford University Press)

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1月28日付けの日本経済新聞に「一度は見てみたい絵画」という読者アンケートが掲載された。全く驚くには値しないが、第1位はルーブルにある「モナリザ」で、5位がミラノのサンタ・マリア・デル・グラツィエ教会にある「最後の晩餐」と10位以内にレオナルド・ダ・ヴィンチの作品がふたつ含まれていた。それとは別にたまたま同日のイギリス新聞The Financial Timeに小説”Angel and Demons”の舞台を訪ねるガイド随行ローマ市内ツアーを紹介する記事を見つけた。何れも昨今のダン・ブラウン作品の人気にあやかったものという。

私も似たもののようで、数年前にフランス・ロワール地方の町アンボワーズにある通称<クロ・リュス>と呼ばれるレオナルド・ダ・ヴィンチ旧邸を訪れたことがある。ロンドンからほぼ二日がかりのドライブだった。フランソワI世の居城から程近いこの邸内と城との間はトンネルで結ばれており、王のお忍び訪問の抜け道として作ったという。この館でその生涯を終えることになる画家はついに一枚の絵も仕上げないのだが、王の画家を迎えた賞賛と喜びようは絶大であり(「その弁舌は当代の哲学者を凌駕する」)、老齢の画家はこのなかんずくの好色ぶりを欧州中に知られる王をその会話術だけで十分満足させたようだ。<クロ・リュス>は今や観光名所として一般公開されており、見物に連れてこられた私の子供たちはその庭園に置かれたヘリコプター、戦車、ボート、ポンプ、つり橋、マシンガンなどのレオナルド発明品の大型復元模型で実にのん気に遊んでいた。

当代きってのレオナルド研究者マーティン・ケンプ(オックスフォード大学教授)の本書は、この画家独自の万物の真理を求める思考過程とその作品群との相関関係に注目する。没後残された「モナリザ」をはじめとする絵画はサライに、鏡文字のイタリア語で書かれた手稿類はメルツィによって相続された。当のメルツィはそれらを「レオナルド絵画論」に編纂した一方で、その他大部分を各方面に売り飛ばしたため、手記の類は四散の運命を辿る。現在の推定で全体の3/4程の手稿は既に散逸。現存するウィンザー城所蔵手稿など主なものは近年レオナルド研究の成果として日本語を含む多くの言語に翻訳されている。ちなみに当時ウィンザー城には文書箱が多数未整理で残されていたが、鍵が見つからなかったため止む無く箱を壊した後、中身の正体について知った城の文書担当者はびっくり仰天したらしい(「レオナルド・ダ・ヴィンチ」シャーウィン・B・ヌーランド、岩波書店)。

本書でのケンプの主見解は、このルネサンスの偉人にとって基本的に知識は観察によって得られるということ、ラテン語やその翻訳に基づく旧弊の知識(特に新プラトン主義に対しては軽蔑さえ示した)を懐疑し実証と実験で証明される知識獲得のみを信じること、これにより習得された知識は真実であり神と真理とは自動的に一致すること、或いはあえてその相違は問わないこと、習得した知識は理論上、絵画やスケッチや発明の形で記述することが可能であること。つまりこの超人にとっては「知る」と「見る」は知的行為として直結しており、絵画を描くことは事物の認識を表現する直接的行為であること。この世界=自然の認識過程において、水、飛行、渦巻き、血液流などはレオナルドの主要主題であるが、本書はこれらの分析を通して思考過程と絵画作品の成立を解きほぐしていく。名著の誉れ高いケネス・クラーク卿の「レオナルド」(叢書ウニベルシタス、法政大学出版会)とは逆方向の「中から外へ」のアプローチであり、より明晰な現代性が感じられる論考である。レオナルドが私生児として生まれた事実や、母親への強烈な思慕と父親への強い軽蔑と憎悪、それが合いまった独特の聖母子観などを傍証するフロイト的な心理学アプローチは近年嫌気される傾向にある(このあたりの受容史についてはリチャード・ターナーの「レオナルド神話を作る」に詳しい)。

レオナルドの絵画はその主題、構図、構想など多くの点でルネサンスの通例を逸脱している。「その絵を見る恋人がまるで本物の恋人が眼前にいるように愛おしく感じ、描かれたその飼い主を飼い犬が自分の主人と認めるような絵でなければその絵は無価値である」という程の領域にあるレオナルド絵画は美しいうえに謎でもある。その謎の深さゆえに多くの人が、未完成作品が過半数を占め、かつ製作点数も極めて少ないこの画家に惹かれてしまうのだろう。本書はレオナルドの思考の過程を具体的資料(手記類)で位置づけながら、その視点を作品やデッサンに移動させて読み解くことで、この伝説に満ちた人物を解剖するかのような楽しみを与えてくれる。本文240頁程度の新書版サイズの小著だが、手稿類や作品類の図版・年表を完備しており、レオナルド研究入門書として高く評価できると思う。

(林 茂)

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2006年02月02日

『Gardens of Italy』Laras, Ann /Lindman, Eson(Frances Lincoln Ltd)

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同じヨーロッパでも国によって庭園の様式は相当に違う。一般的に言ってイギリス式は自然の模倣であり、風景式庭園はその典型にあたる。ストウ・ランドスケープ・ガーデンがこのジャンルの傑作とされている。しかし私の趣味ではない。風景式以外では、ケント州のシシングハースト庭園やサリー州のポールスデン・レーシーの庭が素晴らしい。特にポールスデン・レーシーはその芝生に腰を下ろすとイングランドの自然の田園風景を含めた全体をまるで庭の一部であるかのように眺めることができるとても気持ちのいい場所だ。フランス式はベルサイユに典型なのだが、広大な敷地に池や彫像などの書割を大作りに配置するのが特徴。しかしプチ・トリアノンの擬似イングランド式庭園(しかし芝生には入れない)に行った時にはここは一体どこの国なのかと眩暈を覚えたものだ。ロワール地方にあるヴィランドリー城の庭園はベルサイユに比べるとずっと小規模だが、菜園までも可憐にまとめてあるところ、いかにもフランスの美意識の世界にいるという感覚を与えてくれる稀有な場所だ。スペインの特にアンダルシア地方は先住民であるムーア人の影響を受けたムデハル式が特徴で、ヘネラリフェ離宮の庭園が有名な作例。地表面を割石で固め、噴水群がオアシスを想起させる仕掛けになっている。アルハンブラ宮殿の中のナサリーエス宮の有名すぎる中庭も実際素晴らしく、幸運にも夜11時から入館するナイトヴューで鑑賞できたため、人も疎らで水音だけが響く夜のハレムのような感動的な美しさを堪能できた。

さてイタリアである。この国の庭園は遊びや悪ふざけの要素たっぷりの場所だ。ヴィッラ(Villa)は通常、主要都市から離れた郊外に置かれ、その名が示すとおり貴族の休暇のための邸宅である(villageの語源)。ビジネス用邸宅はパラッツォ(Palazzo)と言い、これは市中におく。ローマ近郊には特に美しいVillaが数多く存在しているが、これはローマ教皇の強力な勢力範囲を避けようとファルネーゼ家、キジ家などの名家がこぞってローマから距離を置いたロケーションにビジネスの喧騒を忘れる場所を必要としていたため(Families Who Made Rome : A History and a Guide,Majanlahti, Anthony,Vintage,2005)。余談だがカントリーサイドでの生活をより深く好み、それが自己のアイデンティティーにまで化している傾向のあるイギリス人は、カントリーサイドのマナーハウスをビジネスと余暇の両方を兼ねた場所としており、このあたりが(勿論、気候の違いは更に大きな要素だが)庭園と建築の嗜好の違いになって現れていると考える。しかもイタリアの場合は、豪族の家系が庭園を現在も所有していることも多く、代々領主のお抱え庭師までもが世襲制である場合など、当時の造園意図がかなり正確に引き継がれている点、実に面白いものである。或いは貴族といえども当世の現実は厳しく、相続税や維持費に苦しむ場合もあり、イタリアのヴィッラが一般公開されている場合、そうした事情によるものも多く(この点、イングランド&ウェールズのナショナル・トラストも事情は似ている)、実際このような貴族の経済事情によりヴェローナのジュスティ庭園が売りに出ているとのイギリスの新聞記事が昨年あった。イタリア庭園の傑作をあげるとすると、先ずはバニャーニァにあるランテ荘。ヴィニョーラ設計による傑作で、ルネサンス以来三次元空間の処理に長けたイタリア人ならではの設計感覚が堪能できる。斜面にザリガニの噴水やモーロ人の噴水など幾何学的で人口的なパースペクティブを付け加え美を作り出すこの大建築家の離れ業並みの構成力とビジョンに圧倒される場所。

イギリスでは店頭で手に入るイタリア庭園についての本は意外なほど少ない。巌谷國士著「イタリア庭園の旅」(平凡社)には随分お世話になった。Edith Wharton の”Italian Villas and Their Gardens, Da Capo, 1903”はやはり名著だが刊行当時とは現状が異なっていて、今読むとかえってやや悔しい感じが残る。現代ツーリスム全盛の昨今はイタリアに限らず庭園は観光名所なのでガイドブック類にもこれらの庭園は全て歴史背景付きでしっかり紹介されており、その中でもRough Guideのシリーズはアクセス方法も含め最も役に立つ。本書は適切に選択された「ベスト」イタリア庭園とそれらの歴史背景の解説と写真が添えられており、この種の書物にありがちな甘口を排している。内容簡潔ではあるが現在簡単に手に入るものの中では出色の出来である。

(林 茂)

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