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2006年01月25日

『Is It Just Me or Is Everything Shit? : The Encyclopedia of Modern Life』Mcarthur, Alan /Lowe, Steve(Time Warner Books)

Is It Just Me or Is Everything Shit? : The Encyclopedia of Modern Life →bookwebで購入

パートリッジ英語俗語辞典」は今回8版を数える英語俗語の辞典で、その最新版の刊行日、ロンドンのストランドにあるジョンソン博士旧邸での出版パーティーに招かれた。辞典編者や出版社のスタッフが集まる楽しい会合だった。

この辞書ほどの偉業にあたりslangを俗語と和訳するのは全くうまくあたらないだろう。私ごときが英語の奥深さを語るのは役不足だが、国や地方ごとの方言やアクセントやスペリングの違い、同じく地域ごとの言い回しや用語の違い、新旧の言い回し、など英語の持つ(スペイン語も多分)国際的多様性はすさまじいとあらためて感じた。パーティーで居合わせた方に「日本語でこういう辞書を作って出版するのは公序良俗上、無理ですね」と思わず口にすると、驚いたように「それはどうして?」と理由を説明させられ、検閲がどうのと話している私は脳裏で現代日本語の語彙の少なさ(それより或いは私自身の語彙の少なさ)に思い当たってしまう。英語のいわゆるSワードやFワードなどの四文字言葉程度なら日常語としてどこでも飛び交っている。日本でたまに言われるような「言葉が乱れている」という程度のスケールの問題ではない(勿論イギリスにも言葉の乱れを嘆く人はたくさんいる)。イングランド、アメリカ、オーストラリア、アイルランドにスコットランド、その他大勢インターナショナルな規模で「乱れ」た状況にずっと前からなっている。別にそれをいいことだとか思っているのではない。昔の日本語が今より語彙が豊かだったことは何となく想像できる。関西弁ネイティブであり所謂標準語(一応は喋れるつもり)に未だ抵抗を感じる私は、日本語と比べた時の(比べるべき対象ではないが)英語の語彙の量と多様さと国際性と言語統制の度合いの弱さを何となく意識してしまう。毒食わば皿まで。ややこじつけだが、いわば入門編としてここにタイトルした「イギリス現代生活百科辞典」を読んでみる。

<Clone town>イギリスの町々はチェーン店ばかりでクローン化している(確かに)<Ikea>99%の新婚夫婦がここに買い物に来るが3時間店内を歩いたあげく結局家具は買わずに電球を買って帰る(ご同慶の至り)<Keane>今すぐ活動を停止すべし!シンガーの顔が丸すぎる!<Henmania>愛国者御用達の弱いカリスマ(いつも直ぐに消える)<Adult editions of children books>字の大きさとカバーが違うだけ(職業柄コメント不可)<Moto Service Stations>年間最優秀トイレ賞連続受賞 <Daily Mail>伝統を忘れない!がスローガンだそうだが戦時中親ナチだった自らの伝統はすっかり忘れたがっている(この婦人向け新聞を読んでいる男性には個人的に気をつけるようにしている)<Mini Coopers advertising estate agent>実際どうしてミニなのでしょう?<Foot spas>国民5人に1人がこの殆ど使わない電化製品を所有<Fish symbols on cars>反ダーウィン主義の台頭<Tesco>軍隊の約二倍の従業員を抱えイギリス国民£8の消費の内£1を巻き上げるスーパーマーケット<Thankyoutony.com>実際イギリスはアメリカにNoと言うことがない<Crazy Frog>カエルの交尾について<Vox, Bono>お前は神か?<Volume of TV ads>でか過ぎる(日本も)<Restaurants that levy charges for food you have not ordered>オリーブとパン(確かに結構いらない)<Luxury tat>グッチCOE曰く「高級ブランド品は人々に夢を与えている」<Robert Kilroy-Silk>逆に標的にされている哀れむべき男<Intel Inside tune>あの音あの音あの音<Two jags>男には三次会が必要<Cash machine>アドバイススリップに「あなたの口座にはもう現金がありません」と出てくるがこんなのは「アドバイス」じゃない。アドバイスというのは「あなたの兄弟が宝くじに当ったようです。直ぐに連絡を取れば2ポンド貸してくれるかも」とかそういうものだ。ついでにキャッシュマシーンというと現金を生み出す魔法の機械みたいな幻想を与えるから名称を変えた方がいい。()内のみ筆者。

閑話休題。イギリスに住んでいて何が楽しい?とイギリス人に聞かれた時には「庭を見るのが好き」とか「フットボールが」とか「英語の勉強で」とかいう風に答えるのだけは止めにしている。イギリスに住んでいる人でないとこんな洋書は読まないし(でもUKのチャートでは現在1位)、面白いと思う筈もないし(多分)、まるで学食の会話みたいだし(実際著者は学生)、それに毒舌でちょっと言いすぎではないかと思ったりもする(これは明らかに、だけどだから売れている)。こういうのは何となく人から教わりたくないし、つまり不要の役に立ったというしかない。

(林 茂)

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2006年01月05日

『Constantinople : The Last Great Siege, 1453 』Crowley, Roger(Faber and Faber)

Constantinople : The Last Great Siege, 1453 →bookwebで購入

一昨年だったかピカデリーのRoyal Academy of Artsで行われた「トルコ展」に出かけた。RAAは内容の濃いオリジナルカタログを作る美術館で特別展はどれも質が高いが、このトルコ展もモンゴル経由の中国文化、東アジアの文化、アラブイスラムをそれぞれそのまま受け入れたようなトルコ文化の多彩さに驚かされる優れた内容であった。ジェンティーレ・ベリーニの描いた征服王メフメト2世の有名な肖像画が入り口を飾っていた。ベリーニ兄が弟ジョヴァンニの代わりにオスマントルコへの特別派遣史として送られ、イスラム法ではもっての外であるスルタンの肖像画を書き終え任務を終えたあと、ヴェネチアで熱狂的に迎えられたことをヴァザーリを通じて知っていた者にとって、それは意外なほど静かな優しい絵であった。

トルコは不思議な国である。宗教はイスラムだが共和制で宗教を建国の理由としていない点、他のイスラム国と大きく異なる。皮肉なことにトルコ人が倒したビザンチン帝国こそは世界史上初めての「キリスト教帝国」である。「西」である筈のギリシャがギリシャ文字を使い、「東」であるトルコがラテン文字を使う。

そんなこともあってビザンチンについてのイメージを思い描きにくい。有名なものでもパレルモやモンレアレ、ヴェネチアのサンマルコでモザイクをみた程度。1453年のコンスタンティンノープル陥落が西洋文明史における大トピックであるにもかかわらず。そしてこの時代のヨーロッパの国境俯瞰図にみられる滅亡寸前の帝国の姿が興味深いにもかかわらず。それが本書を手に取った理由で、前段は開戦以前の成り行きの小説仕立てで大シスマから帝国滅亡までの見取り図を描いておりとても面白く読めた。逆に本書にとっては肝心の部分にあたる筈の聖都攻防戦の描写は筆力弱く楽しめなかったのは戦闘場面に興味がないこちらの性向のせいでもあろうか。

征服王メフメトはコンスタンティンノープル陥落翌日の5月30日(私の誕生日)にハギアソフィアのモスクへの転用を指示していたというし、それもただキリストのモザイクを白く塗りこめ、ミナレットを加えただけで他には何も手をつけなかったという(「イスラム美術」、ジョナサン・ブルーム&シーラ・ブレア、岩波書店)プラグマティックな人物だ。オスマントルコは西側の思い込みよりもずっと現実的な治世であって、当時伝えられたキリスト教徒への迫害譚の多くは十字軍的誇張であり、実際安い租税を求めて自ら編入を望むキリスト教の町さえあるほどだった。コンスタンティンノープル陥落後、町を訪れたドイツの聖職者はカソリックの典礼がイスタンブールで行われるのを目の当たりにして驚愕した記録を残している。オスマントルコは父親の血統しか認めない。メフメト2世もセルビア人女奴隷の子供と言われている。世襲制に明確な世継のルールがないから父王の死後は息子同士の殺し合いも多く行われた。メフメト自身長兄を暗殺している。

教科書の影響だろうか。日本人は帝国というイメージが好きだ。東西ローマ帝国、神聖ローマ帝国、そんな言葉を歴史の授業で覚えさせられた。中世までは地図に国境線を引くような領土の概念は希薄で、帝国は都市国家の寄せ集めであって、帰属意識は極めて低かった。しかし斜陽のビザンチン帝国はペレポネソス半島とコンスタンティノープルに領土を残すだけであったとしても、民衆にとっては神に守られた「帝国」であった。戦記ものはいつも読者を一方の贔屓に傾かせる。聖都は周囲をオスマントルコに包囲された完全な飛び地であり存続したのが不思議な程だが、この時代の海運の重要さがこの町に延命を許す。ヴェネチアとジェノヴァにとっては東方との取引上便利な拠点であり、物資が行き交いこの飛び地は潤った。その一方、民衆は宗教国家の妄信を以って、町が神に庇護されていると信じ、トルコの現実的な脅威を忘却し続けた。

(林 茂)

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