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2005年12月22日

『中世イタリア絵画』ルロワ,フランソワワーズ【著】・池上 公平・原 章二【訳】(白水社)

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本書あとがきにもある通り、フィレンツェ/トスカーナに比べて他のイタリア半島地域は正当な評価を受けていないと思う。美術館収蔵作品は別としてイタリア美術旅行の醍醐味はイタリア半島の中小都市を巡ることにあると言っても過言ではないだろう。美術館はせわしない。もちろん可能なら、ではあるが、絵は本来あった場所で見たほうがいいし、美術館の中を遠足のように歩くよりは、一枚の絵を見るために時間をかけてもレンタカーでドライブしたりして一枚のフレスコをずっと眺めているほうが幸せである。

有名な作品をざっと挙げてみると、シモーネ・マルティーニの「グリドリッチオ・ダ・ファブリアーノ騎馬像」、アンブロージョ・ロレンツェッティの「善政と悪政」、ドゥッチオの「マエスタ」(これらは何れもシエナ)、ピエロ・デラ・フランチェスカ「聖十字架伝説」(アレッツオ)、ジョット「スクロヴェーニ聖堂のフレスコ画」(パドヴァ)、ルカ・シニョレッリ「最後の審判」(オルビエト)、ピサネロ「聖ジョージ」(ヴェローナ)、マンテーニャの天井画(マントヴァ)、モンレアーレのモザイクなどまだまだ枚挙に暇がない。中でも宗教的情熱をもって当時最も熱狂的に迎えられたのはシモーネ・マルティーニ、チマブーエ、ジョット、ピエトロ・ロレンツェッティの連作フレスコ(アッシジ)でイタリア中世絵画はこの作品において頂点に達すると言っていいだろう。

Timothy Hyman (Sienese Paintings, Thames and Hudson)の指摘によればシエナ派などはスーラやデ・キリコの現代性を感じさせる構図を持っている。ルネサンスの影に隠れて見過ごされがちな美術ジャンルであるが、中世美術とルネサンスを結ぶ意味でも、何よりその類まれな美的価値によって注目を集めるに相応しい。イタリア=ルネッサンス、だけではなく、その前後の画家も貴重で美しいし、ヴァザーリの「ルネサンス画人伝」も私にとっては、「続」の方が「正」よりも(最も英語版などでの区分は白水社の日本語訳とは異なっているが)個人的には貴重である。

本書はエミール・マールのダイジェスト版(「ヨーロッパのキリスト教美術」岩波文庫)にも似た味がある。クセジュ文庫の小著であり図版がなくビザンティンから国際ゴシックまでの時代をかなり駆け足で紹介しているので、一部は余りにも簡略な記述で、歴史についてなどは他の参考書を参照する必要があるが、美術作品の分布とその製作背景の紹介として網羅性が高く非常に優れた書物だと思う。私はこれまでむしろ図版が不備な本に非常に強い影響を受けてきた。図版はあるがいい加減?な手書き模写のバルトルシャイティス「幻想の中世」、白黒写真がむしろ未見の映画への空想を掻き立てる蓮実重彦「映像の詩学」や芳賀書店の「シネアルバム」シリーズ(イタリア映画の巻のパゾリーニが鮮烈だった)など。イメージの不足がかえって異国文化への想像をたくましくしてくれた。

(林 茂)

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2005年12月14日

『Freakonomics : A Rogue Economist Explores the Hidden Side of Everything』Levitt, Stephen /Dubner, Stephen J.(Penguin Books Ltd )

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ここで仕事をしているとインセンティブという言葉に出くわすことが多い。既に日本語化しているので訳語は不要だろう。一応辞書で探してみると「動機付け」の意とあった。ヨーロッパのビジネスマンはこの言葉を魔法の杖のように使う。

本書よりその例。イスラエルのある小学校で子供の出迎え時間に遅刻する親が多いことが問題になっていた。ヨーロッパではー少なくとも筆者の住むイギリスではー子供が小学生以下の場合、登下校の送り迎えは親の義務であり、子供ひとりで道路を歩かせることさえ法律で禁止されている。よって親が遅刻した場合は、社会福祉担当者とか教師とかの誰かが残業をしてその子供の面倒をみるしかない。それには残業代もかかる。その残業代は税金で支払われている。ちゃんと定刻に迎えに来ている親たちからは社会的不公平ではないかと疑問が出る。

そこで対策を立てた。遅れる親には罰金を課そう。徴収した罰金は何か有効なことに使えばいい。何より罰金嫌さに遅刻が減るのは自明というものだ。 しかしこの結果は。。。。。。。遅れる親の数が倍増したのだ。一体これはどうしたことか。インテンティブは常に前向きに働くと経済学では言うではないか。説明がつかない。

本書によれば、インセンティブの性質はその社会性や目的によって、社会的、道徳的、経済的、などに分類できるとのこと。子供がいても仕事を続けることが可能な法律制度が整備しているイギリスのような国では、子供のいる女性の多くが親になる以前と同じ定職に就いて働いている。イスラエルの小学校のこのケースでは「罰金を払えば遅刻ができる」ようになった親たちは、罰金制度の導入後、経済的インセンティブである罰金の支払を道徳的インセティブである遅刻行為と交換した訳である。罰金で済むなら安いもの。一時間の残業代の方が得かも知れない、ということだ。遅まきながら事態に気づいた社会福祉担当者はあわてて罰金制度の中止を決めたが、遅刻する親の数は罰金導入直後のまま高止まりになってしまった。道徳的インセンティブと経済的インセンティブの交換は一旦行われると不可逆であり、つまり失われたモラルはもう戻ってこない。知り合いの女性にこの質問をしてみたところ「遅れて罰金なら安いものよ」とすかさず即答された。女性心理についてもついでに勉強になってしまって得をしたような損をしたような気がした。

以上、第一章「教師と相撲力士の共通点は何?」より。相撲力士のほうは個人的に納得できなかったので割愛します。しかし日本相撲協会関係各位にはご興味がおありの内容かも知れませんので一読をお勧めします。本書全体構成は、シカゴ大学の経済学者スティーブン・リヴェットと文筆家スティーブン・J・ダブナーが他に「麻薬業者はなぜ母親と同居するのか」「完璧な親になるにはどうすればいい?」「KKKと不動産業者はどこが似ているのか?」などの珍問を経済学視点で解き明かすものです。

(林 茂)

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2005年12月03日

『Low : 33 1/3』Wilcken, Hugo(Continuum)

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レコードのタイトルではなくて、これ、本です。歴史的名盤の中から一冊=一枚で批評するシリーズ企画ですが、その中から個人的に一番良く聞いたDavid BowieのLowを取り上げることにします。

少々飛躍して聞こえるかも知れないですが、イギリスの音楽情報は本国のイギリス人から教えてもらうのが一番だと思っています。日本でも情報が溢れていますし、マニアもたくさんいて客観的な情報は豊富なのですが、ややリアリティーが不足しています。例えば随分前から衰えが目立つこのDavid Bowieについて言うと、日本だと未だにわりと高級なミュージシャンと思われていると想像しますが、今のイギリスでの一般的な位置づけは年老いたポップシンガーというあたりです。そして例えばマックフライ。日本ではライブエイトに出演していたようですが、本国イギリスだと8歳以下用のお子様バンド扱いです(日本でもそうですか?)。そういう違いもそれはそれとして楽しいものなのですが、長年思い込みを抱きながらファンをやっていて、イギリスに来てから「あれ?」と思わせられるようなコメントを聞いて調子が狂ったことが何度もあるのであえて書く次第。

本シリーズのいいところはレコードが出た当時の現地シーンの様子やリスナーの背景が感じられるところでしょう。私のこの拙文とやや同じく内容が時々私小説じみるところもありますが、そういう意味では選盤が渋いこの33 1/3シリーズは英語で読むのが相応しいと思います。David Bowie 'Low'はBrian EnoやRobert Flippをゲストに迎えた名盤で、まだ壁が確固と存在していた時代のベルリン録音だとずっと思い込んでいたのですが、実は大半のバックトラックがBrian Enoによってフランスで作られていたこと、この歴史的名盤の音作りの部分にDavid Bowie自身がどれだけ関わったのかなど、フランス北部のダンケルクに留学した経験を持つオーストラリア人の著者が当時のこのアルバムを巡る状況を描き出してくれる好著です。参考文献としては、絶版ですがBrian Enoの日記<A Year, published by faber & faber>をお勧めします。他、本シリーズでは’The Velvet Underground & Nico’の著者Otto Chrisはボストンの音楽プロデューサーで、ボストンの若者がロンドンパンクを尻目にニューヨークパンクをどのように受容したのかが感じられるこれも好著です。

(林 茂)

<類書>

Unknown Pleasures (33 1/3)-US-

ISBN:0826415490 (Paper cover book) Ott, Chris /Publisher:Continuum Intl Pub Group Published 2004/04

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