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2014年03月23日

『パン語辞典―パンにまつわることばをイラストと豆知識でおいしく読み解く』ぱんとたまねぎ 監修・荻山和也(誠文堂新光社)

パン語辞典―パンにまつわることばをイラストと豆知識でおいしく読み解く →紀伊國屋ウェブストアで購入

おもてなしとかクールジャパンとか、賑やかに言われている昨今だが、パン(とケーキ)もまた、世界に誇れるニホンの文化だろう。ヨーロッパ各国の伝統的なものが本場とくらべても遜色ないレベルで再現され、さまざまなオリジナル品が定番化され、日夜新作が生み出されている。ありとあらゆるパン(とケーキ)が食べられて、かつそれを売るお店が全国津々浦々にまで行き渡っている。


なにより、その歴史や製造工程、種類といった基本情報にはじまり、パンを楽しむためのことばが、イラストとともに詰まっている本書が、この国がパン大国であることをおしえてくれる。著者である「ぱんとたまねぎ」こと林舞さんは、福岡在住のイラストレーター・デザイナーで、京都に6年間滞在。 それは、進学や就職のためでなく、おいしいパン屋がおおいという理由での移住だという。その京都でのパン生活から、林さんの活動ははじまった。同じとき私も京都にいて、いちどガケ書房で彼女とすれ違ったことがある。街のあちこちで目にしていたパンにまつわるフリーペーパー「ぱんとたまねぎ」は、単なるインフォメーションにとどまらない、作り手の愛と創意に満ちていた。


そんな、無類のパン好き、を通り越してノーブレッド・ノーライフな著者によるパン語の辞典。さまざまな種類のパンや、パンにまつわる知識だけでなく、芸術、文学、言語、歴史、自然、民俗と、その項目はあらゆるジャンルに枝葉をのばす。それはパン生地のようにふわっとかるく、ときにみっしりと濃ゆい、パンの宇宙だ。そこでは、パン種が発酵し、こねられ、焼きあがってゆくのをまっているときの、ゆるりとした、でも待ち遠しいような時間のなかにいられる。


各地へパン取材に出かけている林さんだけに、ご当地パン情報がいろいろ。当時は意識したことはなかったが、「京都人の定番おやつ」である「カルネ」(フランスパンにハムとオニオンスライスがはさまった、京都のベーカリー志津屋の看板商品)にはお世話になりました。懐かしい!

「かんぱん」は「乾パン」であること(「缶パン」だとずっと思っていた)、「コンパニオン」の原義は、一緒に(com)パン(pains)を食べる人だということ、鳥取県の一部では法事のお返しにされる「法事パン」があること、などなど、この齢ではじめてしることもいろいろ。

好きなパンが載っているのをみつけるのも、うれしい。「明太フランス」(名作!)、「シベリア」(パンではないが、パン屋で売っているお菓子も多数収録)、「三色パン」(定番は、あん・クリーム・チョコとあったが、私が昨日食べたのは、あん・クリーム・ジャムの三色でしたよ、林さん!)。と、読めば誰もがパンの話をしたくなり、パンを食べたくなること必至である。


「考えるとキリがないパン」と、まえがきにあるけれど、じつに、パンって不思議。おやつとして食べているときでも、食事として食べているときでも、そこに、日常と非日常、実用性と趣味性がいっしょくたになってやってくるような捉えどころのなさを感じるのは私だけだろうか。パンは、食べものであることを超えた、私たちのさまざまないとなみの結節点のようだ。ただ、食べておいしい、にとどまらないパンの楽しみ方を教えてくれる本書から、そんなことを考えた。


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2013年10月31日

『エプロンおじさん 日本初の料理研究家 牧野哲大の味 』高原たま 編著(国書刊行会)

エプロンおじさん 日本初の料理研究家 牧野哲大の味 →紀伊國屋ウェブストアで購入


男性料理研究家のさきがけ、NHK「きょうの料理」には1962年から出演する最古参の先生である牧野哲大さん。学生時代にテレビで牧野氏を知り、その後、氏を訪れては、料理のもてなしを受けつつ、その話に耳をかたむけてきた著者が、幸福な時間の中で得た大切な宝物を差し出すようにして編んだ、とびきりの一冊である。

昭和9年生まれの牧野さんは、母親が大切にしていた『少女の友』のふろくに魅了され、読書やひとり遊びにふける少年期をすごす。戦後『ひまわり』で中原淳一の世界に再会、上京して栄養学校に通いはじめると、あこがれのその人に面会を申し込み、以来、中原家をたびたび訪れるようになる。学校を卒業し栄養士として働きはじめた頃、中原から『ジュニアそれいゆ』の料理ページを任された牧野さん。自らスタイリングを手がけ、栄養士らしくカロリー表もつけた。当初「正当な料理修業をしたわけではない」という引け目があったものの、「自分で作り出すことに意味がある」との中原の言葉に励まされ、「女性の生活を新しく美しくする」という中原淳一の美学のもとで作った料理ページは評判となり、以来、さまざまな女性雑誌に活躍の場を広げた。

そんな彼のたどった道と料理たち。少年時代と修業時代、料理研究家として活躍していた頃、 仕事を整理し、80歳となった今、その時々の味。そのどれもおいしそうなこと。著者の書く料理の紹介文もすばらしく、しみじみと食欲をそそる。また、あこがれのヨーロッパに出かけては各地の味を体験し、そのたびにトランクいっぱいに買い込んできた調理道具や食器たち、そして、三百枚におよぶというトレードマークのエプロンコレクション。

中原淳一描く少女に生き写し、「ガラス細工のようだわ」と牧野さんが一目惚れした奥さま、未左子さんについても忘れてはならない。牧野さんの仕事の手伝い。ふたりのお子さんの子育て。「毎回、出演料より食器の方が高かったんです……」とこぼしながらも、欲しいものを我慢できない牧野さんの散財につきあい、家計をやりくりし、一家の運営をすべて担ってきた。牧野哲大ワールドになくてはならない人である。

料理書の棚の前に立つとき、私はたいてい疲労している。ほんとうは料理する気力もないのだが、そういうとき読みたいのはやっぱり料理の本なのだ。どんなに疲れていても食欲がなくなることはまずなく、しかし、外食するのはうっとおしい。たんにお腹を満たすだけではいけない。それでは余計に疲れてしまう。

これはそんなときに見つけた本だ。32、3ページの見開きにあったのは、「かつを節七変化」。溶き卵とかつを節を中火で炒った「だし卵」、牛乳でかつを節を煮出した「かつをミルク」、スライスした玉ねぎとトマトにかつを節をかけて塩をなじませた「トマかか玉ねぎ」、茶漉しに入れたかつを節に熱湯を注いだだけの「おすまし」……。おかかが大好物の私。そうでなくとも、これをみたら誰だって口中唾液でいっぱいになるだろう。瞬間、疲れが半分は吹き飛んでしまった。

「それにね、わたくしは料理するときには、『つや』を目指して手を動かします。その料理がいちばん美しいときにつやが出る。つやっていうのはつまり、料理に色気を与える、ということなんです。人間だって色気がないと付き合っていてもつまらないでしょう? それはセクシーな色気ということではなくって、神経を払うことによってうまれるうまみのようなもののことよね。一杯のおみそ汁をつくるにも、お豆腐の切り方や、『ここに青物があったらよりおいしく見えそう』という感覚すべてがつやにつながるのよ。そういう風に仕上がったお料理は、消化もいいんです」

おいしそう! それだけではないのだ。献立のアイデア、調理の工夫、味つけのコツ、それ以上のものがここにはあった。料理という実用を超えた実用。食べるために料理する。そのためには身体も心も働かせなくてはならない、五感も総動員しなくては……。私の営みのいちばんさいしょのなくてはならないものをあたえてくれる。 料理本はこうでなくてはいけない。




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2012年11月10日

『私の献立日記』沢村貞子(中公文庫)

私の献立日記 →bookwebで購入

 今夜の献立をどうするか。
 ご飯のしたく=料理をすること、と、人のつくったものを食べるだけの人は考えるようだが、献立の決定と材料の調達からそれははじまっていて、しかも、連綿とつづく日常生活のなかで、栄養が偏らないよう、飽きがこないよう、工夫もこらさねばならず、家事というもののたいていがそうなのであるが、ここまでやればおわり、という仕事ではないので、ときには手を抜きたくなるのが人情というものだ。
 前々稿でとりあげたのは、もはや献立という概念すら崩れかかっているいまどきの家族の食卓の現実であり、それとは対照的に前稿では、「今夜のおかず」とは距離のあるきらびやかなメニューの並びにうっとりとさせられた。
 食に関する本を手に取りたくなるのはたいてい、毎日の食事づくに倦んだときである。三冊目にしてようやく、そこから脱することができそうだ。

 沢村貞子が、二十六年にわたって献立を記録し続けたのは、女優としての多忙な日々のなか、食べることを夫との暮らしの第一とした、生活者としての必要からである。はじまりは昭和四十一年、献立のことで慌てることのないように、というのがその動機であった。その都度、一から考えるのではなかなか決められないが、前日食べたものがなにか、あるいは、前の年の同じ日になにを食べていたかを知ると、不思議と献立がスムーズに浮かんでくるのだった。
 ノートは通算三十六冊におよんだ。本書のオリジナルが出された昭和六十三年当時には、三十冊目のノートが半分ほど埋まっていた。ここではその三十冊目と、一冊目の献立日記が紹介されている。くわえて、台所まわりにかんするエッセイに、「献立ひとくちメモ」なるコラムからなる。やはり目を惹かれるのは、ノートをほぼそのまま活字化した献立のならびである。
 一冊目、昭和四十一年の献立日記より。


 5/10(火)
 まぐろのお刺身
 そら豆塩ゆで
 鶏もつしょうが煮つけ
 豆腐の味噌汁

 5/11(水)
 牛肉バタ焼き
 ふき、はす、こんにゃく煮つけ
 そら豆の白ソースあえ
 油揚げ、ねぎの味噌汁

 5/12(木)
 天ぷら
 麩の味噌汁

 5/13(金)
 かつお土佐づくり
 ほうれん草のおひたし
 大根の味噌汁

 5/14(土)
 豚肉のひとくちカツ
 グリーンピースご飯
 きんぴらごぼう
 わかめの味噌汁

 5/15(日)
 かにの玉子巻揚げ
 新じゃがのベーコン煮
 しじみの味噌汁

 

 肉か魚の主菜と、副菜がいくつか、お味噌汁はかならず。私にいわせれば、まぐろのお刺身、牛肉バタやき、天ぷら、というのはかなりのごちそうつづきだが、それでも、ぜいたくと呼ぶようなものでもない。ここには、震災と戦乱をくぐり抜けてきた明治生まれの人が紡ぎ出す、戦後昭和の豊かさがあふれている。
 主菜よりも気になるのはつけあわせのお総菜のほうか。おひたしや煮つけやあえものなど、ひとり黙々とつくっているとつい、決まりきったものになってしまうが、こうして人のつくるものを知ると、たいへん参考になる。
 「グリーンピースご飯」が5月中8回も登場するのは季節柄か。そら豆もそう。「5/11(水)」の「そら豆白ソースあえ」というのは、「献立メモ」で作り方が紹介されている。気に入りのひと品だったのだろうか。ゆでたそら豆をホワイトソースであえた、なんてことのない料理だが、私はそら豆は焼くか、塩ゆででしか食べたことがない。来年の春にはきっとつくってみようと思った。

 「料理用虎の巻」であった沢村の献立日記。必要のためだったとはいえ、二十六年間、毎日つくり、書きとめてゆくのは並大抵のことではなかったろう。この日記をはじめたとき、沢村五十八歳、夫の大橋恭彦はその二歳下である。沢村は、父親ゆずりのくいしんぼうだという。着ることも住むことにはおおくを望まないが、食べることは大切にしたい。老夫婦ふたりが食べるのは、朝と夜の二回だけである。

 従って、私たちの今後の食事の回数は、残りの年月に2をかけただけである。そう思うと、いい加減なことはしたくない。うっかり、つまらないものを食べたら最後……年寄は、口なおしが利かないことだし……。
 さて、そうなると、一体、なにをどう食べたらいいのだろうか? あれこれ悩んだあげくの果てに――こう考えた。
 (いま、食べたいと思うものを、自分に丁度いいだけ――つまり、寒いときは温かいもの、暑いときは冷たいものを、気どらず、構えず、ゆっくり、楽しみながら食べること)
 なんとも、月並みだけれど――どうやら、それが私たち昔人間にとって、最高のぜいたく――そう思っている。

 冒頭、序文代わりともいえる一文に沢村はそう記したが、これは、きわめて私的な記録を人様の目の前に差し出すにあたっての口上のようなものだろう。三十六冊のノート(本の出された時点では三十冊)には、より深く、強いものが込められているように思う。
 一冊書き終えると、ノートは芹沢銈介の民芸カレンダーでくるまれ、日付が記され、本棚の隅に積み重ねられた(その実物の写真は、とんぼの本『沢村貞子の献立日記』(新潮社)でみることができる)。ノートを最後まで使い切ってから装幀するところが、明治生まれの人のゆかしさだろう。この「せめてものお洒落ごころ」は、ノートへ込めた彼女の思いのあらわれでもある。
 上に書かれたことは嘘ではなかろうし、はじまりは、必要に迫られた上での思いつきだったかもしれない。それでも、本書ではことさらに語られることのない彼女の気骨は、献立の記録の集積ににじみでている。老いじたく、というのはこの人にはどうも似合わない。それまでの歳月、無我夢中に生きてきたであろう人が、六十という年齢を目前に、夫婦ふたりの残りの日々を視野に入れたときにつけた、けじめといったいいか。シフトダウンではなくてシフトチェンジ。表面的な生活はあいかわらずでも、この記録をはじめたことで、彼女のなかでなにかが変わった/変わっていったのかもしれない。それをおくびにもださず、こうと決めたことを彼女は全うした。
 私はこの先何度、ご飯のしたくに倦むんではこの本を開き、ちゃんとつくって、食べよう、と気持ちを新たにするだろうか。


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2012年10月31日

『石井好子のヨーロッパ家庭料理』石井好子(河出書房新社)

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 四十年ちかい歳月を経て復刊した本書のオリジナルは昭和五十一年、文化出版局刊。

 石井好子の代表作『巴里の空の下 オムレツのにおいは流れる』といえば、パリ暮らしのなか、フランス人のくいしん坊ぶりに触れ、食べることの楽しみに開眼させられた著者が、かの地で出会った料理と味を、さまざまな人との出会いやエピソードをまじえて綴った食エッセイの傑作。異国の空の下、歌手として生きることで精一杯だった石井にとって、食への好奇心と楽しみは、実際に料理を口にする以上の命の糧であったろう。料理のあるところには、人と人との結びつきがあり、そうしてはじめて、そのひと皿は忘れがたい味となる。至極あたりまえだが、忘れてはならないこの食への構えと、ヨーロッパの食べもののあれこれを、石井は、さらりとした上質な筆にのせて、日本の読者に届けてくれた。

 本書は雑誌『ミセス』の連載をまとめたもの。石井がヨーロッパ各地の友人知人宅の台所を取材し、家族とともにテーブルを囲み、その味と料理法をリポートする。料理だけでなく、それを供してくれる主人とその家族の人となりや、家の様子といった暮らしぶり全体が紹介されるのは石井ならではのことだ。フランス、イタリア、スペイン、ドイツ、ウィーン、北欧にイギリス。ヨーロッパのほぼ全域にわたって取材の足をのばし、人との出会いを楽しみ、各国の料理を、作り方ともども体験する。

 日本の都会では、世界各国の料理を、それもかなり本格的でおいしいものを食べることができるし、その情報も簡単に手に入れることができる。けれどもこの、ヨーロッパ家庭料理探訪が連載されていたのは昭和四十七年から四十九年のこと。もちろん、すでに欧米の食文化は日本に根付いていただろうし、各国の料理を食べさせるレストランだってあったにちがいないが、それでもまだ、ヨーロッパの人たちが日々家庭で食べている料理がどんなものかは、あまり知られることがなかっただろう。ムール貝、ホースラディッシュ、アーティーチョーク、トリュフ、オリーブオイル、クルジェット(ズッキーニ)、チコリ、アンディーヴ、さまざまな種類のチーズやハーブ……その食材も、今でこそ、品揃えの豊富なスーパーでなら簡単に手に入れることができるが、当時の日本人にはまだ、なじみがなかっであろうものがかなりある。本格的なオーブンや煮込み用の鍋といった調理道具にしても、一般の家庭でそろえることは難しかったかもしれない。『ミセス』が、富裕層の奥様向けの雑誌だったとしても、よほどの料理好きでないかぎり、誌面を彩る料理の数々を、実際に作ってみようという人がどれだけいたことか。おおかたの読者はただ、ヨーロッパへの憧れをもって、この誌面を眺めていたのではないか。

 読み物としての性格が強いとはいえ、本書はまごうかたなき料理書。すぐれた料理書を多く送り出している文化出版局の出版物のなかでも、名作のひとつといえる。料理のなりたちを、レシピだけでなく、それを作り食する人たちの暮らしもろとも描きだしたところにそのすばらしさがある。もちろんそれは、知識だけでなく、ヨーロッパでの暮らしの実際を身をもって知っている石井好子という書き手があってこそ。 
 各国の料理も、食材も、簡単に手に入れることのできるようになった今日、この本が復刊されたのは、単なる情報にとどまらぬ物語性と、昭和四、五十年代が夢みたような「ヨーロッパ」への憧れが、いま再び顧みられているということか。なにより、なんでも見よう、聞こう、知ろう、食べよう、という彼女のバイタリティと好奇心の旺盛さは、バターや洋酒のふんだんに使われたヨーロッパの料理に負けぬくらいの熱量となって、読者の食と暮らしに対するモチベーションを上げてくれそうではないか。
 復刊にさいしては、堀井和子のオマージュと、平松洋子の解説があらたに収録されている。


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2012年07月31日

『東北おやつ紀行』市川慎子(中央公論新社)

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 餅状の皮のなかに黒蜜とくるみのつまった花巻の「経木まんじゅう」。うす小豆色で持ち重りのする青森の「久慈良餅」。最中の皮にしゃりしゃりと砂糖で固めた小豆がのった酒田の「豆皿」。三角に折りたたんだクレープのような生地にあんこが透けてみえる石巻の「ちゃきん」。磨りガラスのような砂糖の殻をかじると焼酎のあふれる八戸の「焼酎菓子」。醤油や天つゆをつけて食べるという蕎麦屋メニュー、会津若松の「まんじゅうの天ぷら」。どれもみな、その土地の人の手でつくられ食される、素朴な「おやつ」である。

 この十年ほどの地方ブームと連動し、郷土食もずいぶんと注目されるようになった。土地の人だけが通う個人商店やスーパーマーケット、農産物とともに、古くから地元の味として親しまれている加工食品がならぶ「道の駅」、そんな場所で造作なく売られているそれらは、外からやってくるお客さんをあてこんだいわゆる〝名物〟とはちがう、生活感あふれるたべものたちだ。

 そんな「おやつ」をめざし、郡山から車を飛ばして、東北の町々をたずねた小さな旅のレポート。観光とよぶにはあまりにも楚々とした移動であり、見学であり、飲食である。このご時世、こういうのこそ贅沢というものかもしれない。

 行き当たりばったりなどでは決してない。ちゃんと、ネットなどから情報を得、準備万端に出発している。早起きをし、何時間も雪の道を進み、「おやつ」だけでなく、美術鑑賞したり、建てもの探訪したり、水族館でクラゲをみたり、祭りを楽しんだり、温泉につかったりと、充実した旅をしているのだけれど、なんというか、ただ黙って立ち上がり、おもむろに出かけていくようなところが著者にはある。

 あれ、ちょっと、この人は、さっきまでこたつにあたってお茶をすすっていたと思ったら、もうあんなところでまんじゅう頬ばっているよ、というような、不思議な瞬発力。ちっともてきぱきとしているようにはみえないのに、どうしてか仕事を終わらせるのは早い、というような、そんな感じ。

 入ってすぐの土間がこの店の売場らしい。木製の平たい菓子ケースが二列、向こうの隅まで続き、奧の棚にも分厚くて腹のところがまあるく膨らんだガラスの菓子瓶が並んでいる。店丸ごと都会の古道具屋で売られていそうな空間である。
 こまごまと並んだお菓子を土間から伸び上がり(遠くて手が届かないので)目だけで漁る。紅白のストライプが入ったリボン型の飴、桃色や抹茶色の梅の打ち菓子。まんなかに穴のあいたドーナツ型のパンやうぐいす色をした板状のハッカ飴もある。完璧な空間に収まった完璧にかわいらしいお菓子の数々に、ボタン屋さんやビーズ屋さんに入った手芸おばさんのように興奮する。
  
 天井が高く、がらんとした店内に入るが、誰もいない。入ってすぐの平台に、茶色く平べったい花の形をしたお餅(のようなもの)がのっていた。どちらも大人の手のひらくらい大きい。
 これはなんだろう。甘いものかしら。近寄りみていたら、奧から白髪の小さなおばあさんが出てきた。……
 手を後ろで軽く組み、腰を小さく曲げたおばあさんは、この辺の方言なのだろうか、わたしにはうまく聞き取れない言葉で、「今はこんなに食べられないから小さいのもある。でも昔はこれしかなかった。それでも余らせたことはなかった。あんたどっから来た? 旅行か? あんこ、好きだろ? それならこのおまんじゅう、レンジでチンするといい。ちぎって少しずつ食べるとおいしい」というようなことを言う。今の相槌、正しかったかしら。わたしのおばあさんと同じように腰を折り、身をかがめ、耳をそばだて話を聞く。……

 著者は愛知に生まれ育ち、のち大阪と東京で過ごし、家族の都合で郡山に移り住むことになった。そこからはじまった東北めぐり。そのためなのだろう、ここには、旅人としてのまなざし、同じ東北の地で生活をする者としてのまなざしとがミックスされている。拠点である郡山では、外からやってきた著者はいわば余所者である。しかし、旅の上では、まったく別の地方からやってきたお客さんというわけでもないのだ。そんな立場が彼女を、遠慮がちなようでいて、しずかな親しみにあふれた旅人にしているのだと思う。

 本書は、2011年の夏の刊行をめざして書きすすめられていたが、東日本大震災後、作業は中断される。原発事故のために郡山をあとにしてしばらく、著者にとって、かつての旅の記憶はつらいものとなったが、次第に大切な思い出へと変わっていったという。この、苦しみをくぐり抜けたあとのいつくしみの気持ちもまた、ここに収められた旅の数々が、著者の日常と地続きにあるものだったためかもしれない。


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2012年06月30日

『東京バス散歩』白井いち恵(京阪神エルマガジン社)

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 京都という、平坦な碁盤の目状の町に長らくいた。移動手段はもっぱら自転車、バスを使うことはあっても、それは大抵、大通りをまっすぐに進み、一度だけ直角に曲がってさらにまっすぐ、はい到着! ただひたすら、「運ばれている」というふうで味気ないものであった。

 いっぽう、起伏が激しく、町なみもめまぐるしく変化する東京のバスは、まるで遊園地のアトラクションに乗っているようなのだった。坂の多さに負けて自転車にすっかり乗らなくなり、歩いていけるところへはなるべく歩き、そうでなければ、時間に余裕のある限りバスで移動したい、と願う今日このごろ。そんな私が待ち望んでいたのはこういう本である。

 本書では、東京を走るバスの10路線のルートが詳しく解説される。通りの性格や車窓の景色の移りかわり、乗客の様子。もちろん、停留所近辺の見どころや店も丁寧に紹介されているが、まるで著者とともに乗車しているような気分を味わえるエッセイが何よりすばらしい。東京のガイドブックは数々あれど、点よりも線、つまり移動すること自体の楽しみを体感できるものはそうはない。

 筆頭に登場する「都02」という路線に、最寄りのバス停があることも私をうれしくさせた。錦糸町から御徒町、春日を経由して大塚へといたるそれは、本書曰く「都バスの〝エースナンバー〟 下町から山の手へ夢のワープ」。なんだか自分まで褒められているような気に。
 私にとってこの路線を使うことは、あくまで日常生活の一環なのだが、本書にあたり、バスに乗るためにバスに乗りたい、の気持ちは高まり、降りたい停留所、行きたいスポットもたくさん知り、さしあたりのお出かけの予定は立った気がしている。

 ところで、これに乗って錦糸町へ行くようになってからというもの、それまでの、錦糸町は総武線の駅を起点としたところ、という認識が消えた。

 町の印象というものは、そこにいたるアプローチも含めて作られるものかと思う。たとえば同じ町でも、JRと地下鉄、どちらを使うかで降り立ったときの感じは変わりはしないか。
 バスならなおさら、本書の導入部分で著者が言うように「地続きの経過」を体験できるので、こんなふうにして、この町へたどり着けるのか、という発見が、それまでとはちがう町へのまなざしを開いてくれる。

 「あなたの頭のなかにある東京は、どんな地図を描いてるだろうか。」
 こんな問いかけから本書ははじまる。人それぞれの東京の地図が無数にある、そう想像するのはなんと楽しいことだろう。
 住まいを中心に半径約三キロ圏内というおそろしく狭い範囲で生活している私の東京地図は、まだとても小さくまずしい。少し離れたところへ行くのには、地下鉄の路線図をたよりにするばかり。そこにバスという移動手段がくわわり、それまで通ったことのないルートを知ることで、私の地図に密度を与えられたらいいと思う。

 鉄道路線で描いた「東京」という都市の輪郭に、バスというペンを使ってディテールを描き足してみよう。上手に描けば、きっとあなたの好きな街と街がつながって、自分だけの「東京」が現れるはずだ。頭のなかの地図をどんどん更新して、この大都市を縦横に楽しんでほしい。

 近郊からたくさんの人が集まってくる東京のような大きな都市では、通勤通学では鉄道での移動が当たり前のこと。おおくのひとにとって、東京地図の基準となっているのは鉄道の路線だろう。ならば、最短最速である必要のないときには、バス移動で未知のルートを体験してみてはどうか。こんな行きかたもあるんだ、という気づきは、ふだんの町の見方もまた変えてくれるだろう。

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2012年06月09日

『世界のかわいい刺繍―世界各地の民芸品、アンティーク、フェアトレード、作家の刺繍』(誠文堂新光社)

世界のかわいい刺繍―世界各地の民芸品、アンティーク、フェアトレード、作家の刺繍 →bookwebで購入

 下着デザイナー・鴨居羊子の初期の作品(下着会社チュニックの商品)には、鴨居自らが刺繍をほどこしたスリップやショーツがあったという。下書きなしで、薄い布地に直接チクチクと針を刺していったというのは彼女のデッサン力と手先の器用さゆえだろうが、そこには既成の図案そのままにする刺繍へのアンチテーゼも含まれていたようだ。

 刺繍といえば、編物とならんで女がするホビー、手芸の一大ジャンル。それらの技法と図案による手芸の本は明治のころから山と出されている。女学生のころ、兄にプレゼントされた中原淳一デザインの日記帳にいまひとつぴんとこなかった、つまり女向けのお仕着せには反発心をおぼえずにいられない鴨居にとって、手芸書をたよりにするものづくりに面白味を感じられないのは当然のことだった。何事においても型破りなのが彼女のウリなのであるから。

 けれど、これなら鴨居もよろこびそう、と思える刺繍本が本書。旅をすることによって創造力をかき立てるのが習わしのようだった彼女は、世界の民芸からデザインのヒントを得ることもあっただろうから。「世界各地の民芸品、アンティーク、フェアトレード、作家の刺繍」が目白押しのページはどこを開いても、その針目に目を奪われてしまう。

 ポルトガルの女性が恋人に贈る愛のメッセージを綴ったハンカチ。難民キャンプの子どもたちのために、モン族の刺繍で作られた民話の絵本。古布を重ね、補修と装飾を兼ねたランニングステッチで被われたインドのカンタ刺繍。ラフィア糸による幾何学文様が、素朴かつモダンな風合いを醸し出すコンゴの草ビロード。暮らしの必要がいつしか様式となり、さまざまな物語や祈りの言葉が文様となり、ひとつの美しさをかたちづくっている。どれもこれも、見飽きることがない。

 ここには、伝統的なフォークアート、刺繍作家の作品、土産物やフェアトレードの商品、博物館に所蔵されもよい(かもしれない)アンティークなどが隔たりなくならんでいて、それもまたよい。コラムも充実。「作家がつくる世界の刺繍」と題したページでは、ブルガリア刺繍、ブータン刺繍、アメリカンクルーエル刺繍、モロッコのベルベル刺繍などを、現地に滞在していたことなどがきっかけで出会い、これを習得し広める活動をしている日本の作家たちに取材している。こんなにもさまざまな世界各地の刺繍に、その気になれば身近に触れることができる国は日本くらいかもしれない。

 ひと針ひと針という工程に要する時間、たとえ作家によるものだとしても、伝統的な刺繍をもとにしているかぎりそこには個を超えた表現があること。私が刺繍に惹きつけられるのは、そうした手仕事というものに対する素朴な感心による。もうひとつには、目でみるだけでなく、触って感じられる(本に載っている写真は触ることができませんが、想像することはできる)という、具体性というか個別性というか、「それぞれ」であることに価値を認めるからなのだと思う。
 ……などというのは少々おめでたい感想なのかもしれない。というのも以前、上海の元フランス租界のおしゃれ地帯にあったショップの片隅で、少数民族の女性達が刺繍を(おそらくその店のデザインにのっとって)しているのを見、そこの服が日本円に換算してもギャルソンが買えるくらいの値段だったので、楽しい旅行気分にどっと水を差されたのを思い出したからであった。

 本書は、作り方を教授する手芸書ではなく、見て、読んで楽しむ本。とはいえ、手仕事へのモチベーションがあがるという点ではどんな刺繍教本にもまさるのではないか。こうして、各国の刺繍を一同に並べて見ることのできる私たちは、これらの刺繍を育んだ場や歴史とはかけ離れたところにいるけれど、それなりに「それぞれ」の何かはできるかもしれない。といいつつ、結局私は最後まで何もしなさそうな気が……ああ、女と手仕事ってむずかしい。


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2012年03月18日

『猫語の教科書―共に暮らすためのやさしい提案 』監修・野澤延行(池田書店)

猫語の教科書―共に暮らすためのやさしい提案  →bookwebで購入

 旅、料理、手芸、ファッション、健康や自己メンテなど、最近の実用書には、いかにも実用書然としたのではない、おしゃれなデザインのものがおおい。
 実用書といえば!の池田書店のものにもその手の本がいろいろとある。そういえば、現在大流行中の塩麹についてはじめて知ったのはここの『麹のレシピ―からだに「いいこと」たくさん』(おのみさ著)だった。また、ページにゆらめくさまざまな金魚たちの姿に見惚れる『金魚―長く、楽しく飼うための本 (もっとわかる動物のことシリーズ) 』(川田洋之助監修/ 岡本信明)も本棚にある。金魚を飼うつもりなどないのに。

 さて、はじめて猫と暮らす人のための本書のタイトルは、猫好きのバイブルともいうべきポール・ギャリコの『猫語の教科書』から。猫の目線から、人間との暮らしをいかに快適にするかが語られるこのギャリコの本によれば、ヒトはどうしようもなくおろかな生きものだが、彼等を支配し、上手にその家を乗っ取れば、猫は安全で快適な暮らしが送れるのだという。本書もそれにならい、猫との暮らしはあくまで猫本位であると説く。

 ……ネコと暮らすことは、飼い主という名の「従者」「世話人」、あるいは「奴隷」となることとほぼ思っておけばまちがいありません。
 ネコを家に迎えることは、じつは、“わが家をネコに乗っ取られる”ことだったりします。そこを承知した上で、「どんな変化も楽しむ」という心がまえでネコとの暮らしに入りましょう。

 猫をわが家へむかえいれる準備、猫と快適に暮らす秘訣、「猫語」――猫の身振りや行動――から読み取る猫の気持ち。猫との暮らしが長い私にとって、じつはどれもすでに承知の情報なのだが、それでも手にとらずにいられなかったのは、表紙を飾る「シャロンちゃん」(メス・三歳)の凛とした姿に惹かれたため。瞳のみどり、耳と鼻の桜色が映える真っ白なからだ、そしてこの表情。このところずっと、枕元において眠る前に眺めるのが日課となっている。

 ふわふわの綿菓子のような仔猫時代のシャロンちゃん、コードをかじるシャロンちゃん、紙袋に潜むシャロンちゃん、本棚の上に正座するシャロンちゃん、赤い毛布を〝ふみふみ〟するシャロンちゃん。どのページを繰っても、女性誌の猫特集のようなショットばかり。

 また、長毛種の代表としてペルシャ猫など、その他の猫たちも登場。たとえば、「飼い主さん訪問」というページでの、スコティッシュフォールド「へんちゃん」と飼い主「石井さん」のツーショットはすばらしい。飼い主の「石井さん」は「へんちゃん」の背中にぎゅう、と顔を埋めているのだが、そのときのへんちゃんの、うっとりと安堵しきった表情ときたら!

 思えば、私がはじめて捨て猫を拾って飼いはじめたときに求めた猫の飼い方の本は、カラー口絵にシャムやヒマラヤンなど純血腫の猫たちが図鑑のようにならんでいる他は、粗い白黒の写真かイラストばかりの、味気ない、いかにもな実用書であった。

 私は古い猫の写真集や、猫の飼い方の本が好きで、一時期は古本で目につくと買っていた。写真集はデザインで可愛いし(特に、本多信男撮影の山と渓谷社のものがすばらしい)、飼い方の本はその時代の猫の飼い方を反映していておもしろい。今の感覚からすると、これは動物虐待なのでは?と思えるような表現があったりもする。

 本書に登場する猫写真はすべて室内で撮られているが、これはかつての猫の飼い方実用書にも、また猫の写真集にもなかったことである。私の子供の頃はまだ完全室内飼いは一般的でなく、猫は自由に外へ散歩に出るものだというのが常識、猫を家に閉じ込めておくのはかわいそうだと思われていた。

 本書では「今日はるすばん」という章が設けられていて、「一泊くらいの留守番は大丈夫」と、猫を置いて外泊するさいの注意点が書かれている。完全室内飼いが定着した今日ならではのことだろう。
 『サザエさん』のタマのように、大家族の暮らす一軒家の縁側でお昼寝し、気ままに外出し、家族の誰かがいつも家にいるのでひとりぼっちになることもない、という猫はいまや少数派。この本はおもに、マンションにひとり暮らしで猫を飼う人のために作られているといっていい。「ヒトひとり+ペット」世帯は今後ますます増えてゆくのだろう。


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2012年02月29日

『富士塚ゆる散歩―古くて新しいお江戸パワースポット』有坂蓉子(講談社)

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 江戸の町のことを思うとき、まっさきに心に浮かぶのは、空気のおいしさ、そして、何にも遮られることのない富士の眺めだ。今の私たちとはくらべものにならないくらい、江戸の人たちは富士山と親密だったろう。けれども、実際に富士を詣でることはそんなに簡単ではなかったから、富士講や富士塚が栄えた。富士を模した塚を身近に設置し、これに登ることで富士山へ参ったこととする。この融通のきいた発想がなんとも江戸っ子らしい。と、こう書いてしまうとこぼれおちてしまう何かがあるような気がする。

 富士塚の魅力をさまざまな視点から紹介する本書。著者がその導入として触れるのは、人造富士(富士塚とは別ものの模造富士)に登ったという彼女の子ども時代の体験である。70年代、富士急ハイランドにミニチュアの富士山があったのだそうだ。

 我々は、無邪気にミニ富士に駆け登り、頂上から本物の富士山を拝した。眼前の富士山は雄大で、空は高く晴れわたり、皆で爽快感にひたっていた。
「富士山だ、富士山だ~!」
 少し高い位置から見る富士山は、よりいっそう「近しい」存在に思えた。
 正確に言えば、それは高さのせいではない。登山ごっこではあったけれど、私はすっかり富士登山の気分になっていた。
 富士山(人造富士)にいながら、富士山(ホンモノ)に登った錯覚。登山行為の投影、すり替え。自分の立つミニ富士はたかだか数メートルの高さなのに富士山と認識し、登ったことで富士登山が完結した。矛盾を認めながらも,私は富士登山の共時性を味わったのだ。
 そしてひそかに困惑した。子供心に、そのシチュエーションにまごついた。今でも当時の「奇妙な感じ」がつきまとう。
 その時私を惑わしたもの。それは、自分が富士山に向かって滑り出したような、富士山に瞬間移動してしまったような、もしくは、富士登山する自分をもう一人の自分が俯瞰しているような……得も言われぬ感覚。

 錯覚、投影、すり替え。たしかに、彼女のミニ富士登山体験を今の私たちの感覚で言い換えればそういうことになるだろう。それでもなお、彼女の感じた「奇妙な感じ」の内実はあきらかにはならない。
 信仰、といえば、すこし近い気がする。本書ではたびたび、富士講は〝宗教ではなく信仰〟であるといわれる。富士講は、富士山への愛着と親しみ、同時にこれを畏れ敬う気持ちの発現であり、それにかたちを与えたのが富士塚という造形物なのだ。そのバーチャルな登山体験を通じて、富士山への信仰にも似た気持ちが彼女のなかに自ずとわき起こったということなのかもしれない。

 著者は美術家である。彼女が富士塚にハマったのは、12年間のアメリカ生活のなか、正月に初詣のできない境遇を憂いでミニチュアの鳥居を作って「バーチャル初詣」をしたことにそもそもの端を発する。彼女はそれを「初詣キット」なる美術作品とした。そして帰国後、富士塚について詳しく知るにあたって、その発想が「初詣キット」と同じであることに驚いたのだという。
 それをきっかけに、富士塚をめぐり、これを味わい、知るにおよんで、富士塚をモチーフとしたインスタレーションも制作している。実際の富士塚に倣ってこれを「参拝」するという観衆参加型のもので、それは「富士塚の理念を備えていれば、創ったものは富士塚になりうるというコンセプト。究極の「どこでも富士」の実験」なのだという。

 信仰は宗教とは違い、もっと個人的で根源的な拠りどころである。それを富士塚という媒体を通して認識出来たことが、私にとっての着地点であった。

 本書を貫いているもの……著者を富士塚へと向かわせ、その面白さを語らせているのは、子ども時代のバーチャル富士登山とそこで感じた「奇妙な感じ」のカラクリへの興味ではないだろうか。そしてそのカラクリは、美術作品とそれを受容するという状況ともどこか似ている。
 江戸の人たちの富士塚の発想にしても、その御利益にとどまらぬ、造形することへの欲求や見ることへの楽しみがあったのではないか。なにより富士山への信仰心は、その自然の美しさに触れることへのよろこびと畏れによるものだったろうから。

 個性的な富士塚や、厳選された50基のガイド。大小の天狗や大日如来、烏帽子岩、拝み猿、胎内など、富士塚にはつきもののアイテムの紹介。先達にともなっての富士塚参り。古地図や郷土資料、地名、地形などの情報を動員し、さらにはインスピレーションとご縁をたのみとした富士塚ハンティングへの誘い。あるいはパワースポットとしての富士塚考。巻頭には東京の富士塚地図、その多さに驚いた。私の徒歩圏内にもたくさんある、ぜひ行ってみよう!
 富士塚のありかたはじつに多彩で自由だ。今風にいうならデザインの豊かさ、さまざまな要素が集まってお参りする者を飽きさせないその遊び心。それらを了解することで得られる楽しみ。美術家ならではの見方を存分に駆使し、それを私たちに教えてくれるこの富士塚案内は、富士塚をアートという文脈に引き寄せるのではなく、彼女がその感覚を富士塚に委ね、寄りそわせているからこそ生まれた表現なのだと思う。



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2012年01月23日

『Cooking for Geeks―料理の科学と実践レシピ』ジェフ・ポッター・著/水原文・訳(オライリー・ジャパン)

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 温泉卵を作ろうとネットにあたると、沸騰したら火を止めて放置する、あるいはそのお湯に片栗粉を入れて湯の温度を保つという〝裏技〟、そのほか、魔法瓶を使う、電子レンジを使う、カップラーメンの容器を使う、一度卵を凍らせる等々、じつにいろいろな方法があることがわかる。
 最も熱に敏感なタンパク質はオボトランスフェリンで、これは約144°F /62°Cで変成をはじめる。卵白アルブミンという別のタンパク質は、176°F /80°C程度で変成する。これらは、卵白に最も多くみられるタンパク質だ。オボトランスフェリンは卵白の14%を、卵白アルブミンは54%を占めている。温泉卵と固ゆで卵の違いもこれで説明できる。卵を十分に長い時間176°F /80°Cに保つと、卵白は硬くなる。しかしこれ未満の温度では、卵白アルブミンは丸まったまま(筆者註・未変成のタンパク質は丸く折りたたまれた形をしており、熱や力を加えることによりその構造がほどけ、他の変成したタンパク質と連結して固まる)なので、卵白の大部分が「液体」の状態のままになるというわけだ。

 「調理=時間×温度」。本書では、調理における熱による化学反応についての章で、「卵が固まりはじめる」「I型コラーゲンが変成する」「植物性デンプンが分解する」「メイラード反応が顕著に現れる」「糖が明確にカラメル化する」それぞれの温度についてが解説される。

 温泉卵といえば、家庭科の授業で温度計片手にこれを作ったことがある人もいるのではないか。あるいは、こねた小麦粉を水で洗ってグルテンを取り出したり、牛乳にレモン汁を入れて凝固させたり、マヨネーズ作りで乳化のメカニズムを体験したり。
 大抵の人は料理の出来上がりそのものにこだわるので、「温泉卵は黄身は固まるが白身は固まりきらない70度で加熱する」、それはわかっているけど、ではどうしたらそのように出来るか、を知りたがる。そして、レシピというのはふつう、その知りたいに答えるようにできている。しかし、世の中にはそれでは納得しない人たちもいるのである。

 料理とは、辞書には「材料に手を加えて食物をこしらえる」とあるけれど、「こしらえる」ということばはそれ自体「調理する」という意味を含むので、より厳密にいうならば、料理とは食材を切ったり混ぜたり熱を加えたりすることによって何らかの反応を加えるということになる。そのメカニズムを科学的に解説したのが、このギークのための料理本なのである。
 プログラマーやエンジニア、物作りの好きな人やオタクといった「ギーク」たちは言い換えるならば「物事の仕組みを解き明かすことに熱中して」しまう人たちのこと。

 本書は、料理に対する心構えにはじまり「キッチンの初期化」(まずは道具から、あるいはその使い方やレイアウト等)、「入力の選択:風味と食材」、「時間と温度:料理の主要変数」、「空気:焼き菓子作りの重要変数」、「食品添加物」(塩や砂糖もここでは〝伝統的な食品添加物〟となる)、その他、料理人やブロガー、技術者などの料理に関するインタビュー、「自分でペクチンを作ってみよう」「シュガークッキーのカラメル化を目で見て確かめる」「浸透圧と塩」など家庭科の実験ぽい提案や、「感電ホットドッグ」(商用電源で行うのは危険!)「人への最適ケーキ分割アルゴリズム」といったギークらしいコラムもたくさん。もちろん、前菜からスープ、メイン料理、パン、デザートなど百種を超えるレシピも掲載されている。

 ちなみに私が一番作ってみたいと思ったのは「ドリップフィルターで作るコンソメ」。ふつう、スープストックを澄ませるために泡立てた卵白と一緒に煮るところを、冷ましてゲル化したスープを冷凍したのち、解凍しながらドリップするというもの。ゼラチンはフィルターを通らないので、それが濁りを取りこんで、溶けて流れ落ちたスープは透きとおるのだとか。思えばこれって、冷凍技術があってこそ可能な調理法なのだなあ……。

 料理というジャンルにおいてはとくに、〝コツ〟のひとことでかたづけられがちな技術上のカラクリ。「この料理をおいしく作るコツは、タマネギを飴色になるまで弱火でじっくり炒めることです」と言われ、ああそうですかと言われるがままにするのではなく、なぜ「飴色」で「弱火」なのかを考えずにはいられない人たちのためにあるのがこの料理書なのである。いつもなら、箇条書きのレシピに沿って出来上がりをひたすらを追うところだが、フライパンの上で少しずつ色を変えてゆくタマネギには、膨大な言葉で説明するだけの現象が起こっていることをこの本は教えてくれる。


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2012年01月08日

『猛烈に!アロハ萌え―HAWAII IN HAWAII』橋口いくよ(講談社文庫)

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 親戚や知り合いからの土産物「マカデミアナッツチョコレート」でしかハワイというものに接触したことのない私がなぜこの本を手に取ったのかといえば、年末の寒空の下、サマードレスやビキニの水着、スパムの缶、その他なにやらわからないけれどとにかくカラフルな雑貨があふれるカバー写真の常夏ムードに吸い寄せられたためである。

 それに、たとえそこが私にとって、宝くじに当たってお金の使い道に困ったりでもしたらもしかして行くのかも、というほどのモチベーションしか持てない場所だとしても、旅の本を読むのはやっぱり楽しいものだし……などと思いページを繰っていたのだけれど、読みすすむうち、この本は私のなかで旅の本という括りばかりでなくハワイの本という括りさえも超越していった。

 本書の前作であるハワイエッセイ『アロハ萌え!』のなかで著者の記した言葉、「人生は『ハワイに行く前』と『行っている時』しかない」は、ハワイ好き読者たちの涙を誘ったという名言だが、じつに、著者のハワイへの思い入れの深さは底知れない。彼女の心も体も、常にハワイを求めてやまない、というか、いつでもハワイと共に在るというか、ハワイなるものに取り巻かれているというか、ハワイを感じつづけているというか……つまりはいつでもアロハ萌え、なのだ。

 アロハ萌え、という言葉にわかりやすい定義はありません。
 ハワイを思い出した時、ハワイを感じた時、ハワイに行きたい時、電車で一緒になる外国人から漂う柔軟剤の香りを嗅いだ時、春先にちょっと夏の予感を感じた時……
 冬の寒い朝でも、真っ白い光に目を細める時は、私のなかではそこにハワイの日差しがあるし、北欧レストランで出てくるエッグベネディクトにさえハワイを感じることができます。

 ハワイ滞在時でない日常のなかでこそ、繁く発動されるこの萌え心理。以下のくだりなど、ハワイに行ったことのない私でさえ、ハワイに焦がれてやまない気持ちが彷彿とされる。

 打ち合わせなどで、たまたま行ったビルのカーペットが掃除したてだったりすると、目を閉じて、記憶をたぐり寄せ、ホノルル空港のイミグレ直前のあたりの清潔な冷えた香りを思い出したりもできます。

 また、著者は滞在時にホテルのお風呂で使う入浴剤を「ツムラの「きき湯」の青色」と決めていて、それはなぜかといえば、ハワイでその湯に浸かり続けて「ハワイのお風呂」という感覚を刷り込ませ、それを日本の家のお風呂で使うことでアロハ萌え作用をもたらすため、なのである。
 この、五感、ことに嗅覚や触覚の刺激によって自らの気持ちを上げようとする小細工感は女の子ならではではないだろうか。あるいは、ハワイに向かう機内では、部屋着のようなゆったりとした服装で、持参のお気に入りのブランケットとクッションに包まれて思い切りリラックス、というのもおなじ。
 ありえないほど大量の荷物とともに著者はハワイ入りするのだが、それは、日常の彼女を取り巻くアイテムをそのままハワイにも持ち込むためである。

 (……)「いざ張り切って旅行!」という感覚は特別で楽しいものだけれど、同時に緊張もあるもの。せっかくのお休みですから、緊張はしたくない。楽しさとわくわく感だけ残し、気持ちはリラックス。それが私の理想です。(……)なので、日本→飛行機→ハワイという時間のぶつ切り感が起こらないよう、ハワイへ行く直前には、まるでハワイにいるような気分で過ごして準備を進めます。逆に飛行機の中では自分の部屋にいるようなリラックス感をあえて作り、ハワイ行きのわくわくした気持ちとミックスさせるとちょうどいい。その為には、やはり機内持ち込み荷物がやはり重要となってくるわけです。

 この、日常からハワイへのシフトの演出の入念さはまるで儀式のよう。「いざ張り切って旅行!」というように、ハレとケの落差があるほうが盛り上がれる人もいるだろうが、そうすると、いざ日常にもどったときの寂しさもひとしお。
 かつて、ハワイ行きの準備の段階で、帰ってくる時のことを想像しては落ち込んでしまっていたという著者。そこで彼女が辿り着いたのが、ハワイから帰ってきた瞬間から次のハワイ行きへの準備がはじまる、つまり「人生は『ハワイに行く前』と『行っている時』しかない」という境地なのだった。ゆえに、著者のハワイへの思いが強まれば強まるほど、そのアロハ萌えな日常へのいつくしみもまたパワーアップするようにみえる。

 本書には、たとえば一週間はかけるというハワイ行きの準備にはじまり、行きの機内での過ごしかた、到着初日をどうするか、ビーチ、ホテル、お買い物等々、ハワイ好きの、ことに女子にとっては心躍るようなハワイの楽しみが、きわめて具体的に書かれている。しかし、話が具体的になればなるほど、ハワイについてとんと無知な私には抽象的に読めてしまい、これはもしかすると、ハワイというハレの場よりもむしろ、それ以外の日常を生き抜くための本なのではないか、と深読みされてしまったという訳なのである。


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2011年08月29日

『Made by Hand ポンコツDIYで自分を取り戻す』マーク・フラウエンフェルダー 金井哲夫・訳(オライリー・ジャパン)

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 これは、庭で野菜を育て、愛用のエスプレッソ・マシンを改造し、ニワトリを飼い、シガーケースでギターを作り、木でスプーンを掘り、紅茶キノコを仕込み、養蜂に挑戦する男の勇猛果敢かつユーモアにあふれた活動の記録である。
 著者は、雑誌『Make』(日本版もあり)の編集長。『Make』は、「テクノロジーを自由な発想で使いこなす」ユニークな物作りや、DIY愛好家たちに役立つ記事を集めた情報誌である。
 雑誌作りを通じて、彼は多くのDIY愛好家、特に「アルファ・メイカー」(Alpha Maker')と呼ばれる「クールな物を設計して作る研究と実践を重ねている物作りの第一人者たち」と出会う。それをきっかけに彼は、過去にした失敗ゆえに敬遠し、苦手意識すら感じていた物作りの世界に足を踏み入れることになるのだ。
 彼らの生き方は、新鮮であり刺激的だ。DIY愛好家たちは、自分自身や家族が使ったり、食べたり、着たり、遊んだりする品々を、堂々とした自己責任において、作り、管理している。彼らはむしろ、自分たちを取り巻く物理環境を、創造し、維持し、改良するという困難を楽しんでいるのだ。  そんなDIYの世界を出会うことで、DIY活動が、より豊かで意味深い人生、周囲の世界と深く関わり合える人生にとって、中心的とは言わないまでも、とても重要な役割を果たすことに、私はようやく気がついた。この雑誌を通して知り合ったアルファ・メイカーたちから、できるだけ多くの事を学びたいと私は思った。彼らの教えを自分の人生に役立てたいと思った。

 彼がこうした境地に辿り着くまでには、あるひとつの経緯があった。ITバブルのあおりで、フリーライターの仕事が激減してしまった彼は、生活環境を変えようと、妻とふたりの子どもと共に、二〇〇三年、南大西洋のラロトンガ島に移住する。収入が減ったことによって考えなくてはならないのは、お金の使い方ではなく、時間の使い方についての問題ではないかと彼は考えたのだ。

 既製品の娯楽や、遊園地の乗り物や、ショッピングモールでの買い物や、高速道路の渋滞や、絶え間なく届く電子メールといった環境で、本当に子どもを育てたいのか。どこかもっとましな生き方が、私たちのことを待っているのではないだろうか。

 こうして、家や車を売り払い、家族四人で島暮らしをはじめるのだが、四か月半で挫折。ふたたびロサンゼルスへ舞い戻る。

 私たちの問題は、ロサンゼルスでの生活に起因しており、それが飛行機に乗って一緒に来てしまったことだと考えた。つまるところ、私たち自身が問題だったのだ。いわゆる楽園に移り住んだところで、何も変えられない。

 この苦い経験と、雑誌の仕事のなかで出会うDIY愛好家たちの生き方を通じ、彼は発見する、DIYこそが「 私がスローダウンでき、自分の手を使い、周囲の世界と意義深い形で深く関われるようになる」人生を創り出すのだと。
 
 家庭菜園を作るため、庭の芝生を根絶すべく四苦八苦したり、ニワトリをコヨーテから守るために苦労したり、ミツバチを飼うのに妻の反対にあったり、彼のDIY生活には何かと困難がおおい。特に器用でも、創意工夫のアイデアに満ちてもいない人間が、たどたどしい手つきで奮闘する姿にはほほえみを誘われる。ただし、彼が敬愛し、各章で紹介される、それぞれの道に精通した物作りの達人たちも、最初からすべてに精通していた人ばかりではないらしい。

 彼らの秘密は、彼らが何か特別なものを持っているというよりは、むしろ何かを持っていないことにある。それは、失敗する恐怖感だ。ほとんどの人間は失敗を恐れる。そのため、自分の力量を超える技術を要することには手を出そうとしない。

 彼の出会ったDIY愛好家には、高等教育を受けていない人の割合が多いという。彼曰く「彼らは教育システムから脱出できたラッキーな人たち」であり、数値化された成績で評価されることがなかったからこそ、失敗を恐れず、むしろ失敗を糧にして、物を作りだしてゆけるのだと。
 なるほど。それだけで説明はできない気もするが、たしかに教育システムにどっぷりはまって、なるべく無駄のないルートで人生を歩んできた人よりは、そうでない人のほうが自らの頭と手を使う術には長けているかもしれない。スピードや効率が尊ばれる社会では、失敗をくり返してまで自分の手を煩わせるのは無駄なこと。専門家にまかせたり、必要なものは買ってすませればいい。

 過去にした失敗に懲りて、DIYすることを放棄してきたこれまでの生活から脱却し、果てしのない消費とスケジュールに追い立てられる生活をダウンシフトすべく、著者はDIY生活にとり組むわけだが、彼の動機には、ごくシンプルなチャレンジ精神や、達成感や充実感、DIYする自分への他者からの尊敬、その成果を共有することで得られる人とのつながりや癒し、などへの欲求ももちろんある。消費の否定や環境への配慮といった大儀にかたよらず、それを隠していないところがいい。

 DIYは、日本では日曜大工的なものを指すことが多いが、その守備範囲は生活のあらゆる場面におよぶ。ガーデニングや家庭菜園、養鶏、養蜂、保存食作り、家電や生活用品の修理・修繕、編物や木工といったクラフトなど、その内容は幅広い。
 ただし、先にあげたアルファ・メイカーと呼ばれる人たちは、工学技術を駆使して、機械いじったり、何ものかを発明・製作する人のことを指している。米語の「ティンカー」(tinker)とは、アメリカのメイカーたちがよく使う言葉で、機械をいじくりまわしたり、何かの仕掛けを発明するという意味だというが、それに相当する日本語がみつからない、と訳者のあとがきにはあった。
 日本にも、機械いじりが好きだったり、「町の発明家」といわれるような人はいるけれど、アメリカほど一般的ではないのだろう。このDIY文化は、その愛好家の大多数を占める中間層の人たちが、さまざまな電動工具を所有したり、作業をするためのガレージや地下室というスペースをあたりまえに持てるアメリカならではのものだろう。

 『Make』は、一九四〇年代から六〇年代の、アメリカのDIY黎明期のDIY雑誌をモデルとしているという。だから、「ティンカー」することによろこびを感じるアルファ・メイカーは、アメリカの郊外化が進んだ時代に出現した人たちだ。そしてその担い手のほとんどは男性だろう。
 本書の帯に、「「Makerムーブメント」を主導する雑誌『Make』編集長」とあるように、DIY文化は、かつての隆盛ののち、消費することにのみ忙しい人々によって忘れられ、いったんは低迷し、近年ふたたび注目されるようになったのだ。
 『Make』には一時期、『Craft』という姉妹誌があった(現在はウェブマガジンになっている)。おなじDIYでも、こちらは裁縫や編物などの技術を使った物作り、手芸や工芸といった分野を扱う雑誌だ。編集長は著者の妻。本書のなかで、この妻はつねに夫のいちばんの批評者としての存在感を放っていたが、夫の作る『Make』誌がリードするムーブメントに対し、妻の『Craft』から発する、女によるDIYの現状も気になるところである。

 




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2011年04月09日

『おとなの味』平松洋子(新潮文庫)

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 大人の味といえば、苦みや辛みやえぐみ。大人になってはじめて知るおいしさは、誰にでも思い当たるはず。ここにも、子どものころはむしろ遠ざけていた山菜を切実に欲する人がいる。
 春先に野山の苦み、えぐみを味わう。すると、にわかにからだの奧で蠢動が起こる。眠りこけていたものが、ぶるりと身を震わせて起き上がる。  かんがえてみれば不思議なことだ。舌先から伝わった味が五臓六腑に響き渡り、おおきな伸びをひとつ、からだを覚醒させる。そして、冬のあいだに溜まっていた澱がすうーっと下り始める。

 そのとき食べたいものは、「私」の好みや理屈をこえて、身体がもとめているのだと気づくことがある。ときどきたまらなく食べたくなるものがあり、お腹におさめてはじめて、ああそうだったのか、と自分の身体の調子に合点がいくのだが、次のときには忘れていて、ああそうだった、とおなじことをくりかえす。理屈でもって、あれもこれも必要だからと先回りして口に入れるよりは、自然なありかたなのかとも思う。

 読む、という場合にも、おなじようなことをしているな、と思うことがある。何か目新しいことを知りたいのでもなく、むずかしい理屈をたどるのも、話の筋を追うのも億劫で、するとエッセイ、ということになるが、選びかたを間違えると後悔しそうで怖い……などと、ないものねだりしているつもりは決してないのだが。ただ、読みたいのだけはたしかで、ああこれだと読みはじめ、とまらなくなると、本を手にするまでのあのちょっとした屈託が何だったのかに思い至るのである。

 読んだり書いたり、のくりかえしのなかで、読みたいという気持ちとはいったい何なのだろうと、どこかでいつも考えている。その、何なんだろうの気持ちをあらためて強くさせられる本というのがときどきあって、つまり、本書はそのような本であった。

 食べもののことが書かれてある。エッセイとよばれるたぐいの文章である。著者には「エッセイスト」のほかに「フードジャーナリスト」という肩書きもあるから、その書くものにはもちろん、ジャーナリスティックな視点もある。雑誌・新聞に初出のあるものは、特定のお店や食べものという明白な主題があるが、本書のために書き下ろされたものは、味覚という実態のないものを、さまざまなスタイルで、さまざまな方向から照らし出す。なかには短編小説のような一文もある。

 じっくり天日に干したずいきは、これぞひなびた味わいといいたい。すっかり水分を失ってふかい皺の刻まれた濃茶の表面には、あきらめとしぶとさ、その両方が見てとれる。来る日も来る日も太陽と風になだめすかされて、なすがまま、あるがまま、あとはどうにでもしてくれい。もはや愛想のかけらもないが、拗ねてもいない。それが、ひなびた味の正体だ。
 ひざをすりむいて、つばを塗りつけたとき指さきに感じた血の味。海水浴の砂浜でくちびるを舐めたときの磯の味。落っことした飴がもったいなくて、ごみを払ってもう一度舌のうえにのせたときのほこりの味。運動会のときクラス対抗の徒競走で、アンカーだというのにつんのめって転び、口のなかにまみれた砂の味。古くなった食パンを知らずに囓ったときのかびの味。たとえばそのような味でさえ、おしまいになってしまった歳月のなかにあってはたまらなくきれいで、すきとおっている。

 こういう文章に触れると、腹の底から読むうれしさがわきあがってくる。味を知るとは、なにも舌の表面の味蕾への刺激だけを指すのでない。自分にはまだまだ味わったことのない「おとなの味」というものがあるだろうと思う。

 このうれしさはまた、ことばと触れあうよろこびによるものかもしれない。それは著者の、これまでのことばとの触れあい、著者が読んできたことによって培われてきたものを譲り受けるよろこびだ。

 旅の荷物に入れるのは、獅子文六、小島政二郎、子母沢寛。高校生のときは金子信雄、荻昌弘、伊丹十三、檀一雄が愛読書。惹かれるのは男性の書き手ばかりだったと本書にはあり、彼等から受け継がれたことばが、著者のなかに生きているのだろうが、私は向田邦子のことを思い出した。

 子どものころのこと。寿司折の「おみや」をぶら下げて父親が帰った晩、ねぼけまなこで妹とふたり、座敷に座る。

 どれから食べよう。箸を握っていると、コップの冷たい水を飲みながら父が言う。  「ようこさんはいか。けいこさんはえび」

 娘に「さん」をつけて呼ぶ、ほろ酔いで上機嫌のお父さん。この夜遅くのお寿司で、彼女はわさびの味を知る。あるいは夏休みの午後、昼寝から覚めてまず飲む麦茶。姉の役目である夕飯前のかつおぶし削り。平松洋子という人も、「昭和の長女」という呼び名がよく似合う。そのことばを受け継いで、自分のなかに生かしていきたいなあ、と思わさせる書き手である。


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2011年03月29日

『裁縫女子』ワタナベ・コウ(リトルモア)

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 細かい手順を大胆に省略し、初心者でも手早く簡単にできる「クイック・ソーイング」をあみだし、裁縫教室やテレビ番組で講師をつとめてきた著者。イラストレーターでもある彼女が、これまで教室で出会った生徒たちとのエピソードをつづったコミックエッセイ。

 自分の実際のサイズを無視してMサイズの服を作ろうとする。スカート丈80センチに固執する。チャコペンシル(布に印をつけるための裁縫用のペン、消えるものと消えないものがある)で布の表側に線を引いてしまう。初心者なのに縫いにくい生地をわざわざ選んでくるなど、大人げない生徒たちと、教室のスタッフ(教室を主宰するミシン会社の関係者)との板挟みにあいながら、ソーイングの道を説いてゆくコウ先生。

 1960年代までは、服を買うということはまだ一般的でなく、既製服は「ツルシ」とよばれ、質の悪い安物扱いだった。1970年に創刊された「アンアン」が、型紙を載せないはじめてのファッション雑誌であったとは本書にも紹介されているが、それまでのファッション誌には、グラビアでモデルが着ている服の型紙が必ず巻末についていた。洋服は自分で服地をもとめて縫うか、あるいは誂えてもらうものだったのだ。

 少女のころ裁縫に目ざめ、裁縫の得意な祖母に訓練されたという著者は、着ている服はほぼ自分で縫うという、筋金入りの裁縫家である。いっぽう母親は、「裁縫をする女など古い、これからの女の子は勉強ができなくてはいけない」という戦後民主主義を信奉する女性であった。そんな母と祖母の間で、著者は裁縫と同じく勉強もよくしたのであろう、東京外語大に入学するも、中退、その後ソーイング教室でアルバイトをはじめ、それをきっかけに裁縫の道へ。

 独自のメソッドによって、誰にでもできる初心者向けのソーイングをうたっている著者だが、教室をはじめた当初は、自分よりも年上の、はるかに裁縫歴の長いであろう「ソーイング・マニア」の人たちから、そんなやり方は邪道だと叱られたという。
 このエピソードは、もはや裁縫が女性にとって必須項目でなくなった今日の「女と裁縫」の関係の一面が表れているようだ。誰もがしなくなったからこそ、裁縫ができることは特別なことになる。手間ひまかけて磨いた技をそう簡単に他人に習得されては困る、というのが「ソーイング・マニア」のいいぶんだ。その技術を人に認めてもらうことこそが、彼女たちの欲望なのである。

 服は買うのが当たり前の今日、それでも裁縫をマスターして自分で服を作りたいというとき、その動機はどこにあるのだろう。ものづくりが好きだからか、自分に合ったサイズやデザインのものができるからか、買うよりも作ったほうが経済的だからか。女にとって裁縫とは何か、それが本書の隠れたテーマでもある。

 著者が裁縫を教えるまでになったのは、やはり裁縫そのものが好きだったためだろう。そんな彼女のもとに集まった生徒たちは、教えられたことのうわべだけをなぞり、自分で考えることをせず、かといって人の言うこともきちんときかず、失敗は人のせいにしたりして、ときに先生を困らせる。一回の講習で、課題の服を失敗なく縫いあげることよりも、自分の手と頭を使って裁縫をする楽しさを知ってもらいたいと先生は願っているのだが、生徒との間の溝はどうにも埋めがたい。その食い違いはまるで、著者の「裁縫とは何か」という問への答えを導き出すための試練のようなのだ。


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2009年08月17日

『草かざり』かわしまよう子(ポプラ社)

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 使いおわったマヨネーズの容器を洗うとき思い出すのは、ほんの子どもの頃、夏、近所の友達の家の庭にひろげたビニールプールでの水遊びだ。うす黄色い中身の詰まっているときにはわからない、ぺかぺかとしたプラスチックの質感。その中にいっぱいに入れた水をお互いにひっかけあうのである。
 「半透明の透け具合を大切にしたかったので、イヌホオズキはあえて浅く飾りました。」  とは、本書の袖にあったカバー写真の説明。そうそう、この半透明の感じは、マヨネーズの容器でしかお目にかかれないものなのだ。

 いけばなの写真とエッセイで構成された本書。ふつうなら、ポイと捨てられてしまいそうな器にいけられた、野に咲く草花たちの写真がつづく。ミニトマトのパックにアレチノギクが、ウーロン茶のペットボトルにミズヒキが、魚のかたちをした醤油入れシロツメクサが、ヨーグルトの容器にはドクダミが。
 吹けば飛んでしまいそうな器と野の草との組み合わせは一見はかなげ。しかし、道ばたなどで摘んだ雑草は意外と強いもので、栄養たっぷりに育てられ隆々としてみえる花屋の花より、よほど日持ちがする。そのねばり強い生命力を思うと、花器とされている小さなプラスチック容器も、なかなかにしぶとい存在なのだと気がつく。
 分別され、リサイクルされるこのものたちだが、そのへんに打ち捨てられたのなら、自然に還ることもなくいつまでもその姿を晒しつづける。本書に連なる容器と草花との出会いはこんなに可愛らしいのに、これらの写真を眺めていると、頭のすみに浮かんでくるのは、河原や道ばたの草むらにポイ捨てにされた空き缶やペットボトルの、ひしゃげて、周囲の雑草に埋まっている姿なのだ。

捨てられそうなものの価値観をリメイクするのはおもしろい

 子どものころ読んだ本で、ひまわりの花をサイダーのあきびんにいけるというシーンがあり、話の筋はまったくおぼえていないのだが、そこだけは忘れられずにいる。そして、そのとりあわせから、真夏の暑い暑い午後のイメージが連想され、つづいてあらわれるのは戦争である。焼け野原で、人が一杯の水を飲むのに使ったのは、変形したあきびんや、潰れかかった何かの容器だったろうと、本書の頁をめくっていたら、そんなことを思った。
 ものを、本来の用途とはちがう使い方をすること。私たちは、そうせざるを得ない状況からはずいぶん遠いところにいる。価値観のリメイクは、リサイクルやリユースよりも難しそうだ。それを肝に銘じつつ、捨てられてしまいそうなものに、私もひとつ、野に咲く草花をいけてみようと思った。


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2009年07月30日

『猫毛フェルトの本』蔦谷香理(飛鳥新社)

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 よく、切った爪を捨てずに保存する性癖の持ち主がいるが、あれはいったいどういう心理に基づいているのだろう。切られた爪は自分の一部、それをゴミと一緒に葬り去るのは忍びない、という強烈な自己愛のせいなのか、それとも、たんぱく質というものへのこだわり(なんとなく、栄養もありそうだし、いつか何かの役にたちそう)という貧乏性ゆえなのか。
 私は自分の爪も皮も垢も、さっさと見えなところへ流してしまいたい質だが、わが飼い猫に関しては別で、抜けたひげや乳歯を大事に大事に保存している。さらに最近、ブラッシングして抜けた毛を、紙袋にためていったら、たいへんな量になってしまい、捨てるのが惜しくなり、以前、犬の毛で毛糸を紡いでビキニを作っていた女性、というのをテレビで観たことを思い出し、だったら猫の毛でも、とフェルトを作ってみた。

 ふつう猫は自分で毛繕いをする。するとしぜん、自分の毛を大量に飲み込み、ヘア・ボールという毛玉が胃の中に作られ、これを定期的に吐き出す。わが猫もそれをするが、さっき食べたばかりのえさと胃液にまじって、吐き出されたヘア・ボールはちょうど人の親指ほどの大きさ。さわってみると、たくさんの毛が密に絡まって固く、ちょっと、使用前のタンポンのようなので、猫の毛でもきっとフェルトができる、と確信。
 猫毛は外毛と中毛の二層をなしており、フェルトにするには、真っすぐで固い外の毛はあまり適さないのだが、それでもちゃんとフェルトはできた。私はすっかりはまってしまい、ためた猫毛を取り憑かれたようにフェルトにしては壁に貼りつけて悦に入っていたのであった。
 そのふわふわのフェルトに顔をすりすりとこすりつけると、猫のお腹に顔をうずめている時とおなじ安心感が得られるので、これで御守りなど作ってもよいかも、などと思いつつそこまでまめな作業もできずにいた。
 ところで、猫毛でフェルト作り、ってちょっと人には言いづらい趣味、いえ、趣味というより私にとってはほとんど癒しの儀式、みたいになっているのでなおさら言いづらい、でも言いたい、と勇気を出して手芸の大好きな友人にそっと打ち明けてみたら、やはり微妙な表情をされてしまった。なぜ? 羊の毛も猫の毛もおなじ動物の毛ではないですか! 

 そんな私に福音をもたらす画期的な本がこの『猫毛フェルトの本』である。
 本書の著者もやはり、大量に抜ける猫の毛を前に、これでフェルトが作れそう、と思いたったのだとか。メインは猫型の指人形。段ボールで作った型に猫毛を絡ませかたちを作り、そこにビーズの目や、刺繍糸の首輪をつけて出来上がり、というもの。手袋やマフラーにつけるアップリケなども紹介されている。そのほか、猫の抜け毛と健康についてなどのコラムや、猫毛フェルトはゴミの減量化に一役買うかも、といった環境への配慮も。また、著者の飼い猫のほか、本書に掲載された猫毛手芸の材料を提供してくれた数匹の猫たちが写真入りで紹介されている。それによると、ブラッシングしてでた猫の抜け毛を捨てずにためている飼い主が結構いることが判明。またも、私だけじゃなくてよかった、と胸をなで下ろしたのだが、これって猫好きの間ではふつうのことなのだろうか。ともかく、あまたの猫ブログ、はたまた写真集のみならず、手作りの猫ごはんのレシピ本とか、猫グッズカタログとか、猫毛手芸とか、まったく目が離せない猫本の世界なのであった。


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2009年06月09日

『京都の迷い方』(京阪神エルマガジン社)

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 未だ冷めぬ京都ブームを反映して、京都を取り上げた本は数々ありますが、ガイド情報系、セレブリティ押し出し系、歴史などのお勉強に検定モノ…とどれも一様に紋切り型です。特にガイド情報系に顕著ですが、何より語り口にリアリティがない。つまり誰が書いても一緒なのです。

 などと、『エルマガジン』(こちらは昨年終刊)『ミーツ』『SAVVY』等情報誌をぞくぞくと世に送り出している版元が書いてよいのかどうか。それはともかく、AtoZ方式で繰りひろげられるのは、50人の書き手による、京都をめぐるあれこれ。
 ガイドブックで紹介された紹介された店をただスタンプラリーのように巡ってみたり、この店に行ったら絶対これ食べなきゃ…と決めこんだり、限られた時間内でいかに効率よく回るかに知恵を絞ったり…といった直線的で予定調和な消費行動は、こと京都という多分に重層的でふくよかな街を楽しむにはもったいない気がします。

 というのもかなり強引な価値観の押しつけ、という気がしないでもないけれど、出尽くした感のある京都のガイドブックのなかでは、書き手のそれぞれが得意な分野について、自分目線で語る様はなかなかの読み応え。

 エッセイ風あり、随筆風、ルポ風、評論風と語り口がでんでんばらばらなのもまたよい。
 辻井タカヒロ(イラストレーター)の、おかんの手作りちりめん山椒レシピとか、堀部篤史(恵文社店長)の左京区のおっさん鑑賞とか、阪田弘一(京都工芸繊維大学准教授)の、「ねねの道」をそれて霊山観音・祇園閣・大谷祖廟をめぐるガイドなどが書き手の芸を感じるコラムだが、なにより渚十吾(ミュージシャン)による京都バス路線図マップを讃える詩がすてき。というか私はこれをポエムと呼びたい。

 これは本ではない。
 ちょっとしたポスターのような京都バスの路線地図。
 こんなに美しくて、横42㎝・縦52㎝サイズで、
 しかもフリー・ペイパー。
 僕は大原のバス停で手に入れたが、きみはどうする?
 八月の暑い1日と京都、誰も歩いていない哲学の道あたりで
 深い山々に囲まれているこの路線図を眺めていたら
 歴史の幽玄の世界へと迷い込んでしまいそうだ。……

 本当に京都で迷いたいなら、このポエムの世界を探して街を彷徨ったらいいかも。私は彷徨いたくなった。
 それにしても、私的なところから好き勝手に語った一連の文章が、一方でガイドとしてじゅうぶんまかりとおる都市って、やっぱり「京都」しか思い浮かばない。だけどもう、情報なんてどうでもいい。「京都」を使って夢を見るくらいしか、ここに住んでいたらすることがない。
 で、渚十吾さんの詩のつづきをお読みになりたくば、お買い上げください。それだけでも価値があると私は思う。


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