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2014年04月29日

『皇居東御苑の草木帖』木下栄三 (技術評論社)

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京都から越してきたばかりのころ、東京の街には緑がすくないと嘆くと、大阪市出身の友人はおどろいて、東京は緑だらけじゃないかという。大阪にくらべれば、東京は緑地面積の多い都市なのだ。たしかに、自宅近くの大学の構内は大きな樹木であふれているし、今いる部屋の窓のすぐそこには区の保護樹木である楠の梢がみえている。

ではこの欠乏感はなにかといえば、雑草がすくないせいなのである。私の生息する地域は雑草の育つ余地がほとんどないし、路傍の植え込みや、路肩のコンクリの隙間にどうにか生えているものの、みなあまり元気がない。ひきかえ京都では、鴨川の河原や疎水沿いはもちろん、住んだいた家の近くにはまだあちこちに畑や田圃があり、いたるところ草ぼうぼう、のなかで過ごしていたのだ。

東京にきてしばらくしたあるとき、竹橋から千鳥ヶ淵へとぬける道を歩いていて、たくさんの種類の雑草が隆々としているのに目をみはった。どんなものでも、あるところにはある、というのが東京の街なんだと感心した。なんといってもそこは、東京一、いや日本一の緑の園にかこまれた一帯なのだ。

本書はその名のとおり、皇居東御苑の植物が、詳細なスケッチともに多数紹介される。著者は建築家・画家だが、江戸城と現在の皇居の位置関係を調べるため、古い絵図を東御苑の地図に落とし込んだ「皇居と江戸城重ね絵図」を作成するほど、江戸とその町や文化に通じている。

「重ね絵図」作りの作業をすすめ、江戸城の細かい部屋割りを入れていくにつれて、その位置と現在の東御苑での位置とをより細かく照らし合わせる必要を著者は感じ、そこで指標とされたのが、東御苑の樹木たちである。

江戸文化歴史検定協会のHPにある、「重ね絵図」のページをご覧いただけらばわかりやすいと思うが、つまり、東御苑の苑内に立ったとき、そこがかつての江戸城のどこにあたる場所かを、樹木の位置によって把握しようというわけだ。

著者は植物の専門家ではないから、樹木の記録をはじめた当初は、木の名もわからなかったが、人にきいたり自分で調べたりしながら、三年ほどを費やし、木々だけでなく草木、さらには鳥や魚、虫までをも記録。そのメモをもとにできあがったのが本書である。

雑草好きにとってうれしいのは、「皇居の草」のページ。ヒメジョオンやオオアレチノギク、ノゲシなどキク科の草花たちがずらり。それらは、「名札のついた立派な樹や季節ごとに美しい花や実をつける華やかな草木」とはちがい地味なうえ、「皇居に来た奉仕団の人々の手できれいさっぱり刈り取られてしまう草たち」である。

著者によれば、昭和天皇はかつて「雑草という草はない、どんな植物でも名前があってそれぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる」と仰せられたそうだ。だが、「皇居の草」として挙げられたもののなかには、海外から帰化し、「要注意外来生物リスト」に名を連ねるものもふくまれるという。それでもひとつひとつを観察、スケッチし、その特徴を知れば、「親しみがわき愛おしささえ感じます」。ほかにも、河原などにはいくらでも生えており、花粉症源でもあるカモガヤやハルガヤを含むイネ科の草々や、カラスノエンドウ、ハハコグサ、オオイヌノフグリなどおなじみのちいさな草花も紹介されている。

もちろん、樹木や果樹、桜・菖蒲・椿・バラ・梅のいろいろ、各都道府県の木、シダ類やきのこ、鳥や魚、たくさんのいきものたちがページにびっしりとならぶ。なかには毒草ばかりを集めたページもあって、こうなると、もはや江戸城は何処へやら、という感じだが、いやしかし、その最初の興味がきっかけとなり、はじめて植物の不思議さに驚き、「知りたいという一心」でよくもこれだけのメモを、と、感嘆せずにいられぬ大仕事である。

草木が好きで、その名前や特徴を調べることも、私はよくするほうだが、自分の手元にあるのは京都の野草の図鑑だけで、これといった植物図鑑を持っていなかった。いまでは、この木、この草、なんだろう? と思えばネットでいろいろとしらべることもできるし、さらに知りたいことがあれば図書館へいけばいいので、あえて植物図鑑が必要とも感じていなかったが、本書をみたとき、これだと思ったのだ。

写真ではなく絵であること、その絵がとてもよいこと、さらに絵とともに手書きでいろいろとメモがつけられていること、そしてなにより、決め手になったのは解説である。「その植物と人との関係を歴史・文化の観点でとらえています」とあるが、その限られた字数に、著者の仕事の丹念さ、植物にたいする思いがにじみでている。

そのせいか、解説、というよりは文章として記憶にのこる。これまで、植物図鑑にあたるときは、とにかくそのかたちと名前とを一致させることばかりに気をとられていた気がするが、本書は見るだけでなく、読む楽しさも備えていると思う。

そしてなにより、皇居東御苑のすばらしいガイドであることも忘れてはならない。私は植物は好きだが、わざわざ自然をもとめて遠出するということは出不精なのでしない。というか、道端の雑草こそが私にとっては自然なので、それでじゅうぶんなのだが、幸い、皇居は徒歩でも行くことができるので、この本を携えてぜひ足を運び、たくさんの草木に触れたいと思う 。




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2014年04月24日

『亜米利加ニモ負ケズ』アーサー・ビナード(新潮文庫)

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「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」。この歌をはじめて読んだとき、著者は桜ではなく、赤い薔薇を思い浮かべたのだそうだ。
それは、著者がいつか読んだ詩の記憶のためだった。雨にぬれた薔薇が登場する、アメリカの詩人が書いたその詩は、女性のエイジングを花の盛衰に重ねるという、小野小町のあの歌の歌意に通じるところがあった。


先日、水原紫苑『桜は本当に美しいのか 欲望が生んだ文化装置』(平凡社新書)で、桜幻想、つまり日本人が桜というものに何を、どう象徴させ、あつかってきたかについて読んだばかりだったので、このエピソードから、花すなわち桜であるという日本語特有の用法ついてあらためて考えさせられる。

「どの解説書を見てみてもみんな、それを『桜の花』と言い切っている」。「書いてある」のではなく「言い切っている」、そう書くからには、著者はそこに断定的ななにかを感じたのかもしれない。ただ「花」とあるのに、そして自分はそれを薔薇と解釈したいのに、物事をはっきり言わない日本人のはずなのに、解説書はどれも寄ってたかって、花とは桜の花であるとする。

この句を読んだとき、日本語を学びはじめて間もない頃だったと思われる著者が、「花の色」と読んで、すぐさま桜を思い浮かべるほうがおかしいだろう。

一方、おおよその日本人は、短歌や俳句、ことわざや慣用句で、ただ花とあればそれは桜の花のことであると、日本人として生きていくなかで自然とおぼえてしまう。おぼえるといっては能動的すぎるかもしれない。もっと、なんとなく、そういうことになっているから、そうなんだな、というふうに、花は桜、ということが身についてしまう感じ。桜幻想のなせる業である。

毎春、桜が散り始めると、ぼくは「花吹雪」という日本語に、あらためて感じ入る。同時に、その言葉をアメリカの故郷は輸出したくもなる。たとえばpetal flurry と訳して。


こうはじまる「花吹雪」という一文では、小野小町のおかげなのか、桜吹雪などという野暮は間違っても言わない著者がいる。そして、私は花吹雪ということばをはじめてきいたような驚きをおぼえる。

それまではこのことばから、紅白の垂れ幕、遠山の金さん(あれは桜吹雪だけど)、高倉健など、情緒よりもキッチュを感じてしまうか、さもなくば、花と散るとか散華とかいった、日本の黒い歴史に舞う桜が想起されたのだったが、そんな桜への屈託はふきとばされて、花吹雪はただの花吹雪としてイメージされた。

と思いきや、話は一気に著者の故郷、アメリカはミシガンの、ヒロハハコヤナギの木へと飛ぶ。六月になると、この木の莢から、綿毛をまとった種が放たれて、その吹きだまりはまるで雪が積もったようなのだとか。その、花吹雪ならぬ種吹雪を降らせる木は、英語でcottonwood、「そのネーミングがぴったりと合う反面、どこか木のイメージを狭めてしまっている」と著者はいうが、そのズバリな感じがアメリカっぽくてよいと私には思える。でも、綿のようにふわりふわりと舞い降りるのでは、どうしたって吹雪とはいえない。それで、桜のあの潔い散りっぷりを、吹雪と呼んだことにあらためて感じ入ったのだった。


こんなふうに、アーサー・ビナードの書くものには、長年日本語だけを使って生きてきたせいであちこちについた癖みたいなものを矯正されるようなきもちよさがある。いつも同じ姿勢でいたせいでいたために歪んだからだをを整体してもらっているような。そういえば冒頭から、長年の勘違いを知らされ、おどろく。

「どんぐりころころ」の歌を聴くと、著者は〝お池〟ではなく、そのほとりに大きなアカガシワの木が立つ故郷の川を思い出す、というくだり。そこに書かれたおなじみのあの歌の歌詞から、四十余年にわたるおぼえ違いが判明する。「どんぐりころころドンブリコ お池にはまってさあたいへん」。

「ドングリコ」と歌っていたひとは多いのではないか。 それにしてもどんぐりが水に落ちるのに、「ドンブリコ」はすこし大げさな気がする。じっさいは、ぽちゃん、くらいだろうと思うが、そこが〝うた〟というものなのだろう。そう納得して、はじめて正しい歌詞で歌ってみたら、あらら、こんどは「どんぶりころころ」に。同じことをしてしまう日本人もまた、私だけではないはず。


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2014年04月03日

『ママだって、人間』田房永子(河出書房新社)

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先日、ベビーカーマーク導入のニュースをテレビで観ていたら、子育てしやすい社会に、と謳いつつ、それでも迷惑という声もある、との言説も周到に付け足されていて、その報道側の当然の配慮にカチンとくる。
このときはじめて、そこにいたるまでには大論争が巻き起こっていたことを知ったのだが、迷惑なのはなにもベビーカーママに限ったことじゃなし、お互いに思いあえばいいだけのことではないのか。それをわざわざ取りざたすること自体に、何やら悪意を感じてしまうのは私だけでしょうか。

本書にも、ベビーカー問題に触れたエピソードがある。といっても、それが主たるテーマにあらず。
公共の場で、子持ちの人たちはペコペコしすぎではないのか→それは、ベビーカーは迷惑といった世論の圧力ゆえ→でも、おばあさんは優しいひと多し→ひきかえ、おじいさんは周囲に対する気遣いゼロ。それはまるで「電池の切れたロボット」。
ということで著者は、企業社会を降りたのち、家庭や地域という領域で、見事なまでに「何もしない」っぷりを発揮する「ロボットジジイ」についてを考察。
たいてい単独でおり、夫婦でいるばあいは妻に「お世話されて」いる彼ら。それは、妻から家事や子育てへの協力において絶望視され、長年適当にあしらわれてきたためのロボットジジイ化ではないのか?
もちろん、なかには親切で明るくてフレンドリーな「ハツラツジジイ」もいる。著者の観察によれば、その手のおじいさんは「明るい色の服を着ている」「薄手のデニムやダンガリー率も高し」なのだとか(言われてみると、そんな気がする)。
そして著者は思う、「夫はどっちのジジイになるのかな?」。そこには、子育てまっ最中の著者が陥っている、昨今話題の産後クライシス(夫の家事育児に不満はないのだけれど)という伏線があるのだった。

たった8ページのエピソードのなかに、公共性、母親規範、夫婦関係といったテーマが無理なく凝縮されていて、その的確な筆さばきに心底感心させられてしまった。本書は、母性や、母という枠にくりかえし疑問符を投げかげる。それは、世間からこうあるべきものとして押しつけられるいっぽうで、当の母親たちがそこにおさまることで、たとえば、ベビーカー論争におけるベビーカー陣営のいいぶんの根拠ともなりうる。けれども、そこからだけでは、母であることのもろもろの息苦しさはとりのぞけない。そう知りつつも、そこから完全に自由にはなり切れないからこそ、著者は、ベビーカーで乗車するときの肩身の狭さを、ロボットジジイ考察へとつなげることができるのだ。
というわけで、「育児マンガのタブーを破る!」(帯より)本書。上にあげた例はまだ穏健なほうで、その赤裸々ぶりといったら! 妊娠中の性欲についてを包み隠さず告白。「セックスはOK」、「ひとりHはOK」、でも「オーガズムはNG」って、妊婦向け雑誌にはそんな情報が載っているのかと、それだけでもびっくりなのだが、思えば妊婦中の性欲もセックスも、ヒトであるゆえの性。「ママだって、人間」どころか、「ママこそ究極の人間」。母性とは究極の人間性なのかも⁉︎


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