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2012年05月30日

『孕むことば』鴻巣友季子(中公文庫)

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 幼い娘のことばと、それを獲得してゆくさまをみつめる母親/翻訳家の発見と考察とが織りなすエッセイ。

 いわゆる幼児語や、誰しもが必ず通過する「いけないことば」を連発せずにいられないあの一時期、架空のお友だち(著者の娘さんのそれは「アンドちゃん」という)の、その子の想像と希望がまいまぜになった物語など、子どものことばにまつわる、子育てのほほえましいエピソードは、ことばへの深い洞察の入り口となる。そうして「わたしにとって子どもを孕むことは、ことばを孕むことだった」という著者のまえに、つぎつぎと新しいことばの世界がひらけてゆく。

 心にのこったものに、「文字の贈り物」なる一文がある。
 三歳になった娘に渡された一枚の紙切れ。聞くと「しょうせつのおくりもの」だという。「子どもの口からはじめて「小説」ということばを聞いた」母は驚き、娘が「書きことばの世界に足を踏み入れようとしていること」に「複雑な感慨を覚える」。

 「日常会話の途中などで、ごく自然にはじまる」、娘の架空のお友だち「アンドちゃん」の物語。あるとき人から、それを記録しておくよう勧められた著者。

 それにしても、子どもの「口話」を採話して文字におこすというのは、じつに難しいと実感する。右に記した物語も、子どもの溌剌とした語り口で聞くのとはぜんぜん違うものになってしまっている。

 たしかに、文字を習得する以前の子どものことばの世界は、書きことばでは記録しきれない。

 これには私自身にも思い当たることがある。
 最近知り合った七歳の女の子を聞くのがなんとも楽しい。日々成長してゆく年頃の彼女をみていると、ぜひともそれを記録しておきたいと思うが、それは文字におきかえることでは不可能なのだ。七歳といえば当然書きことばの世界も知っているが、それだけではない、この年頃ならではのことばのつむぎかた、発話のテンポや息づかい、これだという表現がなかなかみつからずに言いよどんだり、「なんて言ったらいいのかなあ……」としきりに言葉を探しているときの間、そういうものも含めて、私は彼女の話に感動しているので、これはもう、この場限りものと、必死になって耳を傾けることになる。だからこそきっと、彼女の話は楽しい。それは、何度でも読み返すことのできる本からは味わえないものだ。

 子どもにとっての「読み聞かせ」の重要性や、ことばの習得によって、言語化という回路を介さない子どもの理解力などについてふれたあと、著者はこう述べる。

 ことばを習得するというのは、ある意味、直感を失うことなのだ。そして、さらに書きことば、複雑なものを孕むことばの世界に踏み入ったとき、またなにか大きな自由を手放す。それでも、わたしたちはこれを成長と呼ぶ。なくしてもの以上の豊かさや閃きが文字文化にはあると信じて。

 ことばを扱う仕事を持つ母であるからこそ、我が子の成長を「万感の思いで見つめて」しまう。ここには、子を育て、そのことばの世界に接することに対する、手放しのよろこびだけではない、人としての苦しみや痛みが滲みてでいる。


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2012年05月20日

『女の旅 ―幕末維新から明治期の11人』山本志乃(中公新書)

女の旅 ―幕末維新から明治期の11人 →bookwebで購入

 みまわせば、旅好きなのはきまって女子。ひとり旅、友だちとの旅、三十過ぎたころからは母親とのふたり旅というのもよく話にきくようになった。留学経験があるのも女子が多い。特に、一度学校を卒業して社会へ出てからふたたび海外で学ぶという例は、私の知る限り女子のみである。

 女性が盛んに旅に出かけるようになったのは戦後、70年の万博のあと打たれた国鉄の「ディスカバー・ジャパン」のキャンペーンとそれを受けての「アンノン族」の出現からといわれる。それでも、思い起こすと私の子供のころにはまだ、女のひとり旅はしにくい、というような物言いを耳にしていた気がする。今ではそんな話はきかれないし、それどころか女でも、おひとりさまでも、どうぞ旅してくださいとばかり、あらゆる旅のプランやサービスが市場にあふれている。

 旅の大衆化のはじめは江戸後期にさかのぼるという。名所図絵のブームによって旅の情報が人々に行き渡り、伊勢参りが広く行われるようになり、旅行エージェントの先駆ともいえる御師が活躍した。しかし、関所の「改め」が男性より厳しく、歩くことが基本だったため身の危険もあり、女性が旅をするには大きな制約があった。

 交通手段の発達と旅行会社の出現。近代化の波は、さらなる旅の大衆化を進めた。それは、女性が旅することも可能にはしたが、それでもまだ一般的なこととはいえず、ここに挙げられた11人の女性たちの旅は、「大衆化とはまったく別の次元」でのことであった。

 夫の死後出家し、その後の四十年を俳諧の旅に過ごした田上菊舎。尊王思想に導かれて五十一歳で京都へと〝出奔〟した松尾多勢子。日本で初めて新婚旅行をしたといわれる龍馬とおりょう、龍馬亡き後の楢崎龍の流転の日々。初の女弁士岸田俊子の全国遊説の旅。
 わずか六歳で官費留学生として米国へ渡り、帰国後の苦悩の日々のなかでふたたび留学を果たした津田梅子。山頂での気象観測にかける夫を助けるため、真冬の富士に登った野中千代子。単身渡欧、そこで旅芸人の一座を起ちあげ、巡業の日々を送った花子。
 上海で教職に就き、のち官命によりモンゴルの教育顧問として赴任した河原操子。駐日の外交官と結婚、夫の里帰りに同行にボヘミアへ渡り、そこで夫が急死したため日本へ帰ることなくこの地で子供たちを育て上げたクーデンホーフ光子。幼い頃からの海外への夢をアメリカ移民との結婚によって果たし、そこで美容の道へ進み日本初の美容院を開業した山野千枝子。そして、イザベラ・バードの日本への旅。

 旅を、ビジネスか観光かで二分されるようなものとしてでなく、日常生活の圏外への移動というふうにとらえて、そのきっかけや動機について考えてみる。
 人それぞれ、であるのは女も男も同じだろう。やむなき事情というのもある。漂泊の人生、留学、遊説、結婚、あるいは時の政府の命によって、家族の突然の死に際してなど、本書にある11人の旅もさまざまな経緯がある。けれど、彼女たちの人生について読むと、女にとって旅の動機は、今の生活とそれをとりまく状況からの脱出そのものにあるのではないかと思える。

 旅の大衆化の結果としてのこんにちの「女子旅」にもそれはあてはまるのではないか。旅がしやすく、そのアイテムもよりどりみどりなため、口に出して説明すれば、そこに行きたい、あれが見たい/欲しい/食べたい、あるいは何かを学びたい、というふうになるだけなのだ。女の旅は、次元の違いこそあれ、つまるところ現状から一時脱け出したいという欲求がさせていることなのかもしれない。



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2012年05月06日

『ある女流詩人伝』池内紀(青土社)

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 艶笑詩人として知られるドイツの女性詩人の伝記である。
 ユーリエ・シュラーダー。十九世紀末から二十世紀はじめのドイツ、帝政ドイツ時代からナチス政権下までを生きた彼女は、生涯に二千篇もの詩を書いた。発表されたものはそのうちの一割ほど、どれも、地方紙や実用誌、「格言とお話つきカレンダー」といった媒体に掲載された。

 たとえばこれは月刊「食卓とマナー」に発表された「ソース」のなる詩の一節。

 辛いソースがとびちった
 白い胸当てが台なし
 あらあら、ズボンにも
 ほかならぬそこに点々と

 または、「家庭の健康」誌に掲載の「シャボン」。

 わたしの手のなかで
 あなたは泡だつ!
 膝にはさむと、すてき
 やわらかで、なめらか!

 ユーリエは詩を書くとき、「しつけのよい子供のように」、あるいは「きちんとした主婦が粗末な服にも、いつもアイロンをあてていたように」、韻を踏むことを忘れなかった。ドイツ語の伝統的な詩にあるさまざまな約束にはこだわりがなかったものの、彼女には自由詩などという発想は毛頭なかった。彼女の生きたのはおりしも、「ドイツ現代詩の歴史」において「旧来の秩序とともに旧来の詩法が音をたてて崩れていった」時代だった。しかし、「日曜詩人」であるユーリエは、

 素材からも、形式からも、様式からも、いかなる意味の革新を企てたわけではない。ユーリエは、どのような高邁な詩の美学も、どのように大胆な構成の哲学も持たなかった。彼女は若いころナマズひげをはやしていたリルケのように、詩的世界を求めてロシアへ旅立ったりしなかったし、貴族の御曹子ホフマンスタールのように、水都ヴェネツィアで夏を過ごしたこともない。表現主義者やダダイストのように目をそばだてる奇行をしたりもしなかった。生涯を通じて平凡な一人の女の生活だった。詩が好きだという以外は、ごくありふれた娘だったし、ごくありふれた小間使いだった。

 ありふれた女性の詩はしかし、なんとも不思議なおかしみにあふれている。少女の頃からいそいそと書きためた詩を、自ら投稿もしたが、いつしかさまざまな雑誌や新聞に求められるまでになった。それは彼女に詩にある「ひそかに読みとれるウラの意味」のためである。 

 掌に二つの玉葱のせて
 わたしはいま、あなたのことを思っている
 玉葱はどこかしら、あなたと似ている
 これがあなたであればいいのに!

 一枚ずつ、わたしは玉葱の皮をむく
 すると、ホラ、青々として燃えるよう!
 この玉葱はわたしの宝物
 わたし、これを愛せるかしら?

 女学校卒業後、ブレーメンで小間使いとして働いていたユーリエが、住み込み先の領事宅で知り合った作曲家パウル・リンケに送った「玉葱」という詩である。リンケは当時、歌謡曲や流行歌の作り手として知られる人物だった。ふたりがどのような間柄であったのか、想像をかき立てられてしまう内容だが、それはさておき、この詩はリンケを通じてさる新聞に掲載され、検閲局から発禁をくらう。幸い、詩人に対してはお咎めなしとなったが、リンケを通じてその顛末を知った彼女は友人宛の手紙にこう書いた。

 「水に大空が映っているように、わたしの詩にはどの一行にもエスプリがまじっていて、それが頑迷な人々に誤解を招くのですって」

 なんともエロティックで、キュート、律儀だがケロリとしたおかしみのあるユーリエの詩。自らの詩にあるものに、彼女自身、どれだけ意識的でいたのかどうか。

 ユーリエ・シュラーダーのエロティックな詩は、単純な女の単純な作法がもたらした偶然だけではなかったと思われる。彼女自身、自作の持つ奇妙な二重性に気づかなかったわけでもないだろう。図式的にいえば、ユーリエのなかの市民性が、たえず「検閲」をして、そのあらわれを見張っていたのに対して、彼女のなかの詩人性が検閲をかいくぐり、それとなく人差し指で示すようにして「証拠」をのこしておいた、といったふうにも考えられる。
 ユーリエ・シュラーダーのひたむきな抒情詩が、なぜ笑いを誘うのか。説明するのは案外とむずかしい。強いて分析すると、こうだろうか。
 つまり彼女は、もっとも楽々と詩句をつづけられるはずのところで、そのため読者がもっとも予期しないところで、みごとなしくじりをする。おそらくそれを「しくじり」というのはまちがいだろう。そのしくじりは、いわば天空から見舞うていの天衣無縫のものであって、むしろ突発的な跳躍というべきかもしれない。変哲のない数行ののち、やにわにユーリエは跳ぶのである。そして一つのシーンに、あるいは一つの転換にすっぽりと落ちこむ。読者がまるで予期しない跳躍と墜落。

 ユーリエの死後、その遺稿は、甥で文芸批評家のベルント・ヴェスリングによって編まれ、詩集、書簡集として刊行された。本書には、筆まめであった彼女の手紙もいくつか紹介されている。

 「ある予感がするの。きっと何かが起こるのだわ。でも、それが何なのか誰も知らない。いったい何をすればいいのか、それとも何もしなくてもいいのか見当がつかない。未来は新しいノートのように白い紙のままなのに、おしゃべりばかりがにぎやかだ。私たちはこの世の彼岸につつまれて生きている。目に見えない境界に囲まれて、真空に吸い上げられて――」
 「……でも、そうじゃないかしら。私たちは平衡を保持しようとして生きているのだわ。自分が不安でたまらないから。本当の秩序というものが私たちにはない。ね、そうでしょう? 私たちは大きな変動の前にいる。あるいは、すでにその中にいるのかしら」

 ユーリエが「一世一代のベルリン旅行」のさい、従兄に宛てて書いた手紙の一部である。1911年の初夏のことだった。三年後には第一次大戦が待ち受けている、彼女の〝予感〟は、そんな時代の動向を察知してのことだろうか。

 名の知れた哲学者の省察ではなく、世に聞こえた歴史家の予言でもない。しがない家政婦の言葉であり、ここに述べられた予感が理智の所業ではなく肉体の予感であることはあきらかだ。ユーリエ・シュラーダーは身内にもちあがってくるものを正確に見ていた。

 「単純な詩の作者が、単純な世界観の持ち主とは限らない」と著者はいう。彼女の詩は、形式においてはあまりにも平凡、そして拙いものである。

 にもかかわらずユーリエ・シュラーダーの詩は新しい。それというのも、とりたてて彼女が新しいものをうたわなかったからである。(……)これみよがしに新奇さを競った詩が、時代が変わったとたんに急速に古びていったのに対して、ユーリエの詩は今なお洗い立てのハンカチのように新しい。

 ユーリエの書いたたくさんの詩のうち、本書に紹介されているのはほんの一握りだろう。私はここではじめて知ることになった詩人の、古びることのないその詩に救われた。とくにこころに残ったものを、ここに紹介するのはこらえることにして、ぜひ本書を手にとっていただければと思う。

 「この哀れなわたしが、哀れなわたしよりももっと哀れなわたしの詩によって、人を助けることができるなら! 胸にはっきりと思っているのに、言葉が足りないばかりに自分では言えないことがある。それを、その人に代わって言ってあげることができたなら! わたしは人を助けたい。泣くとき、また笑うとき、ほんの少し手助けしたい」

 ある日の日記にこう書いたユーリエは知るよしもなかったろう、私の感想を彼女に届けたいと思う。ユーリエに感謝を。そして、詩人の生涯をこうして、その持ち味にぴたりと寄りそうすばらしい文章で示してくれた著者にも。


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