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2012年01月23日

『Cooking for Geeks―料理の科学と実践レシピ』ジェフ・ポッター・著/水原文・訳(オライリー・ジャパン)

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 温泉卵を作ろうとネットにあたると、沸騰したら火を止めて放置する、あるいはそのお湯に片栗粉を入れて湯の温度を保つという〝裏技〟、そのほか、魔法瓶を使う、電子レンジを使う、カップラーメンの容器を使う、一度卵を凍らせる等々、じつにいろいろな方法があることがわかる。
 最も熱に敏感なタンパク質はオボトランスフェリンで、これは約144°F /62°Cで変成をはじめる。卵白アルブミンという別のタンパク質は、176°F /80°C程度で変成する。これらは、卵白に最も多くみられるタンパク質だ。オボトランスフェリンは卵白の14%を、卵白アルブミンは54%を占めている。温泉卵と固ゆで卵の違いもこれで説明できる。卵を十分に長い時間176°F /80°Cに保つと、卵白は硬くなる。しかしこれ未満の温度では、卵白アルブミンは丸まったまま(筆者註・未変成のタンパク質は丸く折りたたまれた形をしており、熱や力を加えることによりその構造がほどけ、他の変成したタンパク質と連結して固まる)なので、卵白の大部分が「液体」の状態のままになるというわけだ。

 「調理=時間×温度」。本書では、調理における熱による化学反応についての章で、「卵が固まりはじめる」「I型コラーゲンが変成する」「植物性デンプンが分解する」「メイラード反応が顕著に現れる」「糖が明確にカラメル化する」それぞれの温度についてが解説される。

 温泉卵といえば、家庭科の授業で温度計片手にこれを作ったことがある人もいるのではないか。あるいは、こねた小麦粉を水で洗ってグルテンを取り出したり、牛乳にレモン汁を入れて凝固させたり、マヨネーズ作りで乳化のメカニズムを体験したり。
 大抵の人は料理の出来上がりそのものにこだわるので、「温泉卵は黄身は固まるが白身は固まりきらない70度で加熱する」、それはわかっているけど、ではどうしたらそのように出来るか、を知りたがる。そして、レシピというのはふつう、その知りたいに答えるようにできている。しかし、世の中にはそれでは納得しない人たちもいるのである。

 料理とは、辞書には「材料に手を加えて食物をこしらえる」とあるけれど、「こしらえる」ということばはそれ自体「調理する」という意味を含むので、より厳密にいうならば、料理とは食材を切ったり混ぜたり熱を加えたりすることによって何らかの反応を加えるということになる。そのメカニズムを科学的に解説したのが、このギークのための料理本なのである。
 プログラマーやエンジニア、物作りの好きな人やオタクといった「ギーク」たちは言い換えるならば「物事の仕組みを解き明かすことに熱中して」しまう人たちのこと。

 本書は、料理に対する心構えにはじまり「キッチンの初期化」(まずは道具から、あるいはその使い方やレイアウト等)、「入力の選択:風味と食材」、「時間と温度:料理の主要変数」、「空気:焼き菓子作りの重要変数」、「食品添加物」(塩や砂糖もここでは〝伝統的な食品添加物〟となる)、その他、料理人やブロガー、技術者などの料理に関するインタビュー、「自分でペクチンを作ってみよう」「シュガークッキーのカラメル化を目で見て確かめる」「浸透圧と塩」など家庭科の実験ぽい提案や、「感電ホットドッグ」(商用電源で行うのは危険!)「人への最適ケーキ分割アルゴリズム」といったギークらしいコラムもたくさん。もちろん、前菜からスープ、メイン料理、パン、デザートなど百種を超えるレシピも掲載されている。

 ちなみに私が一番作ってみたいと思ったのは「ドリップフィルターで作るコンソメ」。ふつう、スープストックを澄ませるために泡立てた卵白と一緒に煮るところを、冷ましてゲル化したスープを冷凍したのち、解凍しながらドリップするというもの。ゼラチンはフィルターを通らないので、それが濁りを取りこんで、溶けて流れ落ちたスープは透きとおるのだとか。思えばこれって、冷凍技術があってこそ可能な調理法なのだなあ……。

 料理というジャンルにおいてはとくに、〝コツ〟のひとことでかたづけられがちな技術上のカラクリ。「この料理をおいしく作るコツは、タマネギを飴色になるまで弱火でじっくり炒めることです」と言われ、ああそうですかと言われるがままにするのではなく、なぜ「飴色」で「弱火」なのかを考えずにはいられない人たちのためにあるのがこの料理書なのである。いつもなら、箇条書きのレシピに沿って出来上がりをひたすらを追うところだが、フライパンの上で少しずつ色を変えてゆくタマネギには、膨大な言葉で説明するだけの現象が起こっていることをこの本は教えてくれる。


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2012年01月08日

『猛烈に!アロハ萌え―HAWAII IN HAWAII』橋口いくよ(講談社文庫)

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 親戚や知り合いからの土産物「マカデミアナッツチョコレート」でしかハワイというものに接触したことのない私がなぜこの本を手に取ったのかといえば、年末の寒空の下、サマードレスやビキニの水着、スパムの缶、その他なにやらわからないけれどとにかくカラフルな雑貨があふれるカバー写真の常夏ムードに吸い寄せられたためである。

 それに、たとえそこが私にとって、宝くじに当たってお金の使い道に困ったりでもしたらもしかして行くのかも、というほどのモチベーションしか持てない場所だとしても、旅の本を読むのはやっぱり楽しいものだし……などと思いページを繰っていたのだけれど、読みすすむうち、この本は私のなかで旅の本という括りばかりでなくハワイの本という括りさえも超越していった。

 本書の前作であるハワイエッセイ『アロハ萌え!』のなかで著者の記した言葉、「人生は『ハワイに行く前』と『行っている時』しかない」は、ハワイ好き読者たちの涙を誘ったという名言だが、じつに、著者のハワイへの思い入れの深さは底知れない。彼女の心も体も、常にハワイを求めてやまない、というか、いつでもハワイと共に在るというか、ハワイなるものに取り巻かれているというか、ハワイを感じつづけているというか……つまりはいつでもアロハ萌え、なのだ。

 アロハ萌え、という言葉にわかりやすい定義はありません。
 ハワイを思い出した時、ハワイを感じた時、ハワイに行きたい時、電車で一緒になる外国人から漂う柔軟剤の香りを嗅いだ時、春先にちょっと夏の予感を感じた時……
 冬の寒い朝でも、真っ白い光に目を細める時は、私のなかではそこにハワイの日差しがあるし、北欧レストランで出てくるエッグベネディクトにさえハワイを感じることができます。

 ハワイ滞在時でない日常のなかでこそ、繁く発動されるこの萌え心理。以下のくだりなど、ハワイに行ったことのない私でさえ、ハワイに焦がれてやまない気持ちが彷彿とされる。

 打ち合わせなどで、たまたま行ったビルのカーペットが掃除したてだったりすると、目を閉じて、記憶をたぐり寄せ、ホノルル空港のイミグレ直前のあたりの清潔な冷えた香りを思い出したりもできます。

 また、著者は滞在時にホテルのお風呂で使う入浴剤を「ツムラの「きき湯」の青色」と決めていて、それはなぜかといえば、ハワイでその湯に浸かり続けて「ハワイのお風呂」という感覚を刷り込ませ、それを日本の家のお風呂で使うことでアロハ萌え作用をもたらすため、なのである。
 この、五感、ことに嗅覚や触覚の刺激によって自らの気持ちを上げようとする小細工感は女の子ならではではないだろうか。あるいは、ハワイに向かう機内では、部屋着のようなゆったりとした服装で、持参のお気に入りのブランケットとクッションに包まれて思い切りリラックス、というのもおなじ。
 ありえないほど大量の荷物とともに著者はハワイ入りするのだが、それは、日常の彼女を取り巻くアイテムをそのままハワイにも持ち込むためである。

 (……)「いざ張り切って旅行!」という感覚は特別で楽しいものだけれど、同時に緊張もあるもの。せっかくのお休みですから、緊張はしたくない。楽しさとわくわく感だけ残し、気持ちはリラックス。それが私の理想です。(……)なので、日本→飛行機→ハワイという時間のぶつ切り感が起こらないよう、ハワイへ行く直前には、まるでハワイにいるような気分で過ごして準備を進めます。逆に飛行機の中では自分の部屋にいるようなリラックス感をあえて作り、ハワイ行きのわくわくした気持ちとミックスさせるとちょうどいい。その為には、やはり機内持ち込み荷物がやはり重要となってくるわけです。

 この、日常からハワイへのシフトの演出の入念さはまるで儀式のよう。「いざ張り切って旅行!」というように、ハレとケの落差があるほうが盛り上がれる人もいるだろうが、そうすると、いざ日常にもどったときの寂しさもひとしお。
 かつて、ハワイ行きの準備の段階で、帰ってくる時のことを想像しては落ち込んでしまっていたという著者。そこで彼女が辿り着いたのが、ハワイから帰ってきた瞬間から次のハワイ行きへの準備がはじまる、つまり「人生は『ハワイに行く前』と『行っている時』しかない」という境地なのだった。ゆえに、著者のハワイへの思いが強まれば強まるほど、そのアロハ萌えな日常へのいつくしみもまたパワーアップするようにみえる。

 本書には、たとえば一週間はかけるというハワイ行きの準備にはじまり、行きの機内での過ごしかた、到着初日をどうするか、ビーチ、ホテル、お買い物等々、ハワイ好きの、ことに女子にとっては心躍るようなハワイの楽しみが、きわめて具体的に書かれている。しかし、話が具体的になればなるほど、ハワイについてとんと無知な私には抽象的に読めてしまい、これはもしかすると、ハワイというハレの場よりもむしろ、それ以外の日常を生き抜くための本なのではないか、と深読みされてしまったという訳なのである。


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