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2011年02月28日

『ふしぎ盆栽ホンノンボ』宮田珠己(講談社文庫)

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 ハノイのホテルのテラスで、著者はそれふと目にしたのだった。タイルばりの洗い桶風のものに水がはられ、そこに設置された岩のところどころには植物が生えており、あちこちに陶器製のミニチュアの建物や人形が配置されている。
 このとき著者は、ベトナムという国に退屈していた。旅がつまらなくなったら、目の前ではなく足元に、全体ではなく細部に目を向けることにしているというこの旅人は、それゆえ、この不思議な造形物を〝発見〟してしまったのである。
 「ホンノンボ」。ホンは島、ノンは山、ボは景を表すことばだという。水をはった鉢のなかに岩が置かれ、植物とミニチュアの建物や人形があしらわれる。
 盆栽は植木に自然の風景を見出す感性が介入することで発展した。中国の盆景に由来するこうした造形物が、日本以外のアジアの国にもあることはうなづけるが、やはりそれぞれのお国柄によって、おおまかなスタイルは似ていても、その趣はずいぶんと異なる。著者がホンノンボに魅せられたポイントはそこにあった。ホンノンボ探求のため、著者はベトナムを幾度も訪れ、さらに中国、香港にまで足をのばす。


 日本の盆栽にくらべると、ホンノンボにはより「地形」が感じられると著者はいう。日本にも盆石という、石を愛でる趣味はあるが、日本の盆石の抽象性に対し、ホンノンボは具体性が強調される。自然の石をそのまま持ってくるだけでなく、コンクリートで階段を付けるなどの細工をしてしまうこともある。「見立て」に徹する日本の盆石のストイックさよりも、こういう風にしたいからこうしちゃえ、的な自由さがいいのだと著者はいう。
 私には、ホンノンボは盆栽よりも山水画の世界に近いように思える。ホンノンボに岩山や岸壁といったはげしい地形が現出しているのは、山の多い日本とちがい、ベトナムの地形が平坦であるためではないかと著者は分析しているのだ。つまり、山水画がそうであるように、ホンノンボに表現されているのも、どこにもない非現実の景色なのである。真面目なのか不真面目なのかわからぬ緩いムード、まるでマンガのようにコミカルな人物や、塔や庵がちょこんと点在しているのも、なんだか似ている。
 岩に配置するミニチュアの種類の豊富さも、著者の愛するホンノンボの自由さに一役買っているかもしれない。五重塔、寺、庵、イスラム風寺院、橋、太公望、天女、囲碁をする老人、蟹、虎……。この文庫版では、ホンノンボの写真だけでなく、このミニチュアの写真も、単行本よりいっそう見やすくなって楽しさが増している。

 ベトナムの人の生活に密着し、宗教的な意味合いも強いというホンノンボ。そのおおらかさ、ざっくばらんさは、ベトナムのホンノンボが、日本の盆栽のように純粋な趣味、大袈裟にいうならば芸術に昇進しきっていないせいでもあるだろう。それゆえにうまれるホンノンボの「隙」が、著者を惹きつける。
 日本庭園が好きだという著者だが、これをどう見たらよいのか、長らくわかりかねていた。「伝統文化という巨大な存在が、庭には深い深い意味があるのだ、お前ごときにやすやすと理解されてたまるか、とでもいうように、眼前に立ちはだかっているかのように思えてならなかった」。ところがあるとき、高野山の金剛峯寺の石庭で、もしこの石たちが巨大な岸壁だったら、という想像をしたとたん、日本庭園が身近に感じられるようになったのだという。
 伝統だ芸術だといわれると、ものを知らない素人はつい萎縮してしまうが、庭というものをひとつの景色として、そのなかにいる自分を想像したとき、ようやく庭のなんたるかがわかったというのだ。
 本来庭とはそのようにしてつくられ、そのように見るべきもの、つまり、美術館で絵を見るようにそのものを対象化するのではなく、それを見ている自らも含めた環境すべてを楽しむものなのだろう。しかしそれが、権力の象徴になったり、伝統であるとして大事にされたりし、芸術としての制度化が進むと、鑑賞者もうかうかはしていられなくなる。なにかを「わかる」ことを強要されているような気がし、結果、そのものを味わう術をなくしてしまう。
 作り手の思うがままに細工され、アレンジされるホンノンボは、

 (……)芸術性などははなからゼロだと思われるけれど、そういうことをくりかえしているうちに、ホンノンボ全体がつくり手の糸していなかった異形性を帯びていったり、奇跡的な風景が現れたりするところが面白いと思うのである。


 著者はことに、伝統や芸術の、わかる人にはわかるだろう的な排他性に嫌悪感を抱く質らしい。かくあるべし、というものの見方に抵抗し、もっとちがうものの見方、見え方への欲求が、著者に旅をさせている。




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2011年02月16日

『物語としてのアパート』近藤祐(彩流社)

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 「乃木坂倶楽部」は、萩原朔太郎が妻・稲子との離婚後、ふたりの娘を連れ郷里の前橋に戻るも、ふたたび単身上京した昭和四年の末、ほんのひと月半をすごしたアパートである。彼はのちにそのときのことを詩に書いたが、著者は詩のなかにうたわれた「乃木坂倶楽部」と、現実の「乃木坂倶楽部」との食い違いに注目した。
 乃木坂から麻布一聯隊(のちの防衛庁、現在のミッドタウン)へ抜ける道のなかほど、石段の坂道の途中に木造二階建ての「乃木坂倶楽部」はあった。しかし朔太郎は、「アパートの五階に住み」と書き、さらにその詩の自註には、アパートは「坂を登る崖上にあり」としているのだ。

 「壁に寝台(ベッド)を寄せてさびしく眠れり」「白堊の荒漠たる洋室の中」とあるように、「乃木坂倶楽部」が洋風の造りであったのはたしかだが、木造で五階建てというのはありえない。現実には二階建て、坂の途中にあったというアパートを、崖上の五階とした、その虚構はどこからやってきたものなのか。このちいさな謎をはじめとして、著者は日本近代におけるアパートの受容のありかたを、小説や詩にえがかれた、あるいは文学者の暮らしたアパートを手かがりに、建築の歴史に沿って解き明かす。

 たとえば夏目漱石の小説にアパートは登場しない。漱石の小説の舞台となるのは下宿か、あるいは(借家か持ち家かは別にして)戸建住宅である。詩人を例にあげれば、朔太郎よりも九才若い金子光晴の同時代の詩にも、アパートは登場しない。滞欧時を含め大正から昭和初期に書かれた詩に、アパートメントやアパルトマンというボキャブラリーは見当たらないのである。おそらく朔太郎は、日本の近代文学史上、かなり早い時期にアパート建築を作品に登場させた作家ではないか。

 おなじく昭和初期、朔太郎に先駆けて、竜胆寺雄の『アパアトの女たちと僕と』というモダニズム小説にアパートがえがかれているように、当時「アパート」は「日本の近代社会に認知されはじめてまもない時期ではなかったか」と著者はいう。そして「当然のようにそれは、数十年たった今、私たちがありふれた日常風景として見るアパートと同じでない」のだと。

 今日の私にとって「アパート」といえば、「○○荘」と名のつく古めかしいものから、比較的こぎれいな「××コーポ」といったものまで、建てられた時期にいくらかの幅はあるだろうが、たいていが木造か軽量鉄骨の二階建て、鉄製の階段に外廊下、各戸の玄関の脇に洗濯機がおいてある、といった建物だ。近所の友人が住んでいるのはまさにそんなアパートである。

 ところでその友人は、旧町名を冠し「○○町ハウス」と名づけられたそのアパートをこよなく愛していて、それは傍目にはすこし大袈裟と思われるほどの愛着ぶりなのだった。彼曰く、自分は味気ないマンション暮らしではなく、あえてこのアパート暮らしを楽しんでいるのだと。夏場、簾を下ろして開け放った玄関に蚊取り線香を焚き、友人数人とビールを飲みながら花火ができるくらいにはスペースのあるちいさな庭も自慢のひとつで、たしかに、オフィスビルとマンション、その合間に一戸建ての住宅と商店がぽつりぽつりとあるという界隈においては、そのアパートは「ありふれた日常風景」とはいえず、だからこそ彼はそのアパートに思い入れることができるのだ。

 本書では、アパートをめぐっていくつかのキーワードが登場するが、右の友人のアパートへの思い入れはそのなかのひとつ〈家郷性〉に由来するものだろう。アパートにおける〈家郷性〉とは、高度成長期を経て、より快適で便利であるがゆえに、私的空間性と排他性の高いマンション住まいが主流となるなかで、人々がアパートに見いだす「懐かしさ」をいう。

 そのほか、建築史に名を残す「御茶ノ水文化アパート」や「同潤会アパート」などの、都市計画の一環として、またこの時代ならではの文化的生活への志向によって公的に計画されたアパートの〈理念性〉。離婚後の朔太郎が暮らした「乃木坂倶楽部」のように、それまでの下宿や間借にくらべ、プライバシーを保つことのできる〈単身性〉と〈非・家族性〉。アパートの急増と大衆化とともに、まさにピンからキリまで、種々雑多なアパートのなかで〈非・理念性〉の系譜におかれるアパート。戦後、「ありふれた日常風景」と化したアパートの〈仮寓性〉と、駆け出しのマンガ家たちが青春と自由を謳歌した、かの「トキワ荘」にみられるアパートの〈アジール性〉。

 時代の先端をゆく新しい住まい、それまで味わうことのなかったプライベートな空間、いつまでもとどまっているわけにはいかない場所、転々とさすらいつづける借りの住まい、共同体のしがらみを離れて自由に夢をみられる部屋。時代によって、「アパート」の受容のありかたは移りかわる。

 かつて、アパートはたしかに「ありふれた日常風景」だったが、先述の友人の例にあるように、私の生活圏ではアパートは姿を消しつつある。
 私が家族と離れて最初に住んだのは「○○荘」と名のつくアパートだったが、その後はマンションを転々とするという住まいかたがこれまでつづいている。そんななか、こうしてさまざまなアパートとそのありかたを知ると、「マンション」は「アパート」にくらべて、これといった像を結びにくいものだと気づく。立地や面積や築年数や設備のちがい――つまり、価格や家賃のちがい――くらいしか頭にのぼらず、マンションの林立する風景を「ありふれた日常風景」とも呼びにくく、物語というものが想起されにくい。
 本書には、郊外のファミリー向けマンションが舞台となる小説の、息詰まるような〈家族性〉についても語られるが、その救いようのなさは、明治末から戦前・戦後、多くの都市生活者がすごしてきたアパートの物語に読み込まれた夢や、貧しさのなかでも希望を捨てないたくましさや生命力の欠落ゆえのことだろう。
 これが、「ワンルームマンション」ならば、ここに書かれたアパートの、たとえば〈単身性〉〈仮寓性〉〈アジール性〉といった系譜に連ねることができる。しかし本書は、昨今若者のあいだにひろまりつつありルームシェアについてがレポートされたあと、このあらたな居住形態に「アパートという物語のあらたなページを読んでみたい気がする」と結ばれる。「アパート」の物語につねにつきまとっていた〈単身性〉〈非・家族性〉をこえなければ、あらたな物語はもはや紡ぎ出されないということなのかもしれない。


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