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2009年11月30日

『一箱古本市の歩きかた』南陀楼綾繁(光文社文庫)

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 職業として古本を扱っていない人たちが、おのおののコンセプトで古本をセレクトし、段ボール一箱ぶんを持ち寄って集まり、市場をひろげる。「一箱古本市」なるイベントは、著者が住む谷中界隈で二〇〇五年の春に開催した「不忍ブックストリートの一箱古本市」がそのはじまりである。
 イベントというと、特定の会場や広場などある一カ所に集中して行われるものを連想するが、これは谷中・根津・千駄木、「谷根千」とよばれる地域のさまざまな店の軒先を一箱古本屋が借りる、という形式をとる。
 あわせて地図もつくった。もともと週末などは多くの人が賑わう町である。くわえて、古くは漱石や鴎外ら作家多くの作家や出版関係者が住まい、「谷根千」の呼び名のもとともなった地域雑誌『谷中・根津・千駄木』があり、講談社がその社屋を最初に置き、今日でも編集者やライターが多く住むそこは、本とかかわりの深い場所。そこを「本と散歩が似合う町」として、主催者がおすすめしたいさまざまな店を示し、楽しんでもらえるようにとの寸法である。こうして、段ボール箱一箱の古本屋が点在する町を舞台に本と遊ぶイベントが誕生した。
 段ボール一箱というと、そこにおさまる本は三十~五十冊、それを売るといっても、手間や運送費を考えれば、古本を生業とする人にとっては、とてもわりにあわない仕業である。
 だけど、普通の人がそれぐらいの冊数を選ぶいうのは、なかなか大変だ。思い出の本もあるし、最近買った本も混じるだろう。一箱のなかに収まる冊数で、その人の読書傾向や性格が反映されたひとつの宇宙をつくることができたら、相当面白いのではないか。

 長年暮らした地元で古本市を、しかも、ふだんは読者である人たちの本との関係があらわれでるイベントを、との発想は、『本とコンピュータ』の編集者を経て、フリーのライター・編集者として、本に関するあらゆる事象を追いかけてあちこちを飛び回って飽きることなく、ことに古本が好きでこれと深くかかわってきたこの著者らしい。
 大切なのは、売り買いそのものではなく、本によって生まれる人とのかかわりあい、さらにそこから生まれる本と人とのあたらしいかかわりあいなのである。

 この「一箱古本市」はいまや、東京のみならず日本各地にひろがっている。本書では、「ミスター一箱古本市」なる称号を得てしまった著者が、地方を駆けめぐり取材したそれらイベントがレポートされている。
 福岡・名古屋・仙台・広島など、それぞれの主催者が、それぞれのその町ならではのプランとかたちでイベントを行っている。利益を追求するためのものであれば、もっとも効率のよいやり方だけが採用されてゆくところだが、こうしたさまざまなありかたは、「本と遊ぶ」という感覚ゆえのこと。また、この感覚をつねに忘れることなく仕事を重ねる著者の発想が、全国の本好きたちに受け入れられたためでもあるだろう。

 さいごには、昨今の出版業界の低迷を受け、著者自らが、読者としてこれまでどう本と出会ってきたかをふりかえり、読書と読者のありかたの変化について考察する。
 ここで著者は、作家や出版社から供給された本を読者がただ享受するという一方的な関係が、インターネットの普及により複雑化したこと、本をネットで買うことがあたりまえとなったこと、二〇〇〇年代に入るとブログによって本に関する情報がより手に入りやすくなったこと等に触れている。そうした状況から、本を「読む」だけにとどまらず、「そこで得たものについて多くの人と話し合ったり、情報として提供したりしている。読んだり、買ったりするだけでなく、本と遊んでいる」人たち――「能動的な読者」たちの動きが活発化し、彼らへの出版社の反応や、それを受けて書店のイベントが変化したともいう。
 あるいは、「ブックカフェ」とよばれるあたらしいタイプの書店や古書店、本にまつわるミニコミやフリーペーパー、オンライン古書店の出現などを背景として、本のプロだけでなく、読者自らが本を扱うことのできるブックイベントが隆盛し、本をめぐる状況や日常的な本とのつきあい方の変化を生みしてゆく可能性をを思い描く。

 これから先、街の中心地に小さいながらも個性的な新刊書店や古本屋が戻ってくる可能性は、残念ながら低いかもしれない。しかし、地方のそれぞれの街でブックイベントが盛んになれば、そこに参加した人が本に関する新しい動きをはじめることは充分に考えられる。その中の誰かが、ぼくたちが想像しなかったようなカタチで、本屋さんをはじめることもあるかもしれない。そうやって、ブックイベントというお祭りが、日常的な本との付き合い方を変えていけばいい。

 本は読んだらおしまい、でないのは、私にとってはそれが仕事に関係しているからなのだが、もの書くことのきっかけとなったのはミニコミづくりであり、それは読書によって得たものを外へ向けて発信したかったためであったのだ。
 さらには、たんなる読者にすぎなかった私に、ミニコミづくりのきっかけを与えてくれたのは、なにを隠そう、南陀楼綾繁その人なのであった。十年ほど前にはじめて出会ったとき、なにやらかばんのなかからいろいろな冊子をとりだしては、それがどんなもので、どんな人が作っているのかを嬉々として語っていた彼である。それを見て、そうか、本って誰が作ってもいいんだ、と思ったのだった。
 いま、ミニコミや古本に関するイベントにかかわることはあっても、個人的には、部屋のなかでひっそり顔をつきあわせるおともだち、これさえあれば、ともだちなんていらない、などと思うこともしばしば。しかし、わが来し方を思い返せば、自分も「能動的な読者」の一員であったのだった。書を捨てて、ではなく「書とともに街へでよう」と著者はいう。街とは、家の外の世界だけをいうのではあるまい。自らの外側へ自らをひろげてゆくこと、表現することのはじまりはそこにあるのだということを、本書は思い出させてくれる。
  


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2009年11月27日

『思い出を切りぬくとき』萩尾望都(河出文庫)

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 今年六十になる友人知人を思い浮かべてみる。彼らについていちどは、この人は萩尾望都と同い年、と思ったものである。自分がまだ二十代の頃は、二十一年長の人はとてつもなく大人にみえたもので、その頃から萩尾望都は私のなかではこの世代の代表だった。こちらももう四十となれば、その年の差もさほど気にならなくなっていて、親しみをもって語り合える人もおり、そこでふたたび彼らは萩尾望都と同年、と思うとやはりそこにはある種の感慨がある。萩尾望都が漫画家となって、今年で四十年だという。
 その、四十年を記念して、と帯にはあるが、本書は七十年代半ばから八十年代半ばにかけて書かれたエッセイをまとめた単行本の文庫化であって、そこにいるのは二十代後半から三十代後半の作家である。このたびの文庫化にあたっての「まえがき」には、若書きの文章に対するテレをさらりと書きつけている著者であるが、その、そっけないくらい一文とともに、二十年以上もまえの自分を差し出している。エッセイの中身は過去なのに、そちらのほうが現在で、まえがきがまるで未来からの声のよう。なにやらSFめいている。彼女のことだから余計そんな気がするのかもしれない。
 若かりし頃の自分の書いたものに対して、「若いというか物知らずというか幼いというかピリピリイライラしているというか、困ったもの」というけれど、書いた本人はともかくとして、読者にとって漫画家の年齢は感知の埒外にあるようなもので、だからこそ、還暦であるという事実に驚きもするのだが、二十代だろうと四十代だろうと六十代だろうと、やはり萩尾望都は萩尾望都なのである。シンプルでもったいぶりがなく、慎ましく爽やか、淡々としており、じっと目を凝らしてやっと、ひそかな情緒の揺れ動きが垣間見られる、といったふうで、これのどこが「ピリピリイライラ」だというのか。無垢と老成の同居したようなキャラクターを描いてきた人ならではの文章である。

 それらが発表されたのは、新書館の『ペーパー・ムーン』や『グレープ・フルーツ』等、寺山修司の関わった雑誌のために書かれたもので、やはり寺山の編による同社のフォア・レディース・シリーズにも著書のある彼女は、同じシリーズ内でマンガとイラストレーションの投稿による本を寺山とともに作っている。寺山亡きあと、その告別式の日のことを書いた表題作では、最後に会った日を回想してこうつづける。

 いろいろ、たあいない話をして別れた。  まだ、いつでもあの続きを話すことが出来るような錯覚にとらわれる。寺山さんに、そのうちまたマドレーヌ菓子を焼いてさしあげますと約束をしていた。もう約束は破棄だという気持とこんどもっていこうという空想的な気持が半々である。実際に、寺山さんにとおみってもうお菓子は焼かないし、企画に寺山さんを、と、言い出すことはないだろう。  でも寺山さんがいないことを実感としてとらえられるのはもう少し先のことのような気がする。私にとっていつもこういうことは、とらえどころがないのだ。

 感情をあらわにすることなく、しかし、人の死に触れたときの気持ちが正直な書かれてある。かなしむより、どう受け入れるかを思案している。それは彼女の作品に流れるなにかと繋がっているいきかただと思う。

 解説のよしもとばなな氏も指摘しているが、そうしたなかでも、姉について書かれた部分だけは、ほかのものとは温度がちがうのが心に残る。とても世話焼きで親切な姉。人の好意を悪くとる者はその人の所為であるとまるで悪びれずに言い切る姉に、妹は抵抗する。

 悪気じゃなくても、よかれと思っても、経過や結果が悪くでることもある。だから、困りもすれば悩みもする。それを、  「ぜんぶ相手が悪いのよ」  単純にかたして自分の手を汚さないでいられるなら、こんな楽なことはない。だったら、いつも何をやっても自分は清く正しく美しくいられるってもんだ、他人が汚れていくばかりで。

 あとがきで、人見知りをまったくしない子どもだった彼女は、無防備に他人になついては傷つき、それが怖くて用心深くなり、すると孤独になるのでまた人に近づく、この「無防備と用心深さの両極端をいったりきたり」していたと書く。不器用、といってしまえばそれまでだが、その率直さと性懲りのなさは神々しいばかりだ。これまで、彼女のマンガ作品から受けとってきたもののを、いまさらのように確認できた気持ちがする。


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2009年11月15日

『日々の100』松浦弥太郎(青山出版社)

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 男性というものはとかくこだわり屋、というか、そうならざるをえない人たちなのではないだろうか。順応性と適応能力に長けた女性にくらべ、さまざまなことにいいかげんでいられる幅がせまいから、そのハンディをこだわりというものよって補っているのかもしれない。よくもわるくも、男はなにがしかのこだわりをもっているべきであると、対岸から彼らを眺めて思う。
 ところで肝心なのはその発露のしかたである。無頓着というこだわりなきこだわりも、あらゆることに微に入り細にわたって拘泥するも、それがさまになってさえいればいいとは思うが、快不快や好き嫌いだけではおさまらぬ思い入れのなにがしかを対象化でき、しかしひけらかすことなく、だまって貫き通すことのできる人はすてきである。そうでさえあれば、目に見えてわかる趣味のよしあしなどはこのさいどうでもよい、そんなのはたんなる好みの問題なのだから。

 本書は、目に見えてわかる「もの」たちの羅列である。100の品々とともに、これをえらびとった著者の思いが語られる。「すべては結局、私が誰とつきあっているかを知りさえすればいい。自分はいったいどんな人間だろうか?」。まえがきで、このブルトンのことばを引きつつ、自分が日々どんなものを愛し、向かい合って生きているかを知ることが、「僕はいったいどんな人間なのだろうか?」という問いへの答えであると著者はいう。

 結局は、ものを消費するというところへ落とし込まれがちであった雑誌媒体の世界において、昨今とみに台頭してきたのが生活系・暮らし系の雑誌である。それらのお手本ともいうべき『暮しの手帖』の編集長である著者はこう書く。

 ……しかし、時代は変わり、新しさという目に見えるなにかで、本当の豊かさを手にすることはできない。それだけでは暮らしが満たされることが無いことに私たちは気がついた。消費という名の新しさで、暮らしを埋め尽くしてみたけれども、そこに残っているのは、寂しさやむなしさや違和感だった。目の前の暮らしが、飾りのようでちょっと嘘っぽいというような。/そんなタイミングで昨今、生活系雑誌が続々と刊行された。それらは、それぞれのテイストで、目に見えるモノや、あるもの、出来事、そういった現実の後に潜む物語や、心持ちや、知恵を、わかりやすく写真と文章で紹介していった。

 かたちある「もの」のみならず、その背後にひろがる物語さえも消費してしまう。その能力が人が人である所以ともいえる。しかし、著者がものにまつわる思い出や思い入れが暮らしを豊かにすると信じているのは、彼がこれまでそのように生きてきたからで、だからこそ、本書にならぶ品々と物語によってその人となりが浮かび上がる。100の「もの」たちを貫いて、松浦弥太郎という人がいかなる人間であるかが知れる。

 身につけるものに関してはやや保守的とあるが、冒険心にとんだ、勇気のある人であるなあ、というのが何よりの私の印象だ。よく旅のはなしがでてくるせいもある。旅先でお買い物、という消費のみならず、旅行すること自体を消費している私などからすると、ほんとうの「旅」というものをする才覚というのは、選ばれた者の能力であるのだなあ、と思わされることしきりである。
 私にとって旅行は非日常だが、著者にとってそれは日常の延長のごとくだ。旅先で出会ったり、人に教えられたり、あるいはもらったりしたおおくのものが、著者の日々の暮らしに馴染んでいるのは、この人が旅のもとでも自らの日々を忘れることなく生きてきたためだろう。それは、旅先でもいつもの自分でいられるということで、臆病者ではとてもかなわぬことである。



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